第三部 第3話 猫ライフをエンジョイ
身につけた人間は、猫耳族になるという魔法の猫耳ヘアバンド……。ミーコは、異世界アースプラネットの猫耳族ギルドのマイロッカーに大事にしまって、そのままどこかに封印するつもりだった。だが、タイミング悪く掃除のバイトに入っていた仲間の異世界人マリアさんが興味本位で身につけてしまっていた。
「にゃにゃんにゃにゃにゃん(ねえ、ミーコ……その、私悪気はなかったんです。可愛い猫耳ヘアバンドが見え隠れしていたからつい……。ごめんなさい。すぐに返すつもりだったんですけど)」
何やら、猫耳ヘアバンド本来の持ち主で有るミーコに対して言い訳をし始めるマリアさん。
マリアさんは、異世界におけるミーコの旅仲間の1人で清楚系美人白魔法使いという美少女RPGに出てくるヒロインっぽいポジションのメンバーだ。いわゆる正ヒロインかどうかは定かではないが、勇者もののファンタジーRPGで例えると、一番最初に仲間になる人物だし、メインメンバーと言えるだろう。だから、そんな重要なポジションの女性が突然猫になるなんて普通のスマホRPGならあり得ないのだが……。
事実は小説よりも奇なりとは、よく言ったもの。今、目の前にいるキジトラ猫がマリアさんだ……。
「にゃにゃにゃん(マリアさん……落ち着いて聞いてくださいにゃん。もしかしたら、元に戻る魔法が見つからなかった場合は、永遠に猫耳族のままかもしれないですにゃん。でも、異世界に戻れば普通の猫人間ですにゃ。ちょっと、食の好みとか変わるかもしれないけれど……そこまで生活自体は変わらないですにゃ。ただ、地球では、この通り完全に普通の猫になってしまうので……)」
ミーコは思い切って、マリアさんに魔法の猫耳ヘアバンドをつけたニンゲンは、一生猫耳族として生きていかなくてはいけないことを告げた。
「にゃ……にゃにゃんにゃにゃにゃにゃー(そうなんですか……じゃあ私は一生、猫耳族……現実世界では、永遠に普通のネコの姿なんですね。アースプラネットでは猫耳人間だからいいですけど……)」
ふらふらと、結崎家の二階廊下部分を歩き始めたマリアさん。猫手をまじまじと左右交互に確認して、肉球を見比べている。
「にゃにゃん(どうしよう……この身体じゃ猫すぎて、もうギャンブルすら出来ない。一体どうやって生活したら? 地球で暮らすコースは諦めるべきなのかしら?)」
話から察するに、どうやら今後の身の振り方を考えているようだ。そもそも、どうして真っ先に心配することがギャンブル場に出入り出来なくなることなのか? マリアさんは地球でどのような生活を送ろうとしていたのか想像したくもないが、計画が頓挫したのは間違いないだろう。
「にゃーにゃ(ちょっと、一階に行ってもいいですか?)」
「にゃっ?(えっはい)」
随分、普段と比べてテンションが低いにゃ。
無理もない……いきなり猫耳族として一生、生きていけなんて言われたら誰だって驚くだろう。キジトラ猫になったマリアさんは、階段を下りて一階に向かって行った。心なしか、後ろ姿にまで哀愁が漂っている。
マリアさん……ミーコは少し、マリアさんに同情していた。だが、それは大きな間違いであることにすぐに気づくのである。
* * *
キジトラ猫マリアが向かった先は、一階のいわゆる納戸という部屋だ。本来は、滅多に使わない洋服をしまっているタンスや季節もののアイテムを保管するための部屋である。結崎家は、いわゆる猫大好き一家であったため、この納戸スペースにキャットタワーや猫ちぐらを設置してミーコ専用の快適スペースに改造していた。
そして、勘の良いマリアさんは即座に部屋の家具配置を理解して、何やら我が部屋の如く楽しみ始めたので有る。
まずは、壁に立てかけてあったミーコ専用の爪とぎだ。まだ、買ってもらったばかりで新しく、一度使ったかどうかというほぼ新品同様の品物だ。その大事な爪とぎを遠慮なく、使い倒し始めた。
『バリバリバリバリッ』
「にゃにゃんにゃーにゃにゃー(この爪とぎなかなかいい使い心地ですねー)」
せっかくの貴重な新品爪とぎが……猫になりたての野性味溢れるマリアの爪を、家猫っぽい整えられた爪にするために使われてしまうとは。なんて事だにゃ。こんな事なら、もっとバリバリしておけば良かったにゃ。
すでにボロボロになった爪とぎにミーコが呆然と佇んでいると、次はミーコの憩いの場である猫ちぐらに目をつけ始めた。ミーコが止める間もなく、猫ちぐら内をゴロンゴロンと占拠し始めるマリア。
『ごそごそっもふっ』
「にゃにゃーにゃっ(この猫ちぐらも素敵な寝心地です!)」
もうやめて! アタシの猫ちぐらを取らないで……と叫びたいミーコだったが、あまりにも大胆に部屋中を飛び回るマリアにビビってしまい、不思議と声が発せなくなっていた。猫には実は序列というものがあり、強者が弱者を従えてボス猫になるのだ。さしづめ、マリアさんは新人ながらもミーコよりふてぶてしいため、この部屋のボス的なポジションにおさまるつもりなのだろう。
さらに、マリアによる猫ライフをエンジョイする活動は止まらない。それとも、突然猫になったショックで心がちょっと不安定になっているのだろうか? そうだとしたら、早く気持ちを落ち着けてほしいものだ。
『トントンピョーン!』
「にゃーにゃんにゃんにゃー(キャットタワーって思ったよりハードな運動ですね! 知らなかったにゃあ)」
キジトラ猫のマリアは、一階にあるミーコの陣地である寝床と遊び場をどんどん侵食していった。猫ちぐらはすでに、自分のベッドにする気のようでマリアが休憩スペースとしてくつろいでいた……。
これは一体……ミーコが動揺していると、キジトラ猫マリアが猫ちぐらでくつろぎながら、余裕のポーズで語った。
「にゃにゃーにゃんにゃんにゃーにゃん(実は私……現実世界地球の法科大学院を受検する気で、現実世界の金融機関からお金を借りていたんですよ! こっちの世界では私、一生普通の猫の姿ならお金を返す義務がなくなった、ということです。きっと神様が私に猫になることで、救われるように助け舟を出してくれたのでしょう!)」
法科大学院の借金? そもそもマリアさんは法科大学院の進学に使う予定のお金を全額使い切ってしまったのだから、遊びでできた借金の間違いなのでは? しかも、ろくに受験勉強もしていなかったとイクトが自室でポツリと呟いていたし、いろんな人にトラウマを植え付けただけなんじゃ……。
マリアさんは、どこまでポジティブなのかにゃ? ミーコは、そのポジティブシンキングに驚きすぎて、その場で固まってしまった。
すると、真の天からの助け舟……ミーコの飼い主であるイクトとお友達の真野山君が二階から降りてきた。マリアはもともとイクトの旅の仲間であって、ミーコはイクトを介してマリアと知り合ったようなものだ。すべての責任は、もしかしたらマリアとだらだら仲間以上恋人未満のだらけたハーレム状態を続けていたイクトにあるのではないのだろうか? マリアは、異世界の伝統である一夫多妻制基準に従ってイクトに嫁ぐつもりでいたはずだ。
イクトが気のあるそぶりで、都合の良い時だけマリアさんを頼るからマリアさんだって引くに引けないのだろう。
ここはビシッと勇者らしく、解決策を考えてもらわないと。
「にゃー! にゃにゃにゃー! (イクト! マリアさんが、猫耳族になったちゃったのにゃ! あのキジトラ猫なのにゃ。助けてなのにゃ)」
イクトの足元まで行き、必死にミーコはキジトラ猫マリアのことを訴える。だが、残念なことに異世界で暮らしていたころとは異なり、ミーコがどんなに人間語を話しているつもりでも、にゃあとしかイクトには聞こえないのだ。ミーコの必死の訴えも虚しく……。
「あれ、ミーコのお友達か? 初めて見る猫だなあ。どこから入ってきたんだろう? ミーコ、せっかくお友達が遊びにきてくれたんだ。仲良くするんだぞ」
「にゃーにゃにゃー(そうじゃなくて、あれはまりあさんなのにゃー)」
すっかり異世界のことを忘れて地球での暮らしに馴染んでいるせいか、のんびりした態度のイクト。こうなったら、仕方がない……超美少女に見える男の娘転校生で実は魔王……しかも、現在はハーレムものとして都合よく女体化している真野山葵君に頼るしかないのにゃ。
なんといっても、真野山君は魔王の血筋だけではなく、古代竜一族や伝説の勇者の血を受け継ぐハイスペックな人だ。猫語はもちろん、動物語もいくつか使いこなせて語学はかなり得意なはず。
「にゃぁにゃにゃーん(真野山君……お願い、助けて! 実は、マリアさんが魔法の猫耳ヘアバンドのチカラであんな姿に……どうしよう? あのヘアバンドは猫耳族のギルドで大事にしまっておいたんだけど、バイトで入ったマリアさんが装備しちゃって……)」
「ミーコちゃん……⁉ えっ猫耳ヘアバンド……ふむふむ、バイトで猫耳ギルドの掃除をしていたマリアさんが、ミーコちゃんのロッカーにあったものをつい……。マリアさん……あなた、一応白魔法使いですよね……。どうしてそのアイテムが呪いの品物だだって気がつかなかったんですか? えっこのままで良い……いったい何を考えていらっしゃるんですか?」
猫語が分かる真野山君は、ミーコの訴えを聞き驚いているようだ。ミーコと会話をしているのは、人間語しか理解できないイクトにも様子をみて察することはできる。だけど、まるでマリアも会話に加わっているような話ぶりに違和感を感じるのだった。
「マリア? どこに?」
イクトは目の前のキジトラ猫がマリア本人とは気づかずに、キョロキョロしている。
「にゃーんにゃにゃにゃん! (イクトさん、私ここで暮らすんでよろしくお願いします!)」
キジトラ猫マリアは、すっかりペットになるつもりでイクトの足元に近づいて行き、スリスリと擦寄るのであった。