第三部 第2話 猫耳ヘアバンドをつけてみた
『この魔法の猫耳ヘアバンドを装備する者は、元がどの種族であっても猫耳族に変化するわ。だから、種族違いの恋愛であっても解決出来るはずよ』
猫の日のイベントが終了して、しばらく経つが、イベントで知り合った占い師の猫耳族の言葉がミーコの頭の中でぐるぐると回る。
無事、世界を平和に導いたミーコのご主人様である勇者イクト。そのイクトに恋をしてしまっている猫耳族のミーコ。
(魔法の猫耳ヘアバンドをイクトにつけてもらえば、イクトはアタシと同じ猫耳族に変身するにゃ。だけど、イクトが一生普通の猫として生活したいか、どうか分からないにゃ。だからこの魔法の猫耳ヘアバンドは、しばらくギルドのマイロッカーにしまうのにゃ)
猫耳メイドハンターとして、ハロー神殿地下ギルドに籍を置いているミーコ。ギルド内に専用のロッカーを持っており、人間モードになった際の私物はすべてそこで管理している。
異世界であるアースプラネットでは、猫耳族という人にとてもよく似た獣人族であるミーコだが、地球では魔法力が欠けているためごく普通の黒猫だ。
地球での生活を主軸としているイクトから見ると、猫耳メイドの姿よりもただの猫としての認識の方が高いだろうか?
『にゃあ……いったいどうしたらいいのにゃ……まだ勇気が出ないのにゃ』
イクトに告白して同族になってもらうために、意を決して猫耳ヘアバンドを取りに来たミーコだった。だが、大好きなご主人様であるイクトの生き方を大きく変えてしまう可能性を考えると……どうしても決心が固まらない。
ロッカーの扉の内側には、身だしなみをチェックできるように鏡が付いている。目の前に映る黒髪の美少女は正真正銘、異世界におけるミーコの姿だ。猫耳が頭についており猫尻尾が生えていること以外は、人間達と殆ど変わらない。
クリッとした大きなツリ目は、猫の状態のミーコの面影があるような気がする。人間モードのミーコは、細身でスタイルが良く、ミニスカメイド服が抜群に似合う。
ギルドが運営しているメイド喫茶の猫耳メイドとしてバイトをしている時は、お客さんからも可愛いとしょっちゅう声を掛けられ記念写真を撮る事も多い。
ただ、少しだけ気になる点は、お客さんから『自分、猫大好きなんです!』みたいな事を言われる事だ。
猫好きとメイド好きの半々くらいから支持されている猫耳メイド。
かなりの人型美少女に変身しているはずだが、やはりお客様からも猫としてのイメージが大きいのだろう。
「イクトも……アタシのこと……普通の猫って思っているのかにゃ? だとしたら……やっぱり……」
仕方なく、再びロッカーへと猫耳ヘアバンドを仕舞い込むのだった。
キィ……パタン。ガタガタ……ゴトッ!
いつも明るく快活なミーコだが、珍しく物思いにふけっているせいだろうか? ロッカーの扉がきちんと閉まらず、例の猫耳ヘアバンドがロッカーからはみ出てしまった状態である事に気がつかない。
そして、そのままギルドからハロー神殿内を移動し、最近開通したばかりの地球へのゲートをくぐるのであった。
猫耳ヘアバンドが新たな波乱を巻き起こす事になるとは気づかずに……。
* * *
ミーコは、猫の自分が人間に恋してしまったことを悩んでいた。同じ猫耳族の占い師から、猫耳族になるための魔法アイテムをもらったものの、それを人間のイクトに使って嫌われてしまうのではないか、不安なのだった。
現実世界地球に戻るとミーコは、ごく普通の黒猫の姿になっていた。玄関にある全身が見れる鏡には、小さい黒猫の姿が映っている。
毛並みはツヤツヤで、首輪代わりに付けている黄色いリボンがよく似合っている。だが異世界に行った時の、可愛らしい人間姿のミニスカ猫耳メイドの姿ではないのでガッカリした。
『にゃあ……さっきまで、イクト達と殆ど変わらない人間に近い容姿だったのに……。地球じゃ、こんなに小さくて……ただの猫だにゃん』
チリン……と首輪がわりの黄色いリボンにセットしてある鈴が鳴った。この鈴だって、人間が身につけるアクセサリーとは違う。猫としての安全を守るための、動きを知らせる機能的な鈴なのだろう。
それに、この鈴を付けてくれたのはイクトではなく別の家族の人だ。ミーコをとても可愛いがってくれて、よく頭を撫でてくれた少女。
『ミーコはいつも可愛いね、きっと人間だったらものすごい美少女だよ! 知ってる? 猫耳メイドって云うのがラノベやゲームのキャラで流行っているんだって。ミーコもそういう世界だったら、今流行りのメイドさんになれるね……。ほら、おいで! お姉ちゃんと一緒に遊ぼう!』
『ニャア!』
『萌え萌えにゃんにゃん、メイドだにゃーん。あなたのメイドはニャンコだニャーん。萌え萌えにゃんにゃん……』
うっすら……とだが、イクトによく似た女の子に可愛がられていた記憶がミーコの中に残っている。猫耳メイドのテーマソングをよく歌っていた。きっと、当時彼女の中で猫耳メイドがブームだったのだろう。
だが、そんな優しい彼女も【進学】という理由で、この結崎家にはもういない。今は【寄宿舎】というところに住んでいて、たまに帰って来るようだ。
けれど、しばらく人間界を離れて異世界を彷徨っていたミーコには詳しい状況は把握できていない。
あの少女は結崎家のどういうポジションなのか……それとも、親戚か下宿人だったのか?
イクトからも不思議なほど彼女の話は出ないし……。それとも異世界に転移してた間に、イクトの記憶にエラーが生じているのだろうか?
でもどうして……何のために?
もしかしたら、ゲームクリアをしたと思い込んでいるのは自分達だけで、これからもっと何かが起こるのかもしれない。
けれど、猫の自分にはどうする事も出来ないのだ。やはり、イクトと並んで生きるには人間モードの方が……。
ミーコが猫足で、トコトコと二階の階段を登りイクトの部屋付近に到着すると、部屋の中から楽しそうな話し声。
「でさー……そうなんだよ……うん! 結局そのゲームはリセマラする事にして……。課金よりもリセマラの方が手っ取り早いタイプの仕組みだったからさ」
「へぇ……それでお目当てのキャラは……? 良かったね……うん。それで得意武器は……猫系の武器かぁ……可愛いなぁ」
イクトはお友達の真野山君と自室でティータイムだった。盗み聴きするつもりはなかったが、耳の良い猫の自分には、2人の会話がよく聞こえてしまった。
「そういえば、イクト君のペットのミーコちゃんもすごく可愛いよね。目がクリッとしてて、毛並みも良くて……ボクも猫飼いたいなぁ」
「だろ? 自慢の美猫なんだ。仔猫の時はよく猫じゃらしで遊んでやったけど、最近は狩りとかキャットタワーに夢中でさ……ちょっと寂しいかな」
「動物って、癒しになるからいいよね。小鳥も好きだけど、不死鳥はボクのペットじゃないし……。今度、里親会に行って猫を探そうかな……」
2人の会話を察すると、イクト達は自分のことを完全に『ペット』と、考えているようだった。
当たり前だ……相手は人間……突然、自分と同じ猫耳族になってくれと頼んでも、やはり迷惑なだけだろう……ギルドに置いてある猫耳ヘアバンドは使わずに、どこかに封印しておこう。
それがいいにゃ……。
猫足を一旦止めて進路を変更し、元来た道を戻る。心なしか、涙が溢れる音が聞こえた気がした。目の前のなんの変哲も無い廊下がゆらゆらと歪んで見える。何故だろう……もしかして、自分は泣いているのだろうか?
仕方なく猫手で顔を洗い、使われていない空き部屋の前でひと呼吸。いつもの元気な表情に戻すのであった。
ミーコは、知りたくなかった現実を知ってしまった気がして落ち込んでいたが、イクトに変なことを言って嫌われなくてよかったとも考えていた。
そもそもイクトが人間でなかったら、当時ノラで死にかけていた仔猫の自分は、もうこの世にいなかっただろう。
哀しいけれど、自分たちは猫と人間、ペットと飼い主の関係でしかないのだ。
ミーコがトボトボと階段へ歩いていると、見たことのない猫が目の前にいた。
「にゃっ? この家って、もう1匹猫を飼う事にしたのかにゃ?」
毛並みはキジトラで年齢は自分より少し上くらいだろうか? キジトラ猫はフレンドリーにどんどんミーコに近づいてきた。
「にゃーにゃにゃにゃん、にゃにゃんにゃんにゃ(ミーコ! よかったぁ! 私お金が全然なくて、猫耳族のギルドの掃除のバイトをしたんですよ! そしたら、可愛い猫耳ヘアバンドがミーコのロッカーの隙間からはみ出てたんですよ! あまりにも可愛いんで、好奇心に負けてつい身につけちゃったんですね! そしたら、猫耳族になっちゃって外れないし……現実世界に移動したら、普通の猫になっちゃうし……これどうやったら元に戻るんですかにゃ?)」
まさか、魔法の猫耳ヘアバンドを勝手に身につける人がいるとは……。
「にゃーにゃにゃ?(もしかしてマリアさんなのかにゃ?)」
話し方から、自分の知り合いで思い当たる人物の名前を挙げてみる。遠慮がちなようで大胆不敵なこの性格……どことなく清楚な仕草。
猫になっても分かる……マリアさんなのではないかと……。
「にゃにゃにゃーにゃにゃ(さすが! よく気づきました! 早く元に戻る方法教えてください!)」
嫌な予感はものの見事に当たるものだ。ミーコはあまりの出来事に、言葉を失いかけるミーコ。いけない、自分がしっかりしなくては……。
「にゃニャニャーン(マリアさん……そのヘアバンド……強力な魔法がかけられていて、一般の人には封印を解くのは無理ですにゃ!)」
「にゃにぃーーー!」
ある日の午後、結崎家の廊下からは猫達の騒がしい鳴き声が響き渡った。