第三部 第1話 平和な日常と猫の目線
今回から、異世界転移編クリア後の世界編スタートです。
アタシの名前は、ミーコ。
ごく普通の黒猫で、性別は女の子。とがった耳とピンクの肉球がチャームポイントだにゃ。普段は、現実世界地球の東京都立川市にある、イクトって男の子のおうちでゴロゴロ暮らしているにゃん!
おうちでは、キャットタワーで狩りの訓練を兼ねて遊んだり、猫ちぐらでキャンプの訓練をしたり、とにかく毎日訓練しているにゃん!
そして、新月と満月の夜には、猫集会に出席して近所の猫仲間に近況報告するのが任務だにゃ。
そんなごく普通の黒猫のアタシには、ちょっとした秘密があるのにゃ。
アタシは実は人間猫耳メイドモードという特殊モードがあって、そのときだけ人間のメイドさんに変身できるのにゃん! ミニスカニーソのよく似合う、ラブリーなメイド姿でニンゲン族もネコ族もメロメロにしちゃうのにゃ。
本当は現実世界地球でも魔力を高めれば変身できるけど、異世界アースプラネットにいる時は自動で猫耳メイドに変身できるのにゃん。これにはアタシも仲間も驚きだにゃん。
今日は2月22日……猫の日だにゃ!
ネコ族のことをニンゲン族が尊重する、とても貴重な日だにゃ。
その超重要な日……今日は、異世界アースプラネットで開催される、『猫の日猫耳族フェスタ』に参加することになったのにゃ。
猫耳メイドモードで、同じ猫耳族の仲間達と美味しいお魚を食べたり、日頃の狩りの情報を交換したりするのにゃ。楽しみだにゃ。
* * *
《ハロー神殿地下猫耳族ギルド》
にゃぁにゃぁとした猫特有の鳴き声が、転職の聖地であるハロー神殿地下から響き渡る。特殊ギルドの拠点となっている地下室の存在自体は知られているものの、一般冒険者はほとんど近づかない。
なぜなら、この地下ギルドは人間の立ち入りは原則禁止だからだ。そして、響き渡る猫声の主達は、猫耳族と呼ばれる獣人族の一種。
この猫耳族……獣人族といっても、猫の耳と尻尾が生えている事以外は他の人間族となんら変わりのない姿形だ。不便な点といえば、地球と呼ばれる星にある人間界では、魔力の源となる青い月の魔法力低下の関係で一般的な動物の猫の姿になってしまうことくらいだろうか? といっても、彼らが人間の暮らす地球へのゲートをくぐる事は殆ど無いに等しい。
やはり、彼ら猫耳族にとって安全なのは異世界だ。
地球の人間達と似て非なる存在である異世界人をはじめ、獣人族、魔族、エルフ族、精霊族などの多様な種族が共存する異世界アースプラネットこそが彼らにとっての安住の地なのである。
さらに、猫耳族などの獣人達は異世界人からも多少の距離を置いて暮らしている。やはり、動物に近い本能的な部分を持つ種族としては、自由に過ごせる縄張りが重要なのである。転職の地ハロー神殿は、様々な種族にも開かれているため、猫耳族もギルドスペースを借りているというわけだ。
原則として猫耳族意外の人間に対して猫耳ギルドへの入室許可が降りるとすれば、猫耳族のサポート役としてゲストとして招かれるか、清掃係やキッチン管理などでアルバイトとして雇われるか、いずれかだろう。
「では、世界中の猫族と猫耳族の平和と繁栄を祈って……乾杯だにゃー!」
「にゃー!」
「乾杯だにゃー!」
「猫の日おめでとうだにゃん‼」
ほんのりとした柔らかい灯りのもと、カフェスペースのテーブル席にはご馳走の山が運ばれている。どうやら立食パーティーのようで、100匹……もとい100人近い猫耳族が集っていた。そのうち、ごく少数は人間界から招かれたゲストの様で特に注目を浴びていた。中には、地球で飼い猫として飼われていたというだけで質問ぜめにあう猫耳族も。
飼い主達も地球では動物の猫として生活している彼らが、まさか獣人だなんて想像していないだろう。大勢の猫耳族がミルク入りのガラスのコップを片手に、乾杯の音を奏である姿は人間とさほど変わらない。
そして、勇者イクトの飼い猫である黒猫ミーコもそんな少数の地球からのゲストメンバーの1人だった。
「にゃあ、思ったより同じ種族がたくさん集まっているのにゃ。地球からの猫耳族も何人かいるけど……みんな質問ぜめにあってて声をかけそびれたのにゃ」
ハロー神殿の地下にある、猫耳族ギルドで開催されたパーティーに出席したミーコ。
老若男女の猫耳族がミルクを飲みながら、たくさんのご馳走を食べたりお話ししたりして交流を深めていた。各テーブルには猫耳族の好物の焼き魚やマグロなどの魚介類の刺身、お洒落なカルパッチョ、カラッと揚げたての唐揚げ、ヘルシー志向の猫耳族向けには鳥のささみを茹でたもの、かつおぶしなどの軽食や各種高級チーズ、なかなか手に入らない高級キャットフードなどが並ぶ。
ミーコが好物のプロセスチーズをパクパクと小さな口に頬張りながらテンポよく食べていると、地球での暮らしに興味があるらしい白猫の猫耳族の女の子が話しかけてきた。
「はじめまして、私の名前はシルベット。ハロー神殿に四月から登録が決まった新人魔法使い猫耳族よ。よろしくね! あなたがあの有名なハーレム勇者イクトの冒険メンバーミーコちゃんなの? メイド喫茶で勇者様に見初められてメンバーに加わったって本当?」
有名なハーレム勇者……イクトって、女アレルギーなのにいつのまにかハーレム勇者の称号が定着しているのにゃ。どう答えたら……と、一瞬言葉に詰まるミーコだったが、異世界ではメイドというサービス業に徹していただけあって表面上は相手に悟られないようににっこりとした表情を崩さない。
「そうですにゃ。お目にかかれて光栄ですにゃ、シルベットお嬢様!」
「にゃぁあああ! 憧れのメイドさんからお嬢様って呼ばれちゃったにゃ。ここに来て良かったにゃー、故郷へのおみやげ話が増えたのにゃ。ねぇねぇ、ミーコちゃんは普段は地球で生活しているんでしょ? 地球ってどんなところ? 猫にとって過ごしやすいのかにゃ?」
シルベットのくりっとした大きな瞳は淡い水色で、白い猫耳とよく似合っている。少女の人間モードの姿は金髪碧眼だが耳と尻尾の色は完全な白猫である。年の頃は、ミーコよりも少し年下だろうか。瞳の色と同じ淡い水色のワンピースがよく似合う。
一瞬、お洒落なファッションの少女が羨ましくなったミーコだが、ミーコの着用している猫耳メイド服だって憧れの職業である猫耳メイドのみが着用を許される特別なものだ。メイドの称号のためにも、ここは丁寧に少女の疑問に答えなくては。
「アタシは普段は、おうちで飼われているから、あまり外の世界には詳しくないのにゃ。小さい時に身体が弱って、フラフラしてた時にイクトっていう男の子に助けてもらって、それからイクトの家で暮らしてるにゃん。それが、たまたま伝説の勇者イクトだったのにゃん。だからメイド喫茶ではお客さんとしてやってきたイクトにたまたま再会して、冒険のメンバーにくわわっただけなのにゃ」
「たまたま、再会……すごいにゃ。それって、運命なのにゃ。でも、ノラって大変なんじゃなかったのかにゃ?」
「ノラ生活のことはよく覚えてないにゃん……。ネコ集会でノラ生活している猫に話を聞くと、結構大変そうなのにゃ。でも、イクトとイクトの家族はアタシにいつも優しいし、アタシはシアワセに暮らしてるにゃん。いつか、猫族みんながシアワセになれる世界になればいいと、ネコ集会でよくみんなが話しているのにゃ」
「そっか……ミーコちゃんは恵まれているのね! シアワセだにゃん!」
その後、これからメンバーとして組む予定だという猫耳族に呼ばれてシルベットはギルドの面談ルームへと行ってしまった。
『シアワセだにゃん!』
シルベットが立ち去ってからもしばしの間、ミーコの脳裏にシアワセというキーワードが鳴り響く。
シアワセ……アタシはシアワセだにゃん、ずっとそう思って生きてきたのにゃ。
でも、最近重要なことに気づいてしまったのにゃん。
アタシはアースプラネットでは、イクトと同じニンゲンモードになれるけど、地球ではほとんどニンゲンとして生活できないにゃん……普通の黒猫だにゃん。でも、イクトはハーレム勇者だから、きっとどんどんお嫁さんをもらうことになるのにゃ。
将来は、イクトのお嫁さんになるって決めてるのに……どうしたらいいのにゃん?
「貴女……お困りのようね……。ニンゲンの男の子に恋をしているけど、種族の壁に当たって悩んでいる……そんなところかしらにゃ?」
今度は、ペルシャ猫系の猫耳族のお姉さんが話しかけてきた。お姉さんは、アタシの悩みをピタリと当てたにゃん。
「にゃー……どうして分かったのにゃん?」
「ふふっ私は占い師だからなんでもお見通しだにゃん」
そう呟くとおもむろにお姉さんは、大きなカバンからガサッと包みを取り出して、アタシに猫耳ヘアバンドを差し出した……。
「この猫耳ヘアバンドは、ニンゲンを猫耳族に変化させてしまう不思議なヘアバンドなの。愛しの男の子に、このヘアバンドをつけさせれば種族の壁はなくなるわよ。ただし、1度猫耳族になったニンゲンは、もう二度とニンゲンに戻れないけれど……使うかどうかは貴女次第だにゃ」
この猫耳ヘアバンドを、イクトにつけてもらえばイクトは同じ猫耳族に……どうしよう……。
猫耳族の交流会で有る『猫の日猫耳族フェスタ』はビンゴ大会やカラオケ大会などで盛り上がり、幕を閉じた。ミーコが猫耳ヘアバンドを使おうか迷っているうちに、いつの間にかイクトは大魔王を倒し世界に平和が訪れていた。
結局、決心が固まらなかったミーコは、ギルドの自分専用のボックスの中に猫耳ヘアバンドをしまった。そして、イクトに自分に対する気持ちを聞いてみる決意をしたのである……。