第二部 第20話 『モテチート』発動!
「くくく……ついに我が依り代が、魔王の血に目覚めたようだな。我が名は、魔王グランディア17世……今ここに魔王として復活を宣言する! 人間どもよ恐怖を味わうがいい」
魔王イケメンコンテストで性別詐称疑惑をかけられた真野山君だったが、実は真野山君は産まれた時は女の子だった。
しかし、呪いにより男の子になったり女の子になったりする不思議な体質だったのである。コンテストの最中に突然女体化した真野山君……だが、変化はそれだけではなかった。
真野山君の後ろに、オドロオドロシイ黒いオーラが見える。この異質なオーラ、魔王グランディア17世って誰?
「……そんな! 葵様の封印が、こんなところで解けるなんて……!」
真野山君を庇っていたイケメン魔族神官が、意味深なセリフを呟く。どうやら彼は、オレ達の知らない真野山君の様々な秘密を知っているようだ。
「封印って、何ですか? 真野山君には一体どんな秘密があるっていうんです?」
「本来ならば我々魔族幹部のみの極秘情報でしたが、ここまできたらお話しするしかありませんね。実は、葵様の身体には、かつて人間達を絶滅の危機に追いこんだ大魔王グランディア17世の魂が封印されているのです」
オレの質問に、一瞬だけ返事に迷った様子だったが、状況を考えて全てを話してくれる気になったようだ。だが、その秘密は想像以上に恐ろしいものだった。
「えっ大魔王の魂? それって、すごく危ないものなんじゃ」
「ええ、大魔王グランディア17世はかつて伝説のハーレムを構築したという2代目勇者イクトスと、対になる存在の大魔王です。特別な大魔王のチカラはモンスター達をたちまち凶悪化させ、人間を襲わせ、すべての種族を支配するまで止まらなくさせるのです。このままでは大変なことに……」
そんなバカな、真野山君の肉体にそんな恐ろしい秘密があったなんて。だが、その時にふと真野山君と知り合ったばかりの頃の、哀しい願いを思い出した。
「ボクが魔王の血に負けて、悪い魔王になってしまったら……ボクを殺して欲しいんだ」
あの時は、『真野山君を消すなんてそんな酷いこと、オレにできるわけない』そんな風に考えていたが……。
「きゃーやめて!」
「早く逃げろ! 伝説の魔王が復活したぞ!」
「嫌! 殺さないで!」
会場内は出入り口に人が殺到してしまい、早くもパニック状態だ。審査員席で、話し合いを進めていたらしい古代龍さんと白キツネさんが、オレ達にもこの場から避難するように指示を出してきた。
「ここは我々がなんとかするから、君たちはここから1番近い教会に避難しなさい‼」
「えっでも真野山君は? このまま真野山君を放っておくわけにはいかないよ。ゲーム仲間でクラスメイトなんだ! 男とか女とか関係なく、オレと真野山君は友達なんだよ」
「そうか、ありがとう。だからこそだよ、イクト君。キミと葵君は友達なんだろう? これから行う事にそのキミの手を借りるわけにはいかない。キミも葵君もお互い傷つくからね。葵君は私の姪っ子グランディア姫の孫だ。こういうのは、同じ一族である私が引き受けるのが1番なんだ」
オヤジプルプルさんこと、イケメンモードの古代龍は哀しそうに語った。その表情は憂いを帯びていて、鈍いオレでも古代龍さんが何をしようとしているのか察しがついてしまう。
まさか、自らの手で大魔王に乗っ取られた真野山君にトドメを刺す気なんじゃ。
「ボクも仕方ないからここに残るけど、君たちは足手まといだからとっとと逃げることだね。伝説の勇者といえども、人間にはあの瘴気は耐えられないと思うよ」
同じく、イケメンモードの白キツネさんがオレ達に避難を促す。やはり、これから本格的な大魔王と古代龍さん達の戦いが始まるようだ。本来ならば、誰も望んでいないはずの哀しい戦いが。
「ピィ! ここまできたら仕方ないでピィ!」
不死鳥は小さな羽をぱたつかせながら、ピィ! とひと声鳴いて、その身体を虹色に輝く剣に変えた。
「えっ不死鳥? お前実は、普通の小鳥じゃなかったんだ。まさか、武器に変身出来るなんて」
「ピィ、本来ならばボクの武器は魔王の玉座を破壊する伝説の勇者が装備するんですっぴ。でも、イクト君はハーレム勇者の宿命と聖なる勇者の宿命を行ったり来たりしていて、僕を装備して戦うのは危険なのです。もし、万が一エネルギーの反発が起きても大丈夫な特殊な一族の古代龍様が扱うのがベストなのですっぴ」
オレが、ハーレム勇者としても聖なる勇者としても中途半端だから、代わりに古代龍さんが不死鳥で真野山君を? 何か出来る事はないのだろうか?
一度は女の子だと勘違いして、本気で好きになった真野山君。実際に、女性であり男性でもあったのだから、オレの感情はあながち間違いではなかったのだろう。
次第に、性別や勇者と魔王といった立場を越えて友達になってきたところだったのに。こんなところで、お別れになるなんて。そんな、バカな。
気がつくと、自分自身のチカラの足りなさと言葉では言い表せない哀しさで、涙がポロポロと零れてきた。
「この不死鳥の剣で、葵君ごと大魔王を滅ぼす以外方法はない! イクト君……葵君も君と仲良くなれて嬉しかったと思うよ。だから、キミが気に病む必要はない。けれど、泣いてくれる友達がいて葵君は幸せ者だ」
オレの頭をポンポンと撫でて、何かの魔法をかける古代龍さん。
「はぁ、湿っぽいのは苦手でね。これ以上長話していると、情が移ってしまいそうになる。まったく世話がやける一族だ……。葵君は、僕がもっとアイドルとして育ててあげたかったんだけどね」
切なげな表情で苦笑いしながら、呪文を唱える白キツネさん。
「まって! 古代龍さん、白キツネさんっっ」
頭の中にグラグラと呪文が響く、身体がぐにゃりと歪む感覚の後、次第に周りの景色が変化していく。
* * *
強制転移魔法をかけられて、気がつくと教会の中にいた。すでに教会内では、儀式が行われていて葵のボデイガード役の魔族神官やセクシー三蔵法師、教会のシスター達が聖なる祈りを唱えて結界を作っている。
会場にいた人たちも、みんな強制転移魔法で避難してきたようだ。
「ふぇええん、葵様はどうなっちゃうの?」
「葵様は魔王の一族でなければ、どこにでもいるごく普通の若者だったはず。大魔王の魂なんか封印されて、お可哀想に。でも大魔王が目覚めてしまっては困るしねぇ。これも葵様の宿命なのか」
「大魔王様って、強力な呪いをかけた主なんでしょう? 私達、みんな死んじゃうのかなぁ」
真野山君の身を案じる声もあるが、魔族の人達は真野山君の宿命とすでに諦めているようだ。大魔王の魔力はかつてないほどの恨みと憎しみを集合させているとかで、魔族ですら止めることが出来ないという。
教会の聖堂の椅子に座って休む人もいるが、みんな気が気ではないようだ。恐怖で泣きはじめる人もいる。
避難中に怪我をしてしまった観客達の治癒をしていたらしい、マリア達がオレの姿を確認して駆け寄ってくる。
「イクトさん、ご無事でよかったです。あの、真野山さんは、やっぱご一緒じゃないんですね」
「ああ、何もしてあげられなかった。魔王のチカラに目覚めたら、オレにトドメを刺してほしいって頼まれていたけれど、そんな事オレには出来ないし。オレと真野山君が傷つかないようにって古代龍さんと白キツネさんがすべてを引き受けて……。オレ、勇者なのに。真野山君の友達なのに」
真野山君の今後を知り、黙りこんでしまった仲間達。
「あの、これから私達はどうなるんですか? 真野山さんは? まさかこのまま……」
あまりの展開に不安になったのか、マリアが魔族の神官にたずねると、神官がマリアやオレを諭すように言った。
「大丈夫です……古代龍様が必ず若様を助けてくださいます。いいですか? もし万が一、葵様の肉体が滅びてしまっても、不死鳥の剣で貫かれた魂は天国に無事行けると言われています。ですが、このまま大魔王に取り憑かれてしまうと、葵様の魂はもう永遠に地獄でさまよい苦しむことになるでしょう。私は魔族ですが、神を信じています。葵様の魂が、救われるように祈っています……」
「そんな……真野山君のこと、どうしてそんなにあっさり諦めるんだよっ!」
真野山君は魔王になるのを嫌がって家出してきた、ちょっとナルシスト気味のスマホゲームが大好きなごく普通の若者だ。
男の子になったり女の子になったりする呪いは、きっと人には言えない悩みだったんだろうけど。けど、真野山君と一緒にスマホゲームのマルチプレイで遊んだり、一緒に学校に通って授業を受けて。友達である事には変わりないのに、それなのにこんな事になるなんて。
「……若様のお父上は大魔王に取り憑かれて……苦しみながら亡くなりました。魂はずっと、地獄をさまよい続けていると言われています。せめて、お父上のようにならないように、楽にして差し上げるのがお父上の最期を知るものとしてできることなのでございます」
真野山君、それにお父さんまでそんな酷い宿命を持っていたのか。
「……なあ歴代の魔王は、みんなグランディアって名前なのか?」
アズサが、ふと思いついたのか突然グランディアという名前に関する疑問をぶつけた。そういえば、大魔王の名前がグランディア、けれど姫様の名前もグランディア。
「ええ、グランディアを襲名するものは、強力な魔力を秘めていて死してもなお、魂が現世で生き続けることもあると言われています。残念ながら、人間の血を引く若様も若様のお父上も、グランディアを襲名するほどの魔力はないのです。そして、伝説の勇者の血をひいているだけあって正義感が高く優しく、魔王としては失格かと。私どもは、そんな優しい若様を守りたかった」
「えっじゃあ真野山君って、本当は大魔王にはなれないって事? でも、魔王としての役目を果たしていたような」
「そうですね。他の種族にバレないように、何代か前のグランディア王のお姿を映像で残し、CGで加工して威嚇していたのでございます……」
まさか、魔族でありながら人間である伝説の勇者の血を引いていることが、そんな形で真野山君の魔力を抑えていたとは。
もしかしたら、伝説のハーレム勇者が世界を平和に導くって、魔王の血を引く娘をお嫁さんにして勇者の血をいろんな魔王に継承させること。つまり、魔王という種族自体を勇者の血をもって消し去るというものなのか?
「真野山君は古代龍の姪っ子の孫なんですよね? なんで、魔王グランディアの子孫なんですか?」
「ゴスロリドール財閥は、古代龍の一族に玉座を奪われて撤退したと言っていました。魔王グランディアはゴスロリドール財閥の先祖なのでは?」
オレ達は、これまでの疑問を次々と訊ねる事にした。何かしらヒントがあるかも知れない。
「それは、古代龍様のお姉様が、魔王グランディアに嫁ぎグランディア姫を産んだからです。玉座だけ古代龍様にささげ、ゴスロリドールの一族は本家から離れました。つまり、ゴスロリドール財閥と古代龍の一族は遠縁ということになります」
グランディア姫は、グランディアの名を継いでいる。下手をすれば彼女は、女性魔王になれる魔力の持ち主ということか……オレにずっと取り憑くくらい、わけないだろう。
「あの先代グランディア姫と大魔王グランディアって、どっちが魔力が強いんですか?」
「戦ったこともないでしょうし、どちらがと言われましても。ですが姫の潜在能力は一族で1番と謳われていたそうです。古代龍様一族の血筋も引いていますしね」
つまり、潜在能力だけならグランディア姫がトップというわけだ。この状況を打破できそうな人物は、オレにずっと取り付いていたグランディア姫だけ?
オレはふと気になってスマホのステータス画面を確認した。伝説のモテスキルモテチートは、まだ健在なようだ。モテチートの説明には『あまりのイケメンぶりに、成仏した幽霊ですら戻ってきてあなたに取り憑く勢いです』と書いてある。
「……もうこのチートスキルに頼るしかないのか……」
これまで女アレルギーをおそれて発動しなかったチートスキル。オレは思い切って、スマホのスキルボタンを押した。
「戻ってきてオレに取り憑け! グランディア姫! 真野山君に取り憑いている大魔王を倒すんだ!」
『モテスキルモテチート発動! 超イケメン勇者モードに移行します』
スキル発動の音声ガイドがスマホから流れ、その場がまばゆい光に包まれた。
* * *
『本当にズルい人ね、必要な時だけ私を呼ぶんですもの。あなた、私の夫にそっくりですわ……』
「頼むよグランディア姫! あなたの孫の真野山君が大魔王に取り憑かれて、ピンチなんだよ! 大魔王に勝てそうな魔力の持ち主なんて、あなたくらいしか知らないし」
『そうね、イクト君にはさんざん取り憑いて迷惑かけたし。私の孫が、早死にするのは可哀想。1度だけ協力しましょう。でもね、相手は大魔王よ……覚悟はできていて?』
オレは覚悟を決めて、黙って頷いた。エスコートするように無言で右手を差し出すと、美しく微笑んで霊体で手を握り返すグランディア姫。
「待ってろよ真野山君! すぐに大魔王を倒して助けてやるからな!」