第二部 第18話 妹と血の繋がりがなくてフラグが立ったんだが
魔王イケメンコンテストまで、あとわずかとなった。一応、世界を平和に導く勇者の因縁という事で二次予選にいかなくてはならないのだが。マリア達がギャンブル巡りをしている隙に改めて、お医者様と最後の話し合い。
「聖なる勇者である君が、魔王イケメンコンテストに出場するのか。まぁ、世界平和の活動の一環だと考えると私に止める権利はないよ。三蔵さんにも付き添ってもらうんだろう?」
「はい、グランディア姫の呪いの方は三蔵さんの真言でどうにかなりそうです。けど、聖なる勇者設定で発生する女アレルギーまでは対処できるかどうか……」
実は口からでまかせで発言したつもりの【聖なる勇者設定】は本物で、オレ自身の女アレルギーは前世の恋人グランディア姫1人の呪い効果だけではないという事が判明した。
桃源郷の病院の医師から明かされる聖なる勇者の宿命と女アレルギーの因縁。なんでも、聖なる勇者様は魔王の玉座を破壊するまでは、女とは過剰に触れ合うことは許されず、清らかな身体を守り通さなくてはいけないらしい。
「イクト君はもしかしたら、ハーレム勇者の宿命と聖なる勇者の宿命を併せ持って生まれてきたのかもしれないね。せめて、冒険の仲間に女アレルギーの類を解決できる聖女がいればよかったのだろうけど」
「聖女か、そういえばカノンが悪役令嬢と対になる存在が聖女だって言っていたな。でも、うちのメンバーに聖女って職業の女の子は居ないんですけど」
たまに話題になる聖女という正ヒロインっぽいポジションの職業、本来的にはパーティーメンバーに1人は聖女がいるようだが。
「もしかしたら、出会いそびれているのかもしれないね。でも、聖女と組むとほかのハーレムメンバーとうまくいかなくなるケースが多いし。まぁ二兎を追う者は一兎も得ず、欲張らないでどんな勇者になりたいのか考えるといいよ。体力が戻れば退院出来るだろうから……ゆっくり休んで下さい」
「分かりました。もう寝ます」
伝説のハーレムを作ったと謳われる2代目勇者イクトスの世界平和のハーレムは、決して万能なものではなかったそうだ。あらゆる女と遊びつくした2代目勇者イクトスには、魔王の玉座を破壊する聖なるパワーが出せなかったのだという。
そして、ハーレム勇者では解決できなかった玉座破壊問題を、聖なる勇者として生きる決意をした3代目イクトスが解決したのだとか。
2代目はハーレムを全うして、3代目は清らかな人生か……同じイクトスの称号持ちでも随分人生が違ったもんだな。聖女にも出会えて居ないし、自分の身は自分で守るしかないのか。
いや、ハーレムも清らかすぎる身もどちらの人生も極端すぎる気がするし、オレらしい別の人生を考えた方が良い気がするが。
仕方がない、今できる事を取り敢えずしよう。まずは、身体を完全に治すか。
* * *
そろそろ退院、という時にオレの病室にギャンブル巡りに行った仲間達が帰ってきた。どうやらこの数日、いろいろなギャンブルスポットに遊びに行っていたそうだ。
うつむきがちにとぼとぼと歩き、何やら暗いオーラを漂わせている……まさか!
「すみません、イクトさん……大穴を当てるつもりが、全額負けてしまいました。法科大学院のために借りたお金全部使ってしまって」
やっぱりな、そんな事だろうと思ったよ。よく考えてみたら、こんなギャンブル狂いの女達と半強制的にハーレムという設定のために婚姻を押し付けられるなんて危険極まりないだろう。
負債を背負わされるくらいなら、独身で居た方が気楽である。他人の借金のためにオレまで苦しむなんて馬鹿げてるもんな。
聖なる勇者設定のおかげで、マリア達の魔の手から逃れられるならそれもいいだろう。
法科大学院と新司法試験を受けるために借りた準備金を、全額ギャンブルで使い切った仲間達。でも、婚約者でもなければ、結婚相手でもないオレには無関係な話だ。勝手にマリア達が、いろんな所で借りた金額を自力で返済すればいい。
だが、何を思ったかオレの顔をじっと見つめから、カバンをガサゴソとあさりポケット型の本を取り出し始めた。おそらく、法学部の生徒が勉強のために愛用する小型の六法全書だろう。
小型六法全書を片手に、マリアが民法・物権・債権のページをパラパラめくって、怪しくチェックし始めた。
「イクトさん……イクトさんの家って持ち家ですよね? 私達3人がイクトさんのお嫁さんになれば、あの家は私達のものですよね? あの、抵当権かけていいですか?」
オレには、もうマリアに向けて返す言葉がなかった。
そもそも、どうして恋人でもないのに、すでに冒険の仲間の3人と結婚する方向に話が進んでいるんだ? しかも3人って何……。日本の今の法律じゃ、異世界の一夫多妻制と違って3人も嫁にするのは不可能だぞ。
これが俗に言う押しかけ女房なのか? それにしても、こんなにたちの悪い押しかけ女房聞いたことがない。
なんとも言えない悪い空気の間に入ったのは、妹のアイラだった。
「いい加減にしてよ‼ どうしてお兄ちゃんが、こんな人たちをお嫁さんにもらわなきゃいけないわけ⁈ もうやだ‼」
ついに、温厚で可愛らしいアイドルの妹アイラが切れた。
怒りに身を震わせながら涙目で、マリア達を追い返そうとしている。
交際相手でもないのに、どんどん私生活に入り込み、ついに実家を抵当権にかけるとまで言い始めたマリア達にマジギレだ。
「いいぞアイラ……! 我が家を守るんだ」
だが、そんな様子のアイラをマリア達は鼻で笑って、強気な態度だ。くすくす笑いながら、勝ち誇ったようにアイラに告げる。
「アイラちゃん……かわいそうだけどアイラちゃんの実家はいずれ、イクトさんのお嫁さんのものになるんです。アイラちゃんのものにはならないんです。アイラちゃんはアイドル活動で収入も得ていますし……立派な社会人です。他の中学生とはわけが違います。そろそろ独立して出て行かれたら?」
いきなり、恐ろしいことを言い始めたマリア……六法全書をバイブルにし始めたせいか、抵当権だの民法に出てくる用語を使い始めて、タチが悪くなっている。
だが、アイラは負けなかった。オレのことをキュッと抱きしめて、マリア達に宣言をし始めた。
「いいもん! こうなったら私が、お兄ちゃんのお嫁さんになるもん! そうすればずっとずっと、家族みんなで仲良く暮らしていけるもん! マリアさん達には渡さないもん!」
顔を見合わせて、目を丸くするマリア達。
「アイラちゃん、妹とお兄さんじゃ結婚できないでしょう? よく考えてください」
しかし、アイラは自嘲気味に無言でフッと笑う。
「結婚……できるもん……だって私とお兄ちゃん……血のつながりないから」
「?」
「?」
「!」
「今なんて言った? オレとアイラって、よく顔が似てるって言われるし、間違いなく兄妹のような気がするんだけど」
意外な展開に、静まり返る病室。アイラはオレに抱きついたまま、話しを続ける。
「お兄ちゃんは知らないかもしれないけど、実は私、養子なんだ……顔が似てるからナチュラルに兄妹に見えるでしょ? それで引き取られたんだよ。異世界アースプラネットからね……私も知ったのがつい最近だから、知らなくてもしょうがないよ」
「なんだって⁈」
実の妹だと思われていたアイラは、異世界人だったのか?
これは一体?
「っていうかなんでみんなオレの意思を無視して、勝手に結婚相手になろうとしてるの? オレって何?」
「お兄ちゃ……ううん。イクトさん、こっち向いて!」
アイラの方に顔を向けさせられるオレ。小さい時から見慣れている可愛い妹のアイラが他人?
アイラは意を決したのか大きな瞳を潤ませ、ツインテールを揺らしながら、顔を近づけてきて可愛らしい唇でチュッと俺のほっぺに触れるだけのキスをした。
……可愛い妹アイラが他人だったという衝撃の告白により心臓がバクバクしているのに……ヤバい……このままじゃ……と思ったが……。
予想外の展開に動揺するも、不思議と女アレルギーは発症しない。
これは一体……?
「私達、兄妹として育てられたから女アレルギーが発症しづらいんだよ……この呪われた体質じゃ、一生恋人なんか出来ないだろうし……私16歳の誕生日にはイクトお兄ちゃんと入籍するもん! そのまま、あの家で新婚生活だもん、1年後には子供が産まれて、ハッピーエンドになるんだから、マリアさん達は邪魔しないで!」
「ギャルゲーやライトノベルじゃあるまいし! いったい何を?」
「ギャルゲーでライトノベルな展開だと、血の繋がらない妹と結婚ルートが正義だもん! 私が血の繋がらない妹ヒロインなんだから、マリアさん達はもう退場してよ!」
「何のための一夫多妻制ですの? 勇者様の独占はズルいですわ!」
すっかり激しい口論と化している……そもそも一夫多妻なのは異世界だけなのに、まさか地球でも実践するつもりなのか。
その後もオレが誰を嫁にするのか、正妻は誰になるのか、財産分与は? など恋人でもないのに、いろいろ通り越してドロドロした話の流れになっていった。
オレは仲間達に気づかれないようにこの場を立ち去り、いつの間にか自宅側に繋がるように新設されたワープゲートをくぐり家に帰宅した。
* * *
素早く風呂に入り、二階にある自室に戻り、程よく固い慣れた自分のパイプベッドに横になる。やっぱり自宅のベッドが1番休まるし心地良い……時計をみるとまだ夜の9時。
普段なら起きている時間だが、明日はコンテストなので流石のオレも緊張して眠れなさそうだ。
なので早めに休みたい。
すると、後から帰宅してきた義理の妹(仮)アイラが、ドアをドンドンと叩いてきて涙目で俺の部屋に入ってきた。
実は血の繋がりがなかったということを告げてきた後だ……情緒が落ち着かないのだろう。
アイラは、あの修羅場が怖かったのか震えながらぎゅうっと抱きついてきた。
「私、お兄ちゃん大好き……お兄ちゃんは……?」
「オレもアイラの事が大好きだよ……大丈夫だから安心して寝ていいよ」
甘えてくるアイラを抱きしめ返して宥めてやる。するとアイラは少し安心したようで
「今日はいきなり色々言ってごめんなさい……お兄ちゃん……おやすみなさいのキスして……」
アイラにねだられて、おデコにおやすみのキスを贈る。
「お兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん……」
そう呟きながら、疲れたのかアイラはすやすやと眠ってしまった。アイラがよく眠れるように頭を撫でてやる。
女の子が好みそうなシャボンの香りがして……不思議と落ち着く……オレって他人相手だと女アレルギーが起きるのに。
これも兄妹として育てられたからなのか……?
悪かったなアイラ……血の繋がりがあっても無くても、オレのアイラの事を大事に思う気持ちは変わらないが、アイラ本人の口からそれを告白する事は勇気が必要だったはずだ……。よっぽどマリア達の魔の手から、自宅を守りたかったんだろう。
明日はついに魔王イケメンコンテストか……こうなったら優勝して魔王に転職してドロドロした仲間達とスッキリした関係になりたいものだ……。
時刻は夜の10時過ぎ……結局オレの部屋のベッドは熟睡してしまったアイラに譲り、オレは一階のリビングにある上質なソファベッドで眠ることにした。上質な割に普段あまり活躍の機会が無いソファベッドだ。値段もパイプベッドの数倍はするものだし、たまにはいいだろう。
……何故かいつものパイプベッドで寝るときよりも、ソファベッドの方が熟睡できたのは謎である。
* * *
次の日。
ついに始まった魔王イケメンコンテスト二次予選……二次予選に通過したのは各種族から2人ずつの選出だった。
【人間族】
①オレ(結崎イクト)職業勇者兼高校生
②某有名ファッション誌モデルの大学生
【エルフ族】
③エルフ族のイケメン吟遊詩人
④エルフ族のイケメン狩人
【ドワーフ族】
⑤ドワーフ族のショタ系中学生歌い手
⑥ドワーフ族のショタ系ゲーマー実況者
【魔族】
⑦魔族のイケメン神官(年齢不詳)
⑧元魔王の真野山葵君(男の娘?)
二次予選といいつつ、人数も少ないし、ほぼ本選と言ってもいいだろう。二次予選は歌とダンスがメインだという。
「……いいぜ、聴かせてやるよ。オレの、神がかったハイパーボイスをな‼」