第二部 第16話 3人の花嫁?
黒毛和牛魔王を食べて取り憑いていた幽霊が満足したのか、それともセクシー美女三蔵法師が何か術を施してくれたのか……その両方なのか……?
いつの間にかオレに取り憑いていたグランディア姫の霊魂は成仏し、オレは女アレルギーではないごく普通の勇者兼男子高校生になったのである。
* * *
オレ達は牧場付近のキャンプ場で黒毛和牛ステーキを堪能したのち、桃源郷の近くにある『天竺桃源郷キャンプ場』の併設のコテージで宿を取ることにした。
「うわぁ、ここのコテージすごく綺麗だね。あのね、外の共同スペースでイベントをやってるんだって。ねぇお兄ちゃん、見に行ってもいい?」
「ああ、クエストはもう終わったし自由行動していいぞ。遅くなるなよ」
「はぁい、じゃあ行ってきます!」
パタン! コテージの扉が閉まる音が響く。アイラは軽やかな足取りで、屋外のイベント見学へと出かけて行った。オレの女アレルギー除霊の儀式を無事に終えて、気分が落ち着いているのかメンバー達は皆楽しそうな表情だ。
「アイラちゃん、元気になったみたいで良かったですわ。やっぱり、イクト様の女アレルギーの事が心配だったのですね。心なしか、表情がいつもより明るく感じましたわ」
「ははっ。そういえば、そうかもしれないな。アタシもイクトの女アレルギーは気になっていたから、これを機に体質改善が成功して良かったと思うぜ。いろいろあったもんなぁ」
エリスもアズサもオレの女アレルギーが気がかりだったようで、肩の荷が降りたかのような表情でこれまでを振り返る。
「異世界ハーレムものと揶揄されている私達ですが、実際はメンバーのほとんどはイクト様に気を遣った露出を控えたファッション。まぁ過剰に露出しなければ、スカートやハーフパンツは着用していますけど」
「そうだな。他のファンタジーRPGキャラみたいにバリバリ露出したファッションは、これからもしないだろうけど。まぁエリスもこれからは自由にミニスカだろうが、なんだろうが楽しめるぜ」
「今流行のミニスカ神官装備でも今度挑戦してみようかしら? いいですわよね、イクト様?」
「えっああ。女アレルギーが出なければ、ミニスカでもなんでも……そっか、今まで窮屈な思いをさせてたんだな。これからは、自由にオシャレを楽しんでくれよ」
年頃の若い女性特有のオシャレが今まで出来なかったのかと思うと、ちょっぴり申し訳ない気持ちになる。エリスもつい嬉しくてファッションについて話しているのだろうけれど。
盛り上がるエリスとアズサを横目に、コテージ内の様子を見渡して、水分補給が出来そうなものがないか探す。黒毛和牛魔王達のステーキは美味しかったが、ガーリックを中心に濃い味付けのものも多かったせいで喉が渇いている。
そんなオレの様子を察したのか、手際よくマリアがコテージにあらかじめ用意されていた食器を洗い、飲み物を飲めるように準備を始めた。
「砂漠地帯は、喉が渇きますよね。あっここのコテージの冷蔵庫に、ジャスミンティーのペットボトルがありますよ。みなさん飲みます?」
「ああ、一杯いただこうかな? 水分補給したら、着替えて一休みしよう」
コテージはかなり広めで、就寝できる部屋の数も多い。といっても、女性陣は2人ひと部屋になるのだろうけれど。メンバーはそれぞれ部屋で休んだり、大型テレビの置いてある談話ルームで休憩したりとリラックスしていた。
オレは、談話ルームに移動してセクシー美女三蔵法師から除霊後のアフターケアについて教えてもらう事に。
「じゃあ、きちんと除霊が終わっているか確認するわね。真言を唱えるから、イクト君も一緒に唱えて……」
三蔵さんが、数珠を片手に難しい真言を唱え始めた。オレもルビが振られた真言書を手渡されて、素人ながらも一緒に唱える。
真言にはルールがあるらしく、規定の回数をセットにして唱えるとかで、メジャーな数である108回唱える事になった。
108の煩悩と言うくらいだし、厄除け厄払いで有名な除夜の鐘のごとくその回数分真言を唱えれば、何かしらのご利益もあるだろう。
「……お疲れ様でした。108回、きちんと真言を唱えられたわね。どうかしら、体の調子は? 何か霊的な障りとか、まだ感じる?」
「いや、大丈夫です。というより、なんか身体が軽くなったなぁ……。肩のコリが取れたっていうか、今まで何か重いものがズッシリとオレの肩の乗っかっていたような感じだったけど……」
オレは軽くなった肩をグルグル回してみた。まだ幽霊から解放されたばかりなので、コキコキ音が鳴るもののだいぶ健康になった感じがする。
「もしかしたら、これまでのイクト君には常時グランディア姫の怨念がまとわりついている状態だったのかもしれないわね。最近の人はパソコンやスマホが手放せないでしょう? だから、ただの肩こりか何かだと思って霊的な障りだと気付きにくいのよ」
「オレもてつきり、スマホゲームが原因の肩こりだと思っていたからなぁ。まさか、女アレルギーが治るだけじゃなくて、肩こりまで治るなんて……。ずっと持病だと思っていたから、本当に助かりました」
改めて、三蔵さんにお礼をして頭を下げる。たとえば、女アレルギーの症状が出ないとしても常時幽霊に取り憑かれているんじゃ、今後の人生よからぬ方向に行くだろう。たとえば、若年でトラックに轢かれたり何かの事故に遭って帰らぬ人になるとか、異世界転生ものにありがちないろいろに巻き込まれそうだ。
「まだ除霊が成功したばかりで身体が本調子じゃないでしょうから、あまり無理しないほうがいいと思うわよ。朝にお経を唱えるとか寝る前に聖書を朗読するとか、何か幽霊の嫌がることをして姫の霊魂が戻ってこないように工夫したほうがいいわね」
「へぇ、真言とかお経の他にも聖書でもなんでも良かったのか。そういば、小さい頃は家族に連れられて教会によく行っていたけどすっかり行かなくなったな。また、どこかに通うといいのかな?」
「私は三蔵という職業柄、除霊の時にはお経や真言がメインだけど、幽霊に効きそうなものならなんでも良いのよ。教会系だったら、エクソシストが悪魔祓いで有名よね……イクト君の住んでいる国にもエクソシストがいればいいんだけど」
「エクソシストが日本にいるかは分からないからなぁ。でも、お祈りに通うだけでも効果があるなら何か検討してみよう」
「ええ、幽霊にとり憑かれないように是非そうしてちょうだいね。次は、日常生活で幽霊が出入りする入り口になっていそうなものを調べてみましょうか」
「はい、お願いします!」
三蔵さんにアドバイスをもらっていると、マリアが話があると言ってめずらしく真面目な顔つきで談話室にやってきた。マリアが目配せをした先には他のメンバーの姿。気がつくと、アズサやエリスも一緒である。
マリアはロザリオを手にして祈るような表情で微笑み、アズサやエリスもいつになく緊張しているような雰囲気だ。つまり、みんないつもとノリが違う……なんだろう?
「あら、大切なお話があるみたいね。私は席を外したほうがいいかしら……?」
「あっいえ、前世に関わる話なので、できれば三蔵さんにも一緒にいてもらえたらと……」
「前世……そうか、あなた達も輪廻に縛られているのね。分かったわ、私でよければ見守り役としてお話を聞きましょう」
セクシー三蔵がその場から離れようとすると、マリア達は前世についての話だから、セクシー三蔵にも話を聞いてほしいとのこと。
「イクトさん……結崎イクトという名前が伝説の勇者ユッキーと同姓同名というだけで前世扱いして申し訳ありませんでした」
めずらしく、かしこまった3人が礼儀正しくオレに頭を下げる。
「やめてくれよ! 前世なんか存在しないって話で終わったし、もういいんだよ」
すると3人は顔を見合わせて、それぞれアクセサリーをオレに見せた。マリアはキレイな金銀と天然石のついた髪飾り、アズサはキレイな羽根飾りをあしらった金銀と天然石のペンダント、エリスは天然石と金銀でできたブレスレット……それぞれ似たデザインだがこれは?
「このアクセサリー……私たちそれぞれ産まれた時には、すでに手に握って持っていたそうです。なんでも前世からの持ち物で、生まれ変わってもずっと身につけていられる魔法がかけられているとか。伝説の勇者ユッキーも、これらとお揃いのアクセサリーを持っていたそうです」
そうだ……オレが見た前世の悪夢が本当のことならマリア、アズサ、エリスは勇者ユッキーの側室になったんだった。でも、オレは産まれた時には何も手に握っていなかったぞ。
「……ゴメン。オレ、それとお揃いのアクセサリー持ってないや。本当にオレ、伝説の勇者ユッキーとは関係なかったんだな」
「……そうですよね。今までいろいろ申し訳ありませんでした」
後から考えると、ここまで顔も名前もそっくりなオレが伝説の勇者と関係ないハズが無いのだが、この時は転生時にたまに発生するいわゆる『リセット』という現象について知る前だったので、本当に勇者の生まれ変わりではないと思ってしまった。
実際はさらなる前世の因縁が、オレを待ち受けているのだけれど……。
これからどうなるんだろう……彼女たちはオレが勇者ユッキーの生まれ変わりだと思ってついて来てくれていたのだとしたら、このパーティーは解散なのかな。
「私達話し合ったんですけど、私達も前世の因縁にとらわれて生きていくの、止めようと思うんです。これからは自分の意思で、新しい勇者イクトさんについていきたいんです! イクトさん……改めて私達を冒険の仲間にしてもらえませんか?」
真剣な眼差しで告げるマリア……うなづくアズサとエリス。
オレは驚いた……オレの前世が勇者ユッキーでなくても、一緒に冒険したいと言ってくれるのだ。
「いいのか? オレなんかで。最近まで女アレルギーだったし……」
すると、アズサはいつもの調子で笑いながら、「当たり前だろ? アタシ達が協力して、女アレルギーを治してやったんだ! これからもキッチリ一緒に旅するから、覚悟しとけよ!」と俺の背中をポンと叩いた。
「私……自分のご先祖様の生まれ変わりと結婚するのは、少し抵抗があったんです……イクトさんがユッキーと関係なくてよかったですわ。女アレルギーも治ったことですし、キチンと私達3人のことお嫁さんにしてくださいね! アースプラネットは一夫多妻制ですから‼」
いつも清楚で控えめなエリスから、思わぬ爆弾発言が飛び出す。
エリスは何かを決意したのか、俺の手をきゅっと握りしめてきた。エリスの目が潤んでいて頬も心なしか赤い……オレは思わず美しいエリスに見惚れてしまう。
「お嫁さん? 3人ともオレの?」
オレは3人が、本気でオレの嫁になるつもりで一緒に旅しているとは考えていなかったので、予想外のセリフに驚いてしまった。
「……イクトさんの女アレルギーも治ったことですし……今日は、誓いの儀式を迎えることができますね……出会った順に花嫁になる事になったので、私が最初になりますがいいですか?」
「誓いの儀式だと⁉」
いつもと違い、頬を赤らめながら大胆なことを言い始めたマリア……。
「イクトさん……好きです……」
今までのキャラを覆すかのごとく、後ろからオレに抱きついてきて大きい胸を『当ててんのよ』してくる……押し付けられた胸は、大きく柔らかく……心臓の音が聞こえる。
「イクトさん、聞こえますか……私の心臓の音……」
マリアのドキドキした音……緊張しているのだろうか……なんだか鼓動が速い。
「私と結婚してくれますか……?」
聖女のような優しい表情でキスを迫ってくるマリアは、ものすごく美しくて、オレは思わず動悸が苦しくなり心臓の様子が……あれ? この症状は……?
ブチッ!
「ぎゃあああああああ!」
その瞬間、オレは超突発型急性花嫁系女アレルギーを起こし、ジンマシンと発作に苦しみながらその場で気を失った。
「イクトさん⁉」
張本人のマリアが驚きの声をあげ、前世の因縁解消を確信していたはずのアズサ達が思わず駆け寄る。
「女アレルギー治ってないぞ! おいっイクトしっかりしろ⁈」
「一体どうして⁈ イクト様死なないで!」
「仕方ないわね……早く救急車を! イクト君、大丈夫?」
『救急車です! 急患が出ました! 道を開けてください。急患です……』
『えっ急患? なんでも女アレルギーの勇者様が、女に色仕掛けされて……ざわざわ』
ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー……。
遠のく意識の中で、仲間達からの疑問の声と外から集まったギャラリーの噂話と、そしてお約束の救急車の音が聞こえた。