第二部 第14話 セクシー美女三蔵法師
「キミ呪われてるわね、呪いを解く方法……この三蔵法師が教えてあげるわよ」
天竺へと向かう道中の飲食店に立ち寄った際に、オレは突然セクシー美女三蔵法師に声をかけられた。
三蔵法師といえば、真面目でイケメンなハイクラス僧侶か女性っぽい優男を想像しがちだ。だが、今目の前にいる三蔵法師はそのいずれにも該当していなかった。まず、性別が女性なのである……今時は女性の僧侶にも三蔵法師の位を与えているのか……と、ちょっぴり感心。高位の称号であるとされている三蔵法師を名乗るのだから、きっとレベルの高い法力の持ち主なのだろう。
「えっと、三蔵法師さんってあの有名な西遊記に出てくる?」
「女だてらに三蔵っていうのも珍しがられるけれど……ほら、見てこの経文……三蔵にしか持つ事が出来ない特別なものなの」
ちらっと見せてくれた経文……中身は強力な呪印があるらしく見れないようだが、封印のために記された刻印が最高僧である事を証明するものだという。
「確かに、最高レベルの僧侶にのみ許される特殊な刻印ですわ! 間違いありません、イクト様。この方は本物の三蔵法師様です」
エリスが、神官呪文で経文に手をかざして高い法力を確認する。
セクシー美女三蔵は、上半身は爽やかな白い半袖ブラウス。大胆に胸元を開けて巨乳が目立ち、黒ビキニがチラリと覗いている。下半身は美脚を強調するショートパンツ、頭には三蔵法師風の金色の小さなカンムリをつけて、黒い巻き髪を斜め横に束ねて結んでいるその豪華な盛り方はホステス嬢かキャバクラ嬢かというような華やかさだ。
「はじめまして、お目にかかれて光栄ですわ。私、ハロー転職専門神殿にて神官を務めるエリスと申します。今は、勇者イクト様の元で世界平和のために神託のチカラを活かして微力ながらともに戦っております」
「あら、あの有名なハロー神殿の……三蔵法師になれなかったら、私もそこで転職のために修行していたかもしれないわ。エリスさん、こちらこそよろしくね」
「立ち話もなんだし、場所を変えて話そうぜっ! もう、ステーキランチは食べちゃったしな。自己紹介はその後だ!」
「それもそうね、この辺りにはちょっと詳しいの。ここから歩いてすぐの場所に、旅人に解放されている自然公園があるわ。そこに行きましょう」
* * *
エルフ剣士アズサの提案と三蔵の案内で、場所を飲食店から公園へと移す。しかし、オレの女アレルギーって見る人が見ると原因がバッチリわかるものだったんだな。妖艶な三蔵法師だが、霊感は高いらしくオレの女アレルギー症状について当てて見せた。
つまりそれは、オレの女アレルギーの原因が霊障の一種であることを示している。恐ろしい事だ。
セクシー三蔵による除霊カウンセリングゆっくりと受ける為に、桃源郷が開発運営する公営公園に移動。桃源郷の公園には野生の孔雀が沢山お散歩しており、和やかなムードが漂っている。
オレの感覚からすると珍しい動物孔雀がこんな間近で見られるなんて有料施設でもおかしくない気さえする。公園内をゆっくり散歩しながら、一通りメンバー紹介を終えて孔雀鑑賞を楽しみながら世間話だ。
「わあ、孔雀さんだ! 可愛いっ。ねえ、お兄ちゃん知ってる? 孔雀さんって派手な色した子達はみんなオスなんだって。メスにアピールするために華やかにしているのかなぁ?」
「イケメンコンテストを控えている立場としては、孔雀たちのことを見習うべきなのかもな。羽広げて求愛したり、綺麗だけど努力家だぜ。なぁイクト!」
まったりと、道行く孔雀を観察する妹アイラとイケメンコンテストでの審査内容を孔雀のアピール力の高さに例えるアズサ。
どう返事をして良いのか分からず、曖昧に「ああ、うん。孔雀可愛いよな」と言ったセリフしか発する事が出来なかった。
「でも、こんなに可愛い孔雀たちをお散歩させているのに……入場料とか取る気ないんでしょうか、この公園。私だったら、ドリンク一杯分くらいの料金払っちゃうけれど……」
「ああ、あなたたちの住んでいる地域では孔雀が珍しいのね。ここ、桃源郷ではどこにでもいる野生の鳥だから入場料の類は取らないわ。この公園以外でも、たくさん孔雀は見られるわよ」
どうやら、桃源郷では孔雀は鳩とか雀のようにどこにでもいる存在なんだとかで、この公園は無料で使用可能だ。時折買い物袋を下げた天女風ファッションの女性や、チワワと散歩中の少女を見かける。ちょうど、カウンセリングを行うのに良さそうなカフェスペースを発見。売店でタピオカ入りドリンクを注文して、セクシー三蔵さんとイスに腰掛ける。
一応、プライバシーを配慮してカウンセリング中は他の仲間たちはお土産品が販売されているショップで買い物をしてくるそうだ。
「じゃあ……カウンセリングを始めるわよ……準備はいい? まずは手相から……ふむふむ……あとは姓名判断、そしてスピリチュアルオーラカウンセリングよ」
「やっぱり、オレの手相とか姓名判断とか、何か問題ありますか?」
「いいえ、手相は普通ね。姓名判断は……結崎イクト……総画29か……。やや強い運勢の持ち主だけど、とても良い数だわ。と、いうことはやっぱり……前世や因縁関係を調べて……」
セクシー三蔵が数珠を片手に何かを唱え始める。それが、お坊さんが唱えるお経と呼ばれるものなのか、それとも法力を使う際に唱えるらしい真言と呼ばれる種類のものなのか……。残念ながら、専門的な知識がないオレには判断できなかった。
一瞬……オレたちのテーブル周辺が不思議な光に包まれる。スピリチュアルオーラ鑑定の結果が出たのか? 緊張感が漂ったのはその瞬間だけで、あとはのどかな公園の雰囲気に戻るのであった。
だが、セクシー三蔵にはオレに見えない誰かがみえているら視えているらしく、オレの後ろの誰かと会話をし始めた。
「はぁ……そう、そうなのね、それであなたはどうしたいの? えっ勇者ユッキーがハーレムで黒毛和牛……それで丑の刻参りを……。ねえちょっと待って、あなたもしかして刻参りの正しい知識が無いのに術を……えっ術は効いている? そういえば、確かに」
ため息をつくセクシー三蔵……後ろの誰かと会話を打ち切り……鑑定結果を告げる。
「キミの女アレルギーの呪い……前世の恋人からかけられているみたいね……。彼女の名前はグランディア姫……どう? 心当たりあるかしら?」
そのものズバリを言い当てられて、言葉に詰まる。
「うっっっ! グランディア姫といえば、勇者ユッキーが前世で結婚していたお姫様の名前だ。けど、オレの前世が勇者ユッキーって決まったわけじゃ無いし」
「そう……でも残念ながら、君の後ろにドレスを着た可愛い女性の霊魂が見えるわよ。ちゃんと『グランディア姫と申します! 好きな食べ物は極上の黒毛和牛ステーキです』って自己紹介まで」
「なんだか、想像しているより、フレンドリーな幽霊だな。まぁ真野山君の先祖だし、そういう雰囲気の人なのか?」
前世の夢で見たグランディア姫の姿は、元・超美少女に見える男の娘魔王である真野山君にそっくりだった
しかも、そのまま本当に女性だったのだ。案外、素の性格は真野山君を女性にしたような感じだったのかもしれない。
でも、真野山君って可愛いだけじゃなく性格もすごく優しいし……。とても呪いをかけるような人物には見えないよな。同じ血統でも、性格までは違うのだろうか?
「可哀想に……今でも四六時中キミの生活を見張っていて、未練がすごいわよ。霊魂はキミのハーレム状態を嘆き苦しんでいるわ。キミって前世でよっぽど女好きだったのね……。前世の恋人、どうやら呪いをかける為に丑の刻参りをしたみたいね。今でも黒い牛を見ると過剰反応を起こしているわ」
「なんだって⁉ 前世のオレの恋人グランディア姫は、まだ成仏していないどころか、四六時中オレの後ろについている? どうりでおかしいと思ったら……そういえば、姫は丑の刻参りで、ラストに黒毛和牛専門店でステーキを食べていたな」
「丑の刻参りは、七日間儀式を続けて最後の七日目の帰り道に黒い牛に出会い、それをまたぐと儀式が成功すると言われているの。黒い牛というのは、当時の牛車のことを指すのよ。つまり通行人に出会っても、何事もなかったようにまっすぐ家に帰れば儀式は成功ってわけ。でもあなたの前世の恋人は、意味を勘違いしちゃったみたいね。黒毛和牛をたくさん食べれば儀式が成功するって、未だに信じているみたいよ。彼女の霊魂、キミの後ろでステーキナイフを持って、黒毛和牛を食べるポーズを取っているもの!」
「そうなのか⁈ まだ儀式は完成していないってこと? じゃあどうしてオレは女アレルギーなんだよ⁈」
ぜーはーと、驚きと焦りで興奮気味のオレに三蔵がさらなる鑑定結果を突きつける。
「キミの女アレルギーの原因はズバリ、その後ろについている前世の恋人そのものよ! 彼女の魂がキミが他の女性と親しくすると嫉妬して、気絶させたりジンマシンを起こさせたりしているようね……キミが女アレルギーから解放されるには、キミに取り憑いている前世の恋人の魂を成仏させるより他に方法はないわ‼」
「成仏……」
オレは対処法で幽霊除けに天然塩を持とうとしたが、呪いで塩が腐敗してしまい、使うことすらできなかった。
「役に立たない塩だな、腐敗してやがる」
異臭を放ち始めたので、桃源郷の公園に設置されたゴミ箱に捨てざるえなかった……。この現象は、オレにかかっている呪いがすごいのか……。オレに恋人ができないようにする前世の恋人からの呪いか?
他にもセクシー三蔵法師から数珠ブレスレットを渡されたので、身につけてみるも即ブレスレットの紐が切れてしまい、数珠の水晶は粉々に砕け散った。
「なんか呪いのパワーが強くなっている気がする」
普段温厚で純粋なゲーム少年のこのオレにも、我慢の限度がある。ついに怒りが限界値を突破してしまい、見えない幽霊に対してマジギレしてしまった。
「そもそも前世の恋人というだけで、オレ自身の恋人というわけではないのになんなんだ‼ 伝説の勇者ユッキーこと結崎イクトだってオレとは同姓同名の別人じゃないか? 前世ですらないよ! それなのに勝手に恋人ヅラして、腐った塩に異臭を放たせるとか、おかしいにも程があるだろう⁈ 悪夢を通して前世だなんだ言われても、恋人でもないのに迷惑なんだよ!」
ブチ切れたオレは怒りと憎しみで、役立たずの腐った塩をスニーカーでぐちゃぐちゃになるまで踏みにじった……。俺の足元には、ぐちゃぐちゃの呪われた塩と粉々に砕けた水晶の破片が散乱していた。
ゼーハー息を切らして珍しく怒るオレ。
異変を察知したのか、それともどこかでオレの鑑定を見守っていたのか……。どこからともなく、姿を現したマリアがオレをなだめるように、背中をさする。いつの間にかマリアの手には、ロザリオが握られている……さすが、修道院育ちである。
「イクトさん……落ち着いて下さい……同姓同名というだけで前世扱いした私たちも悪いんです。イクトさんはイクトさんです。前世なんか存在しません。私たちの大切な仲間です……幽霊なんか私が除霊してあげますから……」
「そうだ! イクト落ち着け! アタシ達はちゃんとお前個人を認識してるぜ! エルフの里から、何か良い除霊グッズをもらって来てやるから……」
「そうだよ! おにーちゃんはおにーちゃんだよ!」
通りすがりの孔雀も羽を広げて、何かを訴えている……三蔵曰くオレを励ましているそうだ。
「孔雀にまで同情されるオレって……」
麗らかな桃源郷に似合わないマジギレの仕方をするオレに事の重大さを感じたのか、セクシー三蔵は最終手段を提案。
「……あとは最終手段で、黒毛和牛魔王を討伐してステーキにして食すしかないわね……黒毛和牛魔王の肉を食べれば、どんな呪いもたちどころに消えて、強力な幽霊に取り憑かれていても一瞬で成仏するらしいわよ」
もういっそのことオレが丑の刻参りして、呪い返ししたい気分だった。だが、呪い返しの提案は仲間達に必死に止められてしまい遂行する事ができなかった。
そんなわけで、オレ達はセクシー三蔵法師をゲストメンバーに迎え、黒毛和牛魔王を討伐しステーキにして食すことにしたのである。