第二部 第12話 天竺、そして桃源郷へ
無事女アレルギーの治療を終えて退院したオレ……しばらく女との接触を避けて自宅療養だ。
カチカチと壁にかけられたアナログ時計の音が部屋に響く……時刻は13時を過ぎたところ。こうして、テレビもつけずスマホも見ずに大人しくしていれば、体力そのものは次第に回復するだろう。ついつい、スマホのアプリを立ち上げてゲームをプレイしたくなるがちょっぴり我慢だ。
二階にある六畳の自室のベッドでごろりと休む姿は、療養というより学生の気ままな休日のひと時といった雰囲気。ぼんやりと、くすんだアイボリーの天井と、やや年季の入ったクロスが印象に残る自分の部屋を眺める。
小学校低学年の頃からこの部屋で過ごし始めて、今じゃもう高校生か。部屋の経過がすごく気になるといわけではないが、そろそろ部屋のリフォームを行いたいところだ。
課金を少し自粛して、インターネットのアルバイトで貯めたお金でクロスの貼り替えくらいは行おうか? いや、でも大学進学の際にはもしかしたら一人暮らしをするかもしれないし、リフォームは必要ないのかもしれないが……。
「ふう……何だかんだ言ってまだ昼間だし、何だか眠れないな」
ため息をついて起き上がると、パイプベッドがギシリと鳴った。まずは、このベッドを新しく買い直す事から検討するか。ぼんやりとした頭で予算を組み立てて、デスクに向かう。暇だし、体調もだいぶ良いので掃除をしても良いだろう。
何気なく飾られたフォトフレームには、小さい頃の思い出の写真。
その中には、幼い頃に撮った幼馴染カノンとの写真も確認出来る。赤茶色の髪の毛をポニーテールに結わいたカノンは、小さい頃から可愛らしい。当時小学生だったオレも、今に比べるとかなり女アレルギーはマシだったようで、平然とカノンと並びVサインをカメラに向けて送っている。
「女アレルギーが、酷くなる前のものか……。中学進学あたりから、格段にアレルギーが酷くなったんだよな。あの頃はまだ、女の子が少し苦手なだけのシャイな少年だった」
まだ、数年前のことなのにまるで大昔の出来事のように感じるのは、入院期間中に前世の記憶を蘇らせられたせいだろう。
前世と推定される勇者ユッキーは、女アレルギーどころか天然のジゴロという呼び名がぴったりな極稀にみる女好きだった。しかも、前世の自分を褒めるのも変だが、客観的にみるとおそらくユッキーはイケメンで、大抵の女の子ならオトせる自信に満ち溢れていた。
次々と美少女たちを口説き落とし、一夫多妻制なのをいいことにどんどん妻を増やしていくユッキー。まさに彼こそが伝説のハーレムと言った感じだ。しかも、本人は本能の赴くままに女の子とイチャイチャしていただけなのに、魔王の娘ともフラグを作っていたおかげで世界を平和に導いてしまった。
いわゆる『異世界・転生・ハーレム系Web小説』というのは、あのように美少女を攻略していき、都合よく世界を救う……というものなのかもしれない。
「伝説のハーレム、世界平和のハーレムかぁ。確かにユッキーは女好きだけど、本当の意味では悪いやつじゃなかった感じだ。女の子達のことをなんだかんだ言って大切にしてたし……。女アレルギーのオレとはスタートラインが違うんだよな」
仲間のマリア達は、いつの間にかオレの花嫁になる気全開らしく、世界平和のハーレムの実現を楽しみにしているようだった。マリア達のハーレムへの親和性の高さは以前から不思議に感じていたが、もしかしたら前世にユッキーの妻であったメンバー達とそっくりである事も関係あるのだろうか。
オレは、どうなんだろう? マリアやアズサ……それに生まれた時から勇者との婚約を義務付けられているエリスらと一夫多妻で結婚生活が送れるのだろうか?
美しい黒髪と澄んだ青い瞳が印象的なマリアは、華奢な雰囲気に似合わず巨乳好きな男なら一度はお付き合いしてみたいFカップの持ち主。ヤンキー風美女のアズサは、エルフ族特有のしなやかな美しい肌の持ち主で妖精に憧れる男をはじめヤンキーお姉さんに可愛がられたい願望を同時に叶えられるレアキャラだ。
そして、婚約者というポジションをキープしているエリスは神秘的な銀髪と人形のような儚げな雰囲気の持ち主でライトノベルの正ヒロインそのもののような美しさだ。
正直言って、よりどりみどりである。
しかも、異世界人である彼女たちとなら、一夫多妻の結婚をしても誰も咎めるものはいない。何故なら、それが正しいハーレム勇者としてのあるべき姿だからである。
「マリア……アズサ……エリス……」
花嫁候補3人の事を思い浮かべて、胸が身体がずくりと疼く。
記憶を強制的に見せられ、現世と前世を同じように……ハーレムを……と、考えそうになった。だが、オレはユッキーと違い女の子と1度もお付き合いしたことがないし、あんなに饒舌じゃない。
女アレルギーや花嫁候補たちの事を考えても仕方がない……頭を少し切り替えよう。
* * *
前世の夢で気になるところ……他には、当時から現在に至るまで生き続けているオヤジプルプルさんの事が気になった。
「天竺か……まるで西遊記だな」
呪いのチカラで、古代龍の姿からザコモンスタープルプルになった魔王ことオヤジプルプルさん……最強を目指すために天竺に向かい、再びトップレベルの実力を取り戻した。
オヤジプルプルさんはとてつもなく強かった。あれは天竺で修行を積んだからなんだろう。
ベッドのサイドテーブルには、手帳型ケースセット済みのスマホが置かれている。
オレは思い切って、かつて魔王の相棒を務めていた白キツネさんに相談して見ることにした。
「あの白キツネさんですか? アイラの兄のイクトです。いつも妹がお世話になっております……えっ用事? はい、あの実は天竺で修行をするとすごく強くなると知って……はい……えっ今からこっちに来る?」
会話が終わる前に……移動呪文で白キツネさんが目の前に現れた。
美しい尻尾をふわりとさせて佇む姿は、まるで守り神か何かのようだ。
「天竺に行く方法ね……西遊記について知りたければ、このDVDで勉強するといいよ。いい機会だから、これを全話見て自分に足りないものや欠けているものを勉強し直すといいよ……じゃあボクはもうすぐ仕事だから」
そう告げると神々しいオーラを纏いながら白キツネさんは、再び瞬間移動呪文ですぐに消えてしまった。
白キツネさんが手渡してくれたのは、有名なおとぎ話西遊記のDVDだ。ついでにオレに欠けているものを、勉強し直すこともできるらしい。なんだろう?
ありがたいお経をもらいに天竺に向かう三蔵法師たち……三蔵、猿、河童、豚の4人……道中で黒毛和牛魔王を倒し無事天竺にたどり着くまでの冒険記……。オレでも知っているくらい有名なストーリーだが、もう一度見るのもいいだろう。
DVDプレーヤーにディスクを入れて、再生ボタンを押す。
だが……そこにはオレの知らない西遊記が展開されていた……。白キツネさんが貸してくれたDVDは、オレの知っている西遊記とはひと味もふた味も違っていたのである。
『イケメン天竺西遊記』
イケメンが天竺を駆け巡る!
超イケメンバトル伝説!
オープニングソングが流れると、西遊記のファッションに身を包んだイケメン達のイメージ映像がファンタジーなかんじで流れまくった。まるで、イケメンたちによる舞台かなにかのようだ。
「⁈」
そこに流れる西遊記は、一般的に定着している女性っぽく優しい三蔵法師と動物風の神様達というイメージとはまったく異なっている。
数珠を武器にしたイケメンの三蔵法師が美少年イケメンの孫悟空、女好き系イケメンの沙悟浄、インテリ系の猪八戒を連れ、ビジュアル系イケメン妖怪達とイケメン特有のデンジャラスバトルを繰り広げ、前世との因縁に翻弄されながらシルクロードを駆け巡る超イケメンストーリーだった。
「なんだろう? すごくイケメンな人たちが歌って踊りながら戦っている。こんなバトルの方法あるんだ……! オレに欠けている要素ってこのイケメンバトルスタイルのことなのかな? あんまり、自分が戦っている姿なんて意識したことないや」
そういえば、白キツネさんは魔族の姿の時はイケメンアイドルだったんだっけ……。
確かにイケメンがバトルする様子はカッコ良い。でも、何故それがオレに欠けているものなのか、決定的な理由まではその時点では、まだオレには理解できなかった。
「面白かったな。けど、白キツネさんが伝えたかった事って、結局何だろう?」
女アレルギーのオレがイケメンについて勉強したってなぁ……。そう思ったが、内容自体は面白いので言われた通り、全話視聴することにした。DVDボックスごと貸してくれたので、しばらくは楽しめそうだ。お茶を楽しみながら、毎日少しずつゆっくり鑑賞すればいい。
数日後、オレがイケメン西遊記のDVDを見ていると、コンコンコン! と戸を叩く音がした。妹アイラがオレの部屋に入ってきたのだ。
「お兄ちゃん! 大変だよ! カノンさんが魔王の玉座を外されて、これから新しい魔王を決めるコンテストをやるんだって‼」
新しい魔王を決めるコンテスト?
アイラの話によると、かつて古代龍が座っていた玉座はカノンには似合わないと古代龍派が反乱を起こしカノンは玉座を追われ、また元の悪役令嬢に戻っているそうだ。
「えっ、政権が変わったって事……古代龍派? プルプルさんがまた魔王様になるの?」
オヤジプルプルさんは呪いでプルプルの姿に……そう言いかけたオレに、手渡された魔族系スポーツ新聞の号外記事には『古代龍復活! 伝説のイケメンアイドルユニット魔族系王子様活動再開! 魔王の玉座コンテストを開催すると発表!』と書いてあり、超イケメンモードの古代龍魔族とキツネ系魔族の2人が、紙面に大きく取り上げられていた。
『魔王になる条件はイケメンである事……人間や魔族、エルフ、ドワーフ、元魔王や勇者様でも参加可能です! 是非エントリーしてください‼』
ツッコミどころ満載のエントリー条件である……何故、魔王になる条件がイケメンである事なんだ? 魔力とか剣技とかそういうものは? 魔王様になるための条件って一体……。
「あのさ……なんで魔王になる条件がイケメンなんだ? アースプラネットってハーレム勇者とかイケメン魔王とかそういうものが基準なのか⁈」
「それでね! お兄ちゃんの履歴書と写真送ったら、一次審査通過したの! 二次審査に向けて頑張ってね。二次審査は歌とダンスだって!」
「何、勝手にエントリーしてるんだよ⁈ はっまさか、白キツネさんはこのオーディションの一次にオレが通過していたのを知っていて……」
すると、何処からともなく現れたマリアが……。
「イクトさん! 伝説のハーレム勇者はかなりのイケメンだったと聞きます! 生まれ変わりのイクトさんなら優勝間違いなしです!」
「マリア……いつの間にかうちに遊びに来てたんだ!」
「おーイクトがイケメンコンテストの本戦に出たら応援に行ってやるから! 頑張れよ!」
ノリノリで応援ポーズを決めるエルフのアズサ。
「史上最強のイケメンになれるありがたいお経が、天竺にあるそうです。天竺の小さな村、桃源郷に何か秘密があるとか……それがあればあるいは優勝も……」
話に乗る気の神官エリス……箱入り娘特有の清楚な風貌でいながら、意外とミーハーである。
「伝説の勇者ユッキーは、伝説のハーレムを作る事で世界平和に導いたけど、女アレルギーのイクト君にはそれは無理だろうから……いっそのことイクト君が魔王になる事で世界平和に導いたらどうかな?」
続けて、真野山君もオレが魔王になることに賛成しているらしい……真野山君こそ本来は魔王にエントリーするべきなのでは? それとも、やっぱり男の娘じゃなくて女の子なのか?
「にゃーにゃーにゃー」
足元に擦り寄り甘えるように鳴くペットの黒猫ミーコ……もしかして出るように促している?
そんなわけで、オレはイケメン魔王コンテストの二次審査向けて、イケメンの極意が書かれている経文を手に入れるために天竺と桃源郷に行くことになったのである。