第二部 第11話 魔王のその後
女アレルギー勇者イクトの前世、女好き勇者ユッキーは魔王の娘グランディア姫を筆頭に、様々な女性たちと結婚した。
魔族、エルフ、神官……しかし、世界一の大富豪ゴスロリドール財閥の令嬢カノンは、ユッキーにハーレムを解散して自分と婚約するように迫ったため、カノンだけはユッキーと結婚しなかった。
「本来なら、私が勇者ユッキー様の正妻になる予定だったのに……私の一族が、魔族の長の座を降りたから私だけがユッキー様と結婚出来なかったっていうの……どうして、どうして私だけ……」
ゴスロリドール財閥の令嬢カノンは、自分の一族が魔王の座を古代龍の一族に奪われ、勇者の正妻の座も奪われたと考え、古代龍の一族を憎むようになっていた。古代龍暗殺の刺客を送り込んでも、最強と言われた古代龍に敵う魔族がいるはずもなく……。
「申し訳ありません、カノンお嬢様……我々の魔力ではとてもじゃありませんがあの古代龍には敵いませんでした。みな返り討ちにあうばかりで……」
財閥お抱えの暗殺部隊を送り込んだものの、返り討ちにあうばかり……戦力でさえ敵わないのにどうやって立ち向かうというのだ……いや、まだ手はあるはず。
「正攻法じゃいつまでたっても倒すことは出来ないわ。何か、何か別の方法であの古代龍を消さなくては……こうなったら、私自らが出向くしかなさそうね……」
令嬢カノンは、いつまでたっても暗殺に失敗する手下達に見切りをつけ、自ら魔王偵察に向かうことにした。幸か不幸か、ゴスロリドール財閥拠点と魔王城はそれほど遠い場所ではない……。カノンは、日課のお散歩という名目で古代龍暗殺を目論むことにしたのである。
【魔王城周辺】
昼間だというのに、いつも魔王城周辺には暗雲が立ち込めている……噂では、魔王の玉座から闇のオーラが集まるため、常にダークテイストな気候が保たれるとのことだ。カノンのような若い娘がひとりで魔王城周辺を散歩するなんてつい最近までは考えられなかったが、勇者ユッキーとグランディア姫の婚約が発表されてから観光客の姿が見られるようになった。
おかげで、カノンも浮かずに済んでいる……商売上手な行商人の魔族達は、ビジネスチャンスとばかりに婚約記念グッズを路上で販売していた。
ハーレム勇者まんじゅうや姫様クッキーなどが路面店に並ぶ……浮かれたムードの行商人達の笑い声が聞こえる。悔しい気持ちをグッとこらえてカノンも小さなカゴを片手に、売り子として商売人の列に混ざった。
すると、タイミングよく周辺の散歩に現れた魔王……見回りだろうか……ちょうど良い。
「もうすぐグランディア姫の結婚式ですッピ! 何か素敵なお祝いの品をプレゼントしたいっピッ!」
「夫婦水入らずで、どこかいいところにハネムーンに行かせてやろうと思っていたのだが、姫は身重になったからな。安産のお守りか何か買ってきてやろう……」
何やら、姫と勇者の結婚式について話している魔王とペットの小鳥……カノンはマッチ売りの令嬢に扮して魔王と接触を図った。
「マッチ……マッチは要りませんか? マッチの他に、安産祈願のお守りや結婚記念のアクセサリーも売っております!」
「ピッ! 安産祈願! 姫様にぴったりですッピ! 買いに行きましょうッピ!」
パタパタと飛んで、マッチ売りの令嬢の元へと行く小鳥(不死鳥)。
飛んで火にいる夏の虫ならぬ不死鳥といったところかしら……なんだか小さくて弱そうだし、可哀想だけどあの小鳥を鳥質にして魔王に挑む……!
むんずっ! 鳥特有のしっとりしたボディを掴むと、素早く鳥かごへ……。
「ピピーっ! 突然、捕まえるなんて卑怯ですっピーっ!」
「静かにしていなさい、大人しくしていないと鳥の唐揚げになるルートが開けるわよっ」
「ピィッ! ボクは食べれないタイプの鳥ですっピー。本当だっピィ」
「本当にそうかしら? なんでも伝説の不死鳥を鳥の唐揚げにして食べると永遠の命が得られるそうじゃない……試してみてもいいのよっ」
一応、小さいながらもゲットされないように必死に抵抗してパタパタ暴れる不死鳥だったが所詮は小鳥……唐揚げというキーワードに恐怖心を感じたのか、次第に静かになった。強制的に小鳥を大人しくさせると、鳥かごの鍵がカチャリと閉まる……どうやら、観念したようだ。
【おめでとう! カノンは不死鳥モンスターをゲットした! 新しいペットに名前をつけて下さい】
どこからともなく、小鳥ゲットを祝う電子音が聞こえたが、今は魔王との決戦を控えている。電子音が小鳥に新しい名前をつけるように指示するのを無視して、魔王の元へとコツコツと靴音を響かせて足を進める。
意を決したマッチ売りの令嬢こと悪役令嬢カノンは捕まえた小鳥(不死鳥)を魔王に見せつけて、鳥質交渉を始めた。
「ふふふ……この小鳥の命が惜しければ、勇者ユッキーとグランディア姫の婚約を解消なさい! この小鳥をペットにすることで、魔王の玉座を操っていること……私は知っているのよ‼ このままだと、あなたのペットの可愛い小鳥は鳥の唐揚げとして我が家の食卓に並ぶことになるわっ」
「ピー助けてッピ! ボクは不死鳥だから魂は死なないけど、唐揚げも怖いのもいやッピ! 助けてっピッ」
「ばっバカなどうやって不死鳥を捕まえたんだ……そう見えてもその小鳥は強力な魔力を常に放出していて一般の娘には触ることすら難しいはず……まっまさか君は噂の悪役令嬢の……しかし、悪役令嬢とは名ばかりで大人しい娘だという評判だったはずだが……」
「ふふっ……ようやく気づいたようね。旧魔王一族の血を引くゴスロリドール財閥の令嬢カノンとは私のこと……今まで大人しく暮らしていたけど、勇者ユッキー様に婚約破棄されて変わったの。それにね、悪役令嬢は婚約破棄をキッカケに真の魔力が解放される職業なのよっ!」
人質ならぬ鳥質にされる不死鳥……まさか、勇者ユッキーが悪役令嬢とも繋がっていたなんて……それにしても、どうしてユッキーはよりによってこんなめんどくさい娘と婚約破棄なんかしてしまったんだ。1人くらい嫁が増えたところで今更何も変わらないだろう……。
それに魔王の玉座の秘密が外部に漏れるのはマズイ……魔王は仕方なく、勇者ユッキーと姫との結婚式は延期するから、とりあえず不死鳥を解放するように提案した。
「落ち着きなさい……ユッキーはいろんな女と遊びまくっているようだし、婚約破棄だって彼のせいではないかもしれない……きっと君のご両親がきみのことを案じて婚約破棄させたんだよ多分……ウチの娘との婚約も一旦見送ろう……だから、その小鳥を解放してあげてくれないか?」
「違うわよっ! 私、はっきりユッキーに断られたの……下手な慰めはいらないわっ。ハーレムを解散してから婚約してほしいとお願いしたら断られたんだもの……うぅっ……どうしてそんなにハーレムが大切なの……」
「そ、そんなバカな……あの女好きが……一体何が……まさか本当に伝説のハーレムにこだわって生きているのか? ともかく挙式は中止にするから……」
魔王の玉座が奪われるのは、魔王としての地位に関わる……焦る魔王と婚約破棄パワーで自暴自棄に陥る令嬢カノン。どこまでも後ろ向きなカノンは一向に引く態度を見せなかった……。
「この不死鳥を返したら、すぐに挙式が行われるかもしれない。そうね、その魔王の証である王冠と不死鳥は引き換えよ!」
不死鳥の身には代えられない……魔王は自分の王冠を取り、令嬢カノンに王冠を渡した……その瞬間…
…眩しい光が辺りを包む
「スキありっ!」
カノンは、隠し持っていた呪いの杖を魔王に振りかざした……まさかの展開に動揺する不死鳥。
「ぐわーーーーーーーーーー!」
「ピーーーーーーーー! 魔王様ーーーー!」
「ふふふ……あなたは最強の古代龍と言われていたらしいけれど……それもこれでオシマイね……これからは史上最弱のプルプルとして、余生を過ごすといいわ! 一応、平和主義者としては命を奪うことはしないけれど、変化魔法は得意なんだからっ」
「ピィ……呪いでチカラが出ないっピッ……」
悪役令嬢として真のチカラに目覚めたカノンの魔力は半端なかった……まるでラノベに登場するチートスキル悪役令嬢ヒロインのごとく、彼女の魔力は増大していく……有り余る魔力……さらに、呪いのチカラは周辺にいた人々にも降りかかった。
たまたま近所を散歩していた魔族はコウモリに、コンビニにスポーツ新聞を買いに行っていたキツネ顔の魔王の相棒は、本物の白キツネにそれぞれ突然姿を変え、お互い認識できないまま散り散りになった。
【結婚式当日】
「ああ、姫様……お可哀想に……お父様がいない結婚式……養子縁組とはいえ、叔父と姪という血の繋がりのあるお二人ですのに……」
ふと、思い出したように使用人が呟く……今日は結婚式当日だというのに、父親不在という状態で挙式を挙げることになったグランディア姫に同情的だ。
「あれから1ヶ月……結局魔王様は突然姿を消されてしまい行方不明のままですね……もしかしたらすでにこの世にはいないとか……我々魔族はこれからどうなってしまうのでしょう?」
「グランディア姫の可愛がっていたペットも行方不明だそうよ」
あまりの出来事に、みんな不安な様子。どうやら使用人達の間では、様々な噂が飛び交っているようだ。
「なんでも、人間の勇者と結婚させることに反対した派閥に消されたとか……」
「あら、私は勇者の愛人が毒を使って暗殺したって聞いたわ」
暗殺ではないものの、勇者ユッキーのだらしない女性関係がきっかけとなっていることは事実である……少なからずとも当たっているのが恐ろしい……勇者ユッキーの複雑な異性関係に、懸念する者も多いのだ。
「やっぱりハーレム勇者との結婚なんて無理なのかしらねぇ……姫可哀想に……」
魔王不在のまま結婚式は行われた……令嬢カノンは魔王がいなくなることで結婚式が中止になることを望んでいたが、世継ぎを身籠っている姫君のために挙式は予定通り行われたのだった。
結婚式の最中、衛兵が水まんじゅうのような可愛いモンスタープルプルが一生懸命、城の内部に入ろうとするのを阻止する。
ぽいん、ぽいん、ぷるん! お城に侵入を試みるプルプルを見つけた兵士は掃除でもするかのように、プルプルを追い払った。
「なんだ? このプルプルは! ここはお前みたいなザコモンスターが入っていいところじゃないんだぞ!」
「プルル……お願いだよ! お姫様の結婚式をひと目でいいから見たいんだ! 可愛い姫のウエディングドレス姿を……」
よっぽど姫の花嫁姿を見たいのか、小さな体で必死に懇願するプルプル。
「ちっ、この忙しい時に……どうする? つまみだしても、何度も現れてさぁ……」
すると見かねた兵士長が、笑顔で優しくプルプルを抱き上げて、兵士用の見張り台の上にちょこんとプルプルを乗せた。
「まあいいじゃないか、プルプルだって姫様の美しい姿を見たいんだよ。ここで大人しくしていればそのうち馬車が通るから、そしたら姫様のお姿も少しは見れるぞ! よかったなプルプル!」
「兵士長さん……ありがとうっ!」
神に近い存在と謳われた魔王は、史上最弱のザコモンスタープルプルに姿を変えていた。
兵士長のはからいで、なんとかザコモンスターの自分でも可愛い姫のウエディングドレス姿を見ることができた。古代龍一族に伝わる煉獄ブレスももう使えなくなっていた……結婚式が終わり、魔王城周辺に静寂が訪れる。
姫のことが心配でプルプルになった元魔王は、数年間魔王城周辺で生活した。ごくたまに魔王城から外出する、姫と姫の産んだ子供の姿を見ることだけを楽しみに……だがその生活もわずか数年で終わりを告げた。
姫が帰らぬ人となったのだ……早すぎる姫の死にプルプルは生きる希望を無くした。噂ではゴスロリドール財閥のスパイに姫は毒を盛られて、少しずつ病弱になり亡くなったという。
「私が姫のそばにいてあげられたら……プルプルになったから弱くなった……それは言い訳なのではないだろうか?」
元古代龍のプルプルは、プルプルになったのだからプルプルとして最強を目指すことを決意した。
最強になれるというありがたい伝説のお経……そして、伝説のプルプルと名高いプルプル仙人の弟子になるために、西にある天竺を目指すことにした。
伝説の強さを目指して……西へ……。
【最強のプルプル伝説序章……完】
* * *
「はっっまた夢か……あれ、今度は朝か……。なんか、いつの間にか悪役令嬢の婚約破棄日記から雑魚モンスタープルプルが最強を目指す話に変化していたな……」
オレが病室で目を覚ますと、今度は朝になっていた。
前世のカノンが全ての黒幕だったことや、古代龍が例のオヤジプルプルさんだったことなど、いろいろな謎が解けた。おそろしいことに、現在魔王城の玉座に座っているのは黒幕の生まれ変わりのカノンである。夢の中で、古代龍は最強になるために天竺に向かって行った。
「天竺か……」
オレは、すべてを解決する手がかりが天竺にあるような気がして、西に行く方法を考えることにした。