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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第二部 前世の記憶編
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第二部 第8話 生まれ変わりの勇者


 ついに決行される、女アレルギーになる呪いの儀式……。産まれた時から女が苦手で、女と接触するだけで原因不明に発作に襲われる女アレルギー勇者イクト。

 治療不可能とまで医者に言われたイクトの女アレルギーの原因は、何を隠そう前世の正妻グランディア姫の呪いだった。



 * * *



「じゃあ、行ってくるわね不死鳥……留守は任せたわよ。私はちょっとお散歩に行っているだけだと、他の者たちには伝えておいて……」

「ピィ……姫様、本当にやるんですか? もし、万が一呪いに効果が姫様にも及んだら……ボクは心配で仕方ないですッピ」

「……ありがとう不死鳥……でもね、女には駄目だと分かっていてもやらなきゃいけない時があるのよ。それに、あの男と結婚した時点ですでに呪われているようなものだしね……」

「うう……姫様……」



 心配する不死鳥を他所に、自嘲気味に笑って呪い決行の意思をかためる。魔王城からこっそりと地球へのワープゲートをくぐり、お忍びで呪いを成就する旅行を開始した姫。


 超有名観光地古都には、姫と同様にお忍び旅行中の魔族の姿もチラホラと見かけたが、プライベートな場でお互い詮索しないのが魔族界のルールだ。

 

「すごい……古い建物がたくさん……この中でも特に呪いに適していそうな場所を探さないと……やっぱり、大昔のお姫様が儀式を成功させたあの場所がいいわよね」


 本格的な呪いの儀式を行うために、真夜中にもかかわらず某有名神社の境内にある大木の前へ……。

 伝統ある呪いのメッカはオーラも半端なく、しかも真夜中の女性のひとり歩きは危険極まりないのだが、この呪いは俗に言う丑三つ時に決行しなければならない。

 夜が危険だの、ひとり歩きが怖いだの、そんなヤワな事を考える余裕は姫の頭にはなかった。


「私にはやらなきゃいけない事がある……あの男に女の恐ろしさを教えないと……。伝説のハーレム勇者ユッキーこと結崎イクト……あの女好きの女たらし……どんなにいろんな女と遊んでいてもハーレム要員の女達は笑って彼を許してしまう……。だいたいあのハーレム要員たちも甘いのよ、ハーレムゲームやライトノベルじゃあるまいし、いろんな女に手を出しても、さらに女にモテまくるなんて現実じゃあり得ないわ。女達もどれだけチョロい連中なの? 女ごころを弄んだ罪を償わせるため……そして、私をバカにした罪を償わせるため……」


 過度のストレスから、ユッキーやハーレム要員の女達への不満を呟くグランディア姫。だが、ハーレム要員への愚痴のひとつひとつは実は姫本人にも当てはまるのだ。

 いかにも女好きそうなアホ勇者に手を出されるチョロいヒロイン……まるでハーレムゲームかライトノベルに登場する攻略キャラのような姫君とは、まさに自分自身のこと……。


「ううぅ……どうして、どうして、こんな目に……」


 けれど、どんなにユッキーの事を憎んでも……憎んでも……姫はユッキーのことを嫌いにはなれなかった。

 何故なら、姫にとってユッキーは心がときめくただひとりの男なのだから……。

 結局、ユッキーにベタ惚れで彼が浮気をしても何をしても離れられないのは姫も同じなのだ。


 溢れる涙を儀式用の着物の袖で拭う……泣くのはまだ早い、悲願を達成してから泣けばいい……姫は自分の心に言い聞かせて五寸釘と木槌……そしてユッキーの髪の毛入りのワラ人形を握りしめた。


 そう……普段はゴスロリ西洋風ファッションの姫だが、今夜は和のテイストだ。服は白装束、アクセサリーは数珠、頭は鉄輪にロウソクを立てて、素顔がバレないようにお面を被った。


「……これでワラ人形と写真と名前を書いた紙を五寸釘で打ち付ければ、彼は浮気しなくなるのね……」


 グランディア姫の胸には女好き勇者ユッキーとの思い出が蘇っていた。



 * * *



【回想】

 姫とユッキーが出会ったのは、まだ姫が7歳くらいの頃だ。

 後継者争いから逃れさせるために、養父となった叔父の魔王が幼い姫を地球へと避難させてから1ヶ月ほど経ったある日……。

 姫のペットの小鳥(不死鳥)が、まだヒナであるにもかかわらず、行方不明になってしまう。


「どうしよう……可愛い私のペットが迷子になっちゃった。まだヒナなのに……」

 両親を幼い頃に亡くした姫にとってペットの不死鳥は心の支えだ。愛くるしく姫に甘えてエサをねだる姿は、両親を亡くして心細かった姫の自立心を養っていた。


 ピンポーン!

 珍しく、家のチャイムが鳴る……誰だろう? 身の危険から守るための地球での住まい……地球人に知り合い自体いないし、来訪者が来るなんて……と不思議に思ったが、どうやらメイドが訪問者を家に入れたらしい。


「グランディア様、その……この男の子がグランディア様のペットを保護してくれたようなのです」

「……はじめまして……グランディアちゃんって言うんだね……美しい人は名前まで美しい」


 姫より多少年上の少年は、よっぽどマセているのか女好きなのか……初対面の姫に歯の浮くようなセリフを連発、あやしげな少年だ……。

 だが、大人達は姫に友達候補が出来たくらいにしか考えなかった様子。そして、彼女のペットである不死鳥を保護したということで手厚く歓迎された。


 このヒナを届けてくれた少年こそが、例の女好きハーレム勇者のユッキーだ。


「ピィ! 姫様!」

「不死鳥‼ 無事だったのね? そのお方は?」

「オレの名前は結崎イクト、あだ名はユッキーです。初めまして!」


 思えばこの時から胡散臭かった。そもそもどうやって、まだ飛ぶことすらできないヒナが行方不明になるというのだ。

 よく考えてみると、少年ユッキーはうちの庭の周辺をしょっちゅうフラフラしていた。窓辺から外の景色を眺めるグランディア姫を、まだ少年とは思えないギラギラとした目付きでチェックしていた気がする。


 ヒナが言うには、気がついたらユッキーに抱きかかえられていたと言っていた。


「グランディア……きっとボクたちは運命の赤い糸で結ばれていたんだね」


 怪しい。

 さらに、いろいろ思い出してみる……。


 少年ユッキーは、姫の友人として認められると、毎日のようにうちに遊びに来るようになった。

 身を潜めて暮らしているとはいえ、一応魔族の姫君だ……オヤツはいつも高級なケーキが用意されて、ハイクラスのお茶で客人をもてなす。

 そんな贅沢なもてなしを、享受する少年がユッキーだった。


「ふう、今日の金箔入りハイクラスショートケーキも美味しかったね。夕飯は何かな? 今夜はフカヒレスープの気分なんだけど……ボクの家って共働きだろう? 忙しすぎて、こうしてケーキを一緒に食べることすらないんだ……あっでもグランディアのお父さんも忙しいんだったね。ゴメンね……ボク達似た者同士だね」

「ユッキー……私、あなたが遊びに来てくれるようになってからさびしくないわ」

「良かった! じゃあ、まだまだここで一緒に遊ぼう!」


 次第にユッキーの滞在時間は長くなり、夕飯まで一緒に食べるのが当たり前となっていた。

 週末はお泊まりが当然となり、もはや家族の一員のような扱いだったが姫が12歳を過ぎた頃……そろそろ異性の友人との過度なスキンシップを危惧し始めたメイドたちが徐々にユッキーと距離をはかり始めた。


 いつものように泊まろうとするユッキーに対して「そろそろ遅いから帰った方が……」と勧めると。


「何て残酷なことを言うんだ君は……オレは君なしじゃ生きていけない‼ こんなに人を好きになるのは、生まれて初めてなんだ‼」などと大げさなことを言っていた。

 いつの間にかユッキーは、友人という枠を越えて姫の彼氏という枠に昇格しようとしていたのである。


 押されて交際をスタートすると、毎回のようにキザで胡散臭いセリフを吐いていた。

「愛している、結婚しよう、子供を産んでくれないか? 君なしじゃ生きていけない……清らかで美しい正真正銘の女神……それが君だ! 君の前だと、薔薇の花すら色褪せる」


 などと、ストレートパーマでサラつかせた前髪をかき上げながら、ほざいていた気がする。



「なんで、あんな男に引っかかったんだろう?」


 グランディア姫は、胡散臭い男に引っかかった自分の馬鹿さ加減に情けなくなったが、気づいたのが最近なので仕方がなかった。


「バカな男に引っかかった黒歴史を振り返っても仕方がないわ……気を取り直して儀式をしよう。そんなわけで、まずはお試し1週間!」


 コーン! コーン! コーン!

 リズミカルに五寸釘をワラ人形に打ち付けていく姫……。


 姫は毎晩、呪いの儀式を決行した。


 7日目の夜……呪いのワラ人形や五寸釘も、いい感じに呪われたオーラをデロデロと放つようになっていた。ワラ人形を打ち付けた大木も、釘の跡がクッキリと刻まれている。


「いかにもオドロオドロしくてもうバッチリ! 儀式完了だわ! あとは帰宅するだけね」


 ひと仕事終えると朝方になっていた。スッキリした気持ちで帰路に向かうグランディア姫。

 宿泊先の旅館でシャワーを浴び、白装束から普段着用しているお嬢様ワンピースに着替えたグランディア姫を呪いの儀式のために来た旅行者だとは誰も気づかないだろう。


 旅行カバンを整理しながら荷造りしていると、例の呪いのマニュアル本のコピーがバサリッと音を立てて飛び出てきた。一応は、確認の為にコピーを読み直すグランディア姫。


「うふふ……儀式は完璧なハズ……あれ?」


 呪いの本に記述されている内容には、実は続きがあったのである。


『儀式の帰りの道中で、黒い和牛に遭遇するので優しく見守りながらまたぎましょう』


 丑の刻参りは古代の呪いなので、当時は帰り道で黒い和牛に遭遇することもあっただろう。当時の人々は、牛車で移動していたくらいだ。しかし現在の日本の道端で、黒い和牛に遭遇するのは至難の技なのではないだろうか。


「儀式失敗……? 牛って何……黒い牛と出会うことがこの儀式の肝心な部分のかしら? もしかしてそれで丑の刻参りって呼ばれているとか……どうしよう。牛なんて車社会の現代じゃ滅多に出会わないのに……良くても馬車が限界だわ」


 姫はここまで頑張ったのに、儀式が失敗になるのは悔しいと思った。もはやこの呪いが無事に効くのかどうか……それだけに興味が湧いていた。

 姫はどこか黒い牛と出会える場所を探し始めた。


「牛、牛……和の黒い牛がいそうな場所は……」


 古都から移動し港町にたどり着いた。港町の商店街には、様々な雑貨店やレストランが並んでいた。中でもステーキが名物なようだ。


【黒毛和牛専門ステーキ店】


「黒毛……和牛……? ここよ、ここだわ!」


 生きている牛に遭遇しなくてはいけない、とはどこにも書いていない。いろいろ疲れたし、自分へのご褒美に黒毛和牛ステーキくらい食べてもいいだろう。

「いらっしゃいませ、お客さん運が良いねぇ、今日は特に良いランクの牛が入ったんだよ」

「ランクの高い……一番ハイランクの黒毛和牛ステーキ……お願いします!」


 目の前でジュワッと焼かれるジューシーな超高級黒毛和牛……程よいミディアム黒毛和牛は口の中に入れるととろけそうなほどだ。


「こんなに美味しいステーキ……初めて……!」

「はははっそう言ってもらえると、嬉しいねぇ……ステーキ屋冥利に尽きるよ!」


 そんな調子でグランディア姫は、超有名黒毛和牛ステーキ店で満足するまで黒毛和牛を食べたのである。

「美味しかった!」


 姫はご機嫌でゲートをくぐり、今度こそ実家の魔王城に帰宅……姫のお忍び旅行は、不死鳥が幻想魔法でお部屋をガードしていたお陰で、バレずに済んでしまった。

 姫のことは体調不良で部屋にこもり休んでいるか、広い中庭を散歩中か……その程度にしか城の従業員達は考えなかった。

 姫のか弱い病弱なイメージが、こんなところで功を成すとは……これも姫の運命なのだろう。


 その日からである……例の女アレルギーが発動し始めたのは……。


 女好き勇者ユッキーこと結崎イクトは、女と接触するとジンマシンや気絶を起こすようになった。

 だが、くさっても伝説の勇者……呪い返しのグッズを大量に持つことで、彼は生涯ハーレムを満喫したのである。


 呪いの儀式を行ったせいなのか、寿命だったのか、グランディア姫は子供を産んで数年で亡くなってしまった。


 死ぬ間際に「もし生まれ変わってもあなたに会いにいくからその時まで浮気しないで、女アレルギーになるように呪うから」と夫に告げた……。



 * * *



 結局、丑の刻参りが効いたかどうかは分からない。

 だがグランディア姫が死ぬ間際に遺した言葉は、生まれ変わったイクトに『女アレルギー体質』という呪いとなって現れた事だけは事実のようだ。


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