第二部 第2話 前世の恋人
「ピイ!」
パキパキパキッパリン! おもちゃとはいえある程度頑丈に作られているはずのストーンから顔を出す小さな鳥のヒナ、しかもこのヒナ普通の鳥ではない。火の鳥のごとくゆらゆらと生命の光をたたえている、ちょっぴりリアリストな傾向にあるオレでも分かるくらいの眩ゆいオーラ。
そう……驚いた事にオモチャのストーンから出てきたのは、小さな不死鳥のヒナだった。
「……小鳥が出てきましたね……」
本当にヒナが蘇るとは思っていなかったのか、目を丸くして驚きを隠せない様子のマリアたち。
「おとぎ話だと、ジュエルを7つ集めないと不死鳥は還らないはずなんだけどなぁ」
「でも、可愛らしくてなんだかマスコットキャラって感じだね。ほら、よくスマホゲームでもマスコットキャラが案内役を務めているでしょう?」
首をかしげるアズサに、このヒナの事をゲームの案内役という呼び方をし始める真野山君。さすが、ゲーマーだ……どのような状況でも必ずスマホゲームに置き換えて考えるらしい。
「不死鳥が、案内役……随分贅沢なスマホゲームですね……」
普段あまり私見を語らないなむらちゃんが、珍しく会話に参加する。もしかしたら、可愛いマスコットキャラに弱いのだろうか?
「でも、大抵のスマホゲームに出てくる不死鳥ってゲームの中盤とか重要な洞窟とかにいるよね……なんか、毛づくろいして和んでいるし……やっぱりマスコットなのかな?」
アイラが、このヒナのポジションについて考察するもなかなか答えが出ない。
ただ、みんなの共通認識は、この小鳥が不死鳥であるという事だ。さすがは、ファンタジー異世界アースプラネットのオモチャである……誰がどう見ても普通の鳥ではないものが産まれるなんて。
「伝説によると、不死鳥のヒナは長年魔王族にペットとして飼われていたらしいですわ。一応、私はアオイさんとは親戚ですし魔王族の情報もそれなりに入ってきますの」
「そういえば、ボクたちって種族は違うけど親戚だよね。でも、ボクの家ではもう不死鳥は飼っていないんだ……魔王ですらなくなっちゃったし」
「へえ、エルフの里にも不死鳥を飼っていた伝説はあるぜ。案外、みんな不死鳥と縁があるのかもな」
しれっと不死鳥だのなんだの伝説について語り合う仲間たち見ていると、オレたち地球人との違いを実感せざる得ない。
もはや当然のように、異世界ゲートをくぐり抜けて気軽に地球へと遊びに来ているので近所の女子大生か何かだと勘違いしてしまいそうになるときもあるが、マリアやアズサ、エリスといったオレの仲間の半数ほどはいわゆる地球人ではない異世界人なのである。
「ピイ! 久しぶりの下界は空気が美味しいでピッ!」
甲高い鳴き声で、どうやら雰囲気的にオスっぽい。やんちゃなムード漂う産まれたてのヒナはクチバシをパクパクさせて食欲を周りの人間にアピールしている。
「きゃっ可愛い……この子ヒナなのにもうおしゃべり出来るみたいですよ!」
「おおー、凄いなっ。おいヒナっ何が食べたいか言えばウチらが用意するぞ」
「まぁ可愛いらしい……鳥用のフードを買って来た方が良いのかしら?」
どうやら何人かはすでに母性本能をくすぐられてしまっているようだ。
なんて事だ……この鳥、産まれたてのくせにもう世間に媚びる方法を理解しきっている。
「ピィ……ボクは……甘いものが好きでピィ、高級なものも好きでピィ、お城暮らしが長かったから……んっピピピッ?」
高級だの城暮らしだのセレブ感溢れる用語を連発するヒナに生活レベルの差を感じていると、食べ物のオーラを感じ取ったのか、ワサワサ動き始めた。
「メロン、メロン! 早く食べたいでピッ、食べやすいサイズに切ってくれると嬉しいでピッ」
「メロンが好きなんですのねっ今切って差し上げますわ」
オレの食べていたメロンを見つけ、エリスにカットをおねだり。そして、当然のように早速食べ始めるヒナ。
「ぴい……もう少し小さいサイズにしてくれると有難いでピッ」
「ふふっまだ口が小さいんですのね」
「ねえ、他に何か食べたいものある? わたし買ってこようか?」
ヒナにとっては周囲の人間は、お世話がかりか何かのような存在なのだろう。
「ピイ! ありがとうでピィ。なかなか美味しいメロンですピィ! できればお水も用意して欲しいですピッ!」
なんだかワガママな鳥だな……。だが、ヒナの愛くるしさや甘えるような仕草に母性本能が勝てなかったのか、元シスターの賢者マリアがキョロキョロと辺りを調べて、ヒナが水を飲むためのコップになりそうなものを探しはじめた。
「どうしよう、何か容器が有るといいんだけど……」
「これどうだ? このおもちゃの入れ物……そのまま鳥の飲み水をいれられそうだけど」
アズサが容器を調べて、コップ型である事を確認する。
「まあ、まるであつらえたような……もしかしたらお世話セットなのかしら?」
幸い、ヒナの卵になっていたストーンのおもちゃ容器が、コップにちょうど良さそうなデザインとサイズになっている。
「まさか、このおもちゃセット、本当にヒナが蘇ってもいいようにヒナ育成セットとして機能するようになっていたのか?」
「かも知れませんね、イクトさん。さっそくヒナちゃんのお水を用意してきますね」
当然のように対応し始めるマリア……異世界のおもちゃは、奥が深い。
賢者マリアが慣れた手つきで水を小さめの容器に入れてやると、ヒナはゴクゴク水を飲み始めた。
「このお水で大丈夫? ゆっくり飲んだ方がいいわよ」
「ピィ……お姉さん優しいでピィ……おまけに美人だし聖女さまみたいですピィ……っていうかみんな美人さんばかりでまるでハーレムですピィ」
「まあうふふ、おませさんねっ」
普段あまり見られない、敬語を使わないマリアの口調はまるで本物の聖母のようで優しく、甘やかされているヒナにちょっぴり嫉妬の気持ちが生まれてしまう……。オレだって健全な男子だし、たまにはマリアに甘やかされたり、甘えたりしたいんだが……。
っていうか本来は、不死鳥のハーレムなんじゃなくて、勇者であるオレのハーレムなんだっての!
ヒナの世話をしながらたゆんと揺れるマリアの弾力のある胸。マリアの胸って大きいよな……いわゆる巨乳ってやつだよね。いや、何を考えているんだオレは……俗に言うむっつりスケベとか言うやつなのだろうか。
「ふう……満足したでピッ!」
飲食を十分にエンジョイした産まれたての不死鳥のヒナは、虹色に輝く羽根を羽繕いし始めた。
リラックスしすぎだろこの鳥。まるで、この病室の主か何かのようだ……この部屋に入院しているのはオレなのに。
「もう……お腹はいっぱいになったかな? ねぇ君は、魔王の玉座を操る不死鳥なの? ボク、君のこと知りたいんだ」
超美少女に見える男の娘である元魔王の真野山君が不死鳥のヒナに尋ねると、不死鳥の態度が変わった。
震えながら羽を揺らして、動揺で震えているようだ。
そうだよな、真野山君って可愛すぎて、性別不明だし、君のこと知りたいなんて意味深長なこと言われたら不死鳥だって動揺するだろう。
「あっあなた様は⁉ 今日も麗しゅうございます、グランディア姫様! 勇者殿との婚約の儀……この不死鳥も、お父上を連れて必ずや参りますっピッ! 楽しみにしていて下さいっピッ!」
あまりも堅苦しく態度を豹変する不死鳥……まるで家臣か何かのようだ。
「婚約の儀? オレと真野山君は婚約してないぞ? お父上って?」
「ピィ……姫様と勇者の婚約の儀……お父上も魔王として頑張らなくてはいけないと、時折独り言のように呟いておりました……わたくしも姫様のためならたとえ火の中水の中……」
火の中ともかく、水の中は不死鳥にとってあまりオススメではないが……。
いまいち内容がつかめないが、不死鳥は真野山君の事を即座に姫様であると判断し、真野山君が嫁ぐ日のことを楽しみにしているとか何だとか。
「……あれっ今、グランディア姫って言わなかったか?」
「……ボクのお父様は数年前に亡くなっているし、ボクは婚約していないよ?」
「はて? しかしこの可愛いらしく美しいお顔立ちは、グランディア姫以外には私存じませぬっピッ?」
グランディア姫……?
魔王の名前はグランディアだった気がするが、真野山君の本名は葵だし。いわゆるヴィジュアル系ロックバンドのステージネームか何かのようなノリで名乗っている魔王ネームが、グランディアなのだとばかり思っていたのだが。グランディア姫とは一体?
「……姫様はもう何年も前にご病気で亡くなられました。この人は姫のお孫さんの葵さんです。最近まで王族でしたが、今は一般人に戻られています」
神官エリスがこれまでの経緯を説明する。本物のグランディア姫はとっくに亡くなっていて、孫である真野山君の事を本人だと勘違いしただなんて……先ほどまでのヒナの明るいオーラがみるみる哀しみに包まれていく。
「そんな……私は一体何年眠っていたのでしょう? ピィ……」
不死鳥のヒナは相当ショックを受けているようだ……涙で目が滲んでおり、小さな体がさらに小さく震える。もはや羽を広げて話す気力もないのか、しょんぼりして羽根をたたんでしまった。
「お祖母様は伝説の勇者ユッキーと結婚して、すぐに子供を1人産んで……数年で亡くなられたそうです」
真野山君が姫の短すぎる人生を告げると、余計ヒナはしょんぼりした。思っていたより短命な姫様の寿命に驚いたのだろう。魔族って長命なはずだけど、姫様は体が弱かったのだろうか?
「! 姫様はそんなに早く亡くなってしまったんですか……私がお側にいられたら……ピイ」
静まり返る病室、どうしよう……ものすごく暗いムードになってしまった。みんなも何を言っていいのか言葉が見つからないのか、無言だし。
ここは、このパーティーメンバーのリーダーであるオレがひと肌脱ぐか……オレ自身も入院中で本調子ではないものの、勇者の使命感で未知の元気が湧いていた。もしかすると、不死鳥の生命エネルギーで体調が治っているのかも知れないけれど……。
「……おっオレ新しい勇者のイクトっていいます! 年は16歳で高校生……新しいアースプラネットの勇者なんです……姫様の事は残念だけど……真野山君が一族の跡を継ぐ予定みたいだし、世界の平和もオレが勇者として頑張るんで……あの、元気出してください」
一応励ますつもりで言うと、ヒナはオレの顔をまじまじと見た。
「……! どこかで見た顔だと思ったら、あなた勇者ユッキーにそっくりでピッ! 髪の毛が栗色だから気付かなかったっピッ! ウリ二つでピッ!」
「えっオレって伝説の勇者にウリ二つなのかよ?」
あの伝説のハーレムを作ったという、女好きの……。
不死鳥は、小さな身体をワナワナさせてオレに怒りをぶつけ始めた。
「……元はといえば、あの勇者が女好きだからいけないでピッ! 姫様一筋ならこんな不幸なことにはならなかったでピッ! あの時のカタキを今打つでピッ!」
そう言ってヒナは、オレのことをくちばしで突いてきた……地味に痛い。あれっ伝説の勇者のユッキー? なんかその名前って日常的に聞き慣れていた時期があるんだけど、誰だっけ……。
まさか、オレと伝説の勇者まで親戚だったらどうしよう……それともオレとユッキーって何か別の関わりがあるのだろうか?
「やめて! お兄ちゃんは女アレルギーなの! 恋人いない歴イコール年齢なの! 今までも……多分これからもずっと……」
これからもずっとオレ恋人できないのかよ⁈ 妹はオレを庇っているつもりなんだろうが、オレ的には精神的に大打撃だ。オレだって、いつかは女アレルギーを克服してそのうち可愛い聖女のような女の子と……などと希望を抱いていたのに……。
すると、女アレルギーという言葉にヒナが反応した。
「女アレルギー⁉ 姫様のかけた呪いが、まさかあなたに利いているとは? さすが姫! 恨みはいま晴らされていますっピッ!」
「呪い? 姫がかけた呪いがオレに?」
オレは不死鳥のヒナから、自分の女アレルギーの原因が前世の恋人だった魔王の娘グランディア姫にかけられた呪いであることを知るのであった。