完結後のシークレットストーリー
ひっそりと行われたオレの葬儀は、双子の姉萌子が号泣しながら出棺を引き留めるアクシデントがあったものの、静かに幕を閉じた。
そうだ……オレの、結崎イクトの短い生涯はこうしてひっそりと完結したのだ。思い返せば、異性と縁があるようでまったくない寂しい人生だった。結局、いろんな美少女達と接点を持ちながらも、誰とも現実では恋人になることもなく、女アレルギーを卒業出来ぬまま終わってしまったのだ。
気がつけばオレの魂は、綺麗なお花畑に辿り着いていて、目の前にはサラサラと音が流れる小さな河が広がっている。
「イクトくーん! まだ、駄目だよ。引き返してっ」
向こう岸では、オレの初恋の人である真野山葵が手を振ってオレを呼んでいる……?
んっ……いや、気のせいでなければ、『呼んでいない』様子。
「おーい、アオイ。寂しい想いさせたな。今から、そっちに行くからさ」
「だから、まだこっちに来ちゃダメなんだってば! いいから、引き返して」
(おかしいな、これは一体?)
ふわふわと浮遊する魂の状態で見た現世の様子が確かならば、オレはあの葬儀でしっかりと天国へと送られたはずである。妊婦の萌子が哀しみにくれていたし、夫のリゲルさんも萌子を励ましつつオレを天国へと送るのを見守っていた。
おかしい……オレは確実に死んでいるはずだ。そもそも、異世界転生ものというのは主人公が死んでから、ストーリーが始まるのがお約束である。生きてるのか死んでいるのか分からない状態で冒険した挙句、最後の最後で葬儀のシーンが入ったせいで困惑したけれど。
異世界転生ものの『常識』を貫くのであれば、オレは死んで異世界へと行くのが正しいコースなのだろう。
「ふふっ。アオイのやつ、突然異世界転生ラノベの王道をオレが歩き始めたから、混乱しているんだな。まぁ見てろよ、これから神々に選ばれしオレの魂が、超絶チートスキルを引っさげて異世界で無双しつつハーレムを構築するんだからさ。もちろん、正ヒロインはアオイしかいないはずだから、安心して……」
もう死んでしまったものは、致し方あるまい。むしろ、ここからようやくお約束の超絶チート伝説が開始されるのかと思うと、なんだかワクワクしてきた。オレは、前世に未練を持たない柔軟性の高いゲーマー高校生なのだ。
「違うの、イクト君! あのね、イクト君はまだ生きているみたいなの。完結後のコースを選び直さないといけないから、取り敢えずそこで待機して!」
「はぁっ? まだ生きてる? 完結後のコースを選ぶって何を。待機って言われてもなぁ……」
完結したはずのオレのストーリーだが、後日談的なものは何故か話し合いを経てコースから選ばなくてはいけないらしい。体感時間で5分ほどすると、生前オレの守護天使を担当していたエステルとリス型精霊のククリが書類を引っさげてこちらへ向かってきた。
「ごめんね、イクト君。せっかく、深い眠りにつこうとしていたのに、呼び覚ますような真似をして」
「ああ、別に構わないけど。っていうか、アオイが言うにはまだオレは完全に死んでいなくて、完結後のコースを選ばなきゃいけないって。どう言うことなんだ?」
「う、うん。話すと長くなりそうだから、守護天使行きつけの喫茶店に招待するからそこで話し合おう」
穏やかな花畑をスイスイと抜けて、連れてこられた先は天国では結構流行っているらしい喫茶店だった。その名も喫茶『異世界転生』というらしい……おそらくここで話し合いを終えてから、転生後のことが決まるのだろう。
「いらっしゃっい、エステルちゃん、ククリちゃん。ははーん、そのイケメンがいつもエステルちゃんが話していたイクト君かぁ。まぁ、ゆっくりとしていきなよ」
「ありがとう、マスター。いつものミルクたっぷりブレンドコーヒーとケーキセットを3人分。お願いします」
慣れた様子で注文するエステルは、俗に言う常連客というものなのだろう。見た目は小学五年生くらいのエステルだが、今日は不思議と大人の女性に見える。ククリもリスらしく、ケーキセットのモンブランを一口食べて上機嫌だ。
「それでね、イクト君。いきなり本題に入るけど、実はキミ……まだ死んでいないの。いろいろとミスがあったみたいで、出棺されていないんだ」
「えっ……出棺されなかった? そんな馬鹿な、オレの記憶だとあの後バリバリ天国へと連れていかれたような……」
頑張ってその時のことを思い出そうとするが、葬儀場からいきなり景色がお墓のある教会へとワープしてしまうため、出棺の様子はよく分からない。自分的には死んだつもりだったから、先に魂の状態で墓地へと移動してしまったのだろう。
「萌子ちゃんが、イクト君を連れて行かないように手を伸ばしていたでしょう? あの手を取ろうとしたイクト君の魂が、一時的に肉体を蘇らせたみたいで。棺の内側からドンドンと音を立てていたから、みんなびっくりしちゃって。今は、意識不明の状態で病院で眠っているよ」
「そ、そんな馬鹿な! あの時手を取ろうとしたことがきっかけで、死なずに済んだのかよ。いや、でも今は意識不明の重体なんだろう……遅かれ早かれ……」
奇跡的な展開だが、すぐに意識が戻らなかったところを見ると結末はそう変わらなそうだ。いや、けれど今オレがここで話し合っているのは、完結後のオレの魂の行方を決めるためだ。
「本来の予定では、イクト君は再び地球で生まれ変わって、次は萌子ちゃんの子供として生きて行く予定だったの。双子のお姉さんだった人の子供としてね……」
「萌子の? 確かにあの時、そのまま萌子のお腹に宿ろうとしたんだけど、なんだか申し訳ない気がして。遠慮しちゃったんだ」
「うん……だから、イクト君には今のところ天国にも現世にも居場所がないの。本当は死ぬ予定だった人だから、他の魂とのスケジュールを調整すると……。現世で目覚める可能性は、15年後になっちゃう。そんなの嫌だよね……」
「15年後か……」
ふと、窓の向こうを見ると、魂の出口である光が2つの方向に分かれていて……。
1つは姉の萌子の子供として、生まれ変わるコース。そして、もう1つは15年間眠り続けた後に目覚めるコース。
正直言ってこの二者択一は、どちらも選ぶのに躊躇する内容だ。何故、萌子の子として生まれるコースに抵抗があるかと言うと……すでに、彼女のお腹には誰かの魂が入っている気がしたから。
「せっかく、萌子とリゲルさんの子供として生まれて来ようとしている魂を押しのけてまで、オレは転生したいとは思わないよ。多分、お腹の中にはもう……」
「うん。イクト君は優しいから……そう言うと思ったよ。だからね、ラストチャンスでシミュレーションをしてみようと思うの。一旦、異世界の15年後に魂を転移させてみて、ある条件をクリア出来れば……時間を逆戻ししてイクト君は蘇る。ダメなら、残念だけど現世には戻らない。どうかな?」
「そんな裏技があったのか! じゃあ、その方向性で行こう。一か八かの駄目モトだ! だれも傷つかない方法で、蘇ろう」
オレの答えにエステルはにっこりと微笑んで、爽やかにある書類を取り出した。どうやら、エステルが考えた次の企画書のようだ。
「このプロジェクトは、1年前に企画していたものがボツになったものなの。いわゆるお蔵入りの予定だったものだから、面白い企画と感じるかは不明だけど。でも、だれも傷つかない方向性であることは確かだよ」
「ああ! 早速読んでみるか……どれどれ。タイトルは……【元ハーレム勇者のおっさんですがSSランクなのにギルドから追放されました〜運命はオレを美少女ハーレムから解放してくれないようです〜】って、タイトル長すぎるだろ! なんだよこれ、一時期流行ったおっさんSSランクの追放ものじゃん! 一年前に開始するならともかく、これからなんて短編だとしても旬は過ぎているぞ」
そう……最近の流行は異様に早いため、旬の時期を過ぎた頃にこういう題材を始めるのは、ちょっとばかり厳しく感じる。
「分かってるって! 短いブームの題材だったから、企画ごとボツにしたわけで。現行作品ならともかく新作じゃあね……。けどまぁ……せっかくだから、試しに読んでみてよ。おっさんと言いつつ、より一層イケメンに成長したイクト君の冒険……」
「まったく、仕方がないなぁ……。どれどれ……」
結局、オレがいつ現世で目を覚ますのか、どのような形で蘇るのかはまだ未定だ。けれど、ずっと異世界で勇者として冒険してきたオレにとっては、こんな時間も安らぎのひとときである。
守護天使の転生企画書をパラパラと捲りながら、長い旅路を一旦終えたことにホッと一息つく。次に、みんなと会う時は……きっと新しいオレとして。けど、生まれ変わってもまた【勇者】に生まれたい。
きっと、古いゲームのように【コンテニュー】出来る日がくると……信じているから。
後日談的内容の短編小説『元ハーレム勇者のおっさんですがSSランクなのにギルドから追放されました〜運命はオレを美少女ハーレムから解放してくれないようです〜』は、実際にシリーズものとして投稿済みです。双方の作品を独立した作品として読めるようにしています。
また当作品のラストは、読者様の好みで捉えていただけるようにしています。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。