側に寄り添うマリア像:3
人知れず、旧・礼拝ルームで神様に祈りを捧げるマリア。
「神様……イクトさんは、これからどうなってしまうのですか? やはり、魂が迷子にならないためには決断するべきなのでしょうか」
「マリア……」
ガタンッ! 本当は息をひそめてマリアの様子を見守りたかったが、思わずドアに足をぶつけてしまい物音を立ててしまう。いや、動揺してしまったと言った方が正しい。
「ご、ごめん……マリア。立ち聞きするつもりはなかったんだ。ただ、話しかけるタイミングを逃してしまって」
言い訳がましいが、本当に偶然マリアのお祈りを耳にしてしまったのだ。まさか、彼女がこれほどまでに思い詰めているとは思わなかった。以前クエスト時にサービス終了後について話した時は、地球に遊びに行くからよろしく的なことを言っていたのに。何故……?
「いえ……私の方こそ、自分勝手なお祈りをしてしまってごめんなさい。実は、地球への特別ゲートを封鎖する案が出ているらしくて。私やアズサのように特別ゲートの運営に関わっている者は、サ終後も自由に行き来出来る予定だったんですけど……。私には、その許可が下りなかったんです」
(あれっ? なんだか、当初の計画と随分と話が違くないか)
オレ達地球人はアバター体と離れなくてはいけないから、この異世界へは来れなくなるけど。マリア達は、特別ゲートから地球へと来ていいことになっていたじゃないか。一体、いつ頃から計画は変更してしまったのだろう。
「えっ……? それってつまり、スマホRPGのサービスを終了したら、同時にマリア達とも地球で会えなくなるってことか。オレ達地球人が、この異世界へと遊びに来れなくなるってだけじゃなくて」
「そういうことになります。一方的に、異世界サイドの人間だけが地球へと遊びに行けるのはよくないのではないかと。特別ゲートが封鎖になれば、イクトさんをはじめとする地球の仲間達、それに、まだそんなに会話を交わしていない弟にも一生会えなくなるでしょう」
彼女の言う弟とは、即ち最近になって戸籍が一緒になったと言う丸須有吏のことだ。それほど親しくない姉弟とのことだが、血の繋がりがあるなら会話をしておいた方が……とも思う。けれど、マリアには特別ゲートの使用許可は下りなかった。
「弟さんって、マルスのことだろう? 離れていたとはいえ姉弟なんだし。一生の別れになるなら一言くらい何か伝えた方が……」
「まぁ……弟に関しては姉弟であることすら伏せていたので、親しいと言うほどではありませんが……。姉弟らしい会話すら出来なかったのは、心残りですね。それにまさか、こんなに早くイクトさんやみんなと、いろんなお別れが来るなんて思ってなかったから。いろいろと辛くて……」
珍しく泣き崩れるマリアを見ていられなくって、ポロポロと涙をこぼすマリアの頬を拭い頭を撫でる。
「マリア……! 泣くなよ。ゲートの使用が不可能になるかは、まだ決定していないんだろう? なんとか残された時間で解決する策を考えよう」
「でも、きっと特別ゲートは閉じられてしまうわ。本当は、長いこと使うことが許可されていなかったのに、ここ百年くらいで何度も使用したから。その影響で、魔獣がこの異世界へやって来たんじゃないかって……。私は召喚士ではないし、時空を渡ることは出来ない」
オレをはじめとする地球人がアバター体を介してこの異世界にいられるのは、召喚士である本運営者の行柄リゲル氏の魔法のおかげだ。だが、リゲルさんは運営を辞めさせられた上に、ルーマニアに移住してしまっている。リゲルさんはオレの姉と夫婦関係になったため、義兄ということになるが。日本在住のオレとルーマニアのリゲルさんでは、気軽に召喚を頼める距離ではない。
もう1人の召喚氏といえば、リゲルさんの妹の聖女ミンティアこと行柄ミチアだが、地球での彼女は病弱で今年手術を成功させてリハビリ中の身。異世界における彼女は元気だが、地球で召喚魔法を使ってもらうのは不可能に近いだろう。
(そんな……こんなにあっさりと、オレの日常は失われてしまうのか?)
これまで普通だった日常が、どれほど【非日常】だったのか、痛いほど実感する。気軽にスマホゲームとリンクしている異世界へと遊びに行けて、尚且つそれはVRという訳ではなく実在していて。夢のような話だった筈なのに……いや、実在する異世界だからこそ、物理的に封鎖されたらもう二度と行くことは出来ないのだ。
「泣かないで、マリアさん! 辛いのはマリアさんだけじゃないよ。でも、最後まで楽しくやろうって、約束したじゃない!」
突然、いかにもアニメやゲームから抜け出してきたかのような可愛らしい萌えボイスが、マリアを励ます。振り返ると、そこには例の超人気たぬき精霊の着ぐるみが……!
「えっ……その声はまさか……」
すると、星型の飾りがついたステッキを一振りして、変身をほどき……ピンク髪ツインテールの超美少女が姿を現わす。そう……オレの血の繋がらない妹アイラだ。
「うふふ! 本当は、アイドルとして明日のシークレットライブのためにこの村に来ていたんだけど。たぬき精霊の中の人が、風邪をひいてお休みになっちゃったから。私が変身して一日だけ【たぬき精霊の役】を務めていたんだ」
「そうだったのか。どうりで、あの時親しげに手を振っていたと思ったら……。って、アイラ?」
無理して笑顔を作っていたのか、アイラは大きな瞳を潤ませてオレとマリアに抱きついてきた。
「お兄ちゃん……私も異世界からやってきた妹だから、このスマホゲームとのリンクが切れたら帰らなくてはいけない! お兄ちゃんとはもう会えないの……エリスさんも地球から出て行くことになっちゃう。みんな、みんな……サヨナラなんだよ。でも、最後まで楽しくなきゃスマホRPGじゃないから、だから……!」
「アイラちゃん……」
「アイラ、今の話。そんな……妹のお前や親戚のエリスまで帰るって。じゃあ、オレは地球へ帰ったら、あの家で1人に?」
(そんなバカな。オレは、異世界での仲間達を失うだけじゃなく、地球での家族まで失うのか? 両親は海外出張、姉はルーマニアで新婚生活。妹アイラと遠縁のエリスがいることで寂しさを感じなかったのだろう。けれど、このスマホゲームとのリンクが切れたらオレは、1人であの一軒家で暮らすのだろうか。持病もちの身で……そんなの……想像つかない)
「うわぁああん。お兄ちゃんっ離れたくないよぉ」
「うぅ……イクトさんっ」
小さな礼拝スペースにアイラやマリアの鳴き声が響く、その哀しい真実を知りオレは愕然とするだけで。魔法が解けたら、オレは……どんな暮らしをしている設定なんだろう?
「魔法が解けてエリスさんやアイラちゃんがいないと仮定する世界線では、もしかしたら、ご両親は海外出張しないのかも知れません。萌子さんはリゲルさんの仕事の都合で、海外在住かも知れませんが……。おそらく、異世界人が関わらない形で世界が修正されると想定されます。けれど、それでも心配なんです……イクトさんの魂をもう見守ることが出来ないなんて」
「異世界人と交流出来る魔法が解けたら、世界線が変わる……。スマホRPG異世界の魔法が解けたら……オレは、一体。本当は……」
そして、祈りを聞いているはずの神様すら無言のままだった。




