妖精のクリスマスプレゼント:2
ネオ新宿経由で『特急電車アズリーサ号』に乗り込み、ついにエルフの里へと旅立つオレとアズサ。今回は移動に次ぐ移動のため、特急電車の中で昼食を頂くことになる。座席はあらかじめ予約をしておいた為、席の確保は安心だ。
「イクト、アタシ達は運がいいぞ。駅売店の特別フェアでエルフの里名物『妖精の森づくし弁当』が売ってたんだ。はい、早速食べよう」
「おっ! さっき買ってた駅弁はエルフの里のやつだったんだ。車窓から見える景色を眺めながら、食べる駅弁は最高だよな。いただきまーす」
妖精の森づくし弁当は、材料の全てがエルフの里の特産品で出来た駅弁だ。名物の葡萄を生かした『葡萄エキス煮込みハンバーグ』をはじめ、色とりどりの野菜の甘い煮物、炊き込みご飯、ナポリタンなど子供から大人まで嬉しくなる構成である。飲み物は、冬であることを考慮して温かいペットボトルのほうじ茶である。
「ふふっ。アタシが参加するクエストって、大抵バトルがメインだったから。こうしてのんびり故郷への旅路をイクトと出来るなんて、夢みたいだよ。本当は……ずっとこのまま」
一旦箸を置いて、アズサが物憂げな瞳でオレのことを見つめる。青く透き通る大きな瞳が、珍しく潤んで見えて……この旅路の先がオレとアズサの……いや、おそらく全てのユーザーに該当するサ終と言う名の『別れ』を予感させた。
「えっ……アズサ?」
「ううん、何でもない。あっイクト、口の周りにナポリタンのケチャップがついてるぞ! ふふっ拭いてあげるっ」
穏やかな時間が流れ、やがて車窓から見える情景は都会から山間の冬景色へと移り変わっていた。
『次は、エルフの里駅……エルフの里駅……』
「あっ……そろそろ降りないと」
「もう到着か……あっという間の二時間半だったな。行こう!」
* * *
列車の中が暖房バッチリで温かだったせいなのか、それともエルフの里がネオ新宿に比べて幾らか気温が低いのか。とにかく、エルフの里は想像以上に寒かった。空は晴れ間が広がり、雰囲気的にはもう少し暖かでも良いはずなのに……これがエルフの里の冬なのか?
「うぅ……もう少し、防寒ファッションしてくれば良かったかなぁ。まさか、こんなに寒いとは」
「ごめん、イクト。エルフの里は、盆地だから夏は暑くて冬は寒いんだよ。そういうアタシもついうっかりしてたけど。取り敢えず、バスに乗って温泉郷の方まで移動しよう。確か足湯がたくさんあるはずだから、そこであったまろう」
タイミングよくバスが到着してくれて、急いで乗り込む。温泉郷までは、十五分ほどだというし、さほど時間はかからないだろう。一番後ろの広い座席に座り、暖をとりホッとしていると、アズサの知り合いが乗り合わせていたのか、突然見知らぬエルフさんに声をかけられる。
「アズサちゃん? 久し振りだね、里帰りかな……そのお隣の人は……。彼氏さんとか?」
「スミレ! 元気そうで何より。イクトは彼氏っていうか、うちのチームのリーダーだよ」
「えっ……イクトさんって言うんですか。もしかして……ハーレム勇者様とか。大丈夫なのアズサちゃん……万が一、勇者様の身に何か起きたら。前世の時みたいに弾圧されて……! 私、アズサちゃんの前世からずっと友達だから心配で」
オレの名前を確認したスミレさんの顔がさぁっと青ざめる。おそらくスミレさんが言っている前世とは、オレの初代アバターが帰らぬ人になった当時のことを言っているのだろう。
エルフ族は長命で成人するとほとんど老けないから違和感がないが、もしかするとスミレさんはハタチ前後に見えるだけで四十年くらい生きているのかも知れない。だとすると、オレやアズサの前世をバッチリ把握していてもおかしくない。推定年齢の割に、激ミニスカートと黒ニーソの萌え系ファッションが異様に似合っていて若々しいが……これもエルフ族のなせる技なのか。
「大丈夫だよ、スミレ。前世みたいにイクトを女アレルギーで殺しはしない。アタシが……このエルフ剣士アズサが、この身に代えてでもイクトを守り抜くっ!」
「アズサちゃん……っていうか、アズサちゃんが色仕掛けさえしなければ、勇者様は死ななかったんじゃ……。ううん、疑っちゃ悪いよね。私も、勇者様を守るのに協力するよ! こう見えても、アズサちゃんが転生する前から生きているお姉さんエルフだもの。一緒に、アズサちゃんの潔白を証明するの手伝うよ」
やはりエルフの里では、アズサがオレを色仕掛けで暗殺したのが定説となっているのか。しかも、生まれ変わってまで潔白を証明しなくてはいけないとは……一体どんな状況下でアズサは育ったのだったのだろうか。いや、かなり幼い時期にエルフの里を出てオレと同じネオ西多摩で暮らしていたじゃないか……。おそらく当時は事件から数年しか経っておらず、エルフの里では生活出来る感じじゃなかった筈だ。
「スミレ……ありがとうな。エルフの里って全面的に混浴だし、女子はみんな長命のせいで若く見える上に露出度が高いから内心ヒヤヒヤしてたんだ。良かったなイクト。頼もしいサポーターが出来て」
全面的に混浴、女子はみんな露出度が高い……なんだか危険なキーワードが乱立しているような気がするが。嫌な予感に襲われつつも、無事にエルフの里温泉郷へと到着。
「うーん! やっぱり故郷はいいなぁ……この澄み切った空気、ちょっと寒いけど自然の中に来たって感じがするよ」
「アズサちゃんの故郷は、やっぱりここなんだね。私、すごくホッとしちゃった。じゃあ私は、エルフの里温泉郷本部で勇者様の訪問をお知らせしてくるから。アズサちゃんは……予定では足湯に浸かってまったりして……それからお食事の支度かな?」
エルフの里温泉郷本部って、かつてオレが倒れて迷惑をかけた例の温泉だろうか。なんだか気まずいが、ここで名誉挽回する事でアズサの汚名も晴れるというところだ。
「ああ、一応ハーレム勇者認定協会のデート試験だからさ。足湯でリフレッシュしたら、我が家の家庭料理でもてなすよ。スミレも夕食どきになったら来てくれよ」
「うん、楽しみにしてるね。じゃあまた……」
爽やかな笑顔で立ち去るスミレさん、足湯スポットへと誘ってくれるらしいアズサ。すっかりデートの主導権をエルフのお姉さん達に奪われているが、ここは年下らしく素直に従った方がいいだろう。
バスターミナルを降りてすぐのところに、温泉郷へようこその看板とともに足湯スポットが複数。料金も安く、タオルのレンタルも行なっているそうだ。
「エルフの里の健康に良い源泉の足湯です。へぇ……神経痛や捻挫にも効くのか……ではさっそく」
オレは黒いズボンにスニーカーというファッションなので、スニーカーと靴下を脱いでズボンを捲り上げるだけで足湯を満喫できるが、問題はアズサだ。黒いタイツにブーツというファッションでは足湯に浸かるのは大変……?
すると、お転婆な癖が抜けないのかアズサはオレの目の前で大胆にもスルリと黒いタイツを脱ぎ出して……。目の前には捲り上げられたギリギリのワンピースと美脚と……それから……それから……それ、か……ら……。
…………ブツンッ!
「えっ……イクト、突然倒れて。一体どうして? あぁっ! しまったっ。このアングルじゃイクトの目線からは下着が丸見えに……ごめん、ごめんイクト。殺す気じゃなかったんだよ」
「い、いや……大丈夫だから。ちょっと、目眩がしただけで……あはは。さあ足湯でリフレッシュしようぜ。オレ達が健全にデートする様子を見せつけて、アズサの暗殺者疑惑を晴らそう!」
「イクト……うぅ。ごめん、アタシなんかのために……頑張って、悔いのないサービス終了を迎えよう」
――オレ達のラストバトルはまだ始まったばかり……女アレルギーという呪われた体質。必ず、克服してみせる!