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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜
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幕間:まるで命が終わるような気持ち


 人気スマホゲーム『蒼穹のエターナルブレイク』サービス終了まで、1ヶ月を切った或る日。オレは、いつも通り異世界へとアバター転移して、聖女ミンティア・賢者マリア・エルフ剣士アズサ・女勇者レインらとクリスマスクエストにチャレンジしていた。

 クエストの内容は、モミの木の森最奥地にある秘密の洞窟へと赴き、クリスマスの結晶というレア素材をゲットすることだ。


 ただの探索なら、簡単なクエストだったであろうが、なんせ凍える程寒い。凍結した地面は至極危険きわまりなく、身動きはそれぞれ鈍くなる。厭、愚痴を延々と語るのは良くないのだが。

 こうなる事は地球での天気予報から察しがついていた筈だし、即ち地球において寒波であれば異世界でも同じように寒波になり、運良く暖冬であればそのようにシンクロする。

 なので、地球のテレビで見た天気予報で最初から想像出来ていた筈だ。つまり、クエストが地球と同じ程度の寒さで困難になることくらい。


 ――この現実世界とリンクするこの異世界では、大陸の形から地名、季節の移り変わりに至るまで地球に近い構成となっている。

 もちろん、冬の寒空もバッチリとシンクロしており、防寒用のインナーや内側がボア素材のアウターを装備しなくてはいけなかった。モコモコとした防具は若干動きづらいが、寒さを凌ぐ為には致し方あるまい。


「イクト君! モンスターが、そっちにもっ。私が召喚でサポートするから、イクト君はトドメをお願い」

「ああ。任しとけって! うりゃあああっ。乱れ突きっ」


『グギャアアアアア!』


 熊系モンスターの飛び交う爪攻撃を器用に避けて、棍装備必殺スキルの乱れ突きを放つ。もちろん、聖女ミンティアが得意の召喚魔法で『素早さを倍速にする能力を持つサポート精霊』を喚びだしてくれたお陰で、撃退できたのだけれど。

 実のところ、イベント時に現れるモンスター達は、運営会社が用意した模擬戦用のモンスターデータらしい。模擬戦と言いつつも無茶苦茶強いのが気になるが、生き物を殺傷するのは抵抗があるしむしろ架空の存在のようでホッとしている。


「はぁ〜お疲れ様、イクト、ミンティア。それのしてもラストクエストだからって、雑魚モンスター枠まで随分と手強かったよな」

「う、うん。当初は2月にサ終の予定だったし、今回のクエストは強敵設定を維持しているのかも。ごめんね、アズサさん……私ゲームバランスについては其れ程タッチしていなくて。今回のイベントも仕切りはほとんど今の運営会社だから」


 オレと同じように、前線で攻撃担当をしていたアズサが、剣を鞘に納めて溜息をつく。すると一時的とはいえ、このゲームを運営する会社の社長に就任していたミンティアが、申し訳なさそうにゲームバランスの事情をバラす。マリアがミンティアを励ますように肩を優しく叩きながら、サ終について語りだした。


「いやいや、ミンティアさんは本来なら夏にサ終する筈だったこのゲームを一時期とはいえ復活させた訳ですし、よく頑張りましたよ。けど……本当に。もうすぐゲームとのリンクは無くなるんですから、今の運営さんもおまけで配置するモンスターを弱くして欲しいですよね」

「あーあ、けどせっかくいい線までレベル上げしたのにデータがなくなっちゃうのはもったいないよなぁ。せめて、買い切りアプリになれば良かったけど、それも無いし」

 僅かに期待されていた落としきりアプリ化の計画も、未だに語られず。異世界に魂がアバター体として転移するというこのゲームシステムの都合上、落としきりアプリ化は無理なのだろう。


「まぁ私達のように、異世界ゲートの管理組織と関わりのある者以外は、地球と異世界の通過自体禁止になるようですし。そういった意味でも、致し方ないのかも知れませんね。チームイクトは、これからも他所のゲーム内で活動することになりましたし。寂しくはないですよ……きっと」


 ところで、この2人は異世界人を名乗りつつも地球に戸籍を持っている不思議な人達だ。サ終後も、変わらずに地球で大学生として生活するつもりらしいし、当分の間は付き合いが続く様子。


「マリアさんとアズサさんは、地球にちょくちょく来れるんだね。良かった……突然、みんなと会えなくなったら寂しいものね。けど、私の所属する星のギルドってゲートと関わりはあまりないの。ギルドマスターや魔導師チームのみんなと会えなくなるの哀しくて」


 それぞれのやり取りを黙って見守っていたレインが、ポツリポツリと自分が所属するギルドメンバーとの別れについて語り始めた。彼女の所属する『星のギルド』のメンバーとの別れが、日に日に近づいてきていることを寂しく思うのだろう。


「レイン……。異世界の大半の人達とお別れになっちゃうのは、みんな同じだ。最後まで悔いの残らないように、ゲーム異世界を楽しもうぜ。ほら、せっかく勝ったんだしアイテムを回収しないと」

「ありがとうイクト君。そうだよね、寂しいのは私だけじゃないのに。それに……今はクエスト中、きちんとクエストこなさなきゃ」


 いつもは気丈に女勇者という肩書きに恥じぬよう振舞っていたレインだが、最近は地球での本来の姿である『高凪レイラ』としての本音が見え隠れするようになった。レインだけではなく、オレだって少しずつではあるが『本来の自分』に戻りつつある。

 ゲームテキスト調の言い回しや解釈が出来なくなってきていて、リアリティのある思考回路が頭の中を占めるようになっていた。それは、アバター体と魂のリンクが解け始めている証拠でもあった。



 * * *



「お兄ちゃん、メールが来ているみたいだよ」

「おっ本当だ。ありがとうな、アイラ。えっと……エステルからだ」


 数日後、冬の貴重な休日を地球の自宅リビングでこたつに入りながらマッタリ過ごしていると、守護天使エステルから最後のデートクエストのメンバーリストが送られてきた。地球にいながら異世界からのメッセージを受信するなんて不思議な感覚だ。


「はい、イクト様、アイラちゃん。チャイティーとジンジャークッキーですわ。ところでそのメール。もしかして、デートクエストの最後のメンバーリストではなくって。やはり、このシーズンはクリスマスかしら?」


 下宿人のエリスが、午後のティータイム用のチャイティーとジンジャークッキーを運んできてくれた。


「ああ。エステルの計画によるとクリスマスデートがメインのバトル込みデートみたいだよ」

「お兄ちゃん、風邪ひかないようにジンジャークッキーで身体をあっためないと。んーやっぱりエリスさんの手作りクッキー美味しい」


 ジンジャークッキーは、生姜の効果なのか口に含むとじわじわと身体が温かくなり……まるで魔法のようだ。美味しくて身体にも良いティータイムを愉しみながら、クエストの概要を再度確認する。


 ラストのデートクエストは、12月に相応しくクリスマスデートに決定。

 相手は、マリア、アズサ……そして魔族の姫君アオイの3人だ。当初はアオイとは種族の壁や職業の壁などの関係でデートクエストまで漕ぎ着けられるかすら危うかったが。

 このスマホゲームとのリンクがサービス終了により無くなることから、特別にクエスト受理されたらしい。


「マリアさん、アズサさん……そしてアオイさんとのデート。悔いの残らない素敵なクリスマスデートになるといいですね」

「ああ! 女アレルギー持ちのオレだけど、あと少し頑張るか。有終の美を飾るために……!」


 その気合とは裏腹に、オレの肉体となり魂を纏う『アバター体』は迫り来るサービス終了を前に、まるで命が終わるような気持ちにかられているのであった。


 ――地球と異世界……別々の世界の『2つの肉体……2人のイクト』を行ったり来たりする『オレの魂』は一体どんな結末を迎えるのだろうか。


 ふと窓の向こうを見ると、冬本番を告げるようにチラチラと白い雪が降り始めていた。やがて……魂が何処かへと誘われるように、意識が遠のいていった。


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