ハロウィンデート編3:神官エリスと復活の霊魂【後編】
「はぁああああっ? ユッキィイイイイ? なんでいきなりオレにまでユッキーの声が聞こえるようになってるの。あっ……一応、はじめまして」
動揺のあまり思わず叫んでしまったが、向こうは爽やかに挨拶してきているし挨拶を返すことに。
『あはは……驚かせちゃってゴメンね。でもまぁこのゲームの年内にはサ終でしょ。伏線回収の意味も込めて、先代ハーレム勇者の僕が登場することで裏設定をスムーズに回収しているのさ』
「えっ……年内にサ終了? おかしいな、サービス終了予定は2020年の2月だったような」
オレとユッキーの情報がわずかに違うことに違和感を感じて、スマホアプリを立ち上げて今後の更新スケジュールを確認してみると、確かに2019年12月末にサービス終了と変更が記されていた。
「イクト様、実は今日のアップデートで、サ終予定のスケジュールが変更されたんです。なんでも、2020年代までサービスを跨いでしまうよりも、キリのいい2019年のうちに終了すべきだという意見があったとかで。気持ちよくサ終するためにも、全力で伏線回収の努力をして年内に終わらせるそうですよ」
つまり、年末年始の忙しい中を経て、正月気分が抜けたおめでたい時期にサ終するよりも、除夜の鐘を聴く頃にはスッキリと完全サ終を狙うことにしたのだろう。結構きっちりと、完結するつもりのようだ。
「えっ……でもさ。新主人公のシリーズ最新作とかなんか言ってなかった? あっちはどうなるんだ?」
「それが……イクト様が主人公でなくなるのであれば、それはもはやこのシリーズ作品ではないというご意見があったそうで。そちらはボツにして、大人になったイクト様の冒険を描いた短編小説を読み切りで2019年のうちに1つ発表。その後、正式にシリーズそのものをサービス終了するそうですわ。愛されている証拠……ですわね」
この作品の主人公は結崎イクトただ1人……何人たりとも主人公の座を脅かしてはいけない。別にそこまでイクト様にしなくても……と思ったが、正直言って気分が良かった。オレは、自分で想像している以上にワガママで、自己顕示欲が強いのかも知れない。
その後も、まるでなにかの『霊魂に取り憑かれている』かのように、イクト様を褒め称えるワードが自然と出てくる。
「えっ……そんな熱狂的なオレの信者が……誰だろう? いや、でも正直言って安心したよ。新主人公とかいう若造がゴリってきて、旧時代の武器を過去にしつつオレツエエエエでもやられた日には、ストレスだったろうし」
『そうだぞ、この異世界の勇者は歴代イクトスだけで充分だ』
『あぁ安心したよ。イクトス以外の主人公が出てきたら、どんなことが起こるかと……』
図に乗って語るオレの後ろには、ズラリとユッキー以外の歴代イクトスの霊魂が結崎イクトに取り憑いて好き勝手に語っていた。ハロウィンで霊感が高まったオレの魂は、完全に承認欲求と自己顕示欲のオンパレードである。だが、恐ろしいことにオレは自分が霊に取り憑かれている自覚すらなく、気分良くエリスと会話を続けた。
「ええ……その代わりと言ってはなんですが、大人になったイクト様のご活躍を短編で拝見することが出来る予定のようですね。シリーズものとしては、これが最後になると思いますが……イクト様の伝説できっちりと終わった方が、ユーザーも安心すると思いますわ」
ユーザーが安心するというより、イクトス達の魂が納得がいく方向を選んだ気がするが。作品というのはキャラクターに魂が宿るため、安全を維持したければ、キャラクターの満足に沿ってストーリーを終了させるのが最も重要なのである。生きているキャラクターの魂には、作者ですら逆らうことが出来ないのだろう。
「そっか……エリスも今までありがとうな。本当なら、エリスが正ヒロインのポジションだったのに……いろいろあって脇に回る羽目になっちゃって……。よし、今日はサ終の日が確定した記念にちょっと贅沢しよう! 向かいのロブスターレストランなんかどうだろう? あっポーチは、オレとユッキーのチョイスを両方買えばいいよな……」
「まぁ! 素敵ですわ。ポーチも2つ頂いてしまって。うふふ。では、ご先祖様の霊魂も交えながら贅沢ロブスターランチで思い出を作りましょう」
結局、ポーチ選びはオレとユッキーのチョイスを両方採用して2種類購入。その後は、ロブスター専門レストランでランチと洒落込むことにした。
* * *
「サ終とハロウィンを記念して……乾杯!」
「乾杯!」
『乾杯!』
チリンチリン、チリーン! グラスのぶつかり合う音が、まるで霊を鎮めるおりんのように鳴り響く。オレもエリスもまだ未成年のため、もちろんノンアルコールのシャンパンだ。
ほくほくの真っ赤なロブスターが、カゴいっぱいに盛られてぷりぷりの身がオレ達を誘う。他にも、トロッとしたチーズがたっぷり乗ったカットロブスター、程よい焼き加減のステーキ、シーザーサラダ、カボチャシード入りの自然派丸パン、ホットチキン、ハロウィン仕様のパンプキンパイ、カボチャの冷製スープ、魚のマリネなど食事がズラリ。
「ロブスターって茹でても、チーズと合わせても美味ですわね」
「ああ。蠍座新月っぽい食事を考えてロブスターにしたんだけど、想像以上に美味しくて良かった」
『うん! なんだか、霊魂の僕までご一緒しちゃってすまないね。でも、久々の食事……美味しいよ』
レストランの店員さんにもご先祖様であるユッキーの霊魂が『視える』ようで、豪華ロブスター料理を『3人分』用意してくれた。
一見すると『陰膳』のように見える食事会だが、ハロウィンシーズンだしこういうのもありだろう。
食事の後は、エリスの職場である占いの館へ遊びに行き、他の占い師の人達に恋愛運や金運などをみてもらう。
「もしもお2人がこのまま結婚すると。みえます……結婚後のイクトさんとエリスさんは一男一女に恵まれるでしょう! 男の子の場合は、女難の相に注意!」
「うーん……生活は概ね順調だと占いでは出ていますが。男の子が生まれると……お子さんは女アレルギーかも知れませんねぇ」
「女アレルギーを避けたければ子作りをする際に、この魔除けの桃の置物を枕元に飾って頂いて……後は厄除け祈願をするとなお良しかと。あっ1つ3,000円です」
なんだかんだ言って、厄除けの桃の置物やら何やらを買わされてしまう。エリスの仕事仲間達は、商売上手な占い師が多いようだ。
「おおっ! ここまではっきりとした霊魂は珍しいですねぇ。わたくし、感動しました」
「アタシの占いだと来年の今頃には、お子さんが生まれているだろうから。ご先祖様にとってはひ孫になるのかしら? 楽しみにしててねっ」
もちろん、ほとんど占い師達にもユッキーの霊魂が視えるようで、保護者付きデートといった雰囲気で幕を下ろした。後は家に帰るだけ……そう一旦地球の家に帰るだけだ。
「なんか、来年の今頃にはもう子供が生まれてる予定とか。占いが思ったよりも大胆なのばかりでびっくりしたよ」
「あはは……一応、婚約中のカップルを占うという前提で行われていますからね。あくまでも占いの未来は、仮のものですけど。私達の場合は、住まいも同じですし。地球でも異世界でも両方で婚約していますし……占いやすいのでしょう」
そういえばそうだ……地球と異世界の両方で婚約が成立している相手は、実はエリスだけである。
「年内にこのスマホゲームが終わるとしても、今日の思い出はずっと忘れませんから……。それに、サ終後も結崎家では一緒に暮らしていきますし。これからもよろしくお願いしますね。イクト様」
「良かった、ゲーム終了後もエリスは結崎家に残るのか。いきなり生活がガラッと変わったらどうしようかと思ったけど……安心したよ。こちらこそ、これからも、よろしく!」
「ふふっ。じゃあ帰りましょうか……結崎家へ……」
珍しく手を繋いでエリスと一緒にゲートをくぐり、地球の自宅へ。妹のアイラは仕事の関係でしばらく家にいない、両親も海外赴任でいない。姉の萌子は、すでにルーマニアで新婚生活。気がつけば、ユッキーの霊魂もどこかに消えていて……2人っきりである。
エリスの手作りご飯を食べて、沸きたてのお風呂に入り……それから……。
お風呂上がりのエリスの銀髪はドライヤーで乾かしたものの、まだほんのりシットリしているようで色気が漂っている。肌に巻いた白いバスタオルからは、華奢な身体が見え隠れ。
「えっと……エリス?」
「ふふ……今は、まだそういう関係ではないですけど。いつか、赤い糸が結ばれて、本当に夫婦になって赤ちゃんを作れたら……いいですわね。おやすみなさいっ」
そう告げて、手渡されたのは例の厄除けの桃だ。これを枕元に飾って赤ちゃんを作れば、良い子に恵まれるらしいが……。それはまだ、気持ちが定まらないオレ達には早いのだろう。
「おやすみ、エリス。良い夢を……」
暗がりの枕元に桃の飾りを置くと、まん丸くてまるでお月様が飾ってあるような錯覚をする。何処からともなく、声が聞こえてきた。
『イクト君。キミはいったい、誰を運命の赤い糸の女性として選ぶんだろうね? いや、まだ答えを出すには早いか……おやすみなさい』
月がいつでも夜空を照らしているように、オレ達は霊魂に見守られているのだと実感したハロウィンとなった。