閑話:下弦の月が見える夜に
左半分だけに半月が出る月を『下弦の月』と呼ぶらしい。今日はちょうどその、下弦の月が見える夜である。何となく物哀しさが漂う月夜は、情緒があって秋の夜長を楽しむのにぴったりだ。
その日……オレと妹のアイラは、海外へと旅立つ双子の姉萌子の見送りのため空港にいた。スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』の運営会社の『元社長』である行柄リゲル氏とともに、新天地へと向かうことになったのだ。
「ねえ、イクト。私ね……実は結婚することにしたの。ミチアちゃんのお兄さん……リゲルさんと。社長業を退任してからリゲルさんって大変そうだったけど、親戚がいるルーマニアでお仕事して再出発することになったんですって。私もついて行きたいってお願いしたら、結婚しようって」
「そっか、良かったな。萌子……おめでとう。随分と話が急だけど、萌子は好きな男の人についていく人生を選んだんだな」
何となく2人が徐々に惹かれあっているのは気づいてたが、萌子曰くプラトニックなお付き合いだというし、突然結婚するとは思わなかった。
吸血鬼一族の血を引くというリゲル氏は、その一族のポリシーからか処女のまま萌子を花嫁にするつもりだったようだ。夏の終わりに日本のチャペルで挙式をあげて、しばらく国内でハネムーンを楽しんだ萌子達。さらに今後もルーマニア周辺をハネムーンの延長線上で観光しつつ、新生活に慣れるつもりだとか。
異世界では、マルスと交際して別れたりといろいろあったが、幸せになってほしいものだ。
リゲルさんの妹ミチアは、次の拠点へ移動する関係で空港まで見送りに行けないらしく、ここでお別れだ。兄が海外へ移動となった経緯から、身体が完全に良くなるまで健康的な食事を提供する『リゾートホテル』に長期滞在し完治を目指すらしい。
「お兄ちゃん、萌子ちゃん……2人が結婚してくれて良かった。私は移動の都合で空港までは見送りに行けないけど。お元気で……」
「ミチア、僕達の結婚を後押ししてくれてありがとう。行ってくるよ」
「ミチアちゃん、ありがとう。もう身体はだいぶ良いみたいだけど、無理しないでね」
元々は、ミチアの看病を通して親しくなったリゲルさんと萌子。ミチアは以前に比べると、自力で歩けるようになりだいぶ元気そうだが、まだリハビリが必要だろう。病後の回復などを促す良い環境に身を置くことで、一層の早い回復が期待される。
そういう流れでオレ、萌子、リゲルさん、アイラの4人で空港に行き、お別れ前の食事。
「今日は、日本での最後の食事になるからね。ちょっぴり贅沢してみよう」
「ええ、そうね。もしかするとイクトやアイラと食事するのは、あと数年ないかも知れないし。何か思い出に残りそうなものを食べましょう」
「思い出かぁ……アイラね。ガーリックステーキかなぁ……って。ごめんなさい、リゲルお義兄さんってニンニク苦手なんだよね」
アイラはリゲルさんが吸血鬼一族なのをすっかり忘れているのか『ガーリックステーキセット』を食べたがっていたが、万が一のことを考えてニンニク料理は避けることに。
「萌子達、向こうに行ったら日本食と離れるだろう? あの日本料理店で、いろいろ和を感じさせる料理を食べていくといいんじゃないか?」
結局、しばらく食べられないであろう日本食代表『寿司』と『天ぷら』を食べることに。
空港周辺でも好評の日本料理店で和食料理店赤みが魅力的なマグロ、コリっとした食感が人気のハマチ、食べやすいサーモンや甘エビなど、それぞれ好きな握り寿司を堪能。天ぷらは、大きなエビだけでなく秋の舞茸や茄子、かぼちゃ、シシトウなど、野菜も豊富だ。さらに、セットとしてお蕎麦を一緒にいただき和を堪能し尽くす。
「はぁ〜美味しかった! ご馳走様でした。うふふ……なんだか、すごく食欲があるのよね。もしかすると、もうお腹に赤ちゃんが出来ていたり……。ママがたくさん栄養取って、元気に産んであげまちゅよ〜。お腹の中の『新主人公君』はパパ似のイケメンかなぁ」
一刻も早く子供が欲しいのか、気の早い萌子は自分のお腹を撫でて赤ちゃんに話しかけている。しかも、あだ名は新主人公君だ。
「あはは。3週間前に結婚してもう赤ちゃんを授かっていたら、凄いだろうけど。僕達の子供の新主人公君だって、誕生日を決めたりいろいろ都合があるだろうし。僕は子供が出来ても出来なくても、萌子のこと愛してるから、安心していいんだよ」
「ありがとう……リゲルさん大好きっ。けどね、可愛い天使が『早く産まれてきたい』って、おねだりしてるの。だから早く赤ちゃんが出来るように頑張ろうっ」
「う、うん。ただ、赤ちゃんは授かりものだからさっ。そんなに焦らなくても……」
まだ結婚してから3週間のわりに、一刻も早く子供が産みたいらしい萌子。それに比べて夫婦生活の話題に照れながら頬を赤く染めて、たじろぐリゲル氏。
(まるで、リゲルさんの方が新妻みたいな雰囲気すらあるな。萌子が嫁いだというより、リゲルさんがお婿さんに行った感じだ。それにしても萌子のやつ……どうしてそんなに早く子供が欲しいんだろう。しかも、オレを主人公に座から撤退させて、自分の子供を主人公に交代させようとしてるよ)
そんなこんなで、ラブラブオーラを振りまきながら海外へと旅立った2人。日が落ちるのが遅くなってきたのか、すでに夜は月が出ていた。
* * *
さて帰るか、と歩き始めるとスマホからピピピッと通知音。
「んっ……なんだろう? えっ……やっぱりリゲルさんが退任したから、まさか……そんな」
「どうしたの、お兄ちゃん……きゃあっ! そんなことって……」
突然の通知内容……それは、スマホRPG蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』サービス終了の事前告知だった。
読者様・プレイヤーの皆様へ
当作品は2020年2月をもちまして、サービス終了させていただくことになりました。完結まで楽しんでいただけるように、邁進させていただきます。
終了につき、ご意見やご感想などお寄せ頂ければ嬉しく思います。これまで勇者イクトの冒険を応援してくださり誠にありがとうございました。
「オレ達のハーレムはこれからだ!」
新主人公によるシリーズ最新作の詳細情報は、10月下旬以降お知らせいたします。
現在の運営は、聖女ミンティアこと行柄ミチアのハズだが。そういえば、突然リゾートホテルで暮らして、本格的に身体を治したいに行きたいと言い始めた。
ミチアとオレは萌子達の結婚で親戚になったし、結崎家で一緒に暮らすルートもあったのに、やんわりと断られたのだ。どう見ても、オレ達と距離を置こうとしていた。数時間前もよそよそしくしていたけれど、あれはサービス終了を既に決めていたからなのか。
しかも、勝手に『オレ達のハーレムはこれからだ!』なんて打ち切り特有のセリフを入れて、強制的に終わらせようとしている。
「お兄ちゃん……サービス終了したら私達、どうなっちゃうの? まだ、アイラ頑張れるのに。それとも本当に主人公交代で、『これから産まれる甥っ子とその仲間のハーレム要員達』に出番を奪われるの? アイラ、まだまだぴちぴちの10代でいたいのに。次回作では30代になっちゃうっ」
そんなことを言ったら、シリーズものなんて作れないんだが。かと言って、最近まで高校生だったのに次回作ではいきなり30代とは中間地点がなかったな。いや、思い切って『ギルドで仲間から追放されたイケメンのオッさん設定』で、もうひと花咲かすとか?
オレはともかく、問題はアイラの方だ。まさか現役女子中学生魔法少女アイドルから、いきなり主人公の叔母さん枠になるなんて想像つかないんだろう。
「アイラ……大丈夫だよ。今までだって打ち切りの機会は何度かあっただろう? そもそもなんで萌子の子供が男の子確定で、尚且つハーレムを構築するのが決定してるんだ。泣くなよ……」
「だって、だって……なむらちゃん姉のヤヨイさんは、もう妊娠してるし。多分産まれてくるのは女の子なんだって。もう絶対にすごい美少女が産まれちゃうよ……巫女でアイドルの姪なんだよ……きっと新たな萌え系ヒロイン候補に決まってるし。アイラは、もう叔母さんになっちゃうんだ……う、うわぁああああんっ」
――サービス終了予定の【2020年2月】まで、あと半年足らず……どうしてこんなことになってしまったんだ。
『哀しまないでよ、叔父さん、叔母さん。主人公交代のためには、一旦サ終が必要なんだ。僕、頑張って産まれてくるんだからさ……。次の主人公である僕が……ねっ』
月の向こう側で、萌子とリゲルさんの子供として産まれるであろう『天使』が笑った気がした。
次回、ハロウィン編更新は2019年10月27日(日曜日)を予定しております。本作品は2020年2月に連載完結する予定です。
新主人公によるシリーズ最新作の詳細情報は、10月下旬以降お知らせいたします。




