臨海デート・女勇者編3:先輩のプロポーズを応援しよう
臨海学校の第2週目は、好きなエリアに行き各々のチームで社会科見学を行い、そのリポートを提出するというもの。観光を兼ねて、冒険者としてのスキルアップを目指せるお得な授業と言える。
バスターミナルから徒歩で10分ほどの場所にあるという水族館を目指して、歩き始めたオレとレイン。木陰になっている遊歩道を選んで、なるべく日差しを避けて進む。
「従兄妹のケインとそのパートナーのヤヨイさんが、ダブルデートの相手になるけど、いい?」
臨海地域のいくつかの観光スポットはデートクエストの指定エリアとも重なっているため、授業中にそちらのクエストもこなせることになった。しかも、前回のミンティアとのデートと異なりダブルデート形式である。
「ああ、もちろん! ケイン先輩たちには以前もクエスト時にお世話になっているんだ。ただこういうラフな観光クエストで一緒になるなんて思わなかったな。ほら、【男勇者ケイン・聖女ヤヨイチーム】といえば学園ギルドのエースコンビだからさ……」
レインとケイン先輩は従兄妹同士だから、自然の流れで今回のダブルデートなのかも知れないが。ハイレベル勇者のケイン先輩を、わざわざ安全な観光クエストに駆り出すなんて……と違和感があるのも事実。
実は、水族館敷地内には調査が必要な閉鎖ゾーンがあるそうで、今回はそこもクエスト対象地だ。わざわざ今回をハイレベル勇者と組ませてダブルデート形式にしたのには、理由がありそうだが。
「まぁたまには、ケイン達もまったりとしたデートクエストが出来ると嬉しいんじゃないかな? 特に、ケインにはそろそろヤヨイさんにプロポーズするかハッキリしてほしい頃合いだし。私達でキューピッド役が出来るといいね」
「あはは……難しそうだけど、頑張るよ。おっあれが水族館の入り口か、随分と大きそうな施設だな。水族館というより、遊園地みたいな感じで」
わずか10分なのに、暑さのせいで過酷な道のりに感じながら辿り着いたのは、今回のデートクエストの舞台となる【臨海地域魔法水族館】だ。いわゆる魔法生物と呼ばれる特別な水系モンスターと触れ合うことの出来る人気スポット。
チケットがすでにダウンロードされているスマホをかざして、電車の改札のような出入り口のゲートを通過。すると、エントランス手前でオレ達よりも一足先に到着していたケイン先輩とヤヨイさんが手を振っている。
ケイン先輩は爽やかな水色のリネンシャツにジーンズ、ヤヨイさんはふんわりとしたカーキ色のワンピースにナチュラル素材のカーディガンだ。
「おーいイクト君、レイン、お早うっ。久しぶりにまったり系のクエストみたいだけど、まぁ油断しないで頑張ろう」
「ケイン先輩、ヤヨイさん、今日はよろしくお願いします」
「ふふっ。イクト君は、ハーレム勇者の宿命でいろんな女の子と連続デートクエストで大変でしょうけど。うちの妹とのデートも後で控えているし、無理しないようにしましょう」
ヤヨイさんの鋭いツッコミに、思わずギクリとするが。別に嫌味でもなんでもなく、サラリと言ってのけるあたり流石は聖女だ。それに、黒髪ストレートロングヘアを斜め横に束ねて涼しげに微笑む姿は、妹のなむらちゃんに何処と無く似ている。
「おっレインは、なんだか女っぽくしてるなぁ。さては、イクト君とデートだから気合い入れたな。まぁ気持ちは分かるよ、ハーレム勇者の恋人の座を巡ってライバルが多いだろうし。レインも自分磨きを精一杯しないと……」
「もうっ! ケイン、からかわないでよ。それに、次のデートの相手の名村ほのかちゃんは、イクト君の妹さんのアイドルとしての相棒なのよ。魔法少女アイドル【アイラ・なむら】売り込みのために、公開デートするだけなんだから」
どうやらレインは、この次に控えているなむらちゃんとのデートは、オレの妹のアイドルユニットの売り込みの1つだと捉えているようだ。つまり、本気のデートではなく【企画】といいたいのだろう。
「まぁ、ヤヨイをさらに幼くしたクール美少女の名村たそとデートなんて、企画とはいえ羨まし……いや。何でもないです。取り敢えず中で涼みながら、魔法生物を観察しようぜっ。いてて、ヤヨイやめて!」
「もうっ! ケインったら、そんなにうちの妹がいいわけ? 早く行くわよ」
珍しくヤヨイさんがムッとした表情で、ケイン先輩のほっぺたをつねる。自分よりも妹に気がいってそうなケイン先輩に、ジェラシーと言ったところだろうか。
「なんだか、複雑そうな展開だけど気にせず行こう。この水族館は水中のトンネルが名物なんだって」
「へぇ……楽しそう。どんなモンスターがいるのかな?」
ケイン先輩とヤヨイさんが拗れているのを極力爽やかに無視して話を進めるあたり、レインは女勇者特有のスルースキルが優れていると言えるだろう。
まさか、次のデートの相手の姉がダブルデートの相手になるとは想定外である。
今回のオレのデートの相手は、レイン。
レインの従兄妹は、ケイン先輩。
ケイン先輩の彼女は、ヤヨイさん。
ヤヨイさんの妹は、なむらちゃん。
なむらちゃんの相棒は、オレの妹のアイラ。
そして、次のオレのデートの相手はなむらちゃん……。
世間は案外狭いとは、こういうことを言うのか。グルグルと無限に続きそうな人間関係の相関図を、頭の中で浮かべるだけでも混乱してしまう。
さて、頭を切り替えて水の中のトンネルで海洋生物系モンスターの観察だ!
* * *
海中を散歩をしてみませんか? とのキャッチフレーズに惹かれて、まずは水の中のトンネルを一周することに。
透明のガラスのトンネルは、海洋生物たちがふよふよと水の中で漂う姿を間近で鑑賞出来る。気持ちの問題かもしれないが、水の中の如く気温もかなりひんやりとして感じてしまう。
「うわぁ……海の中をお散歩しているみたい。ここから先はクラゲゾーン、次は熱帯魚ゾーン、ワイルドなサメ系モンスターゾーンもあります。だって」
「クラゲや熱帯魚はいいけど、サメは結構怖いよな。大丈夫か……おっクラゲが光った!」
来場者にアピールするかのように、キラキラと青く発光するクラゲモンスターたち。いつも海の中では、こんな風に集団で戯れているのだろうか。
「ははっ! 温厚なサメを飼っているそうだから、何かあっても襲ってくることはないと思うよ。それにしても、こうしてそばで見るとクラゲもなかなか可愛いじゃないか。ねっヤヨイさん!」
「そうね……半透明でふよふよとしてて、悩みがなさそうで。いいわよね、クラゲたちは、人間と違って幸せそうで。可愛い子供たちと、いつも一緒で……。恋人だけじゃなく、その妹にまで気がいくような、不埒なオスもいないでしょうし」
ケイン先輩がヤヨイさんのご機嫌取りをしようとするが、あえなく失敗。結構気まずい感じのダブルデートになってきたぞ。
「……ごめん、ヤヨイ。ただ勘違いしないで欲しいのは、妹さんを見て、ヤヨイも中学生くらいの時はあんな感じだったのかなぁって思っただけで」
ケイン先輩の言わんとする意味もわかる気もするが、流石にデリカシーがなかったか。スタスタと歩いて、次のエリアへ向かうヤヨイさんを追いかけるケイン先輩。
けど、ヤヨイさんってこんなに1つのことに粘着する性格だっけ? それとも、他に何か事情があるのだろうか。
すると、一部始終を見守っていたレインがオレの服の裾をクイッとつまんで、クラゲゾーンの端に連れ出す。いわゆる内緒話状態というもので、不可抗力で接近したレインにドギマギしてしまう。
「どうしよう……イクト君。思ったよりも気まずい雰囲気になっちゃったね。ケインが将来設計がきちんと整うまで、ヤヨイさんにプロポーズ出来ないって渋るから……」
「確か、ヤヨイさんの方がケイン先輩より1つ年上で、すでに大学を卒業してて実家で巫女さんをやってるんだっけ。ケイン先輩は来年大学卒業だよな……彼女さんの方が先に働いているから言い出せないとか?」
「そうなのかもしれないけれど、ヤヨイさんだってタイムリミットがあるし。出来れば早く、ケインの方から結婚を切り出さないと……。実はね……ヤヨイさんのお腹には……」
なんとなくそんな予感がしていたが、レインから耳元で……。
『赤ちゃんが出来ているの』
と囁かれて、思わずビクンっと肩を跳ねあげてしまう。あくまでも妊娠しているのはヤヨイさんで、レインでは無いのだが。
「男の責任……いや、赤ちゃんが出来たから結婚とかじゃなくて、きちんと事実を知る前にプロポーズして欲しいってことだよな。よし、何とかオレたちでケイン先輩の方から自然とプロポーズするように、促してみよう!」