臨海デート・聖女編6:先祖の軌跡を辿って
オレが異世界にアバター転生した初めての日、あの日も青い月とともにコウモリが浮遊していた。記憶が確かなら、学校帰りにトンネルを抜けようとして……そのままコウモリの群れに追い立てられたのだ。
この転生には裏があると思っていたが、最初からあった伏線の回収を今更するなんて、思わなかった。スマホRPG【蒼穹のエターナルブレイクシリーズ】は、ミンティアの行柄一族が製作したゲームをもとにしてリメイクした作品。
意図的にオレを転生に追いやったのは、果たして誰なのだろうか? リゲルさん、ミンティア……いや、オレが未だ知らない何かの因縁や魂がオレを呼び寄せたのか。
「イクト君、丘の上の教会まで一緒に行ってくれる? 今に時間帯なら、大きな教会では夜のミサが行われているはず。運が良ければ、ご先祖様の情報を得られるかも」
「えっ……いいけど。ミンティアは、いきなり吸血鬼一族の当主になれとか言われて怖くないか? もし、教会に眠るご先祖様の魂と遭遇でもしたら……」
「教会に眠っているのは、花嫁として捧げられた聖女様だよ。ご先祖様といっても、私とは血の繋がりがあるかすら分からない。けど、何も分からずにこのまま過ごすよりも良いと思うの」
ミンティアの決意は固く、既に気持ちは丘の上の教会に向かっているようだ。だが、クマのぬいぐるみ召喚精霊のクマぽんは、教会には近づかないで欲しいようでミンティアを止めに入る。
「お嬢様、万が一……行柄一族の血が目覚めて、聖女でなくなってしまったら。このクマぽん、心配で心配で……」
「ありがとう、心配してくれて。でもね、またさっきみたいに眷属が迎えに来て、イクト君やクマぽんに迷惑をかけるかも知れない。私が、もっと行柄一族の秘密について知ってしたら、冷静な対処が出来たかも知れないでしょう?」
「ああ、お嬢様……ご立派になられて。うぅ……確かに仰る通りです。日常生活でいくら誤魔化しても、眷属たちにはお嬢様が行柄一族であることはバレています。これを機に、ご自分の宿命と向き合うべきなのでしょう……」
ぬいぐるみのクマぽんが涙を流せるかは不明だが、まるで泣いているような仕草でふわふわの手で目頭を押さえている。執事として、お嬢様の成長ぶりに感動しているといった雰囲気だ。
「ミンティア、クマぽん。話し合いは済んだみたいだな。取り敢えず、ミサの出席してみよう」
アイテムキューブに武器をしまい、浜辺から町の方へ続く街路樹を歩いて15分ほど。ややキツイ坂道を登ると、【ようこそ丘の上の教会へ】という立て看板が見えてきた。
夜のミサは18時半から、今の時刻が18時15分……ちょうどミサが始まる手前の時間だ。
このミサに出席すると、帰り時間が夜になることは確実だろう。念のため臨海学校の寄宿施設に、丘の上の教会で行われるミサに出席する旨を電話で連絡して、夜間の外出許可を得る。
ミサの出席はクエスト扱いにはならないものの、観光や歴史勉強の一環として認められている。
教会のロビーは広く、礼拝堂の入り口付近ではミサ出席者向けのプリントなどを配布している。
「こんばんは、観光客の方ですか? 本日のミサで使用するプリント用紙をどうぞ!」
「ありがとうございます。席は、後ろの方の席が空いてるみたいだな」
「うん。じゃあ後ろの奥の方の席に座ろう」
いわゆる信者として出席するわけではないので、他の信者の人の遠慮をして目立たない後ろの席へ。運良く今日のお話は、この丘の上の教会の歴史についてがメインテーマのようだ。
夏休みに入ったばかりで、観光客がミサに出席することを想定しているのだろう。
しばらくすると、神父様が現れてパイプオルガンの音色とともに合唱。本日のミサが幕を開けた。
* * *
「夏休みが始まり観光客の皆さんも、丘の上の教会へたくさん訪問してくれています。本日のミサは、この教会の歴史を紹介する意味でも重要な【吸血鬼の花嫁】について、お話ししましょう。まずは、吸血鬼一族についての伝承から……」
神父様は、お伽話を語るような優しい口調で礼拝堂に集まった人たちに話を聞かせた。『これは、丘の上の教会に伝わる真偽不明の言い伝えです……』付け加えて。
数百年前、ある召喚士の若者が吸血鬼の少女と恋に落ちました。本来ならば、召喚契約のみで絆を結ばなくてはいけない2人でしたが、禁を破ってしまったのです。
当時のアースプラネットは、異種族間の結婚に反対するものが多く、2人は駆け落ちせざるを得ない状況に追い込まれました。召喚術の中でも難しいとされる異世界への転移……地球と呼ばれる本来ならば我々が前世で過ごしていた星へとワープしたのです。
別の惑星への転移はハイリスクであり、片道切符であることは明白でした。
ルーマニアという多様なルーツを持つ住民が住む国を選び、2人はそこで夫婦となりました。しばらくは平和な時間が流れましたが、ひ孫の代になり吸血鬼能力を持つ者とそうでない者の間に確執が生まれます。
そして、吸血鬼を差別する派閥の手により、吸血能力を継承した子供たちはルーマニアから逃げる羽目になりました。再び、新しい土地を探して彷徨うことになったのです。
『シルクロードには、様々な国の交易品がやり取りされている。商人としてシルクロードを渡り、安全な場所を探そう』
吸血能力を継承したひ孫たちは、シルクロードで生活を始め、結婚し……やがて四方八方に散り散りとなりました。その中のひと組の夫婦は、長い年数シルクロードにいましたが、やがて大陸を出て小さな島国に移住します。
初めは異世界人とルーマニア人の血統だけでしたが、シルクロードでアジア圏の血が混ざり、島国に渡った者たちは現地の住民と結婚してそのまま【日本人】になったとされています。
時代は近代に移り、文明が発展し吸血鬼はただのお伽話になっていました。自分たちが吸血鬼一族であることを忘れてしまったある日、隔世遺伝的に吸血鬼能力を強く引き継ぐ子供が現れ、夜な夜な血を求めて彷徨うようになります。
『このままでは、我が一族は吸血能力を制御できずに滅んでしまう。召喚能力を使い、異世界から聖女を喚び出し花嫁として迎え入れよう』
召喚能力を継承していた者が喚びだした聖女は、初めのうちは吸血鬼一族の若者に嫁ぐことを戸惑っていたそうです。が、実際に会ってみると優しく端麗な容姿の吸血鬼に一目惚れしてしまい、夫婦として成立したそうです。
一般的に、吸血鬼として目覚めているものは、非常に容姿が美しく誰もを魅了すると言われています。もしかすると、容姿以外にも何かの魅力があるのかも知れませんが……。
『私の聖女としてのチカラを全て使い、私の血を捧げれば……夫は人間として生きていける。子供たちは……良かった普通の人間だわ』
聖女が設けた子供たちは、吸血鬼の血がかなり緩和されて、ごく普通の人間として育ったそうです。ですが、夫が亡くなり聖女としてのチカラを使い果たした花嫁は地球で生存できなくなってしまい、晩年は故郷である異世界に帰ることを決意します。
そして、晩年を過ごしたとされる場所が我々が今いる臨海地域。魂が眠るとされている教会が、この【丘の上の教会】です。彼女は、もし自分の子孫が訪れたら血の因果に負けずに、楽しく生きて欲しいと語っていたそうです。
今でもこの教会には、吸血鬼の血を封じるための聖水やロザリオなどがたくさん保管されています。
「如何でしたか、皆さん。もし、今回のミサに吸血鬼の子孫がいましたら、当教会の聖水をお土産として購入すると良いでしょう! 間違えて大切な人の血を吸ってしまっては困りますからねぇ。きっと、血の目覚めから守ってくれますよ」
最後におどけて語る神父さん……ミサに参加している人たちも、神父さんの【ジョーク】に喜んでいた。
「イクト君、どうしよう……もしかしたら、私の代で血が目覚めたんじゃ……」
ただ1人……本当に吸血鬼一族の子孫である聖女ミンティアを省いては。