臨海デート・聖女編5:ミンティアの決意
「おいっ。ミンティアをどうするつもりなんだ!」
「このまま、我々の城に連れて帰り当主として迎え入れる。一族復興の礎になってもらわなくては……」
コウモリたちの集合体は、黒い闇の魔力を使いミンティアを連れ去るために魔法陣を描き始めた。おそらくワープゲートだろう……このまま、あのゲートに飛び込まれては、厄介だ。
「ちょっと、待ってよ。私は、新社長になったといっても、お兄ちゃんがいるし。当主になんて、とてもじゃないけれどなれないよ。どうして、私なの?」
オレと同じ疑問をミンティアも抱いていたようで、何故、兄のリゲルさんではなく自分なのかを問いただす。
すると、コウモリの集合体はクスクスとミンティアを嘲笑いながら、こう答えた。
「ククク……白々しい娘だ……本来の当主から、その座を奪ったのはお前自身なのに、どうして……とは、な。まるで、我々がお前を好んで選んだような言い草ではないか。まぁ腹違いの兄妹なんぞ、いつの時代も変わらぬ」
「……! そ、そんな。私は、お兄ちゃんが退任している間、行柄ブランドを守りたかっただけで」
集合体たちは退任騒動と新社長就任を、腹違いの兄妹の確執だと勘違いしているようだ。ミンティアは一生懸命なだけなのに、そんな風に思われているなんて可哀想な気がする。
「ぷぅ! 私からご説明しますと、行柄一族のご先祖様は、しょっちゅう腹違いの兄弟姉妹で揉めていた一族でして。リゲル様とミンティアお嬢様のように、仲の良い腹違いの兄妹というのは珍しいのではないかと……」
行柄家の事情について、オレはほんの少ししか知らないが。両親が先立たれてさらに大病をしたミンティアを献身的に看病したリゲルさんは、立派な兄と言えるだろう。
だが、そのことについて集合体が知らずに、退任騒動前後に現れたとしたら? ご先祖様たちのように、不仲だと理解している可能性が高い。
「そっか。もしかしたら、集合体たちはご先祖様の世代で情報がストップしているのかも知れないな。とにかく、このままミンティアが連れ去られるのはマズイ。集合体と戦ってでも、助けないと!」
「微力ながら、このクマぽん。魔法サポートの精霊として、バトルに協力しますぞっ。あやつらは所詮、コウモリ眷属の寄せ集め……光属性の魔法で合体を解いてしまえば、お嬢様を連れ去ることは出来ないはず」
「光属性の魔法? ミンティアなら、召喚精霊を喚び出して使えるだろうけど。あんな状態じゃ……」
オレたちが相談しているうちにも、集合体はミンティアを連れ去るべくガードの召喚精霊交戦状態だ。スマホの敵情報画面を確認して、サーチ魔法で相手の属性を表示する。
集合体のステータスデータは、以下の通り。
【コウモリ眷属集合体】
HP:5000
MP:3500
スキル:HP吸血、MP吸血
属性:闇属性
弱点:光属性
攻略アドバイス:一見すると、吸血鬼のような外見をしているがその実体は眷属であるコウモリたちが合体した姿である。活動時間は夕刻以降で、日が高い時間帯には合体することすら出来ない。そのため、太陽に近しいエネルギーを持つ光属性には、非常に弱く合体が解ける可能性も。積極的に光属性を使用して、合体モードを解除しよう。
「光属性の魔法なんて、勉強していないし。吸血スキル持ちなんじゃ、迂闊に近づいたら返り討ちにあいそうだ。槍で間合いを取りながら、衝撃波のスキルで戦うしかないのか?」
「このクマぽんも、ちょっとした光属性の魔法なら使うことが可能です。イクト氏の武器に、属性魔法を一時的に付与しましょう」
クマぽんが光の粒をオレの武器である槍に放ち、武器属性が一時的に光属性に変化する。砂浜は足の安定があまり良くないが、冒険者用のスニーカー装備のおかげでどうにか戦えそうだ。
昨日ガチャで引き当てたばかりの星4レア装備【クリティカルの槍】の特徴は、会心攻撃を出しやすいこと。光属性の衝撃波で上手く相手を抑えられたら良いのだが。
「サンキュー……取り敢えずは、ミンティアと集合体を引き離すか……行くぞっ。とりゃああっ」
『シュィイイッ!』
ミンティアを傷つけるわけにはいかないので、槍を直接ぶつけるのではなく、衝撃波をあてるように攻撃して行く。衝撃波からは、光属性の粒がキラキラと輝き、闇属性の集合体を弱める効果がありそうだ。
さらに、どんどん暗くなり視界が悪くなっていた浜辺に、光の衝撃波が灯り代わりの役目を果たす。
「くっ……こしゃくな。若者よ、何故我々の邪魔をする? 所詮、吸血鬼一族と貴様ら人間は相容れぬ存在。この娘が一族のチカラに目覚めれば、お前のことは、ただの子孫を作るための存在。もしくは、吸血鬼としてのエネルギー補充としか思うまい」
「そんなことはない! ミンティアは、優しい聖女だっ。たとえ、ご先祖様が吸血鬼だとしても、オレのパートナー聖女であることは変わらない」
エネルギー補充とはつまり、人間であるオレはいずれミンティアに血を吸われるといいたいのだろうか。子供を作るためのという表現からすると、人間と吸血鬼でも子孫は出来る様子。
吸血鬼と人間の両方の血を引いているであろうミンティアたちが、現代にも存在しているわけだから当然か。
「聖女……だと。そうか、あの花嫁の血が今更になってこの娘に隔世遺伝したのか。迫害から逃れて異国に渡り、最後の時はこの異世界で過ごしたとされるあの聖女」
「花嫁? ミンティアは吸血鬼一族だけじゃなくて、聖女の血も引いているんだな!」
集合体たちはミンティアが吸血鬼に目覚めず聖女であることに、何か思い当たる節があるようだ。おそらくご先祖様の中に、聖女が混ざっているのだろう。
「ちっ……ここは一旦、引くとしよう。だが、娘の中で聖女の血よりも吸血鬼の血が強くなれば、本能に従うままに生きるようになるはず。真実を知りたければ、丘の上の教会に行くことだ……。またいずれ……」
丘の上の教会とは、おそらくこの辺りの観光名所【吸血鬼の花嫁が眠る教会】のことだろう。花嫁が眠る場所は立入りできないはずだが、通常のミサなどは行われているらしい。
「イクト君……助けてくれてありがとう。ゴメンね……私が自分の一族についてきちんと話さなかったから、イクト君にまで騒動に巻き込んで。実は、私の代では吸血鬼の噂はほとんど都市伝説扱いで、一族の人たちも誰もその話を本気にしていなかったの」
「ミンティア! 怪我はないか? 良かった。仮にミンティアのご先祖様に吸血鬼がいたとしても、人間の血が濃くなっているだろうし、都市伝説扱いでも仕方がないんじゃないか。あの集合体は、丘の上の教会に行けば真実が分かるって言ってたけど」
日が降りて暗闇が迫る丘の上を見上げると、教会の窓からは煌々と灯りが
点いている。この辺りではかなり大きな教会らしいし、もしかすると夜のミサを行なっているかも知れない。
「……イクト君、私……自分が何者なのか知りたい。聖女なのか吸血鬼なのか……一緒に行ってくれる? ご先祖様が眠る丘の上の教会へ」
ミンティアの目には、自分自身の秘密と向き合おうとする決意が宿っていた。