臨海デート・聖女編4:夕暮れ時の迎え
「桜貝のペンダント気に入ってもらえて良かったよ。じゃあ、一応デートクエストをしようか? 浜辺の区域調査が、今出来る簡単なクエストなんだ」
「へぇ……初級ランクの調査クエスト、【浜辺のモンスターの動向を調査せよ】か。レベル15前後の弱いモンスターしか出没しないし、これなら今の私たちにも挑戦しやすいね。行こう!」
カフェテリアで短いミーティングを行い、1番簡単そうなデートクエストに挑戦することに。まだ16時半だが、次第に暗くなることを想定してランクは低めの方が安全だろう。
海水浴を楽しんでいた観光客も、帰り支度を始めていて、海へ向かうオレたちとは逆方向に歩いていく。サーフボードを担いで浜に戻る人や、浮き輪を身につけたまま駆け回る小さな子ども、心配そうに駆け寄る保護者。
波の音と人々のざわめきを通り抜けて、大切な人と浜辺をただ歩く。
いつもは何気ない話題を絶え間なく出来るオレとミンティアだが、改めてデートとなると恥ずかしくて会話は少なめだ。ミンティアのお目付け役であるクマのぬいぐるみ精霊は、目に見えない形でミンティアを見守っているらしく、完全には2人っきりとは言えないのだけれど。
「ふふっ。イクト君と、こうしてのんびりするのって久しぶりだね。異世界での暮らしが終了して、一定期間だけログインする形に変化しちゃったし」
「そういえば、まだ退院して数ヶ月しか経っていないのに、新社長に就任して大丈夫なのか。無理してない?」
異世界にいるときは、元気でピンピンしているため忘れがちだが、ミンティアは地球で大きな手術をしている。退院してからは数ヶ月しか経っておらず、まだまだ安静にしていたほうが良いはずだ。
「あくまでも異世界のアバター状態で営業するのが私の役割だから、思っているほど大変じゃないよ。それに、身体も不思議なくらいみるみる回復しているんだ」
明るい笑顔でそう語るミンティアは、無理している様子もなく本当に元気になっているみたいである。そういえば、夏休みの初めもザリガニパーティーを企画していたくらいだし、本当に体調が良好なのだろう。
「へぇ……だいぶ体力が安定してきたんだろうな、きっと。けど、辛かったら休んだ方がいいぞ!」
「うん……ありがとう。あっそろそろ、クエストの調査区域じゃない?」
「おっ……じゃあ、万が一に備えて武器だけキューブから取り出すぞ……」
オレは、ガチャで当たった新しい武器である【クリティカルの槍】を、ミンティアは召喚用のショートダガーを片手に、エリアに侵入する。
早速、岩影にモンスターの影が見えた。サイズはそれほど大きくないが、警戒しながら近づいてみると。
『きゅいーん、きゅいきゅい、きゅいーん』
『きゅきゅきゅ。ぷるるーん』
「えっ……アザラシ? 一応、モンスターなのかな」
「う、うん。そうみたいだけど、別に危害を加えるようなモンスターじゃなさそうだね。あっ子供もいるよ」
愛くるしいアザラシタイプのモンスターが、親子でまったりお休み中。ゴロゴロと岩場で休む姿は愛くるしく、癒しの風景といった雰囲気だ。ここで、オレたちが攻撃を仕掛けたら人間の方が悪者になってしまう。
想定外のほのぼの光景に武器を納めて、ため息をつく。
「はぁ……びっくりした。けど、この辺りに棲息しているモンスターの種類は判明したな。えっと、初級のアザラシモンスターが棲息中、人間に対する被害はなし。棲息区域であるため、デートスポットには向かない模様……と」
スマホのメモに大まかな記録をしておき、現場の写真を数枚撮っておいた。そのうち、この辺りも調査区域から外されて人間が来るかもしれないが、アザラシにとっては今の状態の方が平和で良いだろう。
報告書には、デートスポットには向かない区域という内容で提出する予定だ。
「アザラシさんたちにとっては、過ごしやすい岩場なのかも知れないけれど。人間にとっては、この岩場は怪我しやすそうだし、危険かも知れないね。そういう意味でも、デートスポット向きではないかな?」
ミンティアはオレとは別視点で、この岩場がデートスポット向きではないと判断したようだ。
「驚かせてゴメンな、もう帰るからさ! 家族で仲良く暮らせよ」
『キュイーンキュイーン!』
警戒状態だったアザラシ親子だが、オレたちに悪意がないことを確認したのか、再び岩場で眠ってしまった。
「アザラシ親子、可愛かったね。一旦、岩場を出ようか?」
「ああ、そうだな」
特にこれといったバトルに発展することもなく、無事に調査区域のクエストが終了。アプリからクエスト達成の通知音と、デートクエスト初級の達成ポイントが加算される。
「割と簡単に、クエストが終わったね。余った時間でちょっとだけお散歩して……あら?」
安全な浜辺に戻り通常のデートをミンティアが提案したところで、動きがぴたっと止まる。バサバサと、何処からともなく何かが羽ばたく音が聞こえてきた。
「どうしたんだ、ミンティア? えっ……これは、一体」
振り返ると、ミンティアを囲い込むように小さなコウモリの群れが上空からバサバサと降り立ってくる。夕暮れ時の海岸は、日が沈んできているせいか、どんどん視界が悪くなってきている。
コウモリたちの正体が、ただの動物なのか或いは何かのモンスターなのかは不明だが。仮にモンスターであると仮定して、このまま闇夜になってしまうとバトルには不利だろう。
すると、見えない状態でミンティアを見守っていたクマのぬいぐるみ精霊【クマぽん】がふわっと姿を現した。
「ぷぅ! 大変ですクマー。ミンティアお嬢様が、我が一族の当主となるオーラを感じ取り、ルーマニアのご先祖様の代から続く使いの者たちが、一斉に迎えにきてしまったクマー」
つまり、あの大量のコウモリたちは、新当主のミンティアを迎えにきた使い魔といったところか。
「えっ? 行柄一族の当主は、すでにリゲルさんがいるだろう。なんでミンティアがっ」
「おそらく、新社長にミンティアお嬢様が就任したことにより、当主の儀式を行ったのと似たオーラを発してしまったのかと。はわわ……おやめください。ミンティアお嬢様はご先祖様とは違い、吸血鬼ではないですクマー」
クマぽん曰く、ご先祖様は吸血鬼だがミンティアは吸血鬼ではないらしい。じゃあ、お兄さんのリゲルさんは吸血鬼なのか、と聞きたかったが今は余裕がなくてそれどころではない。
『当主様、我が一族の……復活を。当主様……』
ミンティアの周辺をグルグルと飛び回るコウモリたちは、サイズこそ小さめだが集団力であっという間にオレたちとミンティアを切り離してしまう。
「きゃあ! イクト君、クマぽん、助けてっ」
「お、おいっ! ミンティアは、オレのパートナー聖女だぞっ。勝手に吸血鬼一族の当主とか決めるなよ!」
『違う、当主様……このお方は、当主? 確かめなくては……』
余計な一言を言ってしまったのかコウモリたちが紫色の光に包まれて、やがて1人の魔族へと姿を変化させた。黒いマント、紫色の肌、尖った耳、オールバックのナイスミドル。まさに、一般的なイメージ通りの吸血鬼である。
「お、お前は一体……?」
『私は、コウモリ眷属の集合体……ミンティアはお嬢様は、我が一族の復活のために、我らの城へと連れて行く!』
夕暮れとともに突然現れた迎えの者たちは、ミンティアに対しても随分と手荒な様子。
どうやらオレとミンティアのデートクエストは、一筋縄では終わらないようだ。




