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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜
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閑話:魔王アオイの星に願いを


 今日7月7日は織姫と彦星が天の河原で逢瀬を果たすとされている日、即ち年に一度の七夕だ。

 地球人が生まれ変わりの場所として作られたとされるこの異世界では、文化も地球から継承している。七夕も、そんな継承文化のひとつとして親しまれていた。


 神社仏閣や大型ショッピングモールでは、短冊を飾れるように大きな笹を用意しているところもチラホラ。織姫と彦星に自分たちの願い事を叶えてもらうのが目的だが、普通に七夕文化を大切にするための儀式的な要素でもある。


 そして、魔族の姫君であるアオイもそんな七夕文化を大切にする1人。だが、今年に限っては一体何を短冊に書いて良いのか迷ってしまい、水色の短冊は彼女の机の上。

 青色のペンを置き、ため息をついてふかふかのベッドに腰掛ける。


 魔獣討伐が叶い、実家である古城も無事に取り返すことが出来たが、結局アオイの居住地はネオ芦屋の別荘に決定した。


 流石に何年も魔獣に占拠されていた場所に住むのは気がひける……というのもあるが、すぐに引っ越さなかった理由は他にもいくつかある。そして、そのいくつかの事情がアオイの頭を悩ませる原因となり、結果として魔王の玉座に座る日を遠ざけているのだ。


 ふと、窓から庭を見下ろすと連日の雨にも負けじと、使用人達が庭に設置した笹がふわふわと風に揺れている。かろうじて曇り空をキープしているため、運が良ければ夜は星が見えるだろう。


(どうしよう、せっかく別荘のお庭にたくさんの笹を用意してもらったのに、私だけまだ願い事を書けていないや。去年までは、【イクト君のお嫁さんになれますように】って書いていたのに)


 コンコンコン! 


 思案するアオイの思考を一時中断させたのは、部屋の戸をノックする軽快な音だ。一応、魔王様というラスボス的なポジションのアオイに気配を覚られずにノック出来る人物はこの別荘でただ1人。


「どうぞ、遠慮せずに入って」

「おや、じゃあ……お言葉に甘えて。お邪魔します」


 ドアを開けた人物はアオイと全く同じ青色の髪、ほぼ同じと言って良い目鼻立ち、アオイより僅かに高い身長とちょっぴりクールな眼差し。そして、若干掠れたハスキーな声。

 そう……女の子のアオイから分離して現れたもう1人の男の子のアオイである。便宜上、勇者イクトには女の子のアオイは名前で呼ばれ、男の子の葵は真野山君と呼ばれている。


 まるで乙女ゲームの中性的な貴公子のような男の子の葵は、女性人気急上昇中の男の娘系イケメンだ。タキシードをラフにしたような学生服もよく似合っており、まさに王子様という形容詞がよく似合う美少年。


「珍しいね、君の方から部屋を訪問してくるなんて。いつもは、プライバシーを尊重するとか言って個人の時間は干渉してこないのに」

「あははっ! 僕たちってもともと1つの魂を共有しているからかなぁ。なんだか、女の子のアオイがすごく迷っている気がして。悩みがあるなら相談に乗ろうかなぁって思ったんだ」


 屈託のない笑顔は、清らかで美しく凛々しい。


「そっか。やっぱり、君には全部お見通しなんだね。当たり前か、私たちもともと1つの魂だったんだから。隠し事は出来ないよね……実は、転生協会から案内が届いたんだ。地球へ転生してみませんかって」

「……転生協会から、案内か。残念ながら僕のところのは届いていない。せっかく2人で1つの魂だったのに、ここでルートが分断されるってわけか」


 転生協会とは、地球人なら異世界人に。異世界人なら地球人へと生まれ変わりたい人をサポートする協会である。今の肉体でも一時的なら地球と異世界を行ったり来たり出来るが、アバター体を使わなくてはならない。


 そして、完全な転生を選ぶと……もう一度その星でゼロ歳児から人生をやり直さなくてはいけない。もちろん、前世の記憶も封じられるため、自分自身が魔族の姫であったことも、この異世界での暮らしも、大好きなイクトのことも……全て忘れてしまうだろう。


「私ね、ずっと七夕の時期には短冊に決まった願い事をしていたんだ。【イクト君のお嫁さんになれますように】って。今思えば不思議な願い事だよね、魔王と勇者は永遠のライバルだし、地球に戻るイクト君のお嫁さんになるのは、この異世界じゃ難しい。上手くいっても通い婚が限界」


 ポツリポツリと、自分の本音を男の子の葵に話していく。よく考えてみれば、2人はほぼ同一人物だったわけだから、隠し事なんて殆ど出来ないのだ、


「アオイ、僕は君の願いが不可能な願いだとは思っていない。ただ確率が厳しいというだけの話だ。でなければ転生協会から、案内なんて届かないよ。特にこの異世界から地球へと転生し直すのは、本来なら高倍率なんだから」

「うん、知ってる。地球でやり残したことがある人、もう一度地球で頑張らなきゃいけない人だけが、異世界から地球へと転生出来る。けれど……私が地球でやり残したことって、イクト君に人間の状態でもう一度会う事だけなんだ」


 もしかすると、アオイが毎年書いていた願い事は本当に織姫と彦星に見られていたのかも知れない。行事の一環として何気なく書いていた短冊の願いは、忘れた頃にポンッとチャンスになって現れた。


 地球でイクトと出会い直したいだけなら、いろんな関係性が想定出来る。何も結婚相手として生まれ変わることだけが、運命の縁ではないのだ。

 縁の深い関係性は親子や兄妹、親戚同士など血縁になることだってあるらしい。先生や生徒、上司や部下など想定される関係性は無限にある。そうだ、分かってはいるけれど……今はまだツライ。


「ありがとう、葵。励ましてくれて……でもね。私、どうしても迷ってしまうんだ。今から順調に地球へと転生する手続きを行なって、十月十日待って生まれ変わって……。最短で生まれ変わっても新しい私はゼロ歳、イクト君は18歳。そんなに年齢が離れていたら、結婚どころか今までみたいに気軽な友達になる可能性だってほとんどない」


「でもさ、イクト君の双子の姉の萌子さんは12歳年上の行柄リゲルさんと結婚するかも知れないんだろう? 完全に可能性が無いわけじゃ……」

「でもその2人ですら、12歳差……。どうして転生協会は……私に案内なんか。うぅ……ひっく」


 普段は、魔王らしく振舞うためになるべくポーカーフェースに、そして美しく努めているアオイだが、もう1人の自分の前でつい本音が出てしまう。

 地球で生存しているイクトと、すでに異世界人として転生してしまったアオイでは住む世界が違う。


 だから、アバター体のイクトとゲーム異世界を通じて婚約出来るだけでも嬉しかった。たとえ、イクトが遠い将来地球で誰か素敵な人と結婚して子供が生まれてもそれは生きる世界が違うから仕方がないと諦めていた。


 だが、願い事をかけていた自分の裏にある本音は神様には隠せないのだ。


『もう一度、アバターではなく地球でイクト君に会いたい。あの頃のように一緒に遊びたい』


 それが、心の奥底にあるアオイの本当の願い事。毎年短冊に書いていた願い事の本当の意味だ。


「アオイ、願い事はとてもスムーズに納得がいく形で叶うと言われている。だから、アオイは深く考えすぎずに本音で短冊に願いを書けば良い。僕はそう思うよ……アオイは今年の願い事、どうしたい?」


「私の本音の願いは……きっと」

 ふと、アオイの言葉が途切れる。やはり、まだ決心がつかない。


「何を書くかは、君次第だよ。僕は自分の部屋に戻っているから。それに、生まれ変わってイクト君と君がどんな関係になるかは誰も分からない。けれど、輪廻というのは様々な関係に生まれ変わる可能性がある。星が見えたら、一緒に庭へ出よう」



 七夕の夜、みんなの願いが叶ったのか雨続きの空は久し振りに星が見えた。


「星が見えてよかったね、アオイ。結局、願い事は……きちんと笹に掛けたんだ」

「うん。やっぱり私ね……」


 ぴゅうううっ!


 一瞬だけ吹いた強い風が、広い庭で短冊を眺める2人の会話を遮った。結局、アオイの願い事はもう1人の葵にも分からずじまい。


 アオイの願いが書かれた短冊は笹に揺られて、ふわふわと星が輝く夜空を見上げている。


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