雨雫の女勇者編8:雨上がりは買い物クエストへ
「いよいよ旅立ちの日ね……行ってらっしゃい!」
「はい、行って来ます。ギルドマスターラナ!」
2年ほど通い詰めた星のギルドを後にして、港の飛空船乗り場へと急ぐ。雨女の私にとっては旅立ちの日は雨になるんじゃないかと懸念したが、運良く晴れになった。
とある日曜日の正午、ついにプロ勇者の儀式を行うために新天地へと旅立つ日を迎えた。私とシフォンだけではなく、エリスさんなどのダーツ魔法学園ギルド関係者も一緒だ。
未だ学園周辺で残留となるイクト君たちギルド仲間も、飛空船乗り場へと見送りに来てくれた。
「いよいよかぁ……離れる期間は一時的って分かっているけど。やっぱり、寂しくなっちゃうな」
「だからこそ、みんなでちゃんと見送らないとね」
さりげなく呟いたイクト君のセリフが私にも聞こえてきた。彼の双子の姉である萌子ちゃんが、見送りを提案してくれたのだ。
治安が悪くなってきた影響か、飛空船は魔獣軍団から襲撃を受けにくい数少ない移動手段となってきており、利用者多数。そして、私たちもそんな大勢の中のひとグループだった。
なんといっても、乗船して旅立つ人数は私とシフォンに加えて、マリアさん、アズサさん、ミーコちゃん、エリスさんの6人。
見送りの人数だけでもイクト君、萌子ちゃん、アイラちゃん、ミンティアちゃん、ルーン会長、キラ君とミリーちゃんの後輩コンビ・コレットちゃんの8人。
さらにイクト君お付きのリスちゃんが人型で登場、守護天使たちも同伴して合わせて全員で18人。おそらく、今日旅立つグループの中ではかなり大人数の部類だろう。
「ちょっと待ってろよ。せっかくの旅立ちだし、みんなにお昼ご飯をプレゼントしたいからさ!」
イクト君が、自腹で餞別として飛空船内で食べるための昼食を売店で購入してくれるという。
「すみません、この【冒険薬草バーガー旅立ちセット】を6人分。プレゼント包装で……2つの船に分かれて乗る予定なので、袋は分けて欲しいんですが……」
「畏まりました!」
(あれは、あのメニューは確か。私が小学生の時に旅立ちの日に食べたいって言った薬草バーガー! もしかして、イクト君覚えていてくれたの?)
まだ、アバター年齢で小学生だったの頃の課外授業で、植物園へ遊びに言った際に食べた思い出がある。凄く気に入って、プロ勇者になったらそれを食べて冒険へと出たいとイクト君やアズサさんに語った。
大きな袋を両手にイクト君が、いつもの優しい笑顔でみんなに薬草バーガーセットを差し出す。サラサラの前髪を揺らして微笑む彼は、まるで小さい頃夢に描いていた王子様のようだ。
「イクト君……」
「ほら、レイン。昔、この薬草バーガーを食べて冒険に旅立ちたいって言っていただろう! はい、飛空船の中で食べてくれよ。エリスとシフォンの分も入っているから……」
「えっあたし達の分も? ありがとう」
「うふふ、昔の約束を覚えているなんてイクトさんらしいですわ。私たちの分まで、お気持ちありがたく……。ほら、レインさん……!」
かなり昔に話していた内容なのに、ちゃんと覚えていてくれた。他の女の子はどんどんイクト君と婚約していくのに、私だけそういう関係にはなれなかった。
きっと私はずっと友達というポジションで、だからイクト君は私のことは心に留めていないんじゃないかって、そう思っていたのに。
(どうしよう、やっぱり私……イクト君のことが好きだ! 本当は、思い切って告白出来たらどれだけ楽だろう?)
思わず涙が溢れそうになるのをグッと堪えていると、察しの良いシフォンやエリスさんに促されて、ようやく薬草バーガーセットを受け取ることが出来た。
「えっ……これって、私がむかし話していた……。イクト君、覚えていてくれたんだね。ありがとう! 先に旅立つことになっちゃって不安だけど……シフォンとチカラを合わせて頑張ってみるね。それに船内ではエリスさんも一緒だし、道中に占ってもらう約束をしているんだ」
「ふふっ旅は道連れ……一緒にイクトさんから頂いたお食事を楽しんだり、私の新占いメニューをお披露目したり。お役立ちしてみせますわ」
「エリスの占いはよく当たるし、きっと役にたつよ! けど、旅立ちのパートナー役としてシフォンも一緒に行くなんて予想外だったけど」
「まぁなんていうか……あたしもフリーの傭兵でしばらくやっていたけどさ。レインがパートナー役を募るっていうんでこれは転機かなって、思い切って立候補したんだ」
なるべくポーカーフェースを装っていると、シフォンとエリスさんがフォローするかのように普通の会話の流れへと修正してくれた。別の飛空船に乗ることになるマリアさんたちにも薬草バーガーをプレゼントするイクト君。
普段はあまりリーダーっぽい雰囲気を見せないイクト君だけど、こういう時にはやっぱり勇者様らしい統率力を発揮する。
(イクト君、いざという時にはしっかりしててやっぱり勇者っぽいな。私も見習わないと……それまで、この想いは胸に秘めておこう)
それからは、見送りに来てくれたギルド仲間や後輩と別れを惜しむ挨拶を交わし……。
「みんな元気でね!」
「無理するなよ!」
私、シフォン、エリスさんは23区方面の飛空船に。マリアさん、アズサさん、ミーコちゃんは多摩地域行きの飛空船ににそれぞれ乗り込んで行く。
どんどん上へと上がる飛空船、地上のイクト君たちが手を振る姿が見えたけれど、次第に小さくなっていき遠ざかっている。
まるで、ドラマやゲームのエンディングを迎えたかのような錯覚をするけれど、きっとこれから、ここから始まるんだ。
三席並ぶ指定席へと付き、さっそく選別の薬草バーガーセットの袋を開ける。あの頃と変わらない、天然ハーブが練りこまれたバンズ、揚げたてのポテト、ドリンクはハーブティーをチョイスしてくれたようだ。
嬉しい、けれど……これを食べてしまったらイクト君との思い出が1つ消えてしまう気がして思わず手が止まる。
(イクト君、しばらく会えないのかな? やっぱり寂しいよ……)
「私、この薬草バーガーセット食べるの初めてなんだよね。せっかくだし食べよう……って。あれ、レイン……大丈夫」
「うぅ……ひっく。ごめんね。どうしても涙が止まらなくて。なんでだろうね。せっかく外は晴れてくれて、みんなは優しくて、イクト君に私の夢を叶えてもらったのに。涙が止まらないの。泣き虫の女勇者なんてカッコ悪いよね」
ポロポロと零れ落ちる涙は降り始めた雨のようで……自分の心だけ雨が降りってしまっているようだ。すると、エリスさんがふと思う出したように、語り始める。
「涙を流す女性の姿を【雨雫】と呼ぶそうです。レインさんはご自分が雨女だと気にしていますが、私は雨の日も大切だと思います。そして哀しい時や嬉しい時に素直に泣くことも……心にとって必要なことです」
落ち着いた口調でゆっくりと諭すように語るエリスさんに、ポンポンと背中を撫でられる。
「私もそう思うよレイン! 人の痛みが分かる勇者様って感じで、泣き虫……ううん、雨雫だっていいじゃない!」
「雨雫の女勇者……感受性が高くて、女性らしくて……なかなか素敵な異名ですわ! ふふっ私の占いでは、レインさんの今後はとても良いことが起こると出ています。それが、一旦別れを経験することであっても……」
泣きじゃくる私を励ましてくれるシフォンとエリスさん。
「雨雫の女勇者……ありがとう。旅立ちの日に素敵な名前を贈ってくれて」
しばらく落ち着いてから苦味のある薬草バーガーをちょっとずつ食べて、心に栄養を与えた。イクト君との思い出は、私にとってはちょっぴりほろ苦い味わい。
その後の展開は、とても目まぐるしいものだった。旅立ちの儀式、夜空の召喚士による召喚実験、魔獣のデータ化成功、アバター転生者たちの一斉帰還。
データという形で封じ込められた魔獣は、マルチプレイという形で多くの冒険者たちの手によってようやく討伐された。
* * *
地球で穏やかな生活を送るようになって、私が【雨雫の女勇者レイン】になるのはスマホ異世界の中に一定時間アバター転生する時だけだ。
でも、私……高凪レイラはスマホアプリを立ち上げればいつでもレインに会えるし、冒険だって出来る。片思いの相手イクト君にも、ゲームでも現実でも会えるようになった。
何気ない日常生活もきっと大切なクエストで……それが経験値になるのだ。
「良かったぁ! 雨上がったみたい。新しいサンダルが履ける……じゃあ行ってくるね。駅前のビルでいろいろ見てくるから」
「レイラ、絹絵ちゃんに迷惑かけちゃダメよ。それから、遅くならないように……」
玄関前でお母さんに見送られて、待ち合わせ場所の駅まで出発! 徒歩15分ほどで先に駅前についていたらしい魔法剣士シフォンこと氷山絹絵ちゃんが、手を振っている。
次のゲームオフ会へ来ていく洋服を調達して、美味しいパスタのランチを頂くのが今日の私たちの目標。
いざ、雨上がりは買い物クエストへ!