雨雫の女勇者編2:チュートリアル開始
剣道の練習後、市民体育館でお昼ご飯を食べながら何気なくダウンロードしたスマホRPGが【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】だ。
ダウンロード画面が終わり、分身であるアバターの設定が完了すると、不思議なことに私とカイの2人の意識は遠い何処かにある異世界へと飛ばされていった。
「う、ううん。あれっ……ここはどこ? 私は一体」
目覚めるとカントリー調の木製ベッドで寝かされていて、パーテーションの向こう側からは人の声が聞こえてくる。
もしかすると剣道の疲れで、倒れてしまったのだろうか。
「大丈夫か、レイラ。起きたか?」
「カイ、ここは一体……? あれっ……髪の毛いつ染めたの? それに、そちらの女性は?」
カイが心配そうに、私のベッドまで様子を見にきてくれた。いつもは黒髪であるはずのカイの髪色が、見慣れない金髪でびっくりする。保守的なイメージのカイだが、こうして髪を染めると随分と派手な雰囲気だ。
そして、私の質問には答えずに、代わりに一緒にいた青いローブスタイルの女性が語り始めた。
女性の髪は栗色のパーマヘアで、目は青い。かといって、外国の人と呼ぶには顔立ちが日本風でもある。美人なのことだけは確かだけど、ハーフだろうか?
まるでファンタジーに出てくる魔法使いのようなファッションに驚きつつも、状況を飲み込むために大人しく話を聞くことに。
「ようこそ、レインさん。異世界ギルド総合管理事務所へ。私は、異世界転生者の案内係であるメヌエットと申します。現在は、ダーツ魔法学園の職業ガチャを開催中ですの」
「ダーツ魔法学園? 最近実装された魔法学園のことかな」
あまりにもゲーム用語がポンポンと出てくるため、思わず独り言のように呟いてしまう。
「ええ。希望の職業クエストに挑戦するチュートリアルガチャになりますので、なりたい職業を検討してからお申し込み下さい。お2人とも初期のバトルステータスが非常に高いので、憧れの勇者に挑戦も可能ですよ!」
「えっ……憧れの勇者に? 私たち、2人とも」
「ええ。勇者に参加する条件を揃えて転生することが難しいため、挑戦出来そうな人は是非目指すと良いかと。そうそう、お茶と食事はそこのテーブルに用意してありますので、回復をはかってからクエストにした方が良いですよ。では、私は受付に戻りますので……」
異世界転生、ギルド、職業ガチャ、チュートリアル……。まるで、スマホRPGの中にそのまま入り込んでしまったような用語をペラペラと語り続けるメヌエットさん。本来は受付係のようで、用件を伝えると部屋を出て行ってしまった。
「だってさ。ちなみに、オレもお前も名前はちゃんと『ケインとレイン』で登録されてたよ。ほれ、お前の冒険者スマホ……マイページにアバターとレベル、職業が書いてある。洋服や髪型も、アバターと連携しているみたいでさ。いきなり金髪になってて、ビビったもん!」
ポンッとスマホを手渡されて画面を確認すると、いわゆるスマホRPGのマイページ画面だった。自分の分身である黒髪ショートのボーイッシュなアバターが、にこやかな表情でこちらを見ている。
アバターの服装は、今の私と同じ焦げ茶色のジャケットワンピースだ。白いブラウスにオレンジ色のアクセントリボンが付いていて、なかなか可愛い装備である。
おそらくバトル系女性アバターの初期装備がこのワンピースなのだろう。
「そっか……アバターの髪型や装備にこの身体は影響されているんだ。私の今の状態は【さすらいの剣士レイン】レベル1か……これが初期職業なのかな? チュートリアルガチャをクリアすると、この職業欄が変わるんだよね」
検討してからガチャを引くようにということは、挑戦出来るガチャの種類とかいくつかありそうだ。
「多分な。さっきのメヌエットさんの話によると、異世界転生した時に装備していた武器とかアイテムで、職業判定されやすいんだって。剣道の練習日に転生したから、初期職業はお互い【剣士】なんだろうな。しかもさすらいの……ときたもんだ」
「あはは。確かに、月二回で市民体育館の練習に通っているけど、他の場所でも練習とか試合があるし。RPG的には私たちって、戦う場所を求めてさすらっているのかも。意外とカッコいい生活していたんだね」
「まぁ初期状態から、バトル職につけてるだけでもラッキーみたいだよな。ほら、職業のリスト……オレたちみたいなバトル職【さすらいの剣士】は、ランクが上級の【勇者】に挑戦出来るみたいだぜ。たまたま剣道の後でラッキーだったよな」
まさか、本当に【勇者】に挑戦する権利が貰えるとは。夢か現実か分からないような状況だが、どうせなら希望の職業に就きたいものである。
「昼食の最中に転生したから、お腹は大丈夫だと思ったのにもう空いちゃった。用意してもらった食事を頂こうかな?」
「ああ。そうしようぜ! 多分、このアバターとリンクした肉体では食事していない設定なんだろうから。バッチリ栄養を摂って、チュートリアルガチャに挑戦だ!」
初めて食べる異世界の食事は、パンケーキ、ベーコン、フレッシュサラダ、大きなチーズ、ストレートの紅茶。
朝食っぽいメニューだし、窓から溢れる日差しも明るい。おそらく時間設定は、朝なのだろう。
(パンケーキもサラダもレストランの食事みたいで美味しいけど……。もう、お母さんの作ってくれるレバニラ炒めは食べられないのかな? こんなことなら、最後にあのお弁当のレバニラ炒めをきちんと食べれば良かった)
転生前までは苦手でカイに食べてもらっていたお母さんお手製のレバニラ炒めが、ふと恋しくなる。これから私カイは『レイラとカイ』ではなく『レインとケイン』として異世界でやっていかなくてはいけないんだろう。
「おーし! レイン、女勇者目指してきちんと栄養を摂れよ。この紅茶、魔力回復効果付きだってさ」
「へぇ……あっアバターのMP数値が回復してる。そっか、こうやってこのゲームって回復するんだ」
私が落ち込んでいるのに気づいているのか、明るく接してくれるカイ改めケイン。血の繋がりのある人と一緒に転生出来ただけ心強い……そのことを実感出来た。
* * *
腹ごしらえを済ませて、受付でガチャチケットを貰い、会場を目指す。まだ会場の入り口だというのに、すでにたくさんの人が並んでいる。
『取り敢えず、黒魔法使いになってから後で魔法剣士を目指すのが女子のエリートコースなんだって』
『私は白魔法使いから賢者に転職コースかなぁ?』
『ふふ。私はどの魔法使いがいいかなぁ』
同じ転生者たちから聞こえてくる話題は、これから引くの職業ガチャのことで持ちきりだ。
「女子は初期職業が、魔法系の子が多いから。白魔法使いとか賢者希望者が多いみたいだな」
ケインと2人でガチャ列の係員さんにチケットを手渡し、いよいよガチャ台へ。
「ケインさんとレインさん……まぁずいぶんと良いステータスで転生されたんですね。勇者チュートリアルクエストの参加権を得るには、この列に並んでいただいて……」
係員さんの説明が終わる前にカランコローンとお知らせの鐘が響き渡る。何だろう?
『女勇者チュートリアルクエストガチャの参加権、エラーの関係により空きが出ました! 代理で参加頂ける方を募集します。元の権利者の方の参加権はそのまま残りますので、安心してご参加下さい! 条件は、バトル職業2人組以上です』
「あら? ちょうど良いタイミングで空きが出たみたいですね。レインさんとケインさんなら、条件が完全一致してますし、すぐに挑戦出来ますよ。どうします?」
「あっはい。ぜひ、お願いします!」
棚からぼたもちとはよく言ったもので、まさかのラッキーでガチャを引かずに女勇者のチュートリアルクエストに参加出来ることになった。たまたま、剣道用の竹刀を装備した状態で転生したため運営側に【好条件のアバター2人組】と表示されたのも良かったのか。
「基本的にレインさんの職業チュートリアルクエストということになりますが、ケインさんは男性ですので、チュートリアルクリア後は特定の条件を満たせば男勇者として認定されますよ。頑張って下さい!」
「よっしゃぁ! 偶然オレも勇者挑戦権を得られたし、張り切って行くかっ。準備はいいな……女勇者レイン!」
運良くクエスト参加出来ることになって、張り切っているのかノリノリのケイン。そう……彼はすでに異世界で勇者を目指す若者ケインとなっていた。そして、私も……このクエストをクリアすれば【女勇者レイン】だ。
「もうっ。気が早いんだから……じゃあ、行こう勇者ケイン! いざ、職業クエストへ!」
ガチャ台の向こう側には、大きな扉……そして光のゲートが見える。私たちは剣を片手に、勇者になるべく一歩を踏み出した。