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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜

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雨雫の女勇者編1:雨の日、異世界へ


 小さい頃は、雨女と呼ばれていて6月の梅雨シーズンは嫌いだった。だけど、【女勇者レイン】というアバターを得てからは、意外なことに雨の日が好きになった。

 ボーイッシュでありながら、どこかしとやかな女性らしさを感じさせる女勇者レインは、どんな状況でもくじけない強さと優しさを秘めている。

 それは、私が本当になりたかった理想の私。


 そして、雨の日も風の日も彼女の爽やかな笑顔にかかれば、素敵な1日になる。


 女勇者レインはこの私、高凪レイラのアバターだが、たまに別の意思を持った固有の存在のような雰囲気すらある。


 まるで夢のように感じられたスマホRPG異世界【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】へのアバター体による転生は、大ボスである【いにしえの魔獣討伐マルチクエスト】終了により、一旦幕を下ろした。

 つまり、私たち異世界転生者はみんな無事に地球へと帰還する事に成功したのだ。


 異世界に定住することは出来なくなったが、その代わりにスマホRPGへのログインを介して一定時間だけアバターによる転生が可能だ。

 すなわち、この特別仕様がスマホRPG【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】固有の特徴。アースプラネットというスマホ異世界は【アース線で繋がれた電気仕掛けのプラネット】という設定で、惑星の呼び名そのものが裏設定の伏線を回収しているのだろう。


 だから、今いるこの場所は異世界ではなく、地球である。東京都南多摩地域の何処にでもありそうな戸建住宅の二階部分、八畳ほどの洋間が高凪レイラの自室だ。

 白い家具を基調として、淡い水色のベッドカバーには小さな小花柄。この部屋は、ボーイッシュキャラで通している私の隠れた少女趣味を表していると言える。


「ねぇ、レイン。あなたは次はどんな冒険がしたいの? それとも、他の女の子みたいにたまにはヒロインしてみたい?」


 白いローテーブルの上では、スマホの中でこちらに向けて手を振る女勇者レインの姿が。このゲームのマイページ画面に流れる穏やかなBGMは、私のお気に入り。外から聞こえてくる、ポツポツとした雨音と調和して心地よい気分にさせてくれる。


『これからデートクエストのイベントがあるから、準備しないとっ! どんなお洋服を着ようかな? ねえ今日はクエストには行かないの』


 ランダムに流れるレインのボイスは、現在開催中のイベント【異世界学園恋愛奇譚】の攻略を意識したものだろう。もしかすると、お洋服調達のおねだりかも知れない。


「ふふっ。ゴメンね、今はペディキュア塗ってるから手が離せないの」


 お風呂上がりの身嗜みのひと時、化粧水や乳液で肌を整えて、ショートヘアからほんの少し伸びた黒髪を丁寧に乾かした。

 それから、サンダルのシーズンに向けて足の指にネイル……いわゆるペディキュアを塗っている最中だ。


 肌馴染みの良いピンクベージュのペディキュアは、それほど主張はないが女性らしさを守るための大切なもの。丁寧に、艶やかなネイルを爪に滑らせて明日の外出に備える。


(もし、明日も雨が続くなら傘を用意しないと。サンダルは……履けるといいなぁ)


「よし。出来たっと! あとは、ゆっくり乾かして……うーん身動きが取れないけど、我慢、我慢」


『ねえ、レイラ。どこか遊びに行くの? 私も連れて行ってね!』

「ふふっ。絹絵ちゃん……向こうで言う【魔法剣士シフォン】とお買い物に行くの。夏のお洋服を買いに。もちろん、レインも連れて行くよ」


 女勇者レインと過ごす静かなひと時は、ごく自然なもので……私にとって彼女が一心同体のアバターだと実感させられる。


 ゆっくりと目を閉じると、雨音が聞こえてくる。そして、私が異世界へと転生したあの日のことが鮮明に蘇ってきた。



 * * *



「はぁ……どうして私って雨女なんだろう。月に2回しかない剣道の練習日なのに、今回も雨」


 市民体育館の休憩スペースで思わず溜息をつく。その日は、小さな頃から通っている剣道教室の練習日だった。高校生になってからは、月に2回しか通っていないけれど、私にとっては自分を鍛える大切な日。

 だけど、天気はお約束の雨……親戚の車で往復出来るからいいけど、ちょっぴり憂鬱だ。


「まぁまぁ! オレが帰りも車で送って行ってやるし、剣道の練習は体育館の室内だし、影響ないだろう。気にすんなって。さて、練習も終わったことだし遅めの昼食にしようぜっ……今日のおにぎりの具は何かなぁ」


 落ち込む私を励ましてくれるのは、一緒に剣道教室に通う親戚の高凪カイだ。大学生のカイは、家が近所ということもあり車で市民体育館への往復を送り迎えしてくれている。夜遅くなった時のボディガード役でもあり、頼れる存在。

 お互い顔も似ていることから、兄妹に間違われることもしょっちゅうだ。


「ありがとう……励ましてくれたお礼に、このレバニラ炒めあげるよ。全部食べていいから……」


 さり気なくお礼と称して、苦手なレバニラをカイのお弁当箱にどんどんと移動させて行く。しつこくレバニラを食べさせようとしてお弁当を作ってくれるお母さんには申し訳ないが、残すのも悪いし、カイの胃袋に収めるのが平和的解決策だ。


「おいおいっ。それってお前が苦手なオカズだろう? オレは、レバニラ好きだからいいけどさ。じゃあありがたく……ん〜美味い! なんでレイラはレバニラ苦手なのかねぇ」

「うぅ……しょうがないじゃん。味とかにおいとか、いろいろ苦手なんだから」


 そんなやり取りをしながら昼食タイムを過ごしていると、私よりも早く完食したカイがふと思い出したようにスマホを取り出してキョロキョロと辺りを確認し始めた。


「なぁレイラ。この市民体育館って結構大きいし、確かフリーWi-Fiがあるよなぁ。家でダウンロードするより早いだろうし……ちょっとアプリをダウンロードしてから帰宅でいいか?」


「えっ……構わないけど。なんのアプリ? 異世界スマホRPG蒼穹のエターナルブレイク? んっ……昔据え置きで遊んだやつだ。そっかリメイクしてスマホRPGになったんだね」


 スポーツマンで勉強も出来るいわゆる文武両道イケメンタイプであるカイは、娯楽の時間を削って進学したためゲームには無関心だと思っていた。大学二年生になって学校生活にも慣れてきたみたいだし、余暇の時間に興味が出て来たのだろうか?


「うん。最近、流行ってるんだって。何でもオレの憧れの女性……名村弥生なむらやよいさんもプレイしているとかでさっ。将来的には上級プレイヤーになって、ギルドのエースの座を狙って……その暁にはさりげなーく弥生さんとフラグを……。そうだ! レイラ、お前もダウンロードすれば? 可愛いアバターにオシャレさせたりお部屋も作れるし、女性ユーザーも結構多いぞ」


 弥生さんは、カイと同じ大学のミステリー研究会に所属する三年生の美人先輩だ。地下アイドル【アイラ・なむら】の名村ほのかちゃんの実の姉だという噂もあるが、真偽は不明だ。

 いわゆる深窓の令嬢といった雰囲気の黒髪清楚な弥生さんにメロメロのカイは、未だにアタックのきっかけを掴めずにいた。


 いつもお世話になっているカイの片想いを応援したい気持ちもあるし、私も微力ながらこのゲームに参加してフラグ立てを協力した方が良いのだろうか。


「えっ……私。う、うん。ちょっとだけなら、いいかな? ゲーム紹介、アバターは職業ガチャあり。レア職業【女勇者】実装開始……専用チュートリアル開催中か」


 女勇者……そういえば、小さな頃プレイしていたゲームの女勇者に憧れて剣道を始めたんだっけ。引き寄せられるように、ダウンロード画面をクリック。

 公共の施設に設置されているフリーWi-Fiは、自宅の通信環境よりもはるかに快適であっという間にダウンロードが完了した。


「おー! 流石に、こういうところの通信は速いなぁ。さあ、アバターを作ろうっと。ええと……ユーザー名はKAIカイをちょっと文字ってKAINケインでいいな。カインと呼ばせないでケインと名乗るところが、オレのこだわりっ! レイラはなんてユーザー名にするんだ?」


「うーん。ケインの親戚だし、似た感じのゴロで【レイン】でいいかな? 私って雨女だしね」

「ちょっ……雨女だからレインって。いやでも、レインってユーザー名カッコいいな。女でも男でも通じるし……もしかして、レア職業の女勇者狙えるんじゃないか?」


 女勇者レイン、確かに通り名としてはカッコいい。まるで、本当に私の異世界での名前のように感じる。


「ふふっ。じゃあせっかくだし、女勇者レインになれるようにチュートリアルの冒険コースを選択してみようか」


 この何気ない日常のやりとりがスマホ異世界RPG【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】を始めるきっかけ。


 そして、いつの間にか私とカイは、勇者志望の少女レインと少年ケインとして異世界へとアバター転生してしまうのであった。


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