表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜
308/355

箱庭の聖女編8:シャワーと止まらない涙


 兄リゲルがその少女のことを、今まで見たことがないような熱いまなざしで見つめていることに気づいた。腹違いとはいえ、やはり私たちは兄妹なのだろう。

 私はイクト君のことが好き、兄は多分……イクト君の双子のお姉さんのことを意識している。血は争えないとか何だとか……異性の好みが似通っているのだ。


「イクトが、入院中お世話になってます。うちの弟って女アレルギーなんですけど、ミチアさんに何か迷惑とかかけましたか?」

「いいえ、イクト君は私の車椅子が引っかかっているのを助けてくれて……。入院中ずっと親切にしてもらって、とても優しい人です」


 アレルギーの治療で入院していたイクト君の退院が決まった日。地方の寄宿舎学校に通っているという双子のお姉さんがお見舞いにやってきた。

 彼女の名前は萌子さん……双子というだけあってイクト君とよく似た顔立ちの美少女だ。


「それにしても、イクト君と萌子さんはよく似ているね。双子だってすぐ分かるよ。美男美女の双子なんて、目立つでしょ?」


 萌子さん相手に珍しく饒舌な兄、驚きつつもきちんと女性への関心を失っていなかったことに安堵する。


 兄が気にしていると推定される萌子さんは、オシャレにカットされた斜め前髪やつむじのラインまで不思議とイクト君に似ている。けれど、髪はセミロングで女性らしい。

 スラリとした細身の手足は、華奢だけどほんのりと色気を感じさせる。おそらく、イクト君が女の子として生まれたらこんな感じだったのだろう。


「あはは……褒められて嬉しいような、恥ずかしいような。小さな頃は、男女の双子ってことでからかわれて……イクトの女アレルギーもそういうのが原因かなって。だから、片方を地方で暮らさせた方が良いって話になって寄宿舎学校に進学したんです」

「そういう事情だったのか、なんだか心の傷を抉るような感じになってゴメンね。お詫びと言ってはなんだけど、これからランチでも……」


 私もイクト君もまだ病院を抜け出して食事をすることは出来ないから、多分兄と萌子さんの2人でランチということになる。意外と積極的な兄の思わぬ一面に感心しつつ、萌子さんがまだ女子高生ということに危険を感じた。


(どうしよう、お兄ちゃんがこんなに積極的なんて。好みのタイプには、グイグイ行く感じだったんだ。けど、社会人のお兄ちゃんとJKの萌子さんじゃ万が一何かあったら……)


 兄も馬鹿ではないので、未成年のJK相手にあんなことやそんなことはしないだろうけど。うまく2人の関係を正当なものにするべく、必死に思案する。


「わっ私、ずっと入院しているから高校生活に興味があって……。良かったら萌子さん、私とメール友達になってくれる? 寄宿舎生活のこととか、聴きたいな!」

「えっ……私なんかでよければ、喜んで! ふふ、イクトが好きな女の子に興味があるし……」

「も、萌子! からかうなよ。ミチアだって困るだろっ」


 私との仲をからかわれて珍しく、顔を赤らめるイクト君……もしかしたら本当に私に対して脈ありなのかな? せめてもう少し、私が健康だったら……と思ったが今は兄の体裁作りだ。


「お兄ちゃん、そういう訳だから……妹の友達と食事ということで。あくまでも、身内のつながりだから」

「えっ? あっああ、済まないねミチア。じゃあまた明日……」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん、萌子さん」


 病院のロビーでは、うちの会社のアルバイトの丸須さんが社長であるお兄ちゃんに何か伝えにきていたが。萌子さんを丸須さんの狼のような眼差しからガードしつつ、すぐにお兄ちゃんは自家用車へと乗り込んで行った。


(お兄ちゃん、ライバルが多そうだけど頑張って! 2台目として女の子が喜びそうな車も購入するように勧めてみよう)


「ミチアのお兄さんって、真面目でいい人だな。ミチアはお兄さんのこと、腹違いの兄妹なのに迷惑かけて悪いってよく話していたけど。オレと萌子みたいに、やっぱ血の繋がっている家族って感じがするよ。愛情をもって看病してくれているんじゃないかな?」

「イクト君……そうだね、ありがとう。それに、私とお兄ちゃん……異性の好みが似ているところも兄妹って感じがするし」


 気づかれない程度の告白……。本当は、あとどれくらい生きられるか分からない私が、こんな思わせぶりなことを言うのは良くないけれど。せめて、今くらいは普通の女の子の気分に浸りたい。


「ふぇっ? 好みってミチア、なんの話。もしかして、オレの事……」

「ううん、何でもないよ。独り言」


 そうだ、これは独り言だ。幸せになりたい癖に、逃げてばかりいる私の独り言。本当は、健康になってイクト君と普通の恋人同士になりたいのに。



 * * *



 お星様に恋の悩みや愚痴を聴いてもらっていた異世界の聖女ミンティアは、いつのまにか熟睡してしまったようだ。深い眠りとともに見た夢の中では、地球で暮らす病気がちの少女が片思いに苦しむ様子だった。

 だけど、そのミチアという少女が自分自身であることに、まだその頃の私は気がつかずにいた。


「あれっ……私、一体なんの夢を見ていたんだろう。ミチアって、誰? 入院してて大変そうだったな……病気が治ると良いんだけど。あぁそうだ……ちゃんと寝る前にシャワー浴びなきゃ。いけない、もう夜の11時……!」


 聖女館は、談話室や食堂が付いているもののそれ以外はごく普通のアパートタイプの建物だ。自分の部屋でお風呂やトイレを使えるし、ミニキッチンで料理だって作れる。


 比較的、自由な環境のはず。だから、本当なら悩まなくて良い……私はこの異世界の聖女としてあるべき姿で生きているのだから。


(もうすぐ、イクト君と約束した星を見る日。それまで、聖女の勉強頑張らなきゃ)


 シャワーを浴びるために浴室のドアを開けて、ふと鏡を見るとミントカラーの髪色に違和感。そして、自分であって自分ではない少女ミチアの影をチラチラと感じる。


【アバター体と本体のリンクのズレを僅かに確認、リンク数値データ修正中】


 聖女ミンティアのスマホに映し出される謎のメッセージ。だが、ミンティアは気付かずにシャワーを続行中。


「はぁ変なの……私は、生まれてからずっとこの髪色なのに。この身体だって、成長しただけだよね」


 細身の身体に熱いシャワーを浴びさせると、割合大きく成長したバストがプルンと揺れる。よく泡だてた石鹸をボディ用のタオルに擦らせて。


「う、ん。なんだか不思議。この身体が、たまに私であって私ではない気がするなんて。特にこの胸……結構大きくなった方だけど、ギルドメンバーにはマリアさんみたいなもっと胸の大きな人もいるし」


 ボディケアのために肌が弱い部分は指で丁寧に擦ったり、弾力をあげるように揉んでいくが、ウズウズと感じるのは不思議な違和感。


 隅々まで身体や頭髪を洗うことで、自分の肉体を確認出来る。絹のような肌、細くしなやかな手足、女性らしい胸やお尻は理想の自分の体型。


「熱いシャワーで泡を流したら……次はシャンプーを……」


【アバター体と本体のリンク数値が、正常に戻りました】


『いいな。聖女ミンティアは、体の隅々まで健康なんだね。そう、理想の……病気で痩せ細ったミチアとは違う、健康な肉体。それが、本来の私の理想』


 浴室を出る瞬間に、再びミチアの声が聞こえた気がする。


(あれっ……今、何を考えていたんだろう。理想の体型って私はもともとこのスタイルのはず。子供の頃からの夢って意味かな?)


 今日は、随分と奇妙な違和感に苛まれやすい日だ。やはり、ダーツ魔法学園の寄宿舎から移動して、環境の違いにストレスを感じているのだろうか。正直に言えば、ダーツ魔法学園の方が環境は抜群に良かった。


 見ている方がハラハラするような、危険な仕事を生業とする他校出身の聖女もいなかった。イクト君とだって、いつでも会える。食事も、好きな種類を選び放題だった。


(今までの環境が良すぎたのかな。これじゃあ地球とあまり変わらない……って私、いまなんて……?)


 モヤモヤする気持ちを振り払うように、化粧水や美容液で顔を保湿して、ドライヤーで髪を乾かす。ドライヤーの熱から髪を守るために、ヘアオイルも忘れずに。


(大丈夫、私は大丈夫……だって、イクト君のパートナー聖女なんだから!)


 鏡の向こう側では、もう1人の私が泣いている気がした。シャワーと一緒に流れてしまったはずの涙が……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ