箱庭の聖女編6:心に響く少女の声
「あの村の西方面にある小屋が、呪いの印が刻まれている場所です。食糧庫を管理する事務所があったところで、壁面一帯に魔法陣が刻まれてしまって」
ミルルの指差す方向には、古びた小屋がポツリとあった。食料庫を管理するための事務所という話だが、資料によると昔は重要な魔法書物を管理していたとか。
もしかすると、もともとそこの小屋が未知のゲートと繋がっていた可能性もある。
「その壁面に描かれた印を除去出来れば、病魔の呪いは解けるんだよね? 呪い解除の召喚精霊を喚び出してから、聖女の治癒スキルを使おうと思うんだけど」
「はい、その方法で間違い無いと思います」
早速、本格的な召喚精霊を喚び出すための儀式を……と構えると、マリアが何かに気づいたのか、小さな小瓶をカバンから取り出した。
「じゃあ、ミンティアさんが儀式する前に、念のために身体の周辺に聖水を振り撒きますね。万が一の呪いに備えて……」
「そうだね、備えあれば憂いなしって言うし、マリアさんお願い」
さすが、マリアは教会や修道院でシスター達の手伝いを行っていただけあって、聖水などの聖品は扱い慣れている様子。
通常の人間なら、聖水を振りかけられても何も感じないはずだ。けれど、身を守るはずの聖水に対して拒否反応を見せ始めた人物が1人……依頼者の少女ミルルだ。
「うっ……やだっ! 身体が……熱いっ。苦しいっ」
「えっ……ミルルさん、どうしたのっ」
「きゃああっ」
異変に気づいたのも束の間、気がつけば人間に少女であったはずのミルルの頭部には小さなツノが2つ。
「この姿は……ミニデーモン? ミルルさんが、魔物の眷属?」
『ニンゲン……倒す、呪い、カケル。あなた達、誰? ニンゲン、倒さなきゃ』
「ミルルさん、落ち着いてっ。どうしよう、私達の声が聞こえないみたい」
「おそらく、ミルルさんはモンスターの手によって作られた人造の眷属です。人間の姿形で作られているし、最悪は本人も自分が眷属だと気づいていない可能性も」
「そ、そんなっ! けど、依頼者を倒すわけにはいかないし。どうしたら?」
『邪魔する奴は、ハイジョ、ハイジョ。紅蓮の炎よ、我に力を……』
ドォオオッン!
「きゃっ。そんな、こんな強力な魔力がいきなり」
「くっ。白のベールよ、我らを闇の魔法から守り給え。魔法障壁っ」
召喚魔法を使おうとしていたミンティア目掛けて、強力な魔法攻撃を繰り出すミルル。とっさに、マリアが黒魔法を緩和する魔法障壁を作ってくれたおかげで大事には至らなかったが、突然の展開に思考が追いつかない。
ミルルはこの村で一番の黒魔法使いと言われていただけあって、かなり強い魔力の持ち主だ。
おそらく、ミルルは実践の経験がほとんどないはずなのにずば抜けて魔力が高かったのは、操られている間しか戦っていなかった所為なのだろう。
(どうしよう。依頼者のミルルさん本人が、この事件の元凶だったなんて)
ミンティアが動揺して、攻撃をためらっていると隙を見つけたミルルから闇魔法がもう一撃放たれた。
『ニンゲン、滅ぼす……闇の魔力よ!』
グワァアアン! ドゴォオオオンッ!
気がつくとミルルを守るように、他のミニデーモン達が集まって来た。おそらく異界と繋がっているというゲートから侵入して来ているのだろう。
攻撃の手を止めたミンティアとマリアの命を奪うために、容赦なくミニデーモン達の刃が襲いかかる。すると、村の入り口での交戦を終えたアズサとキオが応援に駆けつけた。
「おいっ大丈夫か? 喰らえっエルフ斬りっ」
ザシュッ!
『キシャアアアッ』
「これだけスペースが広ければ、魔法剣だって使えるし。じゃんじゃん倒しちゃいましょう……って。あれ、あの中心にいるミニデーモンってミルルさんじゃないですか? これは、一体」
テンポよく、魔法剣で攻撃を繰り出していたキオの手がピタリと止まる。無理もないか、依頼者本人がこの事件の手引きをしていたのだから。
「それが、儀式のための魔除けの聖水を振りかけたらミルルさんがあの姿に変化して。ただ、人間モードの時は、本人は自分が魔物の眷属だって気づいていないんです」
「マジですか? 一応相手は依頼者だし迂闊に倒すわけにもいかないし……。それで、攻撃の手が止まっていたんですね。おっと……けど、眷属達はそんなこと御構い無しって感じですよ」
ミルルの意思がなんだろうと、周囲の眷属達からするとミンティア達は邪魔な人間であることに変わりない。
防戦一方では、そのうち体力が削られて全滅してしまうだろう。
「ミンティアさん、今回のクエストリーダーはあなたです。私達は指示に従いますので、決断を……」
マリアが杖を手に握り、ミンティアにこのクエストをどうするか決断を促して来た。どのみち、防戦をしていてはあと数ターンで負けてしまうだろう。
(こんな時、イクト君だったらどうするんだろう。やっぱり、私なんかじゃリーダーは務まらないのかな?)
だからと言って、自分を頼ってきたミルルをここで倒すようなことも出来ない。あの時に、村を救いたいと助けを求めて来た人間モードのミルルに嘘はないように感じた。
【助けて、聖女様……助けて】
「えっ? ミルルさんっ。今、何て……」
何処からともなく、ミンティアにだけ聞こえて来たミルルからの助けを求める声。彼女自身もきっと、救われたいのだ……自分自身が人造眷属という宿命から。
(考え方を変えよう。私はイクト君ではないし、勇者にはなれない、聖女で召喚士なのだから。自分のスキルに合った解決方法を考えなきゃ! )
「みんな、聴いて! ミルルさんがここの黒幕の眷属として操られているだけなら……。召喚スキルで契約の魔法陣を壊して、フリーの召喚眷属として解放出来るかもしれない! それが多分、ここの村の呪いを解く方法なんだと思う。あの小屋の中にある魔法陣さえ書き換えられれば……きっと」
上手くいけば、ミルルを解放して、普通の女の子に戻してあげられる可能性もあるのだ。
「分かりました。私達は、ミンティアさんが魔法陣の書き換えをしている間、時間を稼いでいます。ミルルさん、しばらくその場で大人しくして下さいね。眠りの精よ……かの眷属を深い夢の中へと導きたまえっ」
『うぐっ!』
マリアがミルルに向けて、強力な眠りの魔法を撃つ。時間に限りがあるものの、しばらくの間はミルルは動けないはずだ。
「こう見えても、連戦は結構得意なんだ。任せておきなっ! 今から、道を開くっ」
ズシャアアッ!
アズサがエルフ剣技で無数に増えるミニデーモン達をなぎ倒していく。
「では、私はミンティアさんのボディーガード役ですね。行きましょうっはぁあっ火炎斬り!」
ザンッ!
ミンティアに攻撃が当たる前に、キオの魔法剣がミニデーモン達を蹴散らす。
小屋を守るためのドアには大きな鍵が施錠されていたが、それもキオの魔法剣の斬撃でいつの間にか外れていたようだ。
ガタン……と音を鳴らして、扉を開けると禍々しい青白い魔法陣が煌々と輝いていた。
「これが、ミルルさんを操る魔法陣……。なんて、強力な印を使っているの? でも、やらなきゃ……私が、助けなきゃ。私の中に眠る聖女のチカラよ……そして、召喚士の血脈よ……チカラを貸して!」
出来る限りの魔力と精神力を呪われた魔法陣に向けて解き放つ。やがて、ミンティア本人の魔法力を吸収しきれなかった魔法陣はジワジワと音を立てて消滅。
いつの間にかミンティアの意識は、ミルルの魂が封じ込められた檻の前に辿り着いていた。