箱庭の聖女編5:村を救う作戦
「じゃあ準備も出来たし、そろそろ行こうか? 戦闘が長引きそうになったら、治癒魔法が使えるチームと攻撃スキルチームの二手に分かれて呪い解きの儀式に向かうようにしよう」
「はい、それが無難な作戦ですね。実は報告がさっきありまして……村までのルートは表の街道ではなく、裏の白樺の森になりますがいいですか?」
当初と予定が変わったらしく、ミルルからルート変更が伝えられる。
「表の街道は、クエスト受理時に取得したデータよりも強いモンスターが確認されていて、危険なんだよ。悪いこと言わないから、森の方にしときな。普段なら、観光客が遊びに来るほどの立派な白樺がたくさんあってよぉ。安全なはずだ」
「強いモンスターが増えた? それだけ、異界から押し寄せる魔物の数が増えたということなの?」
「かも知れんな、結界の効果でこれ以上魔物は増えないと思っていたんだが。もしかすると、ワシらが把握していない場所にもゲートがある可能性が高い。油断ならない状況だな」
グレード氏の情報によると、呪いがかけられているという村に行くには、今いる隣の村から白樺の森を抜けるのが安全なルートだという。
平常時は、わざわざ森を通らなくてもいくつか近道があるそうだが、モンスター達に占拠されていて危険なんだとか。
なるべく無駄な戦闘をしないためにも、迂回ルートを選ぶことにした。
「とにかく、無理するなよ。危なくなったら、応援を呼ぶ発信機か狼煙で知らせるように。みんな気をつけてな」
「分かりました、行ってきます!」
今回のクエストの拠点である隣村の老戦士グレード氏に見送られて、裏道から白樺の森へ。
* * *
ざわつく風がしなりと白樺の枝を揺らすと、グラグラと周囲一帯が鳴り響くように軋む。目的の村を目指して歩き始めてから、40分ほどが経過した。
霧がかかってきたせいで、ふとしたきっかけで迷子になりそうだ。
「はぁ……霧が濃くなってきました。白樺も結構な数あって、立派な森である事には変わりないのですが。剣の長さも合わないし魔法は使いづらさそうだし。早く出たいです」
キョロキョロと、落ち着かない様子のキオちゃん。
モンスターの襲撃に怯えていない状況であれば、のんびり白樺を眺めながら森林地域を散策するのも良かったのだろうけど。
「でも、情報通りモンスターの気配はほとんどないよ」
「まぁこの狭い空間でバトルしろって言われても、やりにくいだろうしな。モンスター達も戦いに向かない場所には、出没しにくいのかも」
アズサが腰に携えた剣の鞘に軽く手を当てて、警戒しながら前方をリードする。戦いにくいという感想から察するに、メイン武器としている剣の長さがこの森の空間の狭さに合わないようだ。
サブ装備として準備しておいたショートソードで、ようやく戦えるかどうか。なるべく、戦闘は避けなくてはならない。
「確かにそうですね、霧もありますし。木々だらけで狭い空間だから炎系の呪文なんかも使えませんし」
攻撃呪文と回復呪文をそつなくこなすマリアだが、やはりこの森で攻撃スキルを封じられている。
「ハンデのある空間でアズサさんのショートソードの応戦だけじゃ、長期戦はキツそうだし。いざバトルとなったら、犬系の召喚獣を喚んで切り抜けよう」
「そうした方が良さそうですね、まぁ早速! ミンティアさん、お願いします」
噂をすれば何とやら、はたまたそろそろ目的地が近いのか。クエストデータに載っていたネズミ型モンスターが、数匹こちらに気づいた様子。
『キュイキュイ、ギギギ、ちうぅううっ』
二足歩行のネズミモンスターは、ネズミにしては大きすぎるが、熊ほどは大きくないといったところ。大人しくしてくれれば、戦う気は無かったが、向こうはすでにハンマーを手に交戦モード。
だけどまだ相手の数も少ないし、これなら中型の召喚獣で乗り切れそう。
「いくよっ! 我の声に応えよ魔犬の
チカラをここに……出でよフェンリルッ」
「やれるところまで、やるかっ。喰らえっエルフ剣士必殺さみだれ斬りっ」
『ギュイィイイイッ』
喚び出した魔犬フェンリルが素速く駆けて、ネズミ型モンスター達の足から腹部を攻撃していく。その動きに合わせて、アズサのさみだれ斬りがショートソードから放たれた。
自分達にとって不利な戦闘になると気づいたのか、撤退し始めるモンスター達。
「ふぅ、なんとか追い払うことが出来たね」
「あぁ、だけどあれくらいのモンスターが沢山出たからって村が壊滅の危機になるのはおかしいな。やっぱり、病魔の呪いっていうのが、村が危機になる原因か?」
村まであと少しというところで、戦闘になったため、ちょっとだけ休憩。水分補給や装備の確認を行いながら、アズサがミルルに村の様子を訊く。
「おそらくは……ただ、呪いの術はネズミ型モンスターが使いこなせるようには見えませんでした。多分、黒幕に呪術に長けた魔物がいるのだと思います」
やはり、裏に知的なボスモンスターの影があることはミルルも感じ取っているようだ。だけど、何故黒幕はミルルの不在を狙って術を行ったのだろう? 最初から僅かに感じていた違和感だが、今は敢えて口にしない方が良いか。
「正体が分からないボスと戦うのは、ちょっとキツイですね。モンスターの排除を強化すべきか、呪い解きを先決するべきか……二手に別れる時には私はどちらについて行ったら良いのかしら? 賢者としては、どっちの戦況にも役立てそうだけど」
「いきなり村の入り口から戦闘になると困るし、初めから二手に分かれようか? ミルルさんに先導してもらって、私が呪い解きの現場まで行くから。アズサさんとキオちゃんはモンスターの動きを止めておいてくれる? マリアさんは状況を見て、モンスターの数が減ったらこちらに来てくれれば……」
本当は、呪い解きの方を優先すべきなのだろうが、モンスターの数が多いとの情報もある。
普段なら、オールマイティの勇者イクトがいるから、素直に二手に別れられるのだ。迷うマリアに、妥協策を提案。
「いや、そんなに時間がもたないだろうし、初めからマリアはミルル達と一緒に呪い解きの方を優先した方が良いよ」
早く問題解決を行いたいのか、アズサから呪い解きを優先するようにとの意見が。
「でも、情報によると結構な数がいるみたいですよ。アズサとキオさんだけで体力切れを起こしたら……」
「だから、ウチらがダウンするよりも早く呪い解きの儀式を行うんだよ。そうすれば、全滅は免れるはずだ!」
「そうですね。やっぱり、勇者中心に今までやってきたから調子が出づらいのかも。気をつけます」
苦笑いしながら、作戦を受け入れるマリア。改めて、このチームはイクト君という勇者様でパワーバランスが保たれているメンバーなのだと実感。
「おっと……言ってるそばからモンスターが懲りずに来たみたいだぜ。アタシとキオが道を開けるから、3人は早く呪いの印を解きに……! はぁああっイナズマの舞いっ」
「私も風の魔法でアズサさんをサポートしますので。安心して下さい。風の精霊よ、かの剣士を防御せよっ」
ショートソードを再び構えて、コウモリモンスター達に応戦するアズサさん。キオも、元黒魔法使いというスキルを活かして、アズサを手伝う。
「アズサさん! キオちゃん! よろしくお願いしますっ」
「呪いがかけられた場所はコッチです。さぁ」
走り出すミルルを見失わないように、ミンティアとマリアは戦場と化した村を駆けて呪いの現場まで急ぐ。
『よく来たねミルル、私の忠実な下僕……』
呪いの印の向こうから、謎の声が聞こえた気がした。




