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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜
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箱庭の聖女編1:理想のアバター


 スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイクシリーズ』は、私の兄である行柄ゆきえリゲルが製作したゲーム。正確には、もともと我が一族が経営する会社が著作権を所有していたゲームを元に、現代風にリメイクし直したものである。


「ミチア、具合はどうだい? 今日は、ミチアのためのアバターデザインの画像を持ってきたんだ。見てみるかい?」

「本当、ありがとう……お兄ちゃん。髪の毛の色は、自由に選べるんだね。私の髪……黒かったのに今では治療のしすぎで白くなっちゃったから。せめて、アバターの中では明るい色がいいな」


 ひと回りほど年の離れた兄リゲルが、書類を脇に抱えてお見舞いに来てくれた。

 兄のふんわりとパーマをかけた銀色の髪は、わざわざ私の髪色に合わせて染めたもの。病気で髪が白くなった私を孤立させないために、同じ髪色にしてくれたのだ。


「そっか……今の髪の色も銀髪みたいで素敵だと思うけれど、イメチェンだね。それじゃあ、兄さんもミチアとお揃いの髪の毛のアバターにしようか」

「うん! ピンク、水色、ライトパープル……。可愛い色がたくさんあるけど、やっぱり夜空の召喚士ミンティアラ様と同じ、ミントカラーがいいな」

「よし、じゃあその髪色でデザインをしてみよう。すぐに発注するから……」


 お見舞いの時間が終わり、ベッドに伏せてそっと目を瞑ると、優しく微笑んで去っていった兄の姿がまぶたの裏側に残る。

 両親を亡くした私たちは、2人で協力して生きていくしかない……それなのに、兄の負担になってしまった。


 それに、私たちは血の繋がりはあるけれど……いわゆる腹違いというものだ。にも関わらず、ほとんど親代わりのような状態になってしまっている兄には、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 二十代後半で会社経営者……身内の目から見ても、いわゆるイケメンという部類の顔立ち。本来なら、恋人やそれっぽいムードの女性の1人や2人居てもおかしくない兄。だけど、実際は会社と病院を往復するだけの毎日。私がいる限り、恋人は作りにくいのかもしれない。


(お兄ちゃん、ゴメンね。私が、こんなじゃなかったら……素敵な女性を見つけて恋人になって、楽しくデートとか出来ていたのに)


 病床に伏せている私に気を遣ってか、兄は私をモデルにした聖女のアバターを製作してくれると約束した。死を待つばかりの私への、せめてもの慰めなのだろう。


「聖女ミンティア……私の異世界でのアバター。勇者様のパートナー……すごい、夢みたい。可愛くて、優しそうで……」

「気に入ってもらえて良かったよ。顔立ちはミチアをモデルにしているから、違和感はないはずだ」


 美しい聖女ミンティアは、ミントカラーの髪色を持つ正ヒロインと呼ぶに相応しい純粋な少女。異世界でも珍しいとされる召喚能力を持ち、勇者様の絶対のパートナーでもある。


 不思議な魔法陣のチカラで、【本当に】異世界へと転生し、聖女ミンティアとしての生を受けた私は……。自分自身が病人であることを忘れて、すっかり聖女になりきっていた。


 だけど、夢の時間は終わりを迎えなくてはならない。このまま、死ぬことが出来たら……聖女ミンティアになった夢を見ながら死ねたら……。


 大好きな勇者イクトの胸に抱かれて、叶わないはずの恋を成就して、異世界へと転生出来たら……どれだけ幸せだろう。


 幼く、勇気がなく、現実を見ようとしない弱気な私は……。本来の自分である行柄ゆきえミチアとして、生きていくことを殆ど諦めていたのだ。


 あの頃……私は自分の魂を、鳥籠の中に閉じ込めていた。



 * * *



 聖女ミンティアとして異世界で順調にRPGライフを楽しんでいた私。冒険者養成学校であるダーツ魔法学園を無事に卒業した後は、全国の聖女を集めた聖女館に移動することになった。


 本当は、すぐにでもイクト君と結婚したかったけれど……ハーレム勇者という宿命のためか、なかなか1人だけとは結婚の許可がおりない。

 男アレルギー持ちであるイクト君の双子の姉である萌子ちゃんは、誓いのキスを交わせないものの結婚式を挙げてマルス君とハネムーンへと旅立ったのに。


(あーあ……早く、イクト君ときちんとした恋人になりたいな。その他、大勢じゃなくて、いつでも遠慮なく手を繋いで、好きな時にキスをして、それから……早くイクト君に乙女の純潔を捧げられたら……)


 冒険者の講習会を終えたある日、聖女館へ戻ると談話室から他校出身の聖女たちが噂話の真っ最中。ダーツ魔法学園出身の生徒は、あまりこの聖女館にいないため私は輪に入りにくい。


 聖女館に入館している者の中には聖女とは名ばかりで、いろんな冒険者相手にレンタル的な恋人役をする団体もいた。

 恋人設定を引き受けるだけで、本当はバトル込みの危険な任務の場合もあるらしい。いわゆるスパイのような仕事をしているのだとか。


 他の種族ならともかく、人間同士の仲は平和に見える異世界だったが。治安が悪くなってきている証拠だろう。


 まぁ……他人の噂話なんか、どうでもいいか。私は……いや、聖女ミンティアは上品で高貴で清純な存在でいなければいけない。それに、本音を言えば、自分のことでいっぱいいっぱいなんだから。


「ねぇ知ってる……? あの噂のハーレム勇者イクト君の初恋の相手、実は魔族の姫君アオイ姫なんだって」

「えーじゃあ、いろんな女の子たちと婚約しているっていうのは、どんな事情なの? アオイ姫とだけ結婚すればいいじゃん」

「それが、他の婚約者たちも前世で婚約してた側室の生まれ変わりだとかで……。切っても切れない縁なんだとか」

「ふぅん……実際にそういう因縁持ちの人っているんだね。ミンティアちゃんだっけ……なんか、パートナー聖女が可哀想。っていうか、私たち聖女って全体的に舐められてない? まだ若いし将来のことを考えて、ハーレム勇者となんか関係を解消しちゃえば良いのに」

「でも、ここの管理人さんがイクト君はちゃんとした勇者様だから、大丈夫ですって庇ってて……」


 あまりの内容にギルドメンバー間は順調だと告げに行きたかったが、言い訳するのもかっこ悪いのでそのまま自室に戻った。


(パートナー聖女が可哀想……か。私、いろんな人に同情の目で見られていたんだ。やっぱり一夫多妻制のギルドメンバーなんて、長続きしなく見えるよね)


 普段だったら、良い子キャラを貫くために言わない本音がグルグルと頭の中で巡る。だけど、『関係を解消しちゃえば良いのに』というのは、彼女達に限らず、何割かの人の本音の部分だろう。

 今思えば……この頃から私を含めて皆理想のアバター体ではなく、本来の生身の自分自身が見え隠れしてきていた。けれど、本当に自分自身が異世界の聖女だと信じ切っていた私には、自分の中にある生身の感情の正体が分からなかった。


「イクト君の初恋の相手はアオイ姫……か。もう、世間に認識されているんだね。私って何なんだろう……アオイさんの代わりなのかな? こんなに綺麗にして、良い子にして……イクト君の機嫌を損ねないように生きているのに……」

 小さく呟くように、愚痴を窓辺の向こうの星々に問う。お星様からすると、いきなり恋愛の愚痴を聴かされて迷惑かもしれない。


『それは、あなたが本来の自分を見せていないからなんじゃない。ねぇミチア、そんなに自分のことが嫌い? 私は結構……あなたみたいな気丈な女の子、好きよ』


「えっ……誰?」


 何処からか、聴こえてきた美しい大人の女性の声。だけど、窓の向こうには星空が広がるばかりで誰もいない。

 分かることは、もうすぐ夜空の召喚士ミンティアラが封印されているという召喚士座のシーズンだということだけだ。


 おそらく、これが私……行柄ミチアと夜空の召喚士ミンティアラの初めての邂逅。


聖女ミンティアが主人公のキャラクタークエスト『箱庭の聖女』開始しました。ミンティア視点でストーリーが進みますが、主人公イクトや他のヒロインも登場する予定です。

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