第1章 8:イケメン度を上げるチーズフォンデュ
ヒロイン攻略ルート開始初日は、想像よりも順調だった。最初の難関であるデートフラグ構築を、たった1日で2人立てることが出来たのだから。
初日にフラグが立ったのは女勇者レイン、パートナー聖女ミンティアの2人。ゲームの規定上は、あと1人フラグが立つとデートモードへ移行出来る。
学校も無事に終わり、オレンジ色の夕日が綺麗に降りる頃、賃貸住宅へ帰宅。さっそく、デート監査役の女神ククリと守護天使エステルに報告することに。
「……と、言うわけで1人目はレイン、2人目はミンティアとフラグ立てに成功したんだけど。フラグ立てって言っても、普通に過ごしていたら通知音が鳴っていつの間にかデートを取り付けたって感じで。あと1人とフラグが立てば、デートクエストなんだよな?」
「良かったですね、イクトさん! まさか、初日で2人もフラグ構築に成功するとは。さすがはハーレム勇者の称号を持つだけはあります。このククリも、鼻が高いですっ」
「フラグの順番通りにデートクエストするわけではないらしいけど。3人の女の子とのデートを良い成績で成功させれば、新しいメンバーも追加されるからね。あと、マメに好感度を上げていけば、フラグが立ちやすくなるから。例えばメールのやり取りとか」
エステルから、メールというキーワードを聞いてふとアオイと帰宅したらメールをする約束をしていたことを思い出す。
「あっそういえば、帰ったらアオイとメールする約束なんだった。今日のガチャの報告でもするか……虹レア2つゲット出来たよっと……ハチガネとふわふわ猫さんの大きいのでしたっ」
攻略ルートのラスボスであるアオイとのフラグ立てに必要なポイントは、まさかの250万ポイント。気が遠くなるような数字だが、コツコツ貯めていった方が良いだろう。
『ふわふわチャームシリーズ当たったんだっ。じつはボクも虹レアは、ふわふわ猫さんが当たったんだよっ。お揃いだねっ』
さっそく、アオイから好感触の返事。メールやり取り後に、フラグポイントが5ポイント上がる。なかなか順調に、今回のクエストは進められそうだ。
「ふふっ。昨日は準備で忙しかったけど、今日は久し振りに3人でゆっくり夕飯だよ。入学祝いに腕によりをかけて守護天使特製チーズフォンデュを作るから、まってて!」
「うふふ。このククリもお祝いのために、濃厚ブドウジュースを用意したんですよ。今宵は盛り上がりましょうっ」
「おうっ! 新クエスト完走に向けて、エネルギーチャージだっ」
グツグツと煮込まれて蕩けるチーズフォンデュが、今宵のメイン。
「フォンデュを温めているうちに、どんどん温野菜を作っていくよっ。天使魔法で野菜をたくさんカットして、温め魔法でフワンと煮込んで!」
テーブルの上にはブロッコリー、玉ねぎ、人参、じゃがいもなどを程よいサイズにカットして温野菜に。
実は、天使魔法を多用すれば温野菜は、素早く作れるみたいだ。
「私もサポートしますよ。お野菜だけでなく、フランスパンもあると良いですよね。一口サイズにカットして……」
「じゃあ、オレはお肉を担当しようかな。ソーセージを茹でて、生ハムを綺麗に飾って……」
もちろん温野菜だけではなく、フランスパンと茹で上げたソーセージもフォンデュのお供に用意した。
「ふふっ。ソーセージやハムがあると味のバリエーションが増えるよね。さてと、もうひとつ鮭のムニエルも作っちゃおうっ。今日のために用意した真っ赤なザクロをサラダにのせて……」
さらに、飽きがこないようにエステルがお手製で鮭のムニエルをプラス。宝石のように赤く輝く、ザクロを散りばめたレタスのサラダも一緒に。
ククリが準備してくれた濃厚ブドウジュースは、まだお酒が飲めないオレへの配慮だろう。
以上が、守護天使エステル主催のチーズフォンデュ・パーティーのメニューである。さっそく、実食タイム!
「んーっ。とろとろのチーズがお野菜と絡んでデリシャスっ。イクトさん、温野菜は美肌に良いので、どんどん食べてください。デートに向けて、イケメン度をアップしなくてはっ」
「あはは……イケメン度もそうだけど、お野菜は健康に良いからね。この濃厚ブドウジュースもチーズによく合うよっ」
ほくっとしたジャガイモをチーズに絡めると、口の中で2つの食材が絶妙にマッチする。まるで、生まれる前から結ばれることが決まっていたかのように、とろとろに混ざり合っていく。
音を立てるチーズフォンデュは、次の温野菜を今か今かと待ちわびるよう。急かされながらも、柔らかく温められた人参をグルグルとかき混ぜるように絡める。
「んっ……この方法なら、どんどん野菜を食べれるな。生ハムも美味しいし……このワイン、かなり濃厚っ」
熱くなった唇を優しく癒してくれるのは、ブドウ100パーセントの濃厚ジュースだ。コクのあるテイストは、まだ未成年のオレには刺激が強くノンアルコールなのに、良い香りで酔いしれてしまいそう。
「流石にワインはイクトさんにはまだ早いので、今回はブドウジュースで楽しみましょう」
「うん! イクト君がハタチをこえたら……一緒にワインを飲もうねっ」
「ワインかぁ……ありがとう。ところでオレ、このザクロって初めて食べるんだけど大丈夫? 萌子は、行柄家に泊まった時に食べたらしいけど」
楽しく食事をしていた手が、未知のザクロを前にふと止まる。宝石のようにコロコロとレタスの上に散らばるザクロは、オレにとっては初めての食材だ。
「ああ、ちょっぴり酸っぱいですけど刺激があって良いですよ。チーズとなら合うんじゃないですか? ミチアさんの家でよく食べているなら、余計食べておいた方が……」
「そうだね。萌子ちゃんが先に未知の体験を済ませたんじゃ、双子の弟のイクト君も遅れを取るわけには行かないよね。せっかく、2人も素敵な女の子とフラグが立ったんだし。新しい食材にもチャレンジしてみよう」
「うっ……ザクロ、栄養があるらしいけど。大丈夫かな……けど、萌子は美味しいって言ってたし。んっ……酸っぱい!」
双子の姉に遅れを取らないように、勇気を出してザクロを一粒だけ口の中へと放り込む。プチっとした甘酸っぱいものが、口の中に広がった。
「ふふっ。ザクロ初体験、おめでとう! イクト君もこうやって大人への階段を登るんだね」
「大人の階段か……確かに、ちょっぴり背伸びした甘酸っぱさかも」
「初チャレンジザクロですねっ。どんどん食べて……」
* * *
プルルルル、プルルルル!
プルルルル、プルルルル!
フォンデュとザクロで盛り上がっていると、ふと何処からともなく電話の呼び鈴が。このオーソドックスな音は、オレのスマホの設定だ。
「おや、お電話みたいですね?」
「あっオレのスマホからだ。誰だろう……アイラから? 珍しいな。もしもし」
『お兄ちゃん、今話せる? あのね、実はお兄ちゃんに折り入ってお願いがあるの』
最近妹のアイラは、地下アイドル活動が順調になってきた影響で、以前ほどはギルドクエストに参加出来ていない。そんなアイラから、わざわざ異世界滞在期間中に連絡が入るとは。珍しい。
「えっ。うん、オレに出来ることならするけど、なんだ?」
何となく、今回のデートクエストに関することのような気もするが。一応は、用件を聞いてみることに。
『今回、スマホ異世界でデートシミュレーションのクエストが行われるでしょう? 私の地下アイドルユニットアイラなむらにも、みんなのお手本になりそうなデート企画をして欲しいって依頼が来て。でも、ファンの人たちの心境を考えたら、納得のいく親しい人に頼むのがいいんじゃないかってマネージャーさんが』
「マネージャーって、白キツネさんが? えっと、つまり……オレに頼みっていうのは」
デートクエスト自体はオレも参加する予定だが、兄妹関係であるアイラと普通はデート出来ない設定のはずだ。と、なると……。
『お兄ちゃん、私のアイドルユニットの相棒【名村ほのか】ちゃんと企画デートしてっ。一応、私は付き添い役で一緒だし、3人でデートスポットに行くだけだから! なむらちゃんのファンの人達も、私のお兄ちゃん相手なら納得するだろうし。デートの様子はネット番組で流して……』
「番組? 企画……大丈夫なのか。オレなんかで」
やはり、デートのお相手はなむらちゃんのようだ。しかも、2人っきりではなくアイラの付き添い付きという。デートというより友達のお兄さんと一緒に遊ぶくらいの感覚だろう。
だが、番組の企画にオレがお邪魔しても良いのか。ちょっぴり、不安だ。
『一応、お兄ちゃんは魔王イケメンコンテストの最終候補者だし。たまには協力させるようにってマネージャーさんが……。それに、今回のクエストで高ポイントが取れるよって』
「うっっ。さすがは、白キツネさん。元魔王の参謀役。けど、その企画……なむらちゃん本人に聞いてみないと」
グイグイとやる気で話を進めようとする妹だが、当のなむらちゃんの気持ちはどうなんだろう。実はかなり前に、なむらちゃんからは告白されていて、OKをしたものの、いろいろアクシデントがあり自然消滅していたのだ。
あれからずっとなむらちゃんのことが気がかりだったが、アイドルとして売れて来ているし、邪魔しちゃ悪いと思って余計なことは言わないようにしていた。
まさか、こんな形で再び向き合うことになるとは……これが攻略ルートなのか。
『……もしもし、イクトさん……ですか? お久しぶりです、なむらです』
「なっ! なむらちゃんっ」
清楚で愛くるしくて……そしてちょっぴりクールな、なむらちゃん特有のボイスが耳に残る。
『デートの相手……私じゃ、力不足でしょうか? まだ、中学生だし』
「いやいや、オレが相手でいいなら。妹の相棒だし、喜んで。ははは……」
一応、アイラにも会話の内容を聞かれている手前、以前の告白のことは触れないようにしつつ。会話を運ぶことに。
『本当ですかっ! 嬉しい……! 企画はまだ少し先なんですけど、お互い心の準備もあるし。詳しい内容はマネージャーさんから、イクトさん宛てに連絡があると思うので。それじゃ……楽しみにしてます』
「ああ。オレも楽しみにしてるよ! じゃあまた」
(あれっ? 気がついたら、デートクエスト規定の3人目が達成したんじゃないか? アイラも一緒だし、企画ものだけど)
ピコピコピーン! ピコピコピーン!
『おめでとうございます! デートフラグ3人目の構築達成しました! 妹のアイラさんは特別に付き添いとして認定します。本人たちのスケジュール調整とデータ集計結果により、その1【聖女ミンティア】、その2【女勇者レイン】、その3【魔法少女アイドルなむらwithアイラ】の順に攻略クエストが進む予定です。なお、デートモード前に対象者のキャラクタークエストをプレイ出来ます。ぜひ、挑戦してみてください』
「やったじゃないですかっ。イクトさんっ。まさか、お家でフォンデュを食べていただけで3人目のフラグを立てるとはっ」
「本当だねっ。果報は寝て待てじゃないけど、良い知らせが来るときはこうやってリラックスしてる時なのかも」
「ああ、いきなり入学初日にノルマ達成出来て驚いたけど。事前のキャラクタークエストが実装されるらしいし、準備期間がもらえるから安心だよ」
もう一度スマホ画面を確認すると、クエストノルマ達成の報酬コインが贈られてきていた。
「これからが本番ですよっ。さぁデートに向けて、イケメン度を上げるビューティーメニューをどんどん摂っていきましょう! 天使魔法で作ったチーズフォンデュなら、効果抜群ですっ」
こうして、無事にフラグノルマを達成したオレ。お祝いも兼ねて、イケメン度を上げるために、チーズに絡めた温野菜やザクロをこれでもかっというほど摂取させられた。
よく考えてみれば、女性の美容に良いものを男のオレが摂取して効果があるかは謎である。
だけど、守護天使と縁結びの女神に見守られて、美味しい夕食になったことだけは確かだった。