第1章 6:冒険者達は虹レアを信じて
ふとしたひとことから、女勇者レインとのデートクエストが確定した。といっても、最終的には攻略対象の女性陣とはいずれデートすることになるみたいだが。
「まぁ、自然の流れでレインちゃんとのデートが決まって良かったわね。イクトはこれからギルドでメンバーたちとミーティングでしょう?」
「ああ、入学初日はギルドから召集がかかってるしさ。萌子は、今留学している方の学校のギルドに所属しているんだっけ」
「うん。提携校のひとつ異世界アカデミーのギルドよ。ギルドって言っても、ほとんどの生徒が個人で活動していて、チームを組むのは珍しいの。今はゲスト登録者のリゲルさんとしか組んでいないから」
やはり萌子のパートナーはリゲルさん……つまり行柄社長なのか、と言いかけそうになるがグッと堪える。客観的に見ると萌子と行柄社長はどう見てもカップル状態。
だが、これ以上2人の仲を追求するのは良くないだろう。本人達的には、まだ交際には至っていないみたいだし。
「じゃあ、今日はここで解散になっちゃうけど。また、みんなでクエスト出来る日も来るかもね。イクト君もデートクエストのスケジュールが確定したら教えて。私も調整するから」
気まずい雰囲気はレインにも伝わったのか、それとなくレインの方から解散を促してきた。
「分かったよ。レイン今日はいろいろとありがとうな。萌子もまた明日」
「ええ、イクト、レインちゃん、またねっ」
何事もなかったように、留学先の寄宿舎へと続くゲートへと向かう萌子。
偶然なのか、待っていたのか、帰りがけの萌子に話しかけようとする元カレのマルス。
そして、そのマルスをどこからともなく現れた行柄社長が排除するようにあしらい、やがて萌子と行柄社長は並んでゲートへと消えて言った。
客観的に見て、ゲーム内でこれから展開されるオレの擬似恋愛シミュレーション攻略ルートよりも、現実的に進展している萌子と行柄社長交際疑惑の方がマルスの存在もあって複雑に見える。
曇り空が、今後の不安定な運気を示しているかのようだ。
「さてと……萌子のことは一旦置いておいて、ギルドに行かないと」
* * *
久し振りに訪れるダーツ魔法学園の教会系ギルドは、多くの人で賑わっていた。もしかしたら、今回のアカデミーとの提携により人が増えたのかも知れない。
「チームイクト、ダーツ魔法学園ギルドで再始動ですね。メンバー表を受け付けました! 今回から、恋愛シミュレーションモードの研究協力クエストや異世界アカデミー経由のギルドクエストにも挑戦出来るようになりましたので是非!」
「はい。また、お世話になります」
改めて、ダーツ魔法学園ギルドでクエストを受けられるように登録情報を更新する。受付嬢から、新クエストの案内を受け取り、ミーティングルームへ。
移動しながら、パラパラと案内書に目を通すと今まで行ったことのない施設の情報が多い。
さらに、クエストの幅が広がり、ゲートから移動出来る地点も増えたようだ。もしかしたら、恋愛シミュレーションクエストは、この新たなクエスト地点で行われるのだろうか。
予約済みのミーティングルームの扉を開けると、待機していたギルドメンバー達がお茶の準備をしてくれていた。
「イクトさん、手続きお疲れ様です。今日のミーティングのドリンクは、アイスハイビスカスティーですよ。あら、随分と書類が多いんですね」
「おっ。マリア、ありがとう。新しいクエスト地のパンフレットがたくさんあるんだ。みんなで目を通そう」
「へえ、水族館、遊園地、モンスター園に魔法プラネタリウム……デートスポットっぽいクエスト地がたくさん追加されているね」
ワクワクした表情で、レジャー施設の案内書をめくる聖女ミンティア。地球の肉体ではまだ退院したばかりで外出もほとんど出来ないミンティアだが、アバター体でなら好きなところに行ける。
ギルドメンバー達とともに、新たなクエスト地の説明書きに目を通す。今回のミーティングメンバーは、オレ、ミンティア、マリア、アズサ、ミーコのメンバー構成だ。
スケジュールの都合でアイラとエリスが欠席になってしまったが、2人とも地球ではオレと一緒に暮らしているわけだし。戻ったらあとで、オレの方から説明すれば良いだろう。
「どの施設も魔獣討伐の関係で一時的に閉鎖していたところなんだって。安全確認を兼ねて、冒険者達に模擬デートをお願いしたいんだとか」
つまり、これらの施設は営業再開しているものの、モンスターとのバトルに対応出来る一部の冒険者にしか開放されていない。プレオープンのような状態だという。
「なるほどな! 安全な場所だっていう検証データが必要なのか。そういう事情で、今回の恋愛シミュレーションパートを行うってわけだ。冒険者なら、いざって時のバトルも安心だしな」
アズサが、今回のクエストが開催された理由を理解したと言わんばかりに語る。
「楽しそうなクエストですけどデートという設定上、2人組での行動になりますよね。戦力的には、これまでのギルドクエストよりハードなのかも」
意外と冷静に、今回のクエストについてシビアな意見を出す賢者マリア。確かに、これまで平均5人で行っていたバトルを2人組で行うのは厳しそうではある。
「以前も2人組になってデートクエストをしたことはあったけど、デート中にモンスターと戦うことはなかったものね」
「周辺地域のモンスター情報を確認してから、攻略に最適なメンバーと行動するとか? 工夫が必要になりそう」
だけど、レジャー施設として再開している場所でそうそう頻繁にモンスターが続出することもないと思うが……。
ただ単にマリアが心配性なだけか、それとも何か、情報を仕入れているのだろうか。
「確かにそうかも知れませんにゃ。でも、覆面調査員みたいで面白そうなのにゃ!」
「ポジティブに考えれば、そういうことなのかも。調査任務だと思ってやると、ただのデートじゃなくてモンスターに対して警戒心を持てるしね」
案外、ミンティアもミーコ同様のプラス思考のようだ。
「そうだな。けど、マリアの指摘通り2人組でのバトルも想定してやっていかないと、キツそうではあるかな。しかも、バトル装備は冒険者に見えないようにデート仕様のおしゃれファッションと来たもんだ」
クエストの注意事項として、一見して冒険者と分かる服装は避けるようにとある。しかも、レジャー施設に合ったファッションをするようにとのこと。
「ふうん……けど、もともと野生モンスターが出没しやすい異世界自然公園や魔法植物園なら、冒険者仕様の軽装備でもデート出来そうだよ」
「じゃあ最初は、異世界自然公園か魔法植物園でクエストするのが無難かな」
「慣れて来たら、私服系のデートスポットに挑戦すれば良いですね」
ある意味で、これまでのバトル任務よりも注意事項が多い任務だ。
「攻略順も決まりがあるみたいで、ノーマルランクとエクストラランクに分けられていますのにゃ。ノーマルを最低3つクリアしないとエクストラには挑戦出来ませんにゃ」
「ふうん。じゃあこのモンスター園に行くのはしばらくしてからか」
魔法植物園や水族館はノーマルだが、モンスター園はエクストラランクだ。動物園と呼ばずにモンスター園となっているところからして、何か特別仕様なのかも知れないが。
「あれっ? まるで、このシミュレーションクエストの攻略メンバーのカテゴリー分けみたいだな。ギルドメンバーはみんなノーマルランクだったけど、多分攻略が順調に行くように、ノーマルに振り分けられていたような」
「へぇ……もしかすると、メンバーに適したクエストの難易度とか条件分けが予めされているのかもね。ところで、イクト君はギルドメンバー以外でデートのメンバー決まった?」
「それが、レインとはフラグの通知音が鳴ってデートが決まったんだけど。順番や場所は決まっていないし、ギルドメンバー内の順番を決めてからなんじゃないかな。うちで暮らしているエリスが急な任務で来れないのも不思議だし」
「もしかしたら、エリスさんは同居人って設定柄、少しイクト君と距離を置いてからじゃないとデート出来ないのかも」
偶然的に、自分でフラグを打ち立てていく形式ではなく、ある程度の順番が決まっているようだ。
「あれっ。そういえば、アオイさんとはまだフラグが立っていないんですね。てっきりデートの1番乗りはアオイさんになると思ってました。幼馴染なのに……何ででしょう?」
ずっと考え込んでいた様子のマリアが意外そうに手帳にメモをしつつ、疑問を呟く。
「うっ……それが、魔王様のアオイを攻略するには職業と種族の壁を越えてからとかで……。多分、ほとんどの女の子とクエストを終えてからじゃないと攻略出来ないみたいなんだ」
「あはは! さすが、アオイ。ラスボスって感じだなっ。まぁそうへこむなよイクト。男をあげて幼馴染と最後にデートするのもロマンがあっていいじゃないかっ」
「みゃあっ。ストーリー的には、絵になる感じがしますにゃ。強くなって帰ってきたみたいな雰囲気にゃ」
オレが落ち込んでいると踏んだのか、アズサとミーコがおどけながら励ましてくれる。
「そうそう! 一応、運営サイドから恋愛シミュレーションクエスト向けのデート服装備ガチャが実装されるみたいだぜ。1人11連ずつ初回のみ無料ガチャなんだ。今回のクエストの支度金ってことらしい。期間限定だから、エリスとアイラの分も代わりに引くようにって」
「へぇっ。太っ腹だなぁ……11連が無料なんて。その装備の当たり具合によって、デートクエストの順番が決まるかも」
「この案内によるとガチャ会場は、ダーツ魔法学園裏山の秘密の洞窟ですにゃ」
「久し振りの無料11連ガチャ、楽しみだねっ。もしかしたら、いきなり虹レア装備が当たるかもっ」
「さっそく、外へ出ようっ。目指せガチャ会場、虹レア装備だっ」
スマホRPGプレイヤーの本能なのか、ガチャと聞くと思わず嬉しい気分になってしまう。
まるで冒険初期に戻ったような浮き足立つ気持ちで、教会の外へと出てみんなでガチャ会場を目指す。
この時、オレ達はまだ気づいていなかった……運営による無料限定ガチャはあくまでも接待的なバラマキに過ぎないということ。そして、こういうゲームの本質は【課金】がすべての鍵を握っているということに……。
「うわぁ……なんか急に晴れたねっ。きっと縁起が良いよっ」
「ふふっ。虹レア装備が出ると良いですねっ」
教会系ギルドの外に出ると、無限に広がる青空が目の前に広がる。その清らかな空の向こうに、【虹】レア装備は見えるのか……無邪気なオレ達はまだその答えを知らない。