第1章 4:懐かしい教室前を通り過ぎて
入学の式典が終わると、次は各サテライト校に戻り各々が所属する学校での説明会だ。マリアとアズサは所属するコースの説明会へ。オレたちギルドメンバーはダーツ魔法学園卒業生だから、このまま今の学園にいれば良いわけだが、守護天使エステルとリス型精霊で現在は縁結びの女神であるククリは一旦移動となった。
「じゃあ私は天使学校へ、ククリちゃんは精霊学校へ……一旦別行動だね。今日はそれぞれ別の時間帯に帰宅になるから、拠点の部屋で会おうね」
「あぁ分かった。頑張れよ!」
「イクト君もね!」
移動用のアカデミーゲートをくぐるエステルとククリを見送り、指定された棟を目指す。
すると、途中で複数のボディガードに囲まれて移動中のアオイたちと遭遇する。先にオレの姿に気づいたらしいアオイたちが、ボディガードの囲いを解除してこちらへと向かってきた。
2人とも笑顔で、無茶苦茶フレンドリーである……なのになぜ攻略難易度がそんなに高いのだろう。やはり、種族の違いや職業の違いだろうか?
「イクト君、久しぶりだね。また会えて嬉しいよ!」
「うふふっ約束通りまた会えたでしょう? ボクすごく嬉しくて……しかも、男の子の葵も一緒なんだっ」
「アオイっ! 真野山君……オレも会えて嬉しいよ。えっと、本当に2人は分裂して独立したのか?」
まだ、2人が独立した存在として分裂したことを信じきれないオレは、思わず率直な質問をぶつけてしまう。2人ともこの質問に慣れているのか、にこにこと微笑みはじめた。
「うん! 信じられない人もまだ多いみたいだけど、正真正銘の別々の2人だよ。男の真野山葵と女の真野山アオイ・グランディアが2人いる」
「奇跡的な現象って言われているけど……事実なんだ。名前も同じアオイだからややこしいけれど、グランディアの名前は女のボクが受け継ぐことになったんだ。本当はボクって話すのも女の子なんだから辞めたらって言われるんだけど、つい癖でね」
女の子の方のアオイは、可愛らしい容姿に似合わず相変わらず自分自身をボクという。オレとしては、アオイのそんなところも萌えポイントな訳だが、周囲の人には注意されているようだ。
「そっか……不思議な現象だけど、2人とも仲が良さそうだし安心だよ。一応、女の子のアオイのことは今まで通りアオイ、男の子の葵のことは真野山君って呼ぼうと思うんだけど……」
幼馴染とはいえ相手は魔族の長だし、呼び名についても了承を取った方が良いだろう。自分なりに真野山君とアオイ呼びで、男女の違いを分かりやすくしたつもりだが。
「うん、それでいいと思うよ。ボクたちを応援してくれる人も、自由に呼んでいるしね。アオイたそとかアオイきゅんとか……」
よく見ると、真野山君の方は超美少女に見えるがカッコいいところもあり、女性人気が高いのも納得だ。アオイきゅんに萌えている人たちは、女性が多かった……。
「そうだ! イクト君、これ……ボクたちの新しい連絡先だよ。あとでメールしてね」
女の子のアオイの方は細やかに気が回るのか、自ら携帯電話の番号とメールアドレス入りのカードを手渡してくれた。淡い水色のパステルカラーのカードには手書きの文字でメールアドレスが……文字まで可愛いなんて反則だ。
「ありがとう! あとでメールするよ……それじゃあまた……」
* * *
『今日はびっくりしたけど、2人に再会できて嬉しかったよ。また、よろしく。イクト』
『僕たちもイクト君と話せて嬉しかった! 落ち着いたら、3人でゆっくりお話ししたいなぁ。学校が終わったら、もう1度メールするねっ。アオイ』
簡単なものであるが、交換したメールアドレスでやり取りを行い、ホッとひと安心。
まさか、真野山君とアオイちゃんが分裂して独立した存在になろうとは……。普段あまり感じなくなっていたが、異世界というのは不思議な世界である。
「真野山君とアオイちゃん可愛かったね〜」
「2人並ぶとお人形さんみたーい! ファンクラブに入っちゃおうかなぁ?」
さっきのスピーチ効果なのか、すでに人間族の間でも真野山君とアオイちゃんは人気が出てきているようだ。
概念とか感覚が、オレたち地球人とは異なるのだろう……最初は分裂したアオイに驚いている様子の人間族もいたが、今では馴染んでいるみたいだし。
さて、オレは自分の用事を済ませるとするか……懐かしのダーツ魔法学園勇者コースの教室前を通り過ぎて、アカデミー用の会議室を目指す。
「よぉ〜イクト! 久しぶりだな、魔獣討伐戦以来か? 勇者コースのOBではまだオレとイクトだけかぁ……集まったの!」
「マルス! 元気そうでよかった……。ホワイトデー以降あんまり見かけなくなったから、心配してたんだぞ。このゲーム辞めてなかったんだな」
明るく話しかけてきたのは、勇者コース時代の同期であるマルスだ。恋愛シミュレーションもの定番の展開としては、男友達から女の子たちの情報を得るらしい。
初日に交流する相手が、幼馴染のアオイたちと友人マルスなのも定番展開が進んでいる証拠と言える。
「あぁ! いろいろあってバイトは辞めちゃったけどな……。ユーザーとしては、最近復帰したんだ。隣の席いいか?」
「えっ? うん……そっか、バイトは辞めちゃったんだ。結構楽しくバイトしている感じだったけどな……」
いきなりマルスの方からバイト先を辞めた話題を振ってきて、なんだか気まずい雰囲気だ。いろいろあって前回の異世界転生時はアカウントBANされたマルス……現在のアバターは復活アカウントのものである。
なんと言っても、このスマホゲームの運営でバイトしていたのだ。アカウントBANを受けたのは、辛かっただろう……。しかも婚約者であるオレの双子の姉萌子と生き別れっぽくなってたし。
「ホワイトデーは思い切って萌子ちゃんに再アタックしたけど、あんまり進展しなかったし。行柄社長と萌子ちゃんのフラグは、急速に進んでいるし。なぁ……独り言だと思って、黙ってオレの話を聞いてくれないか?」
「えっ……ああ、オレなんかでよければ。どうせまだ、生徒も集まっていないみたいだし」
一時期は、本当にオレの義理の兄となるかも知れなかったマルス……。異世界転生時の記憶が皆曖昧になっている影響で、萌子と婚約していたことはあくまでもゲーム上のものとして割り切られているはずだ。
「悪いな、イクト。オレなんかの愚痴に付き合わせちゃって。今更……だよな。ゲーム異世界じゃ、オレと萌子ちゃんはもう婚約破棄している。地球では、なんとなく顔見知りのゲーム仲間にしか過ぎないんだ」
「えっと……もともとは、萌子からすると弟のオレのゲーム仲間ポジションがマルスなんだし。2人の繋がりを深く考えるのはよそうよ」
アカウントBANされた者特有の悲壮感を漂わせながら、マルスがポツリポツリと自らの心情を語り始めた。
「今だから、言えるけどさぁ……オレ、お前の双子の姉の萌子ちゃんのこと……本気で好きだったんだ。ゲームの中だけじゃない、現実の萌子ちゃんに会ってハートをぶち抜かれてしまった」
うん、知ってる……っていうか、かなりオープンな情報だったはずだけど。
だけど、マルスのライバルポジションである行柄リゲル社長は、マルスが心の根に抱く萌子への本気度をきちんと把握出来ているかは謎だ。もちろん、萌子も……。
「でさぁ……もしかしたら、ゲーム異世界を抜け出た後のオフ会で萌子ちゃんにアタック? とか、思ってたわけなんだけど……。行柄社長と萌子ちゃんが親しくしてるって聞いて……それで、悔しくて、悔しくて……。おかしいよな、別にオレが現実の萌子ちゃんの彼氏ってわけじゃないのに」
心なしか、マルスのアバターの瞳から光が失われている気がする。それに、表情も硬いし大丈夫だろうか……。まずいよ、フォローしなきゃ。
「いや、親しくしてるって言っても、ミンティア……つまり社長の妹ミチアの退院後の生活の手伝いで会ってるだけだし。行柄社長も、兄妹2人で暮らしてて大変だろうし……」
「あぁ行柄社長が大変なのは、オレだって理解しているつもりだよ。会社の人たちだって、社長に良い女性がいたらって話してたし。オレもそう思っていた……ただその相手が萌子ちゃんになるなんて……。彼氏でもないオレが、口出すことでもないけどさ」
何度も自分は現実では彼氏ですらなかったことを繰り返すマルス。
いや、一時期は異世界でマルスが萌子の彼氏だったんだよ……と思うあたり、オレはスマホ異世界と現実を同じものとして捉えてしまいがちなのだろう。
萌子の気持ちは確実に行柄社長に向かっているように見えるし、ミチアの看病を献身的にしていた行柄社長は優しい人なんだと思う。
だから、萌子がイケメンで優しい行柄社長のことを好きになっても仕方がない気がするし、黙って頷くのがようやくだ。
「馬鹿だよなぁ……オレって。人様の、しかも行柄社長と噂になっている女の子に片思いなんかしてさ。で、思ったんだ……もうこの会社では働けないって……。せっかく憧れてバイトで入れた会社だったのに」
「マルスは、まだ若いし、大学生だし……これからもいろいろなチャンスがあると思うし。男のオレから見てもイケメンでカッコいいし……」
何とかして、マルスのフォローをしようとするが、うまく言葉が繋げられない。
そして、追い討ちをかけるかのごとく、扉が開く……目の前には噂の当人であるオレの姉萌子と友人のレイン。
「あら、イクト……! 先についていたのね。マルスさんも……どうしたの……マルスさん?」
「も、萌子ちゃん! オレ、オレ……」
おいおい、どうなっちゃうんだよこれ。まさか、自分の恋愛シミュレーションモードの修羅場発生より先に、双子の姉の修羅場に立ち会うことになるとは……。
想定外の流れに何もできないオレは、ただひたすら平和な展開を祈るしかないのであった。