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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
イベントクエスト-spring-
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お花見編5:幸せの桜吹雪


 トンネル工事が中断されている雪山は、すでに雪の精霊の眷属達に占拠されていた。眷属といっても、殆どが雪で作られた白い結晶体で生命体ではなく、魔法力で作られた人造物だ。


 幸い、工事用に作られた道が出来上がっていたため、雪の中でも足元はそれほど不自由では無い。敢えて言うなら、寒さで動きが鈍くなっていくことくらいだ。


『きゅるるっ!』

『きゅいんきゅいんっ』


「くっ敵の数が多いな。ほとんどが、結晶体の魔法モンスターだけど。まとめて片付けよう。召喚……サンダードラゴンッ!」

「行くわよ! さみだれ斬り!」


『ぎゅいいんっ』


 侵入者を阻むべく、次々と襲いかかってくる眷属を召喚魔法やスキルでなぎ倒すリゲルと萌子。


「はぁはぁ……そろそろ、山の中腹部だ。トンネル工事の現場付近だし、おそらく未来からやって来たマルス君達もいるはず」

「そうですね。雪山の工事は中断するから、これ以上眷属を発生させないようにって話さないと」


 ステータス上昇装備で、体力に余裕を持たせていた2人だが、連戦続きで消耗が激しい。HPを回復しながらひと息ついていると、どこからともなく人の気配。


「……! もしかして、マルス君?」

「……っ!」


 ザザザッと、雪をかき分ける音がしたもののリゲルが振り返るとそこには誰もいなかった。


「リゲルさん、マルスとの話し合いうまくいくといいですね」

「ああ、なんとか交渉するつもりだよ。じゃあ、もうひと頑張りしようか。うっ! 突然、目の前が眩しく……」

「きゃあっ!」


 2人が再び雪道を進もうとした瞬間、眩い光が辺りを照らす。軽い立ちくらみに襲われて、平衡感覚を保つのがやっとの状態でいると、聞き覚えのあるマルスの声。


『女の方は、ここで待機していろ。召喚士だけ、オレ達の元へ来い』


「こんな雪山に、萌子さん1人だけ置いていくわけに行かないだろう! ふざけるなっ」


 すると、初めから計画していたのか、間髪入れずに萌子が眷属達に囚われてしまう。


『きゅるるっ! その娘は、我々の小屋で待機させる。召喚士だけ来いとの命令だ』

「お嬢さんには、大人しくしていて欲しいの。未来についての大切なお話をしたいみたいだから」

 マルスと一緒に新聞に載っていた女性が、萌子の手を後ろから捕まえる。


「きゃあっ! リゲルさんっ」


「萌子さん! くっ……仕方がない。交渉に応じるから、萌子さんには危害を加えるなよ。いいな」


『きゅるっきゅるるっ』

「さあ、行きましょう。話し合いが終わるまであなたには私と遊んでいてもらうわ」


 精霊と雪の結晶体に連れて行かれる萌子を見届けて、1人で中腹の拠点まで向かうことになるリゲル。


「まったく、マルス君の奴。一体何を考えているのやら」



 数週間ほど前までは、トンネル工事の拠点であった小屋まで辿り着く。見覚えのある、だけど何処か知り合いとは異なる後ろ姿に、リゲルの知るマルス本人ではないことが伺える。

 おそらく、この未来からの来訪者は、現在の自分達が住む世界とは異なる世界線の住人だろう。


「よく来ましたね、行柄社長。お久しぶりです。本当は、雪を降らせて例の花見を中止させて……ちょっとだけ未来を変えられればって計画でしたけど。オレと、勝負してくれませんか……気が済んだら未来に帰るんで」


 丁寧に敬語で話しかけてくるものの、マルスはリゲルと戦う気全開で大剣を構えた。


「どちらかというと、初めましての感覚だよ。たとえ、君が未来のマルス君だとしても、平行未来の人物である可能性が高い」


 リゲルも格闘武器のギミックナックルを装着し、応戦体制。さらに、呪文詠唱して攻撃技の準備。


「1回くらいはあなたと本気で戦っておけば良かったって、ずっと思ってたんで……良い機会が出来た。行くぜっうぉおりゃあっ!」

「まったく、まるで決闘か何かみたいだね。こちらとしては、身に覚えがないのだけど。負けるわけには、いかないっ」



 ドォンッ!

 ガキィインッ!


 話し合いをする間も無く、バトルが開始されてマルスの大剣がリゲルの黒魔法を弾き返す。

 狭い空間での戦いは困難を極め、早急に決着をつけなくては同士討ちというところまで切迫していた。



 * * *



 一方、萌子と雪の精霊も話し合いと言う名の冷戦状態が続いていた。


「ねえ、あなた雪の精霊なんでしょう? どうして、こんなことするの。雪山にはもうトンネルは掘らないだろうし、未来に被害は及ばないわ」

「そうね、本当はトンネル工事を辞めてくれるなら我々精霊としては、撤退する気だったんだけど。マルスさんは、ちょっと事情が違うみたい。きっと彼としては今の行柄リゲルという男を1回くらいは倒さないと、気が済まないんでしょうね」


「何よ、それ……。リゲルさんはマルスさんに対して、特に危害を与えていないわ。確かに、アカウントを一旦停止したかもしれないけど。それは、スマホゲーム異世界の話で……ってあれ?」


 萌子は自分の言っている内容に違和感を覚えた。今のいる場所は、まさにスマホゲーム異世界なのだから。


「分かっているじゃない、お嬢さん。ここは地球人にとっては、ゲーム異世界に過ぎないわ。特にアバター体の彼らにとってはね……だから、実際の肉体に被害が及ばないアバターの姿で決着をつけたいのよ」

「決着って何を……?」


「ふふっ……気がつかないの? つくづく罪なお嬢さんね。一番大切な女性をあっさり奪った相手を……ゲームの中だけでもいいから、倒したいんだわ。まぁ奪ったって言っても、その女性がマルスさんと異世界で婚約破棄した後に出来た恋人が、行柄リゲルだっただけよ。最初はキッカケになるお花見を延期出来ればいいって話していたけど、実際に再会しちゃうと……ね」


 雪の精霊は、マルスの気が済むようにさせてあげたいのか、のんびりとアイスティーを飲んでまったりとし始めた。萌子の分も用意してくれたが、あいにく飲む気にはなれない。


「1番大切な女性? 将来的に、リゲルさんとマルスさんは三角関係になるってこと? なら、マルスさんはその女性にきちんと気持ちを伝えるべきだわ。後から恋人になったリゲルさんに八つ当たりしたって……あれっ? マルスさんの婚約者って……」


 自分で話していてようやく状況に気づいたのか、思わず顔がどんどん赤くなる萌子。心臓がバクバクと高鳴り、突然沸騰し始めたポットのようだ。


 ゲーム異世界の中で、マルスと婚約破棄した人物は他ならぬ萌子自身だ。ということは、まさかとは思うが将来的にリゲルと結ばれるという女性は……。


「けど、こんな若い娘さんに夢中になっていたなんて。マルスさんも、当時は若かったんでしょうね。まぁ未来を知りすぎるのは良くないわ。肝心な記憶は消しておくから……どちらの男性のことが好きなのか、ちゃんと考えなさい。まだ、この世界線の未来は不確定なのだから」


「ちょっと、待って! つまり、リゲルさんとマルスの2人から夫を選ぶってこと? きゃっ意識が遠のいて……」



 * * *



 四月の中旬過ぎ……連日続いた雪がようやく止んだ。なんとか残った桜の花で小規模のお花見が行われた。時期がだいぶ過ぎてしまったため当初の予定とは異なり、行柄兄妹の住むマンションの専用庭から見える桜を眺める計画に変更。

 偶然かも知れないが、不思議と行柄兄妹が住むマンションの周辺の桜が綺麗に咲いていたので、ちょうど良い。


「最初の予定よりも、小規模のお花見になっちゃったけど。退院したばかりだし、人混みを避けてうちの専用庭からお花見することになって良かったのかも」

「そうだね……予定よりメンバーも少なくなっちゃったけど、イクト君達は来てくれることになったし……」


 ピンポーン! 

 インターホンのカメラで確認すると噂をすれば何とやら、イクト達が到着したようだ。イクトの妹であるアイラ、下宿人のエリス、そして萌子も一緒だ。


「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい、よく来たね。専用庭のスペースにお花見の準備が出来ているからどうぞ」


 行柄家と結崎家の2つの家族で一緒に行う初めてのお花見会。


「あっあの……リゲルさんっ。今日は、私手作りでお弁当を……」

「ああ、ありがとう! 僕もみんなの分のサンドウィッチを作ったんだ。一緒にシェアして食べようね」

「はいっ!」


 萌子が頬を赤らめながら、リゲルにお弁当を差し出す。やはり2人はお付き合いし始めたのかと、突っ込みたい気持ちを抑えて平静を装うイクト。


 雪山のクエストで、記憶を失った状態で帰還した萌子とリゲル。未来を知り過ぎたせいで、記憶を消去されたのだろうと伝えられたもののどうも腑に落ちない。

 異世界に短期留学中の萌子と久しぶりにあったが、挙動がおかしい。きっと未来の情報の一部を知ってしまったのだろう。あの様子では、バッチリ記憶していそうだ。


 はぁ……とため息をつくイクトに、ミチアとエリスが優しく食事やお茶を渡してくれる。ひらひらと舞う桜の花びらの中で、微笑む女性2人に心が和む。

 イクトは一旦考えるのをやめて、いわゆる両手に花の状態で、今日のランチを堪能する。ツナサンドはリゲルが作ったもの、唐揚げやだし巻き卵は萌子の手作り。


 交互に食べると妙にマッチしているリゲルと萌子の手料理……まるで長く連れ添った夫婦のような相性の良さだ。

 だが、その答えは時期尚早……ミチアが用意してくれた冷たい緑茶で一緒に飲み込む。


 すると、アイラが手のひらの上に桜の花びらを乗せてひと言。

「ねえ、知ってる? 桜の花びらって幸せを運んでくれるんだって」

「へぇ……じゃあ今日は、たくさん幸せを補充しないとなっ」


 ふわりと舞うピンク色の花びらの数は、この周辺の桜だけとは思えないような数の多さで。


 桜吹雪が……未来の異世界から幸せを届けに舞い降りてきた……そんな気がした。


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