お花見編2:召喚士、再始動
イクト達と時を同じくして、異変に気付いていた人物がいた。異世界スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイクシリーズ』の制作者にしてゲーム会社社長の行柄リゲル氏だ。
「お早う、ミチア。具合はどうだい? 今朝はだいぶ冷え込むから、もし大変だったらリハビリはパスしても良いよ」
「お早う、お兄ちゃん。身体はだいぶいいけど、寒暖の差に慣れてないし……。家でゲームでもやって休んでようかな」
「あはは……まぁゲーム制作者としては嬉しいけど。あんまり長い時間プレイはまだダメだからね。ゲームは1日1時間、それでも長い方だよ」
リゲル氏は実際に存在する異世界と地球をゲームデータという形でリンクさせた張本人、ミチアの腹違いの兄でもある。両親が早く亡くなってしまったため、12才年上の腹違いの兄は親代わりのような存在。ミチアとしては、少しでも早く病気を完治させて兄の負担を減らしたい。
「はぁい。じゃあ、ログインしてデイリーで遊んで……って感じかな? 取り敢えずご飯にしよう。食欲は凄くあるんだ」
「そうか、じゃあ安心だね。今日は、栄養満点のクラムチャウダーと野菜たっぷりオムレツを用意しているよ。パンはミチアの好きなくるみパンでいいよね」
お花見の企画も、ミチアが健康になってきたことを兄にアピール出来る絶好のチャンスだったのだが。
窓の向こうから見える景色は、四月とは思えないほどの白さで。行柄兄妹の間にも、この春に起こる不思議な気象は話題となっていた。
「お兄ちゃん、雪……なかなか止まないね。イクト君達とお花見したかったなぁ」
リゲル特製の野菜たっぷりオムレツを食べていた手が、ふと止まる。さすがにここ最近の雪続きには、不満があるようだ。
「そうだね、ミチア。けどこの異変……まさかとは思うけど、異世界から寒気が流れ込んできているんじゃないかと思って。いや、地球とは電子データとしてリンクしているだけのはず」
アースプラネットという異世界の名称が、その名の通り【アース線で繋がれた電子異世界】となった原因の一端は彼にあると言っても良い。
異世界から移住してきた召喚士一族の末裔であるリゲル氏から見ても、今回の現象は不可解だった。
食事もほどほどにリゲル氏は考え事をしながらも、パソコンを立ち上げて異世界転移の魔法陣を呼び出す。
「もしかしてお兄ちゃん、また異世界に行くの?」
「あぁ……本来は特定の異世界人しか使えなかったゲートを、スマホゲーム異世界という形で世の中に広めたのは僕の責任だし。ちょっと様子を見てくるよ……もしかしたら、不届きものが何か違法な技でゲートを悪用しているのかも知れない」
転移先では、アバター体になってしまうのだが。鏡を確認してやたらカッコつけてから異世界転移しようとする兄リゲルに、不思議な違和感を覚えるミチア。
まるで、調査に恰好をつけてデートにでも行くような雰囲気ですらある。
「そんなこと言って、ただ単に異世界に留学中の萌子ちゃんに会いに行きたいだけだったりして!」
この数ヶ月の間、休みを見計らってはたびたびイクトの双子の姉である萌子を呼び出して用事をお願いしていたことを思い出す。口実を見つけては、萌子に会いたがるあたり、よっぽど萌子のことが好きなのだろう……とミチアは勝手に解釈していた。
「……! ミチアッ! お、大人をからかうのは止めてくれっ。確かに萌子さんは可愛らしいが、まだ彼女は高校生なんだぞっ。卒業前に変な噂でもたったりしたら……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら動揺する兄に、なんだかミチアは申し訳ない気持ちになる。そういえば、兄は若いうちから保護者役をしているせいであまり浮いた話を聞かなかった。
腹違いの兄妹とはいえやはりミチアとリゲルは兄妹だ。まさか、ミチアもリゲルも2人揃ってイクトと萌子という双子の姉弟に恋をしてしまうとは。
「じょ、冗談だよ。お兄ちゃん、ゴメンね。ふふっ行ってらっしゃい」
やがてパソコンの魔法陣が輝き始めて……リゲルは異世界へと調査に向かっていった。
* * *
「……っと。ふう……なんとか、異世界に転移できたな。まったく、ミチアも元気になってきたのはいいが、まさかあんなに口が達者になるとは……。いや、それでいいのか。彼女はもう、立派なレディなんだから」
気がつくと、異世界にある自室にたどり着いたリゲル。鏡で身なりを確認すると一度強制的にログアウトした影響で、以前のようなミントカラーの髪色ではなく地球と同じ銀色の髪になっていた。
この異世界では天然銀髪は勇者の子孫が多いらしいが、自分の髪は根元がちょっぴり黒くて染めている雰囲気が出ている。天然銀髪でなければ、さほど目立たないだろう。
さっそく、彼専用の武器である召喚拳銃を装備。
この武器には、運営にのみ許される違法者を粛正するチートスキルが実装済み。
「まさか、再びこの武器を手に取る日が来るとはね。年齢制限に引っかかる不正チートで萌子さんに手を出そうとした不届き者のマルス君を粛正した時も、この武器で戦ったっけ」
子供扱いしていた妹ミチアの成長を嬉しく思う一方で、そのミチアと同い年の萌子のことを女性として意識しまくる自分を情けなく感じる。ミチアの指摘は、まったくもって図星なのだから。
だが、萌子は前世から結婚を約束した聖女モエリーの生まれ変わり……リゲルの運命の赤い糸の相手。本能的に気になってしまうのは仕方がないだろう。
自分的倫理観としては、あくまでも萌子に対して遠慮がちにアピールするのは彼女が17歳のうちだけだ。法律的にマズそうな期間を過ぎる18歳の誕生日には、それとなく萌子にプロポーズ。
清らかな乙女の状態でヴァージンロードを歩ませて、一生の思い出に残る初夜を迎える予定。
『リゲルさん……萌子、嬉しい。前世の夫であるリゲルさんに乙女の心を捧げられるなんて……。私、現世ではこういうの初めてなの優しくしてね』
『萌子……愛してるよ、僕に全部を任せて……』
『リゲルさん……! 私も、好き!』
すでにリゲルの脳内設定では、ギャルゲー並みのラブシーンとハネムーン先、そして生まれてくる子供の名前まで決定済み。あとは、着々と萌子攻略計画を遂行するだけ。
それがイクトと同じ不治の病、女アレルギー持ちであるリゲルの悲願である。
同い年くらいのリア充達が、盆暮れ正月をイチャイチャしながら過ごすのを横目に見つつ、ネトゲがオレの本当の居住地だと言わんばかりにフル課金する毎日を送ってきた。そんな黒歴史も、あと1年で幕を下ろすのだろう。
遥か古代の前世の因縁で、長年に渡り苦しめられた女アレルギーの呪いが解けたのは、新たな呪いの継承者である勇者イクトが現れたおかげ。
(イクト君には、感謝しなくてはいけないな。彼が呪いを受けてくれたお陰で、ようやく女アレルギーから解放されたんだ。まったく、前世の僕はどうしてあんなにハーレムを構築してしまったんだ。お陰で独身を拗らせてしまった……イクト君は初代イクトスの生まれ変わり。僕はその間に発生した【次世代ハーレム召喚士リゲル】の生まれ変わり。けど、この秘密は一生隠し通さねば!)
無駄に年齢を重ねたイケメンリゲル氏にとって、自分を馬鹿にしているリア充達への静かなる反撃のシナリオが着々と進んでいるのだ。だから、萌子を落とすためにも双子の弟イクト君との繋がりは、維持しなくてはならない。
「まぁいいや、地球の桜を、そしてお花見計画を邪魔する奴は……。この僕が見つけ出して、必ず粛正してみせるッ」
次世代ハーレム召喚士リゲルの生まれ変わり、行柄リゲルの本気の戦いが今始まる!
*お花見編は2話以降から、リゲル目線でストーリーが進行します。*