ホワイトデー編5:諦められない想い
結局、女アレルギーの発症で危険な状態になったイクトの治療は自力では不可能で。医務室まで、オレがおんぶしてイクトを運ぶ流れになった。
「よっと……イクト、大丈夫か? すぐに、治療してもらえるようにするからな」
「うぅ……マルス、ゴメン」
イクトの体重は、身長172センチの割には軽く、やはり女アレルギー持ちで身体が強い方ではないんだと実感させられる。
クエストではないので軽装備だった影響もあるのかもしれないが、なんだか不安になる軽さだ。
「医務室は……地図によると、こっちのエリアよ。イクト、しっかり!」
萌子ちゃんに先導してもらい、ハロー神殿の医務室を目指す。妹のアカリは、この展開に反省しているのか終始だんまりだ。自分のせいでイクトが倒れたことを、多少は気にしているのだろう。
「あら、急患? 可哀想に……女アレルギーが発症してるわね。応急処置の魔法をかけて、しばらく休ませてみましょう。付き添いの人は隣の休憩室で食事が出来るから、ご飯を食べたり自由にしていいわよ」
「はい、ありがとうございます。ほら、イクト……回復魔法で治るってさ。良かったな」
「うぅ……魔法少女が、オレとフラグを……」
唸りながらも、次第に顔色が良くなるイクトにホッとする。一命は取り留めたという状態だ。
しかし、いつもたくさんの女の子に囲まれていて、だいぶ耐性がついてきたと思われていた矢先の女アレルギー。まだまだ、イクトに恋人が出来るのは先になるのだろうか。
「イクト君、大丈夫かなぁ? なんだか、ずっとうなされているけど……」
「取り敢えずアカリはその魔法少女ファッション辞めて、さっきのノーマルな装備に着替えて来い」
「うん……そうする。はぁ……可愛いって罪……私の魔法少女ファッションは、しばらくの間封印するわ。ついでに、何かご飯を買って来るね」
奇妙な勘違いで、魔法少女としての自信を持たせてしまった気がする。だが、ついでとはいえ食事を調達するあたりは反省しているのか?
「ゴメンなさい、マルスさん。イクトが女アレルギー持ちだから、迷惑かけて」
ショボンとしてイクトが倒れたことを謝る萌子ちゃん。どちらかというとオレの妹のウィンクが原因で倒れたのだから、謝るのはオレの方のような気もするが。
「いや、別にいいよ。元はと言えばオレが萌子ちゃんとデートしたいがために、イクトを巻き込んだんだ」
「マルスさんには、感謝してるよ。いつもイクトを助けてくれていたんだよね。私、自分の婚約破棄のことで頭がいっぱいで、マルスさんのそういうところ見えなくなってたのかも。反省しないと……」
別に、萌子ちゃんが反省する必要はない気がするが。気持ちが少しずつでも届くようになったのは嬉しい。
だからこそ、思い切って本音でぶつかってみることにした。そうしないと、オレは男として先に進めないと思ったから。
「萌子ちゃん……いや、婚約破棄はオレにも責任があるんだ。運営でバイトしていたことも途中で思い出したけど、言わないようにしていたし。それに……今回だって……」
「えっ? 今回は、何かあるの」
意外そうな、そうでもないような萌子ちゃんの表情。やや、躊躇したものの話を続けることにする。
「最初はさ、ツカサがくれた惚れ薬で萌子ちゃんと好き同士だった頃の想いを取り返すのも考えたんだ。だから、萌子ちゃんが感じていたようにずるい男なんだよ、オレって。だけど、それじゃあ萌子ちゃんのハートを掴めないから」
「マルスさん、正直に話してくれてありがとう。きっと記憶にない部分の私も、マルスさんのそういうところが好きだったんだと思う……けどね、だけど」
寂しそうに目を伏せて、何かを告げようとしている萌子ちゃんはいつもよりも数倍大人っぽくて。どこか、このまま遠くに行ってしまいそうな雰囲気だ。それ以上、続きを話して欲しくなくて思わず手を握り、キャンディの入った箱を差し出して再度交際を申し込む。
「……! じゃあ、萌子ちゃんっ。オレともう一度……お付き合いを……」
「それが、昨日ある男性に交際を申し込まれたの。まだ、お返事はしていないんだけど、結婚を前提にお付き合いして欲しいって。けど、マルスさんとお付き合いしていた頃の記憶がないままじゃ、不安だから。返事に迷っていて……」
一応、ホワイトデーのプレゼントは受け取って貰えたものの、まさかの他の男性の影。いや、本当は気づいていたはずだ。あの人が、萌子ちゃんのことを気にしていることくらい。
「萌子ちゃんって、現実世界では女子校の寄宿舎生活だよね。その環境で結婚を申し込まれるってことは、スマホ異世界で知り合った人とか?」
「うーん。もともと、その男性の妹さんと知り合いだから、ちょっと違うかも。でも、親しい人のお兄さんという目で見てたから、実感がわかないし。それに、マルスさんとこんな風に異世界でデートしてるのに、返事をオーケーするのも相手に失礼だし」
嫌な予感は当たるもの……萌子ちゃんはお嬢様学校の寄宿舎暮らしで、あまり異性と出会う機会はない。自然と、彼女に交際を申し込む男性の数は限られてくるだろう。
「そ、そうか。あのさ萌子ちゃん、その男性ってまさか……行柄社長……」
オレが相手の男性の名前を言いかけた瞬間、コンコンコン! と、ドアをノックする音。
「ただいま〜! お弁当買ってきたよ。感覚的にはお夜食に近いけど、異世界での食事は別腹。あっ萌子さんにキャンディ渡せたのか……良かったね。受け取ってもらえて」
「あ、あぁ……そうだな。ご飯買って来てくれて、ありがとなアカリ。じゃあ、今のうちにちょっとだけ食べてようか?」
「う、うん。イクトが目を覚ましたら、次の計画を考えましょう。それまで私達も休まないとね」
幸か不幸か、萌子ちゃんに誰かが結婚を前提に交際を申し込んだという話は、途中で中断された。
「このキャンディ、桃の味で甘くて美味しいよ。まん丸くて見た目も可愛いし、ありがとう」
「う、うん。気に入ってもらえて良かったよ」
お世辞と分かっていても、彼女が笑うとオレの胸は切なくて、苦しい。イクトが回復したのちは、無難にデートが進み解散となった。
* * *
ログアウトすると、見慣れた家族の居間、妹の灯吏も一緒だ。
「あれっ? ログアウトしたのかな。初めての異世界だったけど、面白かったよ」
「そっか……今日は、ダブルデートに付き合ってもらって悪かったな。一応、萌子ちゃんには、キャンディくらいは渡せたから」
「まぁ、焦らずにアタックしていけばいいんじゃない?」
カバンの中で、使われなかった惚れ薬がゴトリと音を立てた。早く、この薬を使えと言わんばかりに。だが、ずるい男と言われたくなくて、惚れ薬のことを必死に忘れようと心がける。
スマホ画面の中では、オレのアバターが嬉しそうに笑っている。それに比べて、現実は……萌子ちゃんが誰かのものになるなんて、考えたくもなくて。まだ、オレは彼女を諦められそうもない。