第九部 第24話 世界の秘密よりも君のことを知りたい
『青い鳥に会いに行こう、きっと彼女はオレたちの世界の秘密を知っている』
『けど、イクト君。本当に知りたいのは、この世界の秘密なの? 本当は、もっと別のことが知りたいんじゃないの』
うわべは青い鳥に会いたいなどと言いながら、本音は初恋の人に会いたいだけのオレ。そんなオレを責めるかのように、誰かの声が心の中でこだまする。
地球にいた頃の幼い日……アオイという幼馴染みと【永遠の別れ】を体験した。初めて、人というものは【死】を迎えるのだと知ったのだ。
『アオイ、どうしてこの世界からいなくなっちゃったんだ? 将来は結婚しようって指切りしたのに……』
【大きくなったら、アオイはイクト君のお嫁さんになるの。だから、絶対に他の女の子と浮気しちゃダメだよ!】
『……あの時の指切り……あの日からオレは他の女の子に触れることが出来ない。ずっとアオイに会えないのなら、オレの方から会いに行けばいいのかな……』
【けど、イクト君は異世界でいろんな女の子と婚約するんでしょう? キミが本当に好きなのは誰……】
まるで、自分自身を責めるような夢を見た。不思議なものだ……今の肉体であるアバター体そのものが、夢の産物のようなものなのに。
* * *
冬のある日……オレと聖女ミンティアが訪れたのは、この異世界における幼馴染みのアオイが滞在する別荘。アオイは、もうじき継承の儀を終えて正式なこの異世界の魔王に就任する予定だ。
アポイントメントを取っておいたオレたちは、時間より少し前にアオイの別荘に到着した。インターホンで挨拶して大きな門を開けてもらう。
「すみません、アオイさんに会いに来たんですが……」
『はい、イクトさんとミンティアさんですね。今しがた門を開けますので……使いのものが迎えに参ります』
ギギギギギィ……と、音を立てて開くゴシック調の門はちょっぴり魔族的な雰囲気だ。
「突然、連絡しちゃったけど……いざとなると緊張するね。よく考えてみれば、勇者と聖女が旅立ちの前に次期魔王様に会いに行くなんて、大胆だったかな?」
「警戒されないように、今日は私服だし。武器も持ってないだろう? 大丈夫だよ」
オレはシンプルなダークカラーのコートに黒いズボン、グレーのブーツとシンプルなファッション。ミンティアは、ベージュのコートにグリーンのワンピース、黒タイツに黒のブーツ……やはり、見た目からしてシンプルだ。
どちらも、防御力のある冒険者向けブランドの洋服だが、攻撃力を備えた武器は持っていない。
「そうだよね、アポイントメントもきちんとしているし。ごめんね、心配性で……」
アオイとの面会を自ら提案したはずのミンティアだが、なんだか弱気である。いや、これがミチアの本来の性格なのだろう。
すでに地球時代の記憶を取り戻したミチアは無意識とはいえ、【完璧な聖女ミンティア】を演じる必要がなくなったのだ。
「まだ、ギリギリのところでアオイは魔王様じゃないよ。けど、もうすぐ体裁上は別の種族のトップになる人だ。たとえ、幼馴染みだろうと婚約者だろうと……これから先のアオイという人が魔族の頂点であることは変わらない」
「そうだよね……だから、きっと今日が最後のチャンス。アオイさんが魔王ではなく青い鳥としてのポジションでいてくれるうちに、いろいろお話しないと……」
今日は、おそらく民間人としてのアオイと話す最後の日となるだろう。次に会うときは、彼女は女性魔王となっているはずだ。
しばらくすると、オレたちを案内するためにゴスロリテイストの若いメイドさんがやってきた。
「アオイ様がお待ちです……ご案内しますわ」
寒空の下、メイドさんに案内されながら広い庭園を通り抜けて、玄関のドアを目指す。
メイドさんが扉を開けると、すでに準備が整っていたのかアオイ自ら出迎えてくれた。
青い髪に紺色のセットアップワンピースがよく似合う。肩の部分がふんわり膨らんでいるデザインの上着で、赤いリボンも相まってどこかのお嬢様学校の制服のようにも見える。
心なしか、存在そのものがふわふわとしていて……。お伽話の中から抜け出してきたかのような、青い印象の美少女だ。
「よく来てくれたね、いらっしゃい。イクト君、ミンティアさん……いや、今はもうミチアさん……と呼べばいいのかな? 現実世界地球での記憶、取り戻したんだよね。良かった、これでボクが魔王に就任する前にキミたちにこの異世界の秘密を話せる」
久しぶりに会うアオイは相変わらず綺麗で、可愛くて……けれど、どこか儚げだ。
「……! アオイ、もしかして最初からミンティアが地球からの転生者って知っていたのか」
「ううん……途中からかな。行柄リゲル氏の組み込んだ異世界召喚の魔法陣から推測が立っていたんだ。立ち話もなんだから……早く部屋へ……」
「えっ。ああ、うん……お邪魔します……」
コートを玄関ホールで預けて、客間へと通される。
「いらっしゃいませ、今日のティータイムは異世界自慢の茶葉のハイランク紅茶です。軽食も用意してありますので……」
アオイとの混み入った話が展開する気配の中、まるで何事もなかったかのように執事さんがティータイムセットを用意してくれた。
陶器の小洒落たティーカップからふんわりと紅茶の香りが漂ってきて、気持ちが落ち着く。軽食はスコーンやサンドウィッチ、そして宝石のような輝きのタルト。
真紅のソファに腰掛けて、ゆっくりと紅茶を味わうと身体の芯から温まる。
「そっか、全部知っていたんだね……アオイさんは。私、自分が転生者だと知らずに、ずっとこの異世界の聖女だと思い込んで生きていた……。何も知らずに」
俯いて、哀しそうに笑うミンティア。自分が信じていた自分自身が実はアバターだった……おそらく、一時期は落ち込んだのだろう。
「ごめんね……黙ってて。不治の病で異世界に転生を希望する召喚能力を持つ少女……それがボクが初めて知ったミチアさんの情報。だから、記憶を持たずに転生して聖女ミンティアになって幸せならそれでも良いと思っていた」
相変わらず中性的な口調のアオイ、少女ながら自分のことをボクと言う癖はオレの初恋の人と同じ。
「アオイさん……私が病気だから、気を遣ってくれて?」
「ううん……キミとボクはほんの少し境遇が似ているから、きっとキミをそんな風に見守っていたのはボクの自己満足だよ。けど、ミチアさんがまだ地球で助かる見込みがあるなら……元の現実世界に帰るのも選択肢だと思う。それに、聖女ミンティアというアバターがボクの友達であることも事実だよ」
アオイとミンティアのほんの少し似ているという境遇の共通点……それは、オレがこの異世界の秘密よりも、ずっと知りたかった彼女の秘密だ。
だが、その答えがはっきりしてしまうことが怖くて、黙って2人の会話を聞くだけに留まる。
「友達……私のアバター聖女ミンティアと……アオイさんが……」
「うん、きっとミチアさんが欲しかった青い鳥の正体は、ごく普通の幸せな生活なんだと思う。そうだよね、イクト君」
無言を貫いていたオレだが、アオイからの問いかけに会話に参加する機会をもらう。
「ああ、そうだ。きっとオレたちの答えはシンプルなんだと思う。だって、地球にいた時もオレとミチアは友達だった……それが青い鳥の答えだよ。この異世界での学園生活もギルドライフも……みんなミチアとの思い出だ」
もしかしたら、その延長線上に恋が生まれることを求めていたのかも知れないけれど。
以前にオレのことをミンティアが好きだと言ってくれた気持ちは、友情の延長のようにも感じた。長期間の入院生活と孤独感からくる欠乏にも似た、淡い恋心。
だから、本当の答えはきっと、オレたちの間にある友情を認めることから始まるんだ。
「そっか、良かった……イクト君、アオイさん、ありがとう……! 私、やっぱり2人を信じてここに来て良かった。うぅ……ひっく……私はとっくにこの異世界で青い鳥を見つけていたんだ……! 学園生活もギルドの仲間もお兄ちゃんも……私はとっくに幸せだった!」
それからは、涙が溢れて止まらなくなったミンティアこと行柄ミチアをオレとアオイの2人で支えて……それから、ディナーを囲むことになった。
おそらく、この異世界での区切りをつけるもの。友達として会えるオレたちの最後の晩餐。
* * *
淡々と進む晩餐のメインディッシュは、かつてグランディア姫がこよなく愛した黒毛和牛ステーキ。肉を丁寧に切り分けながら、本題に入る。
「イクト君たちが感じているように、この異世界はスマホRPGとリンクしている。行柄リゲル氏の召喚魔法によってね。けれど、ただ単にリンクしているだけじゃあの魔獣は倒せない。他の方法を使わないと……。リゲル氏からも連絡があって、いろいろと調整したんだ」
「リゲルさんから? つまり、魔獣討伐の手がかりが見つかったのか」
食事の手を止めて、アオイがおもむろに小さな小箱を取り出した。
「うん。魔獣を倒せない1番の理由は、魔獣のデータ化に成功していないからだと思う。スマホRPGと異世界がリンクしている以上、討伐を目指すなら一旦データ化しないと。そして、僕の手に握っているこれが……そのカケラ」
驚いたことに、すでにアオイはそのデータを取得していた。小箱からカケラを取り出すと……彼女の手のひらには、キラキラと輝くクリスタル。
「近づくことすら出来ない魔獣のデータをどうやって?」
「魔獣の方からデータになるべく、魔王の玉座に座ってくれたんだ。けど、魔王に就任したら、このカケラは立場上キミたちにはあげられないから……友人としての真野山葵からの最期のプレゼントだよ! 受け取ってね」
泣いているのか笑っているのか、その両方なのか? オレの手を握り、クリスタルを渡すアオイの本心は分からない。
「これをお兄ちゃんに転送すれば……魔獣はデータ化されて、いずれは倒せるようになるの?」
「うん。それに、魔獣の圧力も無くなっているはずだからみんな安全なカタチで地球に帰れるよ! ミチアさんの病気も、次第に良くなるはず。そして、スマホRPGを介してこの異世界を攻略出来る。世界を平和に導くための戦いを……ね」
「アオイ……」
次々と運ばれる美味しい料理、あっさりと取得出来た魔獣討伐のデータ、すべてが順調だ。けど、これがオレの欲しかった答えなのか?
無事に最後の晩餐が終わり、別荘の地下室ワープゲートから地球へと渡る準備。アオイもそのまま冥界へと赴き、魔族の王となるべく儀式を行うそうだ。
「アオイ様。そろそろ、お時間です……ご準備を。さあ……ゲートに……」
オレとミチアが使う地球行きのゲートとアオイの使う冥界のゲートは、真逆の方向。
「元気でね……イクト君、ミチアさん」
初恋の人の背中が遠ざかる……ゲートに向かう彼女の姿は、遠い日に見た最後の姿のようだ。
(ダメだ、このままじゃオレは……オレは……!)
「……待って、アオイさん! イクト君、まだアオイさんに確認してないことがあるよね? 最後かも知れないんだよ。きちんと気持ちを伝えなきゃ……初恋なんでしょう? 地球時代からの……今、気持ちを伝えなきゃっ」
「えっ? ミチアさん……イクト君……もしかして、ボクの本当の正体に……気づいて……」
「最後……あぁ……。オレは、本当はっ。この異世界の秘密よりも、アオイに聞きたいことがあったんだ! 地球にいた頃に、オレと結婚の約束をした幼馴染みのアオイのこと……! もう、地球ではアオイに会えないのかっ?」
「事故で異世界転生したボクの前世……イクト君、ずっと覚えていてくれたんだ。大丈夫、ボクはこの異世界でもう一度生き直している。だから、寂しがらないで……!」
「アオイ……オレはずっと、アオイを探して、アオイのことが好きで……忘れられなくて。似た人をアオイに重ねて……もう会えないなんて……!」
「いつか、魔獣が討伐されたら以前みたいにゲートを行き来出来るようになるよ。それまでの間、お別れだね……。それに、ボクもキミのことずっと大好きだよ、イクト君!」
振り向きざまに、アオイからオレに贈られたのは可愛らしい頬へのキス。地球時代、小さな頃によく交わした別れの挨拶だ。
ゲートを作り出すための魔法陣が光り始め、煌々と輝き始めた。やがて、景色が歪み意識が遠のく。
それからのことは、よく覚えていない。
気がついたら、東京都立川市にある自宅のベッドで目が覚める……。手元のスマホ画面からは【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】の壮大なオープニングムービー。
(なんてことだ……このまま、もうあの異世界はただの夢物語になってしまうのか?)
オレがスマホを握りしめて、動揺していると通知音とともに一通のメール。どうやら、まだ希望は潰えていないようだ。
【結崎イクトさま……ゲームカフェ・クオリア主催オフ会のお知らせ〜異世界からの帰還者たちへ〜】