第九部 第23話 勇者はその背に十字架を背負う
『次世代の夜空の召喚士リゲル、実験成功なるか? 異世界との途切れた連絡手段に希望の光』
「一応、召喚実験の詳しい内容は避けられているけど、ニュースとして取り上げられているな」
スマホでニュースサイトを確認して、リゲルさんの召喚実験がある程度世間に認識されていたことを知る。肝心の召喚方法そのものは、流石に伏せられているけれど。
「うん、これまではミンティアラ様が夜空の召喚士って呼ばれていたけど。今では、お兄ちゃんのことをみんながそう呼ぶようになったね。リゲルって名前の通り、お星様になっちゃうのかな?」
まさか、ミンティアが願いをかけたという【夜空の召喚士】の異名をリゲルさんが継承するなんて……これも因果なのか。今にも泣きそうなミンティアを宥める。
「リゲル星って星座は、地球ではオリオン座のひとつなんだっけ。本当に、星空のひとつになっちゃったみたいで寂しいけど。きっと、リゲルさんは無事だよ」
リゲルさんが強制的な手段でログアウトする実験を行なってから1週間ほど過ぎた。実験に巻き込まれたオレとミンティアは、目が覚めた時点では記憶が曖昧だったものの、次第に状況を把握出来るようになった。
完全に実験の結果が確認出来るまでは、この地域を離れる許可がおりずフェリーにも乗れない。初日は召喚研究所の施設に泊まっていたが、他の研究者の目も気になり近くのロッジを借りる。
ゆっくりとミンティアを部屋で休ませることに。
それから、数日後……。
コンコンコン……部屋に食事を運ぶためにノックすると、ミンティアの方から出てきた。
「おはよう、イクト君」
「ミンティア、大丈夫か? だいぶ食べられるようになったみたいだけど。ほら、魚介入り豆乳煮込みスープと葡萄パン、あとオムレツ。食堂でもらってきたぞ。食べれるか?」
ベッドから目覚めたミンティアに、食事を用意する。集合型のロッジは、他の宿泊客と共に飲食できるスペースがあり、食事もそこで提供されている。
地消地産の料理も多く、セトウチの食材を満喫出来るので人気だ。
「うん……セトウチのお魚のスープ、美味しいね。パンとも相性がいいみたい。イクト君も食べてみる?」
オレの唇に差し出された小さなスプーンからは、まるで本物のような海の香り。リアルな感覚に、まだこのアバター体に魂が内蔵されていることを確認する。
「んっミンティア……」
「今はミチアって呼んでくれると嬉しいな。私たちの身体はアバターなのに、ちゃんとお腹が空いて美味しいって思うの……不思議だよね」
隣に腰掛ける彼女に少しだけ触れると、確かに体温が感じられた。まるで、アバターではなく生身の人間のよう。
「朝食、美味しかったね。イクト君……もっと近くにいても良い? なんだか不安で」
「……ミチア」
擬似的なものとはいえ、身内が消える瞬間を目の前で見ることになったミンティア……地球の名前は行柄ミチアだ。きっと、まだ兄のことを憂いているのだろう。
冬の寒い日もそっと手をつなぐことで、頭を撫でて髪を指で梳くことで……いなくなった誰かへの想いをかき消していく。
「ねぇ……イクト君を感じられるようにギュッとして。きっと、アバターだとしても、これからの命を生きていけるようになるから……」
「オレで……いいなら……。けど、オレは……まだミチアに話していないことが……」
「それでも……イクト君がいいの。たとえ、イクト君が記憶にない部分で十字架を背負っていたとしても。イクト君の心を、今だけでも全部私に……」
ミチアにねだられて、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめる。心地よい温かさは、孤独ではないことを教えてくれる。
「イクト君……好きだよ。たとえ、このまま死んじゃっても……ミチアがいなくなっても忘れないでいてくれれば……それでいいから」
「ミチア、お前はいなくならないよ。ほら、こんなにドキドキしている。鼓動がオレにまで伝わってくる。大丈夫だから……」
ただ優しく抱きしめるだけの、愛情確認。友情や恋愛の括りをこえて、オレはしばらくの間、ミチアに寄り添った。
* * *
『ついに異世界との連絡召喚実験、初の成功! ゲート復活への足がかりとなるか?』
しばらくして、完全に分かったこと……。ミチアの実兄であるリゲルさんの魂が、現実世界地球へと還ったという事実。地球での彼は、健在であるということだ。
「イクト君、私ね……しばらく落ち込んでいたけど、だいぶ状況をのみこめるようになったみたい。ほら、見てお兄ちゃんからメールが送られてきたの」
「メール? そうか、リゲルさん本当に地球へ戻れたんだ」
あの実験から2週間が過ぎた朝、リゲルさんの命が無事である証拠に、地球からミチア宛に写真付きのメールが送信されてきた。
おそらく、ログアウト召喚実験の成功を示すために送ってきたのだろう。『愛しい妹へ』と記されたメールには、現在の地球の日付とリゲルさんの自室の写真。
そして、2人の思い出が詰まっているというこのゲーム異世界をモチーフにした箱庭のミニ模型。
「時間軸のズレがあるため、睡眠状態で脳波を異世界と繋いで、あと数時間運営を行います。それまでに、全員が完全にログアウトする方法を見つけるように頑張ります……だって」
「そういえば、地球での1時間がこの異世界の時間軸では1年間に該当するんだっけ。だから、リゲルさんは睡眠状態で運営を続けることにしたのか」
「うん……なるべく早く、ログアウトできると良いね」
オレたちの地球での肉体が眠りについてからはすでに20時間以上経っている。最初の異世界転移で時間を消耗しているため、現在のアバター年齢よりもやや消耗度が高い。
もし、いつしかのパラレルワールドのオレがくれたヒントが当たっていて。ミチアの病気の原因が魔獣にエネルギーを吸い取られていることだとしたら……。
「どちらにしても、ミチアの病気のこともあるし、原因となっている魔獣をどうにかしたいものだよな。けど、このゲームのクリアは全ヒロインを攻略するか、もしくは青い鳥を見つけるか……。魔獣の封印ルートって、本当にあるのかな?」
「多分、今の時点でゲーム本編はクリア出来ていないよね。もしかしたら、表ステージ部分のクリアは出来ているのかもしれないけど」
魔力的なエネルギーの搾取がミンティアの肉体を蝕んでいる以上……何としてでも魔獣は討伐もしくは完全封印したいものだ。
でなければ、ログアウトが無事に行われてもミンティアの本体である行柄ミチアは余命幾ばくもなく、将来に希望を持てない。
「となると、ゲームクリアのヒントは青い鳥を探すこと……か。なぁミチアにとって幸せの青い鳥って何だ?」
「昔はね……こうやってRPG異世界で暮らすことが夢だったの。ほら私ってずっと病気で、自由な世界に憧れていたから。だから、この異世界そのもの……そして象徴が青い鳥。あと、素敵な恋をすることも青い鳥……。イクト君は……イクト君にとっての幸せの象徴って……どんなもの?」
「考えたことなかったな。ほら、オレってミンティアのチートスキルが無いと女アレルギーが発動するじゃん? だから、ハーレム勇者なんて、本来の自分に正反対の肩書きが隠れた願望を表しているのかなって……無意識だけどさ」
ミチアだって、腹を割って心をさらけ出してくれているのだ。オレも、今回ばかりは心の中にある願望を話した方が良いだろう。
だが、ミチアは無言でオレの瞳を見つめる。そして、心なしかどこか寂しそうだ。
「マリアさんたちみたいなファンタジーの世界から抜け出したような、たくさんの可愛い仲間に囲まれて……。同じクラスには、綺麗な女勇者のレインちゃん……きっと私が男でも、その環境は嬉しいと思う。だけど……イクト君の本当の願望って、きっとそれだけじゃないよね? 私のことは遠慮しないで話して……それが答えだから」
「オレの……本当の願望……?」
「うん。イクト君にとっての【青い鳥】の正体」
今までにないくらい、まっすぐな質問で思わず黙り込んでしまう。きっとオレ自身も、本当は少しずつ気づいていた。誰よりも、【青い鳥】を追い求めているのはオレ自身だって。
これまで自分自身の記憶をほんの少しだけ……偽って生きてきた。だけど、それに気づいたのは本当にごく最近だ。
きっとリゲルさんが、記憶を維持した状態での帰還ルートを切り開いたことで、オレの記憶の回路にも変化が訪れたのだろう。
『将来は、私のことをお嫁さんにしてね! ゆびきりだよ。絶対に、約束だから……約束を破ったら……』
もう何年も思い出さなかった初恋の少女の姿が、一瞬フラッシュバックする。永遠に会うことの出来ない初恋の相手。
すると、ミチアの方から新たな質問。
「じゃあ……。イクト君は【聖女ミンティア】のこと……どこが気に入ってくれたの? 私の理想を詰め込んだアバター。たしかにミンティアには、ヒロインっぽい要素を詰め込まれているけど。きっとイクト君がミンティアを気に入ってくれたのは、それだけじゃないよね」
「……! ミンティア、いやミチア。お前……実はずっと気づいて……」
そうだ、オレが聖女ミンティアというアバターの少女に心惹かれた理由は、彼女が完璧な聖女ヒロインだから……という訳ではない。
だが、その理由はミチアの手前、墓まで持っていき黙っているつもりだった。
「イクト君がミンティアのアバターを好きになった瞬間は……いつ? 私ね、ずっと見て見ないフリして、そのままイクト君の正妻になるつもりだった。けど、それじゃあ一生失恋しっぱなしだって思ったの。お兄ちゃんは私の恋心を守るために、自分を犠牲にしてくれた。だから、私も向き合わなければならない」
「ミチア……そうか、気づいていたのか。いや、オレ自身……ずっと自分を騙していたんだ。記憶が蘇ってきたのだって最近だ。けれど、ミンティアとの思い出は本物……だから今はミンティアのことが本当に好きだよ」
せめてもの懺悔を、ミンティアのアバターの持ち主であるミチア本人に告げる。
「ありがとう……イクト君。きっと【聖女ミンティア】も幸せだと思う。だから、このアバターに遠慮せずに、本音を話して」
オレが、ずっと探し求めていた青い鳥の正体……それは……。
「ミンティアが、髪をショートボブに切った時に思ったんだ。【アオイに似てる】って……。てっきり、オレにとってのアオイは異世界人の真野山葵だと思っていた。けれど、オレの地球時代の記憶にもアオイという幼なじみが存在していた」
「うん……きっと、その子が地球でのイクト君の初恋の相手なんだね。そして、異世界でもアオイさんが幼なじみで初恋……」
「ああ、だけど地球時代のそのアオイって少女は……。もう二度と会うことが叶わない人で……だから……!」
ずっと、ずっと、心に封印していた真実の記憶はとても残酷で。
オレが女の子に対して距離を置くようになったのは、初恋の少女アオイへのせめてもの【哀悼】だった。
「心の傷が深いなら……それ以上は、もう言わないで……。もし、地球では二度と会えない人だとしても、この異世界では会うことが出来る」
「ミチア……! まだ、真野山葵が地球の初恋の少女本人って決まったわけじゃ……。姿は似ているけれど、本人かどうか確信がないんだ。この異世界に生まれ変わっているかどうかも、分からないのに」
「でも、私もイクト君もこの異世界で出会ったアオイさんは、魔族の姫君である真野山葵さんただ1人だけ。もしかすると、彼女こそイクト君の初恋の女性の転生体かもしれない。きっと、それがイクト君にとっての青い鳥。そして、その答えを得ることが、私の恋心の答えとなる青い鳥」
「けど、ミチア……本当にいいのか?」
「うん。一緒に、アオイさんに会いに行こう……今度は、私がイクト君の心に寄り添う番だからっ……」
次回最新話更新は、2019年1月27日(日曜日)を予定しております。