第九部 第20話 未来の約束を飛空船に乗せて
とある日曜日の正午、新天地へと旅立つ仲間たちを見送るために飛空船乗り場へと足を運んだ。
「いよいよかぁ……離れる期間は一時的って分かっているけど。やっぱり、寂しくなっちゃうな」
「だからこそ、みんなでちゃんと見送らないとね」
ポツリと弱気なセリフを呟くと、双子の姉である萌子がしっかりとした口調でオレを励ます。
この数ヶ月で魔獣との交戦が激しくなり、地上よりも安全な旅行ルートとして飛空船が人気だ。
観光客はもちろん、冒険者が移動手段として頻繁に利用するようになったため、多くの人で賑わっている。家族や仲間の見送りのために、訪れている人も多いようでオレたちもその中のひと組だった。
乗船して旅立つ人数はマリア・アズサ・ミーコ・レイン・エリス・シフォンの6人、見送りの人数はオレ・萌子・アイラ・ミンティア・ルーン会長・キラとミリーの後輩コンビ・コレットの8人。さらに人型モードのククリや小妖精のシュシュ、守護天使のエステルとリリカ……合わせて全員で18人か……結構な団体である。
餞別として飛空船内で食べるための昼食を売店で購入し、プレゼントすることに。
「すみません、この【冒険薬草バーガー旅立ちセット】を6人分。プレゼント包装で……2つの船に分かれて乗る予定なので、袋は分けて欲しいんですが……」
「畏まりました!」
選んだのは、移動中の定番冒険用メニューとして人気の薬草バーガーセット。このセットは、小学生の頃課外授業で植物園へ遊びに言った際に食べた思い出がある。その際にレインが『プロの勇者として冒険に出発する日に食べたい』と言っていたものだ。
袋に薬草バーガーを分けてもらい、持ち込みの食事として手渡す。持ち込み食が自由なところは、フェリーなどの簡単な船旅に近いノリである。実際には、空路を魔力バルーンとプロペラで移動することになるが。
内訳としては、23区行きの飛空船に乗るレイン・エリス・シフォンに1つずつ。多摩地区行きの飛空船に乗るマリア・アズサ・ミーコに1つずつ。
「ほら、レイン。昔、この薬草バーガーを食べて冒険に旅立ちたいって言っていただろう! はい、飛空船の中で食べてくれよ。エリスとシフォンの分も入っているから……」
「えっあたし達の分も? ありがとう」
「うふふ、昔の約束を覚えているなんてイクトさんらしいですわ。私たちの分まで、お気持ちありがたく……。ほら、レインさん……!」
かなり昔に話していた内容なので、レイン本人が覚えているか不安もあったがどうやら記憶していた様子。レインの瞳が一瞬、涙ぐむ。シフォンやエリスに促されて、ようやく薬草バーガーセットを受け取るレイン。
「えっ……これって、私がむかし話していた……。イクト君、覚えていてくれたんだね。ありがとう! 先に旅立つことになっちゃって不安だけど……シフォンとチカラを合わせて頑張ってみるね。それに船内ではエリスさんも一緒だし、道中に占ってもらう約束をしているんだ」
「ふふっ旅は道連れ……一緒にイクトさんから頂いたお食事を楽しんだり、私の新占いメニューをお披露目したり。お役立ちしてみせますわ」
「エリスの占いはよく当たるし、きっと役にたつよ! けど、旅立ちのパートナー役としてシフォンも一緒に行くなんて予想外だったけど」
「まぁなんていうか……あたしもフリーの傭兵でしばらくやっていたけどさ。レインがパートナー役を募るっていうんでこれは転機かなって、思い切って立候補したんだ」
勇者の規定で各々16歳の誕生月に旅立ちの儀を行うことになっており、レインは11月が誕生月。
女勇者は聖女としての役割も1人でこなすため、正式なパートナー役はいないのだが……。男勇者でさえ聖女と2人で旅立つのに対し、か弱い女性1人で出立させるのはどうかとギルドで会議になった。
そこで、傭兵役として名乗りをあげたのがアロー魔法剣士学校出身のシフォンである。
意外な組み合わせだが、バトル面での相性は、卒業試験時のいざこざで一緒に戦った際に確認済みらしく審査に通過したそうだ。
奇しくも、ギルドメンバーたちがギルド経由で紹介となった新たな雇用先へと旅立つ日と同日に、儀式場へと向かうことになった。
「それから、多摩地区行きのみんなの分も……薬草バーガーセット!」
「おおっイクトサンキューなっ。健康志向でしばらく頑張るぜ」
「ありがとうございます。なんだか流れとはいえ私たちの分まで、すみません。レインさんオススメの旅立ちセット、ありがたく頂きますね!」
「みゃあ、薬草で元気いっぱいになりますにゃ」
偶然ではあるが、飛空船の売店ですぐに入手出来る気軽さから、本当に薬草バーガーセットとともに出立することになったレイン。
まるで、将来こうなる日が来ることを予感していたかのようだ。
「レイン先輩っ! ギルドの新拠点が完成したら私も行きますからっ。それまで頑張って下さい!」
どうやら、将来はレインについて行く気の様子の後輩黒魔法使いコレット。
「うぅっ。エリス先輩の恋占いがしばらく受けられないと思うと……ボク不安で……」
「ふふ、大丈夫です。……これも試練の1つ……キラさんに足りないのは勇気だけですわ。日の良い日にミリーさんに想いを告げればきっと……」
「えっ何? キラって誰か好きな子がいたのっっ?」
実は、エリスにずっと恋の悩みを占ってもらっていたらしい男勇者キラ……そしてどこか抜けているミリー。
「シフォンさん……ところで例の件……向こうに行ってからも、頼むよ」
「任せてよ、レインの傭兵役になってからも、そっちの件は別件扱いで進めておくからさ」
シフォンに秘密調査を依頼していたらしいルーン会長。これも、想像していないつながりだ。
「そ、そのアズサさん、マリアさん……あのね」
「おうっ萌子、あたしの教えてあげた美肌化粧水のレシピなくすなよ!」
「萌子さん、教えてあげたバストアップ健康法やめちゃダメですよ! でも個人的には、今のCカップでもさほど問題ないかと……」
「ちょっ……マリアさん、声が大きいよぉ」
「萌子お姉ちゃん……バストアップって何?」
美肌はともかく、バストアップ健康法と現在のバストサイズをこんなところでバラされる萌子って……。いや、騒ついた飛空船乗り場では声がかき消されているからセーフか。
「ミーコさん、私……あなたが不在の間もお母さま猫さんとのご縁の糸を手繰っておきますので。向こうでは、ココアさんとも合流されるんですよね。よろしくお伝えください」
「にゃあ、ククリさんにはいつもお世話になっているにゃ。ココアにも伝えておきますにゃ。またみんなで、一緒に森林を散歩するにゃ」
なんだか、知らないところでみんな結構支え合っていたんだな。どうりで見送りが団体になるわけだ。
「みんな元気でね!」
「無理するなよ!」
お別れの挨拶もほどほどに、2つの飛空船にそれぞれ乗り込んで行く。23区行きも多摩地区行きもどちらもネオ関東方面ではあるが、途中の乗船ポイントが異なるため最初からふた手に分かれる。
オレたちは、ここでサヨナラじゃない。また、一緒に冒険するという未来の約束を飛空船に乗せて、彼女たちは旅立ったのだ。
手を振りながら上空高く飛ぶバルーン付きの飛空船を見送る。しばらく赤いバルーンと黄色いバルーンが視界に映っていたが……やがて遠い遠い青空に溶け込み……見えなくなった。
「行っちゃったね……今までも何度かみんなと離れたことはあったけど。今回は、なんだか気持ちが違う……本当に一旦遠くに行っちゃった感じがする。なんでだろう? イクトは平気?」
「……やっぱり、今までは学校やギルドで必ず会えていたからな。でも、もう一度組み直せば良いって何度も話したから……寂しいけどさ。大丈夫だよ」
萌子に平気かと問われて、少し沈黙したが。同じ勇者コース出身、そして同じ転生者のレインだって、頑張っているんだ。オレだけが弱気になることなんて出来ない。
見送りが終わった後は、イートインスペースでオレたちも昼食。
「薬草が練りこんでいるのってどんなバーガーなんだか興味あったけど、美味しいね!」
「本当……初めて食べるけど、なかなかですわ」
「ふむ……こういう薬草の取り入れ方もあるのか。勉強になるな」
みんなでレインたちにプレゼントした薬草バーガーセットを堪能。ハンバーガー自体、普段あまり食べないという守護天使たちやルーン会長にも好評だ。
パンやパティに練り込まれた薬草は、ほんのりとした苦味があって、今の切ない気持ちにぴったりだった。
「ちょっぴり苦味があるけど、確かに美味しいね。これがレインちゃんお気に入りの味か……」
ミンティアが、誰に語りかけるわけでもなくポツリと呟く。
ナチュラルなオイルを使用した揚げたてのポテトやハーブティーも、健康志向で胃袋も気持ちも満足した。
その後は、それぞれの拠点へと移動するため解散へ……。
「私と萌子さんは、召喚士伝説の残る龍の里で魔法の調査を続行することにしたよ。ここ以外の異世界へつながるゲートがいくつか見つかったんだ」
「パラレルワールドについても分かるかもしれないんだって」
萌子とルーン会長は、召喚伝説と異世界転生の魔法を探る調査のため龍族の里へ。
アイラとククリは魔法少女育成協会で、魔力調整のセミナー参加にするつもりらしい。
コレットは飛び級ですでに学校を卒業しているものの、キラとミリーとは同い年ということもあり、2人の卒業試験を手伝うことにしたらしい。助っ人として登録するために、ダーツ魔法学園で登録作業。
守護天使のエステル・リリカ、小妖精のシュシュは天使界や妖精界に今回のメンバーたちの移動を報告しに行ってしまった。
* * *
気がつくと、オレとミンティアの2人だけ……2人っきりだ。
なんだろう……不思議な違和感を感じる。ここまで不自然なほどみんなと離れて、ミンティアと2人きりになるのは初めてだ。
「……イクト君、せっかく港まで来たんだし観光してから帰ろうか?」
「ああ、そうだな。レインの昔話で懐かしくなったついでに、昔行った展望台に行ってみようか。ここから近いだろう?」
「うん、そうだね。私たちも思い出を探しに……行こう!」
屈託のない笑顔は聖女そのもので、一瞬だけ感じた暗い疑問をオレは心のうちでかき消した。差し出された柔らかく白い手をキュッと握り返す。
港町特有の海の香り、秋の冷たさと混ざり合って風となる。フッとオレたちの間を吹き抜けた。こんな晴れた日は、港の景色をゆったりと眺めるのも良いだろう。
『誰かが作為的に縁結びの糸をバラバラにした可能性』
ククリが言う【誰か】がミンティアのことを指しているようには考えられない。
たとえ、結果としてオレの縁結びの糸がミンティア……つまり行柄ミチアとしか結ばれなくなっていったとしても。
……この優しい聖女が、そんなことを願うはずがない。
この時点ではすでにミチアが、オレを独占するため、夜空の召喚士ミンティアラに魂を捧げてしまっていたことに気づかなかった。
そして、幾つかのパラレルワールドを持つ、この異世界のカラクリにも……。