第九部 第18話 縁結びの女神様に祈願する方法
「ふぅ……なんか、ネオ山形の魔法少女育成施設に来るの久しぶりだなぁ。おっもうクリスマスの飾りが始まっている!」
「本当……最近までハロウィンだったのに、あっという間にクリスマスだね」
「ねぇ見て! イクトお兄ちゃん、萌子お姉ちゃん。あのトナカイさん、本物かなぁ? 可愛いっ」
「ははっアイラ、はしゃぎすぎるなよ!」
きらびやかなオーナメントがもみの木やリースをいろどりすっかり冬支度を済ませたキャンプ場……魔法少女育成施設の宿泊エリアは、魔法力の煌めきも相まって一段と華やいでいた。
ミニスカートの裾をひらりと揺らしてはしゃぐ妹を見守りながら、次第に近づいている冬の気配を時折吹く木枯らしに感じ取る。
ハーレム勇者認定協会の監査役であるリス型精霊ククリと落ち合うために、再び魔法少女育成施設にやって来たオレたち。正確には、ククリとの話し合いに参加するのはオレと萌子だけで妹のアイラやパートナー聖女のミンティアたちは、ギルドの待合所で待機となるそうだ。
「イクト君、萌子ちゃん……私たちはここで話が終わるまで待っているから。ごめんなさい、もしかしたら私のせいでこの異世界は……。きっと大丈夫だよね」
「ああ、ミンティア……心配しなくて大丈夫だよ」
現実世界での記憶を思い出したばかりのミンティアが、不安げにオレと萌子を見送る。
「ククリさんを信じましょう、きっと最も良い選択肢を提案してくれるはずです」
「私もそう思うよ……萌子さんも無事な状態で戻って来てくれたしね。きっとミンティアさんだけじゃなく、みんながベストな状態になる提案を用意しているさ」
今回、待機となるリーメイとルーン会長が優しくミンティアを励ました。
双子の姉である萌子の行方不明事件をキッカケに、一度は解散状態となった婚約者たちギルドメンバーとの今後の付き合い方が分かる。
多少緊張しながら、ミーティングルームのある山小屋の扉をあけてククリの到着を待つ。
「けど……オレと萌子の2人だけが、話し合いの席に出席か……。何か、他のメンバーに知られると良くない事情でもあるのかな?」
「そうね、一夫多妻制って本当だったらもっとギクシャクしそうなものだし。双子の私くらいしか同行させるわけにはいかないのかも……」
マリアをはじめとするギルドメンバーたちは、婚約者であると同時に頼れる戦力でもある。正直言って、今後大変になるであろう魔獣攻略を踏まえると、メンバー解散の危機は非常に困るものであった。
「ところでさ……ククリの言う条件付きで再結成可能って、一体なんだろうな」
「うーん……何かクエストを攻略するとか?」
コンコンコン……! 外からドアを叩く音。そして、ドアの向こうからは聞き覚えのある鈴を転がしたような可愛いらしい声。
「失礼します、ハーレム勇者認定協会のククリただいま到着致しました。イクトさん、萌子さん、いいですか?」
「どうぞ! ああ、ちょっと待って……リスの体力じゃドアを開けるの大変だろうからオレが開けて……?」
木製のドアを開けると、目の前には栗色ふんわりロングヘアの超美少女の姿。瞳の色はグレーでクリッとしており、肌は透き通るような白さだ。森ガールっぽいアースカラーのワンピースが良く似合う。この施設を利用している魔法少女だろうか?
おかしいな……確かにククリの声がしたはずなんだが。突然来訪した美少女に、思わず胸がドキドキする……女アレルギーのくせにオレも困ったものだ。
「えっと……あの、オレたちハーレム勇者認定協会のククリさんと待ち合わせをしていて……。あっもしかして部屋を間違えたとか」
「お久しぶりです、イクトさん。私です……ククリです! その、事情があってリス型精霊の擬態を解くことになってしまって……。あの、お部屋に入っても?」
「く、ククリ……? あの、ふわふわした尻尾でお目目くりくりのリスの……リスの……小動物の……」
状況がよく飲み込めなくて、改めて美少女の素性を確認する。オレの記憶が確かなら、ククリは寝食を共にしている愛くるしいリス型精霊のはずなのだが。
「はいっ! もう、今更水くさいです……イクトさん。私たち、数ヶ月前までは一緒に寝起きを共にした仲じゃないですかっ。イクトさんなんか、私の前だとリラックスして、お風呂上がりは全裸でよくフラフラと濃厚フルーツ牛乳を……」
まるで、家族の一員のように、穏やかな表情でオレの隠された日常生活を語り始める美少女ククリ。
だが、どれもこれも、あまり他人には知られたくなかった情報ばかりだ。
「ぜ、全裸で濃厚フルーツ牛乳……。そんな馬鹿な、オレとしたら、てっきり普通のリスだと思って見られているのも気にせず……。あんな姿やこんな姿を……う、うわぁああああああっ」
「ちょっと、イクトどうしたのよっ。まさか、女アレルギー?」
話し方といい、声のトーンといい、間違いなくこの美少女は、オレの良く知るリス型精霊ククリなのだろう。
だが、突然の出来事に心の準備が出来ていなかったオレは、『急性リス型美少女アレルギー』を発症し、双子の姉に介抱されながら気を失った。
* * *
「う、うぅん……あれっここは? オレ今まで何を……」
「気づいた、イクト? 大丈夫」
目を覚ますと、カントリー調の天井に橙色の灯りが微かに揺れている。山小屋のソファで寝かせられていたオレ……どうやら気を失っていたようだ。
萌子に支えられながら、ようやく身体を起こす。でも、どうして……いきさつを思い出してみる。
「はぅうっ。イクトさん、大丈夫ですか? 私がいきなり擬態化を解除して現れたから、びっくりしたんですね」
「ククリっ! そうか、そういえばククリがいきなり美少女モードで現れて、これまでの私生活を全部見られていたというショックで女アレルギーを……。っていうか、まさか擬態化解除って今の姿が本来の姿?」
「はい。実は、我が一族は長いこと擬態化をメインとして暮らしていたので、もうほとんどの人生リスでいいかって感じだったんです。ですが、私の結んだ縁結びの糸が何者かの手によって解かれていたようで……。対抗するために、本当の姿を解放した次第でございます」
誰かに縁結びを解かれた、対抗するため……その言い方ってまるでククリ本人が縁結びを行う能力の持ち主のような言い方だが……。
「ええとさ、ククリ……キミって一体、本当はどういうポジションなの?」
「私の本来のポジション……ある時はハーレム勇者認定協会の配達係、ある時は自然公園のマスコット的なリス……しかしてその実態は……! 縁結びの神の子孫が1人っククリ18世でございますっっ」
まさかの神……ククリ本人が神?
気のせいかも知れないが、ククリの背景にドヤっとした輝きが見えた気がする。
「縁結びの……神ぃっっ? ククリって神だったのかっ? 縁結びの?」
「やだっリスの女神様ってなんか可愛いっ」
驚きの声をあげるオレと、なぜか喜びの声をあげる萌子。
「あれっ。だけど、驚いたり喜んでいる場合ではない気がする。誰かの手によって、縁結びの糸が解かれたという不吉極まりない情報。つまり故意に、オレの持つ恋愛運を妨害しようとする者がいる証拠だ! もしかして萌子とマルスの婚約破棄も……」
「ええ、そうです! いわゆる恋愛の妨害……犯人はイクトさんや萌子さんに恋する誰か……とか。かろうじて生き残った赤い糸は、この異世界で認識すらされていなかった【行柄ミチア】さんのみ」
「ミンティアとの赤い糸は解けても、本来の姿である行柄ミチアで結ばれている糸に関しては、異世界では干渉出来なかったということか」
ほとんどのギルドメンバーと婚約しているというのに、オレに片思いしている女性なんかが世の中にいるかは知らないが……。
すると、萌子がクールに疑問点を指摘し始める。
「でも、なんの目的で? イクトや私の縁を解くと何かいいことがあるの……。こういう言い方すると現実的だけど、想い人が他人のものになった時点で興味が失せるし」
「萌子、お前……。まぁ他人の所有物になった時点で関心がなくなるよなぁ」
結局、オレたち双子が持つ赤い糸の縁を解いた張本人は分からないまま再結成の方法を聞くことに。
「それで、ギルドメンバーたちとパーティーとして再結成するための条件って? わざわざ、萌子まで呼んだわけだし、何かあるんだろう?」
「はい、これからお話する内容は、守護天使のエステルさんやパートナー聖女のミンティアさんにさえしゃべってはいけません」
「えっ秘密ってこと?」
「これは、縁結びの女神様にお願いするときの基本と言えます。さらにあなたたちの運命の秘密……そして魔獣攻略の足がかりでもあります。イクトさんと萌子さんの心の中にだけ、留めておいて欲しいのです。いいですね?」
真剣な面持ちで語り始めたククリ、オレも萌子も頷きながら思わず気が引き締まる。
そうだ、これから大切な恋の糸を縁結びの女神様にお願いするんだ。
解かれた縁をもう一度結ぶその方法……そして魔獣攻略の足がかり。
それは、この異世界の裏側を覗き始めることを意味するのであった。