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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第九部 魔獣と夜空の召喚士編
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第九部 第16話 生きる者として万聖節を迎えるために


「ふう、ご馳走様でした。カボチャシチューもブルーベリーパイも美味しかった。リーメイさん、いつも美味しいお食事ありがとう。どんどん身体の調子が良くなってびっくり!」

「実はこのシチュー、龍族秘伝の回復薬入りですのよ。我が一族の伝統メニューが萌子さんの体調回復に貢献できて嬉しいですわ」


 ハロウィンムード溢れるカボチャシチューには隠し味で薬草が入っていたようだ。療養食と気付かせずに体調回復を促したのはさすがである。


「おっ今日は珍しく完食出来たな。萌子の身体の具合もだいぶ良くなったみたいだし」

「うん……いろいろ、心配かけてゴメンね。もう体調も良くなったし……せっかく龍の里に来ているんだから観光しようかな? 特別限定クエストで、腕試しフェア実施中って聞いたんだけど……」


 龍人族リーメイお手製の昼食のカボチャシチューとブルーベリーパイのセットをコテージの食堂で食べ終わり、ホッとひと息。一時期は何も食べられなくなった萌子も一緒だ。普段通り少食ではあるが徐々に回復し、今日は珍しく完食できた姿に安堵する。


「ははっ観光って言いながら、いきなり腕試しクエストに挑戦か。萌子らしいよ、さすが女勇者だ」


 天の岩戸を彷彿させるかのように部屋に閉じこもっていた萌子の体調が、だいぶ回復してきた。食欲不振で痩せてしまった萌子に不安を覚えていたが、今では食事も普通に摂れるようになった。

 だが、療養も兼ねて長期滞在となったコテージでの暮らしもそろそろ終わりとなる。異種族である龍の里の開放期間がそろそろ終了するのだ。せっかくなので、みんなで改めて観光を楽しもうという話になった。


 まぁ冒険者のサガなのか、観光というよりクエストに挑戦する話の流れになってしまっているが。


「限定クエストの内容は、万聖節フェアでハロウィン期間中に悪い精霊を討伐して、スッキリと万聖節を迎えるって内容らしいよ。それから、カボチャスウィーツの屋台がたくさん出てるんだって! お姉ちゃんもみんなと一緒に参加しよう!」

「へぇ……初級クエストから受付中か……これなら病み上がりの私にも出来るかも」


 アイラが龍の里のギルドカウンターで貰ってきたチラシには、ハロウィンルックの冒険者達がオバケ精霊と戦うイラスト。参加者全員に記念品をプレゼントの謳い文句付き。


「ふむ、大体のイベントはハロウィンをメインに置いているところが多いからな。万聖節メインのお祭りとは実に興味深いね。今後の冒険のヒントもありそう。理想としては、異世界と地球のタイムラグを無くして、以前のように時間差なく異世界と地球を往き来出来るようにするのが理想の状態だよ」

「うん。ついでに、僕のこのランタン状態の呪いも解けるといいんだけど……。結局、ハロウィンが無事に終了するまで待つしかないのかも。まぁカボチャランタン状態の僕だけど、サポート役としてお供するよ。ルーンの魔法研究が完成して欲しいしさ」


 魔法攻撃の達人であるルーン会長やサポート役として一緒に同行するというランターンさん兄妹。地球時代から萌子のことを知っている2人になら、オレのいない間も萌子を任せられる。


「ふふっランターンさんもありがとう。確かに、ルーン会長の研究も捗りそうだよね。イクトは……ミンティアからの連絡を待っているんだっけ……」


 ふと萌子の口からミンティアの名前が出て、思わず心臓がドキッとする。おそらく、アイラやルーン会長たちがわざわざコテージにオレを残して外出しようとしているのは、これからこの里へと訪れる予定のミンティアと2人きりで話し合う機会を持たせるためだろう。


 不治の病でアバター体へのアセンションを試みている行柄ミチアという少女……それがミンティアの本来の姿だ。その記憶をミンティア本人が所持しているか、定かではないが。


「ああ、やっぱり一度はミンティアと今後について話し合わないとって思ってさ。ハーレム勇者認定協会から許可を貰ったし、地球での事とかいろいろ話しておきたい」

「そうだよね……イクトや私に過去のデータが送られて来たってことはミンティアも何か思い出しているかもしれない……。病気の事だって、ミンティアの本来持っている魔法力が何らかの形で異世界の魔獣とリンクしているのが本当なら……もしかしたら不治の病じゃ無くなるかもしれない。2人でゆっくり話し合ってね。じゃあ行ってきます!」

「気をつけて……行ってらっしゃい!」


 イベントシーズン支給品である黒いトンガリ帽子と黒いマントを身に纏いハロウィン装備にチェンジした萌子たち。帽子やマントの留め具にはオレンジカラーのリボン付きで、よく似合っている。なるべく明るい雰囲気でクエストに出立する萌子たちの後ろ姿を見送り、コテージのドアを閉じる。


「萌子さんたち……行っちゃいましたね。私も立場上は、一応このコテージの管理者としてここに残りますけど……。話し合いは2人で行なっていいですから。取り敢えずミンティアさんの到着を待ちましょう」



 * * *



 龍の里の案内役兼このコテージの管理者であるリーメイは、オレとミンティアの再会に立ち会うためにこの場に残ってくれた。萌子行方不明事件やアカウントBAN騒動の影響で、最近まで婚約中のパーティーメンバーたちとは接触すら禁止されていたのだから、龍の里としては当然の判断なのだろう。


「ありがとうリーメイ。何から何まで面倒になっちゃって……」

「いいんですよ。勇者様と召喚士様との契約は我が龍の一族が代々継承して来たものです。もしかしたら、私は一族の中でも歴史的な変革の瞬間に立ち会っているかも知れない……とても喜ばしいこと……そう考えています。ミンティアさんはおそらく、本物の召喚士一族の末裔と推測されます。本来、魔力が著しく落ちるとされている地球にいながらも彼女のお兄様は転生魔法を使いこなせるのですから」


 先祖代々の使命を誇りに思っているというリーメイは、今のオレやミンティアの関係を変革と捉えているようだ。

 リーメイの推測が当たっていれば、ミンティアこと行柄ミチアはかつてアースプラネットから地球へと移住した召喚士一族の末裔という事になる。


「変革、か……。そうだよな、異世界へと転生させる魔法を維持している一族が地球に存在していた事が判明したんだ。きっとこの世界にとって大きな変化に違いないよな……」

「ええ……そうですね。まぁ難しいことを考えるよりも今はミンティアさんが地球での肉体を延命できるようにプランを練りましょう! 話し合いがスムーズに進むように……。とっておきのブレンドハーブティーを用意しますね!」


 予定では、ミンティアがこのコテージに到着するのは午後14時ごろ。ソファに腰をおろしゆったりとブレンドティーを味わいながら、この数週間の出来事を振り返る。


 今年の秋は、オレたちがスマホRPG異世界に転生してきてから初めてと言う程、波乱が巻き起こった。


 双子の姉萌子の行方不明事件、さらに萌子の婚約者(予定)だったマルスのアカウントBAN騒動、そしてスマホRPG『蒼穹のエターナルブレイクシリーズ』の開発者であり社長の行柄ゆきえリゲルとその妹ミチアの魔法儀式の秘密……。

 特に、生粋の異世界人と思われていたミンティアが実は行柄リゲル氏の実妹ミチアのアバターだったことが1番の衝撃だ。


「ミンティアに何から話せばいいんだろう? まず、ミンティア自身がミチアの時の記憶があるかも分からないのに……」

「奇しくも今は死者が蘇るハロウィンシーズンです。おそらくミチアさんにとって【ミンティア】という名は、死を通過してこの異世界に転生するために付けられた名前なのでしょう。ですが、助かる可能性があるのなら……彼女はまだミンティアになるのは早すぎる……私はそう思います」

「うん……。例えミンティアに記憶がなくても、思い切ってミチアに対して呼びかけてみよう。オレもミンティアもまだ地球に肉体があるんだ。ハロウィンシーズンのオバケじゃない……」

「ええ、そしてきちんと生きる者として聖人たちの祝日である万聖節を迎えるべきなのですわ」


 人間からすると神社仏閣の神のような存在である龍族リーメイのアドバイスに決意をかためる。

 この異世界にアバター体を介して転生しなければ、直接会話する事は叶わなかったであろう。


 カチカチと音を立てる時計を眺めているといつの間にか予定の14時。


 ピンポーン!


 すると本当に時間厳守なのか、ちょうどの時刻にコテージへの来訪者を知らせるベルが鳴り響く。

 ドアを開けるとボディガード役の黒魔法使いたちとミンティアの姿。ちょうどハロウィンシーズンなので、黒フード衣装も仮装のように見えて浮いていないだろう。

 フードをばさりと取って、大きな瞳でオレの顔を見上げる少女の心は、果たして聖女ミンティアなのかそれとも不治の病と戦う少女ミチアなのか……。


「イクト君……久し振り。あのね……私、私……自分でも今まで思い出せなかったんだけど、実は……」

 聖女としての自信とオーラは失われ、弱々しい自信なさげな態度でうつむき始めた……そうか、おそらく彼女自身も思い出したのだろう。自分自身の地球での本来の名前を……。


「久し振り……寒いから早く部屋に入って。これからの事、ゆっくり話そう……ミチア」


 思わず自然と出た彼女の本名……本来の自分の名前を呼ばれたミチアの目から涙が溢れ始めた。


「……イクト君。うぅひっく……私、私……! もうすぐ、病気で……!」


 パタン……とドアが閉まる音と同時に、表情が崩れ始めるミチア。

 それ以上は言葉にならないのか、オレにすがるように抱きつきながら涙で声がつまるミチアを優しく抱きとめる。心なしか、健康的なミンティアのアバターというより華奢で死を待つミチア本人の身体を抱きとめているような気持ちになった。


「大丈夫、ミチアの病気が治らない原因は魔獣に魔力が奪われている事だ。だから、魔獣を完全に封印すればきっと治る」

「……本当に? 一緒に戦ってくれるの……」

「ああ、それにさっきまでずっとリーメイとも話していたんだ。アバター体での長いハロウィンは終わらせて、きちんと生きた身体で万聖節を迎える……それが大事なんじゃないかって。魔獣封印のクエストをクリアして、病気を治して……一緒に地球へ還ろう! きっとオレはそのために勇者になったのだから……」


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