第九部 第15話 パラレルワールドからのシークレットメッセージ
現実世界地球で、行柄リゲルが召喚魔法陣を使い地球人の魂を異世界へアセンションしようとしている頃。転生を促す魔法陣の輝きが煌々と時空を超えて……景色はやがて、行柄ミチアこと聖女ミンティアが入院する病室から遠ざかり、遥か遠い宇宙の彼方へと移り変わる。
同時期に、異世界アースプラネットでも地球より伝説の勇者の魂を呼び寄せるための準備を行っていた。
「何処か遠くで、このアースプラネットに干渉する魔法陣が発見されたとの報告がありました」
どうやら、地球において行柄リゲルが行った魔術儀式は徐々に異世界の時空に到達し始めているようだ。そうか、こうして少しずつスマホRPGゲームと異世界アースプラネットはリンクしていったのか。
だが、よく考えてみれば異世界アースプラネットはそれこそ魔法のプロが数多くいるはずだ。リンクを進めるリゲル氏の転生魔法陣に違和感を覚えた有識者達が対抗策を練り始めた。
「まぁ……何か不吉な事が起こらなければ良いのですが。あまり、よその時空から干渉されて魔獣の封印が解けてしまったら……」
「ただでさえ、魔王軍との関係が膠着しているというのに。魔族とは違い、魔獣は本能で全ての生きとし生けるものを滅びに導くとされています。それだけは阻止しなくては……」
彼女達が最も恐れているのは、古代より封印されし魔獣の復活。おそらく、この記憶はオレが異世界に転移させられる以前のものだ。
「祈りましょう……私達も転移の魔法陣を使い、伝説の勇者イクトス様の魂を呼び醒すのです。何者かの手によって、この世界の時間軸が歪められてしまう前に……私達のチカラで真の勇者様を早く此処へ……」
蒼い月が輝く真夜中……山奥の小さな村では、修道女たちが一斉に神への祈りを捧げている。
そして、その祈りの修道女たちの輪の中にはオレのよく知る仲間であるマリアの姿もあった。
(なんだ……この記憶、本来はマルスのメッセージデータにはない記憶なのか? 突然、場面が異世界に変化して……妙だな、マルスからのデータリストにはないはずのシーンだ)
先ほどまで頭の中に流れ込んできたきたのは、マルスが残してくれたメッセージデータだったはずだ。
それは主に、マルスがゲーム会社のバイトとして知り得た記憶。そして、間接的にゲーム異世界人の擬似ネフィリム体であるアバターを製作した事により、否応無しにリンクしてしまった転生までの経緯の記憶だ。
転生に至るまでの記憶の中には、行柄ミチアこと聖女ミンティアのものもあり、主にその記憶がオレ……勇者イクトにとって重要なデータとして送られて来た。
だが、これから始まる記憶はデータを残したマルスさえ知り得ないもの。
意図的に行柄リゲルの手により送り込まれた他の異世界転生者達とは異なり、異世界人達の手により『伝説の勇者』を喚び出した際の記録である。
* * *
「では、儀式を始めます。この蒼い月の魔力で、他の者よりも早く勇者イクトス様の魂をこの地に喚びさますのです。ここにいる白魔法使いマリアは、勇者ユッキーこと……先代勇者イクトス様の最初の妻であったシスターマリアの魂を継承しています。きっと、新たな勇者イクトス様の魂を喚ぶ事が出来るはず……」
「微力ながら、私のチカラがこの世界の平和のために役立つなら……」
修道院の裏庭では、広い敷地を利用して転生用の魔法陣が準備されていた。行柄リゲルが使用している魔方陣とは似て非なる紋様が使われており、地球には無いこの異世界オリジナル魔方陣である事が伺われる。
魔方陣の中心にロザリオを手にしたマリアがそっと立つ。
「うぅ……魔力が奪われて……ふらふらして……」
「マリアさんっ。あぁ勇者様早く……」
黒く長い髪を揺らし、不安そうな表情で魔力を奪われながら魔方陣に立たされたマリアを俯瞰の目で見ていると、心配で思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。
(マリア、あんなに苦しんで大丈夫なのか? オレの身体が自由なら早く助けてあげたいのに。そうか……こうやって、オレのイクトスとしての魂はこの異世界に引き寄せられたのか……。それに、この時点ではオレの魂は行柄リゲルの召喚魔法ではなくて、マリア達の村の召喚魔法によって喚ばれた?)
そして、マリアの傍には勇者イクトスのアバター体となる予定の小さな人形。
おそらく、いやほぼ間違いなくこの場所はオレが転生して一番最初に訪れた山奥の修道院だ。
見覚えのある族長が、杖を片手に大声で叫び始めた。
「おおっ! 伝説の勇者イクトスよ。この人形に魂を宿し、やがて本物の肉体となりて伝説の勇者として世界を救うのです! あなたの最初の妻であるマリアも此処に……彷徨える魂よ……この声を聞き届けたまえッッ」
ドゴォオオオン! ズガシャーーーーンッ! 青い稲光が上空に起こり始め、アバターの受け入れ先となる人形に光が舞い降りて……。
「きゃああああああっ」
落雷の衝撃で、吹き飛ばされるマリアや修道女達。さらに、人形も山奥の何処かに飛ばされていき……。
「大変だわ、イクトス様が私達の目の届かない場所で意識を目覚められたら……」
「良からぬ者達の手によって勇者様の心が操られたら大変じゃ! マリアさん、アイラさんと一緒に捜索してくだされ」
テキパキと指示を出す族長、その指示に従うマリアとアイラ。アイラはオレの実の妹のはずだがこの時点ではすでに異世界に到着していた様子。そういえば、最初に目が覚めた時にいたのってマリアとアイラだもんな。
「は、はい! 分かりました。アイラちゃん……行きましょう」
「うん、マリアお姉ちゃん!」
村の中とはいえ、真夜中の山は
危険極まりない。捜索のために二手に分かれたマリアは、隙を狙ったモンスターに襲われかける。
「危ない、マリアお姉ちゃん!」
「きゃあっ」
だが、その瞬間……1人の若者が上空から舞い降りてモンスターを一撃で仕留めた。
「ギュえええええっ!」
「ふっ……たわいもない。大丈夫でしたか? 美しいお嬢さん……」
オレにそっくりな男は、WEB小説の主人公らしい俺tueeeeをお披露目。ヒロインポジションのマリアの手を握り、あろうことか手の甲に口づけをかました。思わず頬を赤く染めるマリア……。
(やめろっマリア……そのままじゃ典型的なチョロインルートが待っているだけだぞ。貴重な乙女の心をこんなホストまがいのチャラ男馬鹿に捧げることないって! 顔だってよく見てみろよ……一生懸命磨いているだけで、案外顔面偏差値はそれほど……いやムカつくけど顔だけは良いか。オレと同じ顔だもんな、コイツ)
「……まぁ! もしや、あなたが伝説の勇者様……?」
「ええ、あなたの勇者イクトスです!」
「白魔法使いのマリアと申します……前世であなたの妻だった……覚えていらっしゃるかしら?」
「たとえ記憶を失ったとしても、あなたほどの美女に惚れない男などいない……。マリア……今世でもオレと結婚してくれっ。魂の打ち震える再会を確認するためにも、早くあなたと結ばれたい……ちなみにこのアバター体はきちんと18歳を越えているから、年齢制限にも引っかからないはずだ!」
キザなのか、馬鹿なのか、オレにそっくりないけ好かない勇者野郎はマリアの耳元にそっと唇を近づけて『綺麗だよマリア……オレはキミに会うためにこの世に生まれてきたんだ……』などと訳の分からない口説き文句をかましていた。
「! 勇者様……嬉しい……私、ずっとあなたに乙女の心を捧げるために待っていたから……」
「オレもだよ……行こう、オレたちの初夜の床へ……!」
マリアのFカップ巨乳に偶然を装いながら接触し、いやらしい手つきでガッチリ夜道をエスコートするイクトス。
(何が初夜の床だよ……草が生えて大草原が発生するわボケ。一応マリアはオレの婚約者候補だっつーの。オレなんか、まだ聖なるチカラを守りきってるのに。誰なんだよコイツ……マジでムカつくんですけど)
はっ……いけない、嫉妬と憎しみで思わずネットスラングを乱立しながら悪口を言ってしまった。平常心、平常心……。
それにしてもあなたの勇者イクトスって何? 記憶が失われているだけで、これは転生したてのオレ自身なのか……馬鹿な。しかも肉体年齢は18歳を越えているって……そういえば、オレよりも少し背が高いし大人っぽいような……。いわゆる未来のオレってこと?
その後、やや離れた距離で敵と戦っていたアイラとも合流して、無事に村の安全な場所へたどり着く。
すでに殆どの村人は就寝しており、歓迎の宴は明日の朝行われることになった。不吉な約束通り、何故かマリアと再会を分かち合うための初夜の床……俗に言うダブルベッドが提供され……。
「シャワー……浴びてきましたわ。まさか、再会してすぐ花嫁として初夜を迎えることになるなんて……」
先にシャワーを浴びて準備万端に待ち構えていたイクトスの前に、タオルだけ巻いた状態のマリアが現れる。
くびれたウエストは細身だが、胸はタオル越しに見ても大きく男の手でも収まりきらないだろう。しっとりとマリアの肌に伝う水滴をイクトスは自らの手で優しく拭いながら、タオルを取り去ろうとする。
「あっ……やだ……」
「マリア……いいよね? オレのことは、イクトス様じゃなくてイクトって呼んで……結崎イクト……今の本名なんだ」
「イクト……さん、イクトさん! 私、あなたになら……」
ドクン、ドクン、ドクン……。
『イクト君、ダメだよ! まだ、誰のものにもならないで……そうすれば、ミチアの不治の病だって……いや本当はあの子の病気は治る病気。魔獣を完全に封じ込めれば、きっとミチアの魔力も元に戻って身体が回復するはず。だから……ゴメンね』
突然、鳴り響く誰かの声……その声の主が誰なのかは、この記録をもってしても分からない。
(魔獣を封じ込めれば、ミチアは病気じゃなくなる……って。ミチア……つまりミンティアの魔力は魔獣の封印に使われているのか? 行柄兄妹は、元から異世界とつながりを持っている……?)
イクトとマリアの2人が想いを完全に通じあわせたように見えた瞬間、無情にも何処からともなく警報音が鳴り響く。
ブーブーブー!
『システムエラーです! レートに反する描写を確認、アバターの記憶と記録をリセットします』
「そ、そんなイクトさん……私、私……」
「マリア、忘れないでくれ……どんなに記憶を失ってもオレは、お前を……」
まるで夢か幻であったかのように、光の粒となり消えるイクトス。
「イクトさぁああんっ。いやぁああっ!」
まさかの勇者様消失に、失意で泣きじゃくるマリア。普通のRPGなら正ヒロインであったはずのマリアが、地球からの魔法干渉によって【サブヒロイン】に脱落した瞬間だった。
(嘘だろ、なんだよこの展開……しかも18歳のオレって何者。女アレルギーですらないなんて、パラレルワールドのオレなのか。それともオレって記憶にないだけで、こういう感じで何度も異世界に転生させられていたのか……? もしかして、この後に送り込まれたアバターが行柄リゲルの魔法で送られたオレ……?)
『勇者イクトス……あなたには、ハーレム勇者としての使命があります。そして、魔獣復活の阻止という大きな目標を果たさなくてはいけません。世界を平和に導くために、あなたには聖なるチカラを守ってもらいましょう。まだ清らかな心のあなたを……真の勇者として……! ちょうどよく、誰かが16歳のあなたを異世界に送り込もうとしているようです……』
ベッドの中で記憶を失ったマリアは、次第に自分が夢を見ていたと言い聞かせるようになった。ふと、気がつくと先ほどまで愛を約束したはずのイクトスを幼くしたような若者の姿。
「イクトス様……この方が本物の……? なんだか夢に見た勇者様より幼くて可愛い。多分……私より年下だわ。いけない、私きっと心にひそむ悪いものに誘惑されて淫らな夢を見ていたのね。イクトス様、いえイクトさんは、私が守らなくては……」
「んっここ何処……オレどうして……確かスマホゲームをダウンロードして……」
「勇者様、私……白魔法使いのマリアと言います。ぜひ旅の仲間に……」
「えっ誰、裸の綺麗なお姉さんがぁあああああっ! ウワァア女アレルギーが来るぅうう!」
「きゃあっ。ごめんなさい、勇者さまぁ」
再び召喚されたのは、女アレルギーの呪いに悩んでいた頃のイクト16歳。
予定にはなかった16歳のイクトを召喚した魔法が、実はリゲルの魔法であるのだが……。
その事実を知るのはパラレルワールドに存在する未来の自分から【シークレットメッセージ】を受け取ったイクトのみ、なのであった。