第九部 第12話 運営は魔法秘密結社
「マルスが、マルスが……消えちゃったの。光の粒になって……サヨナラって。ふわっと消えて、まるで仮想のデータみたいに……ずっと一緒にいられると思ったのに。せっかく結婚したのに……!」
ゲートの扉が開き、無事に保護施設から解放された萌子。だが、再会と同時にショックで泣きじゃくる萌子にオレはうまく言葉がかけられなかった。
大切な……オレ自身の双子の片割れである姉萌子をなだめながら、宿泊施設のコテージで休ませる。萌子も長いこと保護施設にいたわけだし、きっと疲れているだろう。
「お部屋、用意してくれてありがとう……ちょっと1人で休んでる……」
パタン……静かに木製の扉が閉まる音が、廊下に響く。実際は『ちょっと休む』では済まずに……それっきり、萌子はほとんど部屋に閉じこもりきりとなった。
1日が過ぎ、2日が過ぎ……3日目になっても部屋を出る様子がない。
宿泊施設なので、お風呂やトイレが室内にあるから余計に顔を合わせる機会が少ない。かなり塞ぎ込んでいる様子……それどころか、食事もろくにしていないみたいだ。
「萌子、お昼ご飯もらってきてやったぞ。少しは食べた方が……」
「ごめん、胃がもたれてて殆どたべれないの。食事が喉を通らなくて……。勿体無いから、イクトが食べて……」
「……廊下の棚の上にラップして置いておくから、気が向いたら食べろよ!」
オレとルーン会長が萌子の食事を運んでやるも、チカラのない声で返事をするだけ。いくら、今の肉体がアバターだからといってまったく食べないのは生命の維持に関わるだろう。今のオレたちはこのアバター体で、【生きている】のだから。
「はぁ……なかなか元の調子に戻らないか……萌子。無理もないか結婚したはずの相手がいきなり目の前から消えちゃったんだもんな……」
「萌子さん、可哀想に……自然と元気になってくれるのを期待していたけど、このままじゃ……。けど、辛い記憶を根掘り葉ほり聞くのも良くないし……」
虚しく廊下の棚の上に置かれた萌子用の食事。野菜スープ、丸パン、チーズとかなりシンプルな軽食。これくらいなら食べることが出来ると思ったのだが。
ルーン会長は、傷心気味の萌子に気を使っているのか、あまり深く保護施設での生活を追求する気はないようだ。
解決策が見つからずに、コテージの居間へ……天井の明かりも健在だが、相変わらずカボチャランタン状態のランターンさんが居間をほんのり照らしている。
あいにく外は激しい雨が降っていて、どっちにしろ外出しづらい。ニュースによると大型の台風が迫って来ているそうで、全国的に大雨なんだとか。
待機していたリーメイとアイラが不安そうにこちらを見る……オレが無言で首を横に降る様子を見て再び、気分を落としたようだ。
すると、オレの様子を黙って見守っていたランターンさんが、落ち着いた低いトーンのイケボで語り始めた。
「……萌子さん、いい加減身体もキツイだろうし、何か食べさせてあげないとね。僕は今回の件で少し反省したよ。マルス君のBANの事……ちょっと軽く考えすぎていたのかもしれない。こういう言い方すると悪いけど、僕にとってはゲーム異世界上での、形式的な結婚に見えていたんだ」
「ランターンさん……いや、地球へ帰ることを想定している人は、きっとそう考えるんだと思う」
自分自身も、かなりこのゲーム異世界に入り込んでいたので思わずドキッとする。だが、ランターンさんの見解は大人の現実的なものなのだろう。
「うん、だけどね……萌子さんはすごく真剣にマルス君との将来を考えて、結婚という選択をしたんだと改めて感じた。この異世界を現実の世界と捉えて、人生のパートナーを選んだんだ……。それが、プラトニックな関係だとしても……ね」
想像よりも落ち込む萌子を見て、オレも同じことを感じていた。そして、それは仮想現実と実際に存在する異世界が、境目すら分からないほどに混ざり合った弊害なのだ。
「オレ、萌子にどう話していいのか分からなくて……。けど、どこかでこのスマホRPG異世界が管理されているって再認識した方がいいんだと思う。地球へ帰れなくなってから、地球での肉体が死んでから後悔しても遅すぎるし……」
死んでから……という表現をかなり重く受け止めたのか、ルーン会長が神に祈るようにロザリオを握り締めながら、ポツリポツリと話し始めた。
「イクト君、これは私の個人的な意見だけど……きっと神様が私達に考え直す機会を与えてくれたんだと思っているんだ。それに、マルス君もBANされた事で地球での死を免れた……。本当に悪い方には行っていないんだ」
「ルーン会長……そうですよね。多分、地球に肉体がある限りはそのうち向き合わなきゃいけない問題なんだ……。オレ、萌子とちゃんと話してきます……双子の片割れとして!」
このまま、萌子をあの状態で放っていくわけにもいかないし……おせっかいと思われてもいいから、そろそろ萌子の心に介入した方が良いだろう。
「お兄ちゃん……萌子お姉ちゃん、きっとまた立ち直るよね……」
「ああ、だからこのまま放って置くわけにいかない……」
* * *
コン、コン、コン……。
「萌子、いい加減身体に悪いから……嫌がっても入るぞ!」
一応はマナーのためにノックをしてから入室。軽食をサイドテーブルに置き、いつでも萌子が食事を出来るように配備する。
「……イクト!」
オレの気配を先に察していたのか、それともずっと横になりっぱなしなのか……萌子はすでにベッドの中に潜っていた。会話を拒否されるかもしれないが部屋に備え付けの椅子に腰掛け、構わず話を続ける。
「萌子、もう知っているかもしれないけど、マルスはアカウントBANされたんだ。消えたっていうのは多分BANされた瞬間を目撃したんだろう」
「うん……知ってる」
「ここは所詮、スマホゲーム異世界……ゲームの規約から大幅に反していれば、運営からBANされることだってある。つまり、オレ達の今の身体はゲームのアバターなんだよ。完全な現実世界とは別のシステムなんだ……! だから、可哀想だけどマルスとの結婚もあくまでのゲームシステム上のもので……」
「……イクト……。あなた、この異世界に留まるつもりがなくなったの?」
オレの会話の意図を汲んでいるのかはぐらかしているのか……はたまた、いきなり問題の争点を突いてきたのか。萌子の返事はオレの異世界残留の意思を問うものだ。
「萌子にとってマルスは大切な人だろうけど、オレにとってもマルスは一緒に勇者の勉強してきた仲間なんだ。その仲間の1人がBANされたら、この異世界について多少は考え方が変わるよ……オレも帰ろうかなっ……なんて……」
これ以上は、オレの口から萌子に直接言葉として発することが出来なかった。
オレだって、人のことは言えない……一夫多妻のハーレム勇者として、複数のパーティーメンバー達と婚約していた。むしろ、一夫一妻の萌子とマルスはノーマルな結婚状態だった。
それにスマホゲーム異世界に転成した本物そっくりのこの身体……擬似ネフィリム体。地球の自分の身体となんら代わりのないこのアバターはとても便利だ。最初はこの身体がアバターであることすら気がつかなかった。
「私ね、最初は地球に帰りたいと思うときもあったけど、明確な未来がみえない現実の地球よりもこのスマホゲーム異世界の方が気が楽だと思えるようになっていたの。だから、もう地球に戻れなくてもいいと思っていた。だって、地球じゃ出来ないことがたくさん出来るんだよ……しかも、職業は憧れの女勇者。そう簡単に抜け出せない……」
「分かっているよ、萌子。オレだって、勇者だ何だのもてはやされて浮かれていたんだ。いつもゲーム画面で憧れていた空想上の勇者として自分がリアルに体感できる。女アレルギーだのなんだのいっても、【ゲーム世界の中に住む】っている夢が現実になったみたいで嬉しかったよ」
萌子の指摘通りこのアバターは、地球の自分の肉体よりも優秀だと言えるだろう。だって、軽々と武器を装備できるしレベルを上げていけば魔法だって使える。
怪我をしたら魔法や回復アイテムで素早く治療できるし、ご飯だって美味しく食べれることが可能。なおかつ、文明は自分たちの時代と変わらないかもっと進んでいてかなり便利だ。
きっとここは、スマホゲームRPGのプレイヤーからすると住み心地の良い異世界……。だから、いつの間にか……地球に戻れなくてもこの異世界で一生暮らしていければいいやって思い始めていた。
その矢先に始まった運営によるアカウントBAN、このままこの生活を暮らしていれば地球でのオレの肉体はやがて死を迎えるだろう。静かに忍び寄る現実での死の危険を回避する機会をもらえたことは、幸運だと考えた方がよい。
「オレやアイラはもちろんだけど、ルーン会長やランターンさんもすごく萌子のことを心配してくれている。このコテージだって竜族リーメイさんの好意で長く滞在出来ている。けど、いつまでも塞ぎ込んでいるわけにはいかない。それにルーン会長がさ、神様が考える機会をみんなに与えてくれたんじゃないかって……オレもそう思うよ」
「……そっか……優しくて冷静でルーン会長らしいね。あのね、実は私……マルスから最後に重要なメッセージデータを受け取ったの。ずっとそれをイクトに渡すか考えていた……イクトにも関係のある事だから。きっと、同じ星の元に生まれた双子の姉弟としてこの情報は共有した方がいいんだと思う」
「萌子……オレに関係があるって……?」
萌子がキューブを開き、マルスのメッセージデータを起動する。
「この、異世界に私たちがアバターを介して転生出来ている理由……。そして、そのきっかけの人物について……すべてはこのゲーム【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】の運営……つまり魔法秘密結社の目的を知ることから始まるの……」
ゲーム運営が魔法秘密結社……なんだって?
そして魔法秘密結社による異世界への転生のカラクリとその目的は、オレが想像しているよりも、ずっと哀しく儚いものだった。