第九部 第11話 緊急メンテナンスが明けた頃に
「マルスがアカウントBANされるなんて……萌子は大丈夫かな? しかも、実装されていない髪色のアバターってまさかミンティアも、何か秘密があるのか……」
「萌子お姉ちゃんは、マルスさんと違って運営のアルバイトじゃないし、不正アカウントじゃないはずだよ! 萌子お姉ちゃんは、今どうなっているの?」
「アイラ……取り敢えず、運営側がデータを整理している間は大人しく待っていよう」
突然始まった『秋のアカウントBAN祭り』に動揺を隠せないオレたち。
「ふむ……アカウントBAN実施のための緊急メンテナンスに2時間かかるのか……。これが終了すれば、続報で何か分かるかもしれない」
「2時間なんて、普段だったらあっという間に終わってしまう時間だけど。待つとなると、長く感じるよね」
ルーン会長の言う通り、メンテナンスの終了と続報を待つのが賢明な判断なのだろう。だが、ランターンさんが長く感じると指摘するように、待つだけの2時間はヤキモキするものだ。
すると、この里に招いてくれた竜族のリーメイさんが、メンテナンス待ちをしなくてはいけないオレ達を気遣って、落ち着く場所を紹介してくれる。
「そうだ! そこに、竜の里オススメのケーキ屋さんがあるんです。ちょうどお茶の時間だから、お得なティーセットもあるはず。メンテナンスの時間は、そこで休むのはどうですか? アイラちゃん、お姉さんのことも、そのうち分かるはず……元気出して!」
「リーメイさん……ありがとう。萌子お姉ちゃんの無事を信じて待つことにする……お兄ちゃん達も行こう!」
「ああ、考えていても仕方がないし……休憩しながら待とう」
アカウントBAN実施の緊急メンテナンスが終了するまでの2時間を落ち着いて過ごすために、場所をケーキ屋さんに移動。天然ハーブを取り入れた自然派のケーキ屋さんだ……フードメニューもあるらしい。
ここなら、男のオレやランターンさんでも食べやすいメニューがあるだろう。まぁ、ランターンさんはカボチャランタンの姿になってしまっているから、たくさんは食べられないのかもしれないが。
カランコローン!
『いらっしゃいませっ。お好きな席へどうぞ。現在は、ラベンダーフェア開催中です』
お祭り期間なだけあって、特別メニューが充実している。ラベンダーティーとケーキのワンコインセットや、小腹が空いているお客さん向けのパスタとハーブティーのセットなど……。
お店の時計で時刻を確認すると、ちょうど15時を過ぎた頃だ。だいたい17時を過ぎれば、メンテナンスが終了して続報が入るだろう。
「目立たない奥の方の席にしようか、スマホの操作も気兼ねなく出来るし」
「そうですね……フリーWi-Fi完備でどの座席でも通信環境は安心ですので……」
オレとアイラ、ルーン会長とリーメイと2人ずつ並んで席に座る。
ちなみにランターンさんは、かぼちゃランタンという形状に変化してしまっているためテーブルの真ん中部分の奥に鎮座してもらった。
ランターンさんから溢れるほんのりとしたオレンジ色の灯りは、ハロウィンムードを演出しており、元々このお店の飾りであるかを錯覚してしまいそうだ。
「ご注文はお決まりですか?」
フリフリのカントリー調ファッションがよく似合うウェイトレスが注文を取りに来た。最低でも2時間はこのお店に滞在する計算になる。時間帯的に、もしかしたら早めの夕食を追加で注文をするかもしれないが……まずは、お茶のセットを頼みたい。
「オレは、まったりカモミールティーとクッキーのセットにしようかな?」
「アイラは、今日のおススメのラベンダーティーとケーキのセットで……」
「なるほど、天然素材を基調にしているから、身体に優しいという訳だな。じゃあ、おススメハーブのブレンドティーとラスクのセットを……兄さんの分も頼んでおくから……」
「ああ、頼むよ。ルーン」
「私は、ジャスミンティーとタルトのセットをお願いします」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ!」
しばらくすると、それぞれが頼んだティーセットが運ばれてきて、ナチュラルテイストのティータイムとなった。
ハーブティーのほんわりとした香りの中で過ごす時間は、本来だったらもっと楽しいものになったはずだ。
だが、メンテナンス中のスマホが気になってしまい、心の奥底からは楽しめなかった。
「アカウントBANって……この異世界にいる魂はどうなっちゃうんだろう?」
「おそらくですが、地球の肉体に強制送還されるのではないかと……。かつて、異世界より現れた者たちが魔力切れで地球の肉体に帰ったとの記録があるんです。死ぬようなことにはならないと思います」
アイラのふとした疑問に、リーメイが答える。異世界転生の事情に通じていると言われている竜族の民の意見だ。きちんとした記録に基づいているものだし、おそらくリーメイの見解が合っているだろう。
「そっか……哀しいけど、マルスが……地球での本人が生きているならひと安心だ」
ただの知り合いのプレイヤーがゲーム内でBANされただけなら、寂しいな程度で終わるが、この異世界においてのBANは訳が違う。
即ちそれは、プレイヤーの分身であるアバターが使えなくなる事を指していた。この異世界での肉体が消えることとイコールなのである。
しかも、マルスはゲーム異世界とはいえ姉(オレとは双子の姉弟)の萌子と結婚を約束した仲だ。一応、義理の兄というポジションになる予定だったマルスのアカウントBANは、他人事とは言えない。
「しかし、考えようによっては、我々が現実世界に帰る足掛かりが見えたね。だって、異世界から現実に帰れなくて困っている人も多かった訳だし……」
「そういえば、そうだよね。玉手箱をアバターの収納先として使用することで、一足先にログアウトを実現させた人もいるけど。そのあと連絡がつかないから、実際のところはどうなっているのか分からなかったし……」
ピピピッ! ピピピッ!
すると、順調にアカウントの整理が進んだのか……第1回アカウントBAN終了のお知らせが届く。
「緊急メンテナンスが終了したのかっ」
「よし、みんなで確認してみよう……!」
おそるおそるスマホの画面を確認すると、管理画面には新たなお知らせの文面が届いていた。
【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-で遊んでいるユーザーのみなさんへ〜第1回アカウントBAN終了のご報告〜】
先ほどの緊急メンテナンスをもちまして、第1回目のアカウントBAN実施を終了させて頂きます。
対象となったアカウントは、以下の通りです。
・サブアカウントの使用者
・不正チートツールの使用者
・その他、過剰なデータの改造
なお、これらのアカウントを所有していたユーザーとチームを組んでいた方は、本日をもちまして保護施設より解放されます。
今回の緊急メンテナンスに協力していただいたユーザーのみなさんに、3000プラネットコインをプレゼントいたしました。プレゼントボックスより、ご確認ください。
これからも、蒼穹のエターナルブレイクシリーズをよろしくお願いします。
「なんだか、大げさだったわりにあっさりと緊急メンテナンスが終了したな。しかも、保護施設より解放って……萌子はマルスのアカウントが停止になっている間、保護施設にいたのか。あれっオレ宛にメールが来てる……萌子がこちらに向かっている?」
ギルド本部からの通達を確認すると、保護施設にしばらく滞在していた萌子は無事に自由の身となったそうだ。万が一、何かのトラブルに巻き込まれないように、運営側の団体が保護していたらしい。
「本当か? 萌子さんは、無事だったんだな!」
「お姉ちゃん……うぅ良かったよぉ」
地球時代からの身内がいるユーザーの場合には、身内が現在滞在している場所へ転移させるとか……。
「はぁ……良かったね。僕もひと安心だよ……マルス君のことは残念だけど……。これで、連絡が取れなかった事情の辻褄は合ったかな? アカウントBANに至るまでの情報漏洩を防ぐために、BAN対象者の関係者を保護していたってわけだ」
ランターンさんの見解はおそらく合っている。とにかく今は、萌子が無事ならそれで良い……マルスも本当の意味では無事なのだろう。
「ふむふむ……萌子さんの到着先は竜の里のビジターセンターですね。さっそく迎えに参りましょう!」
* * *
会計を済ませて、萌子を迎えに竜の里ビジターセンターへ。いろいろあった後だし大勢の知り合いや所属ギルドの人たちにあれこれ聞かれるよりも、旅行先で落ち合う方が気が楽だ。たまたま旅行クエスト期間中で、運が良いのかもしれない。
湖のほとりにある竜の里ビジターセンターには、観光客がたくさん……。
受付の人に案内されて、特別転移ゲートの扉を開けてもらうと……数ヶ月ぶりの姉萌子の姿。
「萌子! 無事だったんだ……って、萌子……?」
「うっ……うっ……イクトぉ……マルスが、マルスが……消えちゃったの! 光の粒になって……サヨナラって……。私、私……ひっく……ひっく……」
再会した姉は、以前よりもさらに痩せており……憔悴しきった様子だった。
信頼していたパートナーが消えたことのショックで、泣きじゃくる姉を……オレ自身の双子の片割れである萌子そっと抱きとめる。
オレは【スマホRPG異世界】という極めて【管理された異世界】のおそろしさを改めて実感した。
このアカウントBAN事件は……今まで謎に包まれていた異世界転生のカラクリ……そして、オレのパートナー聖女ミンティアの隠された秘密が……明らかになるきっかけの幕開けだった。