第九部 第10話 秋のアカウントBAN祭り、始まる
「ようこそ、竜の里へ! 開放期間限定のドラゴンスウィーツ【竜の綿菓子】はいかがですか?」
「わぁ見て、お兄ちゃんふわふわの綿菓子だっ。買っても良い?」
竜モチーフのふわふわ綿菓子を手に取り、おねだりモードのアイラ。
「ああ、いいぞ。おっあっちにも、露店がある。本当に賑やかだ。招待状を送ってくれてありがとう、リーメイ」
「ふふっどういたしまして! 気に入ってもらえたようで嬉しいですわ」
ネオ山形の魔法少女育成施設で知り合った竜族の少女リーメイの紹介で、普段は足を踏み入れることの出来ない異種族の集う【竜の里】へ。なんでも、期間限定で秋のみ開放しているらしく知る人ぞ知る観光スポットだ。
伝説の夜空の召還士ミンティアラが、初代勇者とともに訪れた場所でもある。まるで、ミンティアラと魂が融合してしまったかのごとく、人が変わってしまった聖女ミンティアを治すきっかけになるかもしれない。
だが、今回この里を訪問した理由は、それだけではなかった。
「ねぇ、お兄ちゃん……萌子お姉ちゃんも、一緒にこれたら良かったね」
綿菓子を食べていたアイラの手が止まる……ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。どうやら、無理してカラ元気をしていたようだ。オレだって、不安で仕方がない。
「おおっなるほど……この異種族の里では、魔力をこんな風に応用しているのか……。なかなか、奥深いものだ! この技術を応用すれば、兄さんも、元に戻れるし。行方不明者の捜索にも活用できるかも……ねぇランターン兄さん」
「本当だね、ルーン。再びカボチャランタンに戻ってしまった僕のこの姿……もしかしたら、呪いを解く方法も見つかるかもしれない……。それに、行方不明になった萌子さん達の情報収集もね」
「萌子お姉ちゃん……一体、今どこにいるんだろう? ルーン会長もランターンさんも萌子お姉ちゃんのために協力してくれているのに……」
今回のクエストに同行してくれているルーン会長とその兄であるランターンさん。ランターンさんは、去年同様カボチャランタンに変身する呪いが発動してしまい、ふわふわとランタン姿で浮遊しながら同行中だ。
竜の里は、1年中薄暗い時間が長いそうで、ランタンの灯りはとても助かるのだが、呪いを解こうと頑張っている兄妹を見るとちょっぴり複雑な心境だ。
「ルーン会長、ランターンさん……萌子達の捜索に協力して頂いて、本当にありがとうございます」
「困ったときは、お互い様だよ。萌子さんが見つかったら、一旦みんなで地球へ帰ろう」
そう……竜の里を訪問したもう一つの理由。
それは行方不明になったオレの双子の姉萌子とその結婚相手(予定)であるマルスを捜索するためであった。2人は式を挙げたものの、未入籍のはずだ。いや……マルスは、実はこの異世界での戸籍はなかったそうだ。
つまり、不正ログイン勢か、サブアカウントの持ち主だったということになる。まさか、マルスが不正チート野郎だったなんて。未だに信じられない。
「ハッピーエンドで結ばれた思われていた姉と友人……。実は、結婚式の後ハネムーンクエストに行ったきり、姿を見ていない……なんて。オレどうして、今までへらへら生活していたんだろう」
最初の数ヶ月は、特別クエストが長引いているらしいと聞いて、そこまで心配していなかった。だが、現在の彼らの扱いはクエスト中に行方不明になった……とされている。しかも、正式な異世界での登録者は萌子だけで、マルスは本当に存在しているか分からないアバターだったという。
なんてことだ……だけど、マルスは実在している雰囲気だったし、このゲーム異世界の中でもいわゆる【トッププレイヤー】だった。
「大丈夫だよ、イクト君。萌子さんのことは地球時代からのつきあいである私が責任を持って探すから……」
「……ルーン会長……。オレも悪いんです、よく考えてみたら結婚式の後すぐに新婚旅行へ旅立ってから、一度だって連絡が取れなかったのに。それなのに、オレ……オレ……」
「仕方ないさ、旅行先は電波が届かない未開の地。その新婚旅行クエストを無事に行っていると考えるのが普通だよ。あのとき、僕が勇気を出して萌子さんにプロポーズしていれば……なんて、思うこともあるけどね。もう、そんなことをいっても何も変わらないし」
「ランターンさん……!」
常識から考えたら、現実世界でも接点のあるルーン会長の実兄ランターンさんと萌子は結婚させておくべきだったのかもしれない。信用していた友人マルスは、このスマホゲーム異世界で知り合った人で、実は現実世界ではどんな人だったか分からないのだ。
このスマホゲーム異世界の住人になりきっていたオレ達は、何か重要なところが欠落していたのだろう。
『結局、この異世界はスマホゲームの延長線上に過ぎない……』ということに。
知り合う地球人達が名乗る年齢などのプロフィールが、本当のものかなんて分からない。しょせん、この肉体は擬似ネフィリム体と呼ばれるアバターなのだから。
異世界での一夫多妻制の結婚計画も、ハーレム勇者認定協会のリス型精霊ククリから通達があり、婚約延期になった。ククリ曰く、万が一1人でもハーレムメンバーの中にスパイがいたら命の危険も……とのことで上層部からの指示だとか。
とはいえ、あれだけずっと一緒にクエストをこなしたメンバー達だ。行方不明の萌子が見つかり次第、またメンバー達とパーティーを組み直せる予定。マリアをはじめとするみんなも、別行動で萌子の行方を調べてくれている。マリアと最後に会った日のことを思い出す。
「まさか、こんなことになるなんて……。私達も影ながら萌子さんに関する情報を探しますね。大丈夫……萌子さんはきっと見つかります。そうしたら、みんなでまた楽しくクエストしましょう!」
「マリア……ありがとう」
スパイの嫌疑をかけられながらも仲間として動いてくれるマリア達には本当に感謝している。今回は、どちらかというと異世界人のマリア達よりも、オレと同じ転生者つまりゲームプレイヤーが怪しまれているため動きやすいのかも知れないが。
なんせ、先に結婚した姉が新婚旅行で行方不明になったのだ。しかも、結婚相手のことをよく知らないでつき合った結果だとされている。
オレ個人としては、友人マルスのことを信用しているし信じたいが、ギルドからは要注意人物と認定されてしまい立場が危うい状態だ。
不正ログイン勢で、チートの常連、さらにサブアカウント使用者……そして、課金しまくりの無双。いつアカウント停止になってもおかしくない人物……それがマルスだった。
「それにね、イクト君。その……伝説のハーレム勇者イクトスは聖なるチカラを失うと、勇者としてのチカラを何割か失うとされている。なのに、イクト君は未だに女アレルギー持ちだし。聖なるチカラを失っていないだろう?」
「えっと……まぁそうですけど……そ、それが」
誰もが振り向く超美少女のルーン会長に、オレ自身の貞操についてそれとなく問われて思わず顔が赤面する。ルーン会長も、じわじわと頬が紅潮している。お互い、妙に意識してしまい顔が赤い。
「こほんっ! それでだね、私の推測が正しければ、萌子さんも未だに清らかな身体を保っているのではないかと思うんだ。ほら、君たち勇者は双子だろう? 双子というのは魔力を共有するんだよ……。つまり、萌子さんの清らかな乙女のチカラが失われていたら、イクト君の聖なるチカラも影響されて失われているはず」
「あれっ? そういえば、萌子が結婚したはずなのに、オレってまだ聖なるチカラを継続しているな? もしかして、萌子とマルスって夫婦の契りを交わしていないのか」
姉の貞操をとやかく追求するつもりは無かったが、おそらく未だに『清らかな乙女』というやつなのだろう。
「結婚式の時だって、誓いのキッスを交わそうとしても萌子さんの男アレルギーが発症して、結局指輪の交換だけに留まったじゃないか。あれが良い証拠だよ」
ランターンさんが萌子の病について指摘する。女子校育ちの萌子の隠された病……男アレルギー。やっぱりオレ達双子だな……まさか萌子もオレと対になるアレルギーを持っていたなんて。
「だから、萌子さんの男アレルギーを超絶イケボチート魔法で回復させることができるこの僕がッ、結婚するべきだった。萌子さんとのフラグを綺麗に回収できなかった僕の責任だ。情けないよ……あまたのギャルゲーをプレイしつくしたこの僕が、乙女ゲームのイケボの化身とまで謳われているこの僕が……。廃課金チート無双不正ログイン野郎のマルス君に萌子さんを取られるなんて……ね」
ところどころ、ランターンさんの口からネットスラングが聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。あまりにもイケメンボイスだし、丁寧な雰囲気で話すから下世話さを感じさせなかった。
だが、ランターンさんの懺悔という名のマルスへのディスりは止まらない。
「ああっ萌子さん。萌子さんも本音では、僕みたいなイケメンに清らかな乙女の心を捧げたかっただろう。僕が乙女ゲームイケメンのオーラを放ったばかりに、男アレルギーの萌子さんは、たいしてイケボでもイケメンでもない勘違いチート野郎のマルス君で妥協してしまった……。ごめんね、ごめんね、萌子さん……イケメン過ぎる僕を許しておくれっ」
この事件を機に、さんざん格を落とされているマルス。だが、普通にみると身長178センチ、中肉中背のお洒落系スポーツマンタイプのイケメンマルスは普通に女にモテるだろう。別に、萌子の男の趣味が悪いとは思わない。
案外、萌子は自分の気持ちに素直に従っただけなのかもしれない。マルスの外見は、『萌子のイケメン萌えポイント』に無茶苦茶突き刺さっていたはずだ。萌子は物心ついたときから、イケメンにしか興味のない、いわゆる面食いなのだから。
「兄さん、元気出して……」
「ああ、ルーン。動揺して済まないね」
ランターンさんは、人間モードの時は容姿も声も完璧なメガネの似合うインテリ風イケメン。だが、肝心の趣味がギャルゲーと深夜の萌えアニメ観賞……。
相手は二次元とはいえ、嫉妬深い萌子が、美少女ばかり登場するギャルゲー大好きなランターンさんと上手く行くかどうかは謎だった。この展開にならざる得ないんだ。
だが、ハーレム要員であるメンバー達とフラグを折られている状態のオレにとって、姉萌子と同じ学校の先輩で同じ生徒会に所属しているという現実世界でも正確な接点がある女性は……実はルーン会長のみ。きちんと、経歴も年齢も顔も確認済みなのだ。
よみがえった地球時代の記憶では、オレ自身、ルーン会長に密かな憧れを抱いていた。
「そ、そうですよっ。地球に帰ったら今度みんなで萌子を励ます会とかやって……。おいしいものを食べさせれば、今回のことも萌子はあっという間に忘れるはずです」
「イクト君……うん、頑張ろうねっ」
「ルーン会長……っ!」
恋人いない歴イコール年齢のオレにとってルーン会長はもはや、現実世界でもおつきあいできそうな貴重な存在と化していた。しかも、超可愛い。
だから、会長の実兄であるランターンさんのご機嫌を損ねるわけにはいかないのである。
その時だった……ピピピッと全員の冒険者スマホに運営者から通達が届く。
『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-を遊んでいるユーザーのみなさまへ。この度は、当ゲーム会社のアルバイト大学生である丸須有吏ことユーザー名マルスによる不正チートの件について多くのご指摘をいただきました。これからは不正者に対してアカウントBANを行っていく所存です……。今後は、本来使用できない髪の毛の色のアバターなどに注意をして下さい』
まさかの、ゲーム会社運営からのお知らせに戦慄が走る。
「ゲーム会社の大学生のバイト? マルスって実は運営側の人間だったのか? それに本来使用できない髪の毛の色のアバターって……」
「そういえば、ミンティアさんは本当に現地人なのか? ミントカラーの髪色だが……まさか、彼女も運営側の? くっもしそうだとしたら、どうすれば……萌子さんを見つける手がかりとなりそうなのは、召喚魔法が使えるミンティアさんなのに……!」
動揺するオレ達をよそに、ランターンさんがイケボでこの問題の本質を指摘し始める。
「不正ログイン、チーター、しかも大勢そんな人間が……運営経由で? どうやら運営本陣も本気みたいだね……これは、粛正が始まるよ。運営による【秋のアカウントBAN祭り】が……ね」