第九部 第6話 結界のキャンプエリア
激戦の末、アイラの魔法少女転職試練の第一段階である幻惑の洞窟バトルをクリア。洞窟を出ると、第二試練の会場であるキャンプ施設となっていた。さっそく、第一試練の結果報告だ。
いわゆる体力回復ポイントとして機能しているキャンプ場内には、基本的な設備が一通り揃っている。事務所となっている山小屋には、ローブ姿の魔法使いが数名。暑い季節にも対応できる半袖のローブ、胸元には名札と魔法石のバッジ……どうやらここの職員のようだ。
そして、観光施設としての機能も兼ねているようで、お土産店やキャンプ客向けの売店も。シトラス系のアロマオイルの香りがあたりから漂い、不思議と心地の良い空間である。
「わぁ、魔法グッズがたくさん……次のクエストの準備もしたいし、ここで何か買っていきましょう。すごい、入出困難のレアチャームですよこれっ!」
「本当ですわ。設置予定の結界づくりに役立つアイテムも揃うかもしれませんわね。手持ちのアイテムにプラスすれば、好成績は間違い無しですわ」
次の試練である結界づくりのアイテムは、既に自前のものがある。だが良い成績で合格するためには、もう少しアイテムのランクをアップしたいところだ。
「ねぇ。これなんか、精霊の加護があがって良いアイテムだと思うんだけど……」
マリア・エリス・ミンティアの3人が、魔法ショップの前で足を留めて結界アイテムを再検討し始めた。
ショップの中に展示されているペナントや熊除けの鈴などにも魔法陣があしらわれており、なかなか個性的である。さすがは、魔法少女育成のための施設といったところだろうか。
「イクト君、アイラちゃん、手続きしている間にアイテムを購入しても良い?」
魔法アイテムも多数揃っているようだし、次のクエスト準備の買い物は魔法職業であるチームメンバーに任せてしまうのが良いだろう。
ちなみにこの試練、魔法少女の仲間となるメンバーの力量もテスト内容に含まれている。そのため、アイラ以外のメンバーからの助力もテストの加点となるのだ。
「ああ。魔法アイテムの準備は、みんなに任せるよ。オレとアイラは受付でポイントの手続きをしてくるから……ロビーで合流しよう」
アイラとともに、まずは受付係へ……。
ぺたん、とチェックカードに合格印のはんこが押されて、ほっとする。
「第一の試練合格おめでとうございます。第二の試練は、【結界のキャンプエリア】設置が課題です。キャンプ施設での宿泊魔法結界の設置およびクエスト適応の料理試験となります。基本的な魔法結界が使えれば、あとは普通のキャンプ訓練となりますよ」
「結界のキャンプエリアか……どうりでわざわざ梅雨の季節にキャンプをすると思ったけど……」
「ご名答! 術式が成功すれば、雨が降ったとしても結界で、すべてガードされます」
さすが、魔法使い系の研修施設……普通のキャンプ訓練ではないようだ。
「テントは、持参したものを使用すればいいんですよね?」
「ええ。アイテムなどに不足があった場合は、売店で購入も可能ですのでご安心ください。新鮮な魚などのキャンプ用食材もありますよ」
にっこりとした笑顔で、第二試練の案内を手渡す受付の魔法使いの女性。思わず爽やかさに圧倒される。もしかして、この人も元魔法少女?
手渡された資料を大事にファイルに納め、テーブル席で改めてクエストの内容をチェック。
「魔法少女研修会特製の魔力回復ドリンクです。どうぞ!」
「わぁ! 美味しそう。いただきますっほら、お兄ちゃんも」
「ああ、おっと結構冷えてるな。いただきます」
ロビーでは、本日の利用者へのウェルカムドリンクが配られている。カシス味の魔法ドリンクで鋭気を養い、ひと休み。コクのあるフルーツテイストだがきりっと冷えていて、のどごしが良い。魔力も体力も蘇るようだ。
しばらくすると、買い物を終えたパーティーメンバー3人と合流。それぞれの手には紙袋が下げられている。
「イクトさん、アイラちゃん、アイテムの補充終わりましたよ! あら、このドリンクいただいてもいいんですか?」
「魔法力回復ドリンクなんて、気が利いていますわね」
「うん。他の利用者も、みんな飲んでるみたいだね。貰おう」
和気藹々とした様子の3人にほっとする。あの夜空の召喚士の星座を観測して以来、ミンティアが変わってしまったように感じていた。だが、どうやら杞憂だったみたいだ。
オレたちパーティーメンバー以外では、魔法少女のチームが合宿で利用中。魔法少女候補のアイラのことが気になるのか、とんがり帽子の少女が軽く会釈をかわしてきてちょっぴり緊張感が漂う。
「他の子は、もうみんなプロ魔法少女なのかな? 私も頑張らないとっ」
時刻を確認すると、すでに15時過ぎ。体力も魔力も回復したし、そろそろ準備を始めるといい頃合いだ。スムーズに手際よく、設営を終わらせるのが条件。
季節は梅雨だが、結界呪文が成功すればキャンプ場周辺は天候魔法で雨が降らない仕組みになる。
万が一の雨風を防げるかは、結界の出来次第といったところだ。わざわざこのシーズンにキャンプテストを行うのには、結界の腕を確かめる目的もあるのだろう。
「結界の設置、テントの設営に、料理か……。お魚が食材にあるなら焼き魚とか作れるかなぁ。クエストの順番は、結界を張るのとテントの設置とどっちがいいんだろう?」
アイラが素朴な疑問を呟く。今回のテスト内容は、順番は特に定められていない。みんなでしばし手順を検討する。
「薄暗くなると、テントも結界も設置しづらくなっちゃうから。日が暮れる前にテントの設置だろうな。どうする? 結界チーム・設営チームで分担するか? 力仕事は男のオレがやるとして……」
「そうだね、魔法結界はアイラちゃんの参加が必須条件だから……」
* * *
役割分担を決めて、ついに第二の試練を開始。
テントの設営は、オレと屋外クエスト慣れしているマリアが担当することになった。まずは、魔力キューブからテントアイテムを取り出す。
スペースを確保し、『ペグ』と呼ばれる専用の杭を打つ。必要なテントの数は、中型のドームタイプをふたつ。食事スペースのテーブルや椅子も用意しなくてはいけない。
かつんかつん、と地面に杭を打つ音が響く。安定感を高めるために、杭をクロスして打つことに。この方法は、今回のクエストには同行していないエルフ剣士のアズサから習ったものだ。
「私もアズサみたいに、エルフ族の設営魔法が使えたら良かったんですけど。私じゃ、さすがにそういう精霊とは契約できないんですよね。それに、いつもだったらミーコがメイドスキルで食事の準備してくれてたし」
「いや、十分助かるよ。よっと……次は、ここを押さえて……」
通常時は、エルフ族特有のスキルでキャンプの準備を精霊とともに手早く済ませられるアズサが設営担当だ。テーブルのセッティングは、ミーコがオレたちが休んでいる間に終わらせてくれていた。
だからこそ、今回のクエストに関しては2人は外されているのだろうけれど。居ないときに実感する仲間のありがたみだ。
魔法力のチャージが必要となる結界づくりは、アイラ・ミンティア・エリスが担当。3人で輪を作り、手をつないで結界呪文を唱えている。長い詠唱が終わると、ふわっと青白い光が上空を包みテント周辺に守りのオーラが張られた。
「ふぅ……結界が出来たね。エリスさん、ミンティアさん。手伝ってくれてありがとう。でも、研修でも習わないような珍しい術式でびっくりしちゃった」
「本当ですわ。ミンティアさんって、しばらく会っていない間に随分勉強されましたのね。私も見習わなくては。どこで書籍を手に入れたんですの? もしかしたら、失われた古代魔法の可能性も……」
「えっ……珍しい……? たまたま、昔ながらの形式を知っていただけだよ……」
「もう、照れることないのに……! これで【結界のキャンプエリア】の完成だね!」
古代の術式を使っている自覚すらなかった様子のミンティア。なんとなく違和感を覚えるアイラとエリスだが、照れ隠しか何かなんだろうとそれほど気に留めなかった。
どこかで様子を見ていたのか、監視役のムササビ型精霊がテントや結界の周辺を飛び回り精度をチェック。
「ふむふむ、なかなか優れた術式ですな。現代ではあまり使われなくなった技法ですが、それもまたレトロでよし。テントも杭をダブル使いで打ち込んで丁寧に張られていましたし……。アイラさん、良いチームメイトに恵まれましたね。引き続き頑張ってください」
「はっはい! 頑張りますっ」
まさかムササビ型精霊が監視役だったとは気づかなかったのか、驚いた様子のアイラ。ふわふわと浮遊しながら、『料理も楽しみにしていますよ』と一旦、飛び去っていった。
「テントと結界は大丈夫だったみたいだな。じゃあ次は、料理を作るか」
料理テストの課題は、チームの定番メニューを一品、現地で調達した食材で一品、持参した携帯食を一品、もう一品は自由に調達可能。
定番メニューとしては、迷宮攻略のエキスパートでもある犬耳族直伝のビーフシチューを選んだ。すでに何度かクエスト時に調理したことがあり、手慣れたメニューである。
「大きめサイズにごろっと野菜を切って……よく火を通してっと……」
「ふふっ直伝の隠し味も入れましたし……大鍋で煮込むだけですわっ」
ビーフシチューづくりはオレとエリスが担当。ザクザクと野菜を切り、ビーフとともに手際よく混ぜ合わせる。香草が隠し味となっていて、臭みを消す効果もある。
大きな鍋で食材をルーとともにグツグツと煮込んで作れるため、人数分を確保しやすい。
現地調達のメニューとしては、魚料理をチョイス。調理担当は、アイラとミンティアだ。包み焼きでレモンや野菜とともに、川魚を味わえる。
「レモンの風味で食べやすく……爽やかにっ」
持参した携帯食は、ミンティアが聖女館であらかじめ焼いてくれた古代パン。今では珍しい種類の酵母を使用しており、健康食としても重宝されている。
「私ね……。この酵母で焼いたくるみとチーズのパンが、昔から大好きなの」
「へぇ。古代の酵母でパンづくりなんて、ミンティアさんって器用ですねっ。この酵母のパン、はじめてです!」
はじめての古代パンに感心した様子のマリア。
結界の術式に続き、またもや古代のものである。まさか、本当に古代の召喚士であるミンティアラと契約をしてしまったのではと、一瞬だけ心配になった。だがメンバーと違和感なく会話するミンティアは、普段と変わらない姿。
古代パンは、くるみとチーズが程良くミックスされており、火が使えない場所ではこのパンだけでも凌げそうだ。ちなみに、ビーフシチューとも相性抜群である。
そして、自由品目はマリアお手製のフルーツタルトだ。デザートにはもちろん、小腹が空いたときには軽食としても役立つ。
「フルーツ大好きっ! 早く食べたいなっ」
思わず小妖精シュシュも虹鉱石から飛び出してきて、くるくるとタルトの前ではしゃいでいる。
以上の料理とドリンク各種をアウトドア用テーブルに並べて……完成! さっそく、職員の女性が味見をしながら確認。
「定番メニューあり、古代の携帯食あり……味も美味しいですし、王道とレトロが組み合わさっていて素敵ですよ。では、本日のテストはここまでです。ゆっくり休んでください。シャワー室は、事務所の小屋のものを自由に使えますので……」
いつの間にか、あたりは夜。ランタンの灯りに照らされて、和やかなキャンプを満喫。シャワーを浴びて、すっきりしたらテントで就寝。テストであることを一瞬忘れてしまうような、充実のキャンプ。
そして、疲労がたまっていたのか……あっという間に熟睡してしまった。
だから……その日の晩に夜空の召喚士の再来を求めて、ドラゴンが結界の外から様子を伺い舞っていることにすら気づかなかったのである。