第九部 第3話 星座の伝承と聖女の契約
5月の風物詩として有名な星座だという召喚士座。特に今年は、数年に一度の肉眼での観測が可能。
伝承によると、古代勇者イクトスの仲間である召喚士ミンティアラの魂が星になったと伝えられているそうで、観測のために大勢の人が人工島へと集まった。
「一応、今年の星空は肉眼でも見えるんだけど……ほら、天体観測用の双眼鏡を持ってきたよ! 私ので良かったら一緒に使おう」
小さな頃から星座鑑賞が趣味だというミンティアの手には、コンパクトな天体観測用の双眼鏡が握られている。しかも、きちんとふたつも。
「えっ? 嬉しいけどいいのか、悪いな。なんか」
情報によると、肉眼での観測が出来るという話だったので特別な観測アイテムは持参してこなかった。敢えて持参品を挙げるとすれば、ダンジョンを巡る際に使用するブレスレット型の手元ライトくらいだろうか?
「ううん、何年も前から準備していたから。気にしないで。ええと、こっちは昔から私が愛用している旧型のもの。それで、こっちがプロ聖女になってから購入したもの……」
「じゃあ、そっちの旧型のもので……。ありがとう」
「旧型だけど、ちゃんと性能はばっちりだから、安心してね。さぁ見てみよう! わぁすごい、どんどん召喚士座の形が浮かび上がってくるよ」
ミンティアに促されて、天体観測用双眼鏡を初使用。手首に双眼鏡付属の紐をひっかけて上空をゆっくりと見上げる。すると、さっきよりも何倍もくっきりとした星々の煌めき。
なるほどな。天体観測といえば大型の天体望遠鏡のイメージだったが、この数年はハンディタイプの双眼鏡で観測できるのか。天体専用だから、暗がりでの機能が高く、目に優しい。
「本当だ……星座って、こうやって徐々に形が形成されていくのか。ピークタイムは、これからだから……もっとはっきり見えるのかな」
流星が地上に落ちるように降り注ぐ中、ある一点で留まる星々が確認できる。白や青色にチラチラと輝く星は、少しずつ人間の形を作るように並んでいき……やがて、古代風の巫女の姿が浮かび上がってきた。あれが、ミンティアラだろうか?
「召喚士座の伝承について、吟遊詩人のガイドが詳しく説明いたします。希望者の方は、こちらに集まってください!」
「伝承を知って、さらに星座への理解を深めましょう。参加チケットはあとわずかです」
ランタンの灯りを手にした展望台のチケット係が、伝承ガイドコーナーの案内を始めた。
「あれっ。さっきの人……もしかして、ガイドコーナーの案内人なのかな?」
「そうみたいだな。チケットもあるし……移動するか」
本格的な観測が始まるまでの間、オレとミンティアを含む来場者たちはネオ神戸の夜景を楽しんだり、天体観測用の双眼鏡で星空をのぞいたりと思い思いの時間を過ごしていた。
盛り上がってきたところだったが、ガイドを申し込んだ者は、一旦観測を中断して場所を移動する必要がある。
さほど広くない展望台に、大勢の人が集まったため、入場制限をかけたようだ。いつの間にか出入り口にはロープがかけられており、締め切られている。
良好に観測出来ると推測されている時間まで、あとわずか。降り注ぐ星々の下、伝承を聴くために足を進めた。
パンフレットによると、ガイドは星座伝承師の資格を持つ吟遊詩人の男性だ。手には吟遊詩人らしく銀の竪琴が握られており、暗がりでもポロンとした音色で存在を示している。
伝承を聴きにきた来場者は、老若男女問わず様々だ。召喚士座への関心を持つ者が幅広い年齢層にいることを実感。
「どうやら、全員集まったようですね。それでは始めましょうか……古代から伝わる召喚士座の伝承を……」
* * *
はるかむかし、とおいとおい古代時代。
天使と人間のハーフであるネフィリムは、身体が巨体で魔力も強い驚異の存在でした。人間が心地よく暮らすために造られた地球では、いつしか居場所がなくなりました。
神はネフィリムを滅ぼすために、稀にみる大洪水を起こします。わずかな人類と動物達はノアの箱船で助かりましたが、ネフィリムには逃げる船がありません。
そこでネフィリム達は、異世界のゲートをくぐり、人間たちの魂が地上での肉体を失った後に暮らすための星へと転移します。このネフィリム達が我々異世界人と呼ばれる種族の先祖にあたります。
ネフィリムは、楽園として造られた地球の写し鏡の星であるアースプラネットで暮らしやすくするために、肉体を人間と同じサイズに変化させていきました。
初期は、魔法のチカラで人間サイズになっていましたが、三世代ほどすると巨人族としての魔力は薄れて、ほとんど人間と変わらなくなっていったのです。
すっかり、弱くなった我々の先祖であるネフィリム達。しばらく平和な暮らしが続きましたが、ある日魔獣と呼ばれる悪魔の一派がゲートからこの地に降り立ちます。
魔獣との交戦は長く続き、苦戦を強いられたネフィリム達は救世主伝説に則り地球より勇者を召喚します。
その勇者が初代イクトス様……そして召喚を行った召喚士がミンティアラ様です。
イクトス様は、ミンティアラ様をはじめとする姫巫女と呼ばれる戦士たちと共に魔獣一派を倒していきます。ですが、ボスとされる魔獣だけは誰にも倒せませんでした。
解決策があるとすれば、常に未来へと魔獣を転移召喚し続ける方法だけです。
世界を平和に導くためにミンティアラ様は自らの命を捧げ、星空になることで召喚魔法を使い続ける事にしたのです。
現代になり、我々は復活した魔獣の驚異に再びさらされるようになりました。その原因として挙げられているのが、我々が召喚士座の伝承をいつしか怠ったせいでミンティアラ様の魔力が途切れたという説です。
古代の昔話として忘れ去られた伝承は、ただの創作と捉える者が多く、重要視されなくなったのです。それが、大きな間違いだったのでしょう。
それでも一部の召喚士一族の間では、子どもの名前をミンティアラ様にあやかって名付ける儀式を続けていました。
ミーティア、ティアラ、ミンティアなどの名前は、それぞれ言葉の意味が異なります。
ですが、召喚士一族の者に限っては、これらの名前はミンティアラ様からいただいたものだとされていました。しかしながら、次第に名前の由来さえも知らされずに育つ若者が増えていきました。
ミンティアラ様の魔力の源は、私たち命のある者がミンティアラ様を心の中で生き続けさせること。
数百年の時を経て、吟遊詩人たちは召喚士座の伝承を復活させることで、かつての活躍を人々の心に刻むことにしたのです。
永遠の時を星座として生きるミンティアラ様の事を忘れないために、召喚士座の伝承は語り継がれます。
星空を見てください。
夜空の召喚士ミンティアラ様は、今でも我々のために戦い続けています。
あなたたちの心にも、ミンティアラ様の魂が感じられますように。
* * *
吟遊詩人によるガイドも無事に終わり、最後はフリータイムで夜景や観測を満喫する。今宵の星空の撮影や夜景をバックに記念撮影を行ったり……と賑やかだ。
イベント業者が用意してくれたサンドウィッチの軽食セット(ドリンク付き)も美味しく、参加者同士も和気藹々とした雰囲気。だいぶ、天体観測が後半を迎えたカンジだ。
「ミンティアラ様の星座……召喚士の魔術発動ポーズだ。たぶん、秘術と呼ばれている類のものかなぁ。私にはまだ使えないけれど……」
「えっミンティア。いったいなにを言って……? まさか、将来は星に……」
まだ使えない秘術という言葉に、思わずドキッとする。まるで、ミンティアがミンティアラ様みたいにいつか星になってしまいそうで、怖くなったのだ。
「大丈夫だよ。秘術は選ばれた召喚士にしか使えないものだもの。現代人で使える人は多分ゼロ人だよ。心配させてごめんね」
「なんだ、良かった。でも、選ばれた者にしか使えない秘術か……。もしかしたらミンティアラ様は、そんな術が使えたから特別な存在として星座として夜空にあげられちゃったのかもしれないな。ミンティアは無理にそんな危険な魔法覚えなくていいよ。今は、星空を楽しもう」
「うん、ありがとう。優しいんだね、イクト君は……」
気がつけば、時刻はもうすでに21時半。理由を告げて外泊しているとはいえ、そろそろミンティアを聖女館に帰さないと……。
「ミンティア、もう時間も遅くなってきたし帰ろう。聖女館まで送るよ……ミンティア……? 聴いてるか?」
隣で星空を鑑賞しているミンティアの様子がなんだかいつもと違う。目は未だに星座の方向に釘付けで、気のせいでなければ意識がどこかへ飛んでしまっているようだ。
「ミンティア……ミンティア……おーい」
【いいわね、あなたは。大切にされていて……イクトス様もあの時に、私を止めてくれていたら……】
【誰……私の頭の中で話しかけるのは誰……もしかして、ミンティアラ……?】
【契約しましょう、ミンティア。あなたがあなたの大切な勇者様に愛されるために手助けしてあげる。私の魂と肉体を共有してくれれば……きっと……彼を独り占めできるわ】
【イクト君を独占できるの? 私だけの勇者様になってくれるの……?】
「……なぁ、ミンティア。だめだ……声が届いていない?」
「んっ……! あっイクト君! ごめんね、なんだか頭が突然ぼぉっとしちゃって。久しぶりにデートできたから、はしゃぎ過ぎたのかも」
「……そうだな、あと研修の疲れが出ているのかもしれない。風邪をひいたら大変だし、帰ろう」
* * *
ミンティアはぼんやりとした頭に違和感を感じながらも、ただのはしゃぎすぎだと解釈した。イクトに気遣われながら、無事に聖女館に到着。
「ただいま戻りました。ミンティアです」
「お帰りなさい、ミンティアさん。イクト君も……。きちんと送ってくれたのね、さすが婚約者だわ。星空は、どうだった? ここからも召喚士座がみえたのよ」
「はい、観測日だけあって……展望台からは、すごくはっきりと見えて……」
寄宿舎の管理人さんに挨拶して、その日のデートは終了した。周囲の人からも公認となっているイクトとミンティア……順風満帆に見える二人の関係。
けれど実際には一対一の恋人という訳ではない。
この異世界は、一夫多妻制なのだから。
自室に戻り、ミンティアが窓辺から夜空をもう一度見上げると、まだ星とともに召喚士の姿が……。あの時、星空から聞こえた不思議な声が頭を離れない。
「イクト君を……独占……か。出来るなら……したいよ。私だって……ふつうの女の子みたいに、一対一でイクト君と結婚したいよ……ハーレムじゃなくて……!」
気がつけば、心に秘めていた本音とともにぼろぼろと涙がこぼれてくる。
ミンティアが契約の禁呪を唱えるまで、さほど時間はかからなかった。