第九部 第2話 再来の前触れ
「ミンティア、迎えに来てくれたのか。気を遣わせちゃって悪いな」
「ううん。今夜は特に、星がよく見える日だっていうから楽しみでつい……」
無事にプロ勇者研修を終えて、報告書を提出すると転生者ギルドクオリアに、仕事後デートの約束をしていたミンティアの姿。婚約者であるミンティアは異世界人であるため、クオリアには正式メンバーとして登録していない。
けれど、オレのパートナー聖女としてはゲスト登録済みだ。だから、クオリアにミンティアがやって来ても何ら不思議ではないのだが。
ギルド内のざわっとした雑音の中には、僅かながら噂話も。
『なぁ……あのミントカラーの髪の子って、転生者じゃないよな』
『あの女の子は、イクト君のパートナー聖女の子で……婚約しているらしいよ』
『えっ……? イクト君の彼女って、レインちゃんじゃないの?』
ミントカラーという異世界人特有の珍しい髪色のミンティアは、このギルド内では特に目立つ存在だ。一瞬だけ、ギルドのカフェスペースの視線がオレとミンティアに向いた気がした。
(なんか、気のせいかも知れないけれど。オレとミンティアって、普段交流のない転生者達からも見られてるな。当たり前か……転生者しか加入していないギルドに、異世界人の特徴だけを兼ね備えたようなミンティアが現れたんじゃ目立つか……)
あまりじろじろ見られるのは好きではないが、周囲も空気を読んですぐに自分の仕事や食事に戻ったようだ。
さっきまで、一緒に報告書を書いていたレインが席を立ってこちらへと足を進めてきた。黒魔法使いのコレットも誘われたのか、後に続く。
同期の女勇者レインは、ダーツ魔法学園勇者コースに所属している頃から、仲が良く一時期は婚約の話が持ち上がった仲だ。転生者同士ということで、レインがダブル所属する星のギルドから許可がおりなかった。正確には、婚約はいったん保留という形であるが……。
「イクト君、お疲れさま。ミンティアちゃん、久しぶりだね。学校の寄宿舎を出てから会ってないよね……一ヶ月半ぶりくらい? プロ聖女として頑張っているんだね」
「……! レインちゃん!」
すると、オレがレインに声をかけるよりも先に、ミンティアの方からレインに話かけ始める。まぁ、ミンティアとレインの2人もオレと同様に魔法学園時代からの長いつきあいだし、自然の流れだろう。仲もかなり良いはずだ。
そんな仲の良かったはずの2人の間に、一瞬……ピリッとした電流のような空気が漂った気がした。あくまでも、気がしただけにすぎないけれど。
だが、そんなことは幻であるかのように、にっこりとした表情で双方会話を始めた。
「そっか……卒業してから結構、時間が経っていたんだね……レインちゃん久しぶり。あっレインちゃん髪型変えたんだ……そういえば髪の毛伸ばしていたものね。ストレートボブ似合うよ。なんだか、前よりもさらに美人になったみたい」
珍しく、ミンティアの口からレインに対する容姿の感想が述べられる。誰がどう見ても美形のレインだったが、ボーイッシュな外見であるため美少年に間違われることもあった。
だが、今目の前にいるレインは正真正銘美少女そのものだ。
さらりとした黒髪ストレートボブで、シャギーやレイヤーが多少アレンジされている。艶のある白い肌は、天然なのか、それとも卒業してから始めたナチュラルメイクのたまものか……?
元々、レインは肌の綺麗な子だったけど、最近は内側からあふれるような女っぽさが加わっている。澄んだ大きな目、ほんのりと赤みを帯びた頬、オレンジレッドの透明感のあるグロスを塗った唇。
そして、ミニスカートから伸びる細身ながらほどよく引き締まった美しい足。どれをとっても美しく、まさに憧れの女勇者である。
「うん、ちょっと女性らしくしようと思って……。職業柄、聖女のミンティアちゃんほど女の子っぽいファッションは出来ないけどね」
この異世界は一夫多妻制である。勇者ともなれば、血筋を残すために花嫁を複数人娶っても良い決まりだ。
正妻になるのが決定しているミンティアと、婚約が決まりそうで決まらなかったレインの2人が顔を合わせるのは、なんだか気まずい。一応、婚約とは関係がないコレットもいるが……。
オレが自意識過剰気味なだけで、超美人のレインはそこまで気にしていないのかも知れない。
その後、ギルドクオリア新入りのコレットをミンティアに紹介。
「はじめまして! ミンティアさん、コレットと申します。黒魔法使いです……。あっ。私の母校は、ほとんどの生徒が飛び級なので、一年就業するのが早くて……今、14歳です」
「ふふっ。はじめまして! コレットちゃんは、飛び級でプロになったんだ。じゃあ、一つ年下か……。可愛い仲間が出来て良かったね、イクト君」
「ああ。黒魔法使いはメンバーにいないから、すごく頼りがいがあるよ。おかげで受けられるクエストの幅も広がりそうだ」
呪われし女アレルギーであるくせに、ハーレム勇者の称号を持っているせいだろうか。不思議と新しいメンバーのコレットもお約束の展開で萌え系の美少女だと感じたことは、オレの胸だけに密かにしまっておこう。
「これから、イクト君と星を見るデートなの。レインちゃん、コレットちゃん……また、今度じっくりお話ししましょう」
「……今夜は、古代から伝わる【召喚士座】がよく見えるんだって。行ってらっしゃい、イクト君、ミンティアちゃん。楽しんできてね」
美しく微笑むレインだが、気のせいでなければどこか危うい雰囲気だ。いや、髪型を変えたせいで妖艶に見えるだけかも知れないが。
「悪いな、レイン。お先に上がっちゃうけど……コレットも、また平日に!」
「あっはい、お疲れさまでした。イクト先輩!」
* * *
迎えに来てくれたミンティアを伴い、小学生の頃からの約束である星と夜景を鑑賞するために改めて出発。
プロ勇者認定後、はじめてのプライベートな外出だ。
「久しぶりのイクト君とのデート……。ふふっ嬉しいなっ!」
「そういえば、研修期間はメールや電話だけで会う機会がなかったもんな。どうだ、プロ聖女としての生活は?」
「うん。だいぶ慣れたかな? あと、共同寄宿舎の聖女館の食事も美味しいし……イクト君の旅立ちの儀式の時には出て行くことになるけど」
旅立ちの儀式とは、勇者の伝統行事のひとつだ。16歳の誕生日にギルド内で儀式を行い、ゲートや交通の手段を使わずに徒歩で他の地方へと旅立つ儀式である。今のところ、一緒に旅立つ予定のメンバーはパートナー聖女のミンティアだけだ。
オレは1月生まれのいわゆる早生まれであるため、16歳の誕生日はまだ先だ。しばらくは、この生活だろう。
「旅立ちの儀式までまだまだ時間があるし、今の生活に慣れるまで頑張ろうな」
「そうだね……。そして旅立ちの儀式が済んだら……イクト君と正式な夫婦に……」
ふと、ミンティアとバチッと目が合う。
正式な夫婦という言葉に思わず、顔を赤らめるミンティア。オレ自身は、いったいどんな表情をしているのか……鏡がこの場になくて良かったのだろう。恥ずかしさで心臓が高鳴り、うるさいのだけは認識できる。
「えっと、あっイクト君……そのコート新しいやつだね……カッコいいよ」
「おっおう!」
気がつけば、地下鉄の入り口。
早速、改札を抜けて乗り込む。さっきまで装備していた研修用の勇者マントは、何となく仕事とアフターファイブのオンオフを分けるためにはずしておいた。代わりに、薄手の濃紺のアウターを銀の胸当ての上から羽織っている。
このアウターは、一見普通の素材に見えるが魔力防御の特殊な糸が編み込まれている。街中で観光客に紛れて任務をこなすときにも、活用出来るタイプのものだ。
とはいっても、愛用武器の棍を背中に背負っているから、何らかの冒険職に就いていることは他人から見ても分かるだろう。
* * *
雑踏を通り抜け、地下鉄やライナーを乗り継ぎ、ネオ神戸の人工島まで一時間ほど。港沿いに走るライナーの窓から見える景色は、きらびやかな人工島に並ぶビルの明かりが宝石の様に輝く。
出発した時点では、まだ橙色のグラデーションを帯びた夕暮れ空だったが、目的地に着く頃にはすっかり夜天へと変化していた。
駅を出てモニュメントの時計で確認すると、時刻はもうすぐ19時。これから、星空や夜景を楽しむのにはちょうど良い時間だろう。港特有のさわやかな風が頬を優しく撫でる。
この場所は、数多くあるネオ神戸の人工島の中では小さな島だという話だが、思ったよりも人がたくさんだ。学生服の若者や冒険者風の集団、仕事帰りらしきスーツやオフィスルックの人たちまで。
「へぇ……平日なのに夜景や星空を鑑賞しに来てる人たちが、結構いるな。ほら、あそこなんか星空鑑賞ツアーの看板がある」
「うん、そうみたいだね。あっイクト君、展望台はこの先だよ。私が小さいときには、まだ地元の人たちだけが知っている穴場スポットだったんだけどね。今は展望台が完成して、観光情報誌に載っているから。余所の地域の人たちからも有名なんだ」
【見晴らしの良い展望台で、夜景と星空を一緒に楽しみましょう。今年の5月は、召喚士座と流星群を同時に観測するチャンスです】
今月の宣伝掲示板には、星座の説明と共に古代の巫女の姿。どうやら、召喚士座のモチーフになった女性のようだ。
「この宣伝用のイラストが、レインが話していた召喚士座か。もしかして、異世界では結構有名な星座なのかな?」
「うん。初代勇者イクトス様と一緒に活躍していた召喚士ミンティアラ様の魂が、夜空に封印されているって伝えられているの。何年かに一度だけ、姿形がはっきりと見える時期があって、それが今なんだよ」
「そういえば、ミンティアは聖女以外のサブ職業召喚士だもんな。このデートは、良い記念になりそうだ。名前もミンティアラ様と似てるし、生まれたときからミンティアは召喚士になる運命だったのかも」
「ふふっ。そうだと嬉しいんだけど。詳しい伝承は……そうだね、ガイドさんの案内コーナーがあるから、参加して聴いてみよう」
展望台の入り口には僅かながら列が出来ていて、チケットを購入する人たちの手にはパンフレットが握られている。やはり、天体観測のスポットが比較的多いとされているネオ関西だ。
チケット購入後は螺旋状に続く展望台の階段を登り、景色の開けた展望台の最上階を目指す。
カツン、コツン、と響きわたる靴の音。
最上階の扉を開けると、澄み渡る夜空に目映い星々が降り注ぐ直前だった。
「見て! イクト君、星が降りてくる!」
封印されし召喚士の魂……古代勇者イクトスに魂を捧げた伝説の召喚士【ミンティアラ】の再来が、訪れようとしていた。