第九部 第1話 画面の向こう側のリアル異世界
連休が明け5月も半ばを過ぎ、世間は忙しい日常を取り戻している。
今年度から、プロ勇者として活動する事になったオレ……結崎イクト。
異世界アースプラネットに疑似アバター体で転生したオレは、冒険者育成学校であるダーツ魔法学園を無事卒業。ついに、本格的な勇者の称号を得た。
外出前に新しい自室で装備を調えて、胸元のマントの留め具として銀色に輝く勇者バッジを確認。新人勇者らしく、定番の紺色の冒険者用マントに合わせた銀の胸当てとダークカラーのインナーとズボンの上下。
革で仕立てたウエストポーチには、クエストのデータ管理を兼ねた冒険者スマホ、携帯に便利な小さめの財布とアイテムや装備を大量収納できる便利なキューブ。瞬間移動用のアイテムなど、クエストの必需品がコンパクトながら収まっている。
背中に背負う愛用の武器は、勇者には珍しいと言われるが扱いやすい棍装備だ。
ふとコーディネートが気になって、もう一度鏡を確認。さらりとした焦げ茶色の髪にややつり目がちで大きな鳶色の瞳、どちらかというと細身の体型。170センチちょっとまで伸びた身長。
すべてが見慣れた地球時代からの結崎イクト……つまり、正真正銘のオレ自身にそっくり。
疑似アバター体といっても、魔法が使えること以外は地球時代の身体となんら変わらない雰囲気だ。なんといっても、顔立ちから体つきまで地球にいた頃とほぼ同じ容姿だからである。
敢えて違いを挙げるなら、髪の色や目の色などの色素がやや薄くなった気がするくらいだろうか?
これまで、この異世界で学生として勇者の勉強していた立場だったが、いわゆるプロ勇者の資格所有者になった。引き続き、学園ギルドと転生者専用ギルドのクオリアにダブル所属しながら、自分のランクに適したクエストを受けていく。
学園内の寄宿舎での生活を送っていたのが、今年度から外部での暮らしになった。クオリア経由で紹介してもらった冒険者向け賃貸住宅である。
本来は学園ギルドに籍を置いている限りは、ギルド寄宿舎を利用して良い決まりになっている。だが、【クオリア】という転生者専用ギルドにも所属している手前、学園経由のクエストを受けない期間もあるかもしれない。
心情的にも、学園の世話になりながら余所のギルドの仕事がメインになるのは気が引けるし、外部での暮らしがちょうど良いと考えた。
ちなみに間取りは1DKのロフトルームつき。家電やベッドなどの基本的な家具はあらかじめ付いているので、引っ越しはスムーズだった。学生時代は共に過ごしていた守護天使エステルが天使界にいったん戻っていることもあり、なんだか広々として感じる。
現実世界地球では、スマホの画面越しにのぞいていたスマホRPG異世界アースプラネットでの暮らし。信頼できる仲間も出来たせいか、地球に還りたいという願望が薄れてきたのも事実である。
なんといっても、あこがれの職業【勇者】になれたのだから。
まぁ、オレの場合は何故か【ハーレム勇者】などという、女アレルギー持ちに似つかわしくない称号も付属しているのだけれど。
これらの事情から、連休中はクオリアでの研修を兼ねて働きづめだった。一般市民が魔獣の驚異を感じないように、討伐活動に勤しむのがプロ勇者としての任務。
そうだ……この異世界は、ただの画面の向こう側じゃない。血が通ったリアルな異世界なのである。
* * *
レジャー施設としても有名な自然あふれる大型公園の裏山、研修は魔物防止の守護魔石の設置とモンスターの進入を防ぐこと。プロ冒険者研修メンバーは、同じダーツ魔法学園出身の女勇者レインと、余所の魔法ギルドからの転籍組だというひとつ年下の少女黒魔法使いコレットだ。
飛び級で地方都市の魔法学校を卒業したというコレットは、攻撃呪文は得意だが武器の扱いは苦手だという。プロに成り立てということもあり、コレットの装備はレトロな魔力の杖、黒いマント、浅黄色のミニワンピース、ニーハイにとんがり靴という定番装備。ウェーブがかった焦げ茶色のセミロングヘアとよく似合う。可愛らしい魔法使いルックである。
あいにく曇り空のせいか、じめっとした空気が漂い、霧がかかって視界が悪い。だが、見えなくても気配くらいは察知できる。
くるかっ? 足下から地響きのような振動を感じて、思わず棍を強く握りしめる。
ザザザザザッ! きしゃぁあああああっ!
ぐわん! 黒いオーラがコレットの身体全体をとりつく。どうやら、呪文を封じる攻撃のようだ。
「コレットちゃん、魔物がっ。気をつけて!」
「きゃっ、なによこの魔物っ? 嘘でしょ……呪文が使えない? 卑怯だわっ」
白兵戦に慣れているオレやレインはともかくとして、魔法を封じられた黒魔法使いコレットは無力に近いだろう。
ゲル状に見えていたゼリー系のモンスターの内部から、想定外の触手が伸びる。
にゅるにゅると伸びる触手を切り、杖で応戦するコレット。浅黄色のミニスカートをひらりと揺らして攻撃をかわすものの、ふともも付近に伸びてきた触手に動揺したのかリズムが一歩遅れる。
「いやぁあぁぁっん!」
「まかせろっ! とりゃあああぁあああっ」
「ぎゅえええええっ!」
レインとコレットを庇うように、モンスターとの間に割って入り、魔法力を込めた棍で乱れ突きを放って……フィニッシュ!
「あっあの、ありがとうございます」
「んっああ、怪我は無い? 大丈夫そうだな。うん、無事で良かったね」
「はっはい。イクト先輩」
* * *
研修期間が予定よりも延び、連休期間後も数日の間、クエストに勤しんだ。市街地の私服警備やモンスター出没区域での討伐活動など、新人向けのクエストを一通りこなす。
任務報告のため、3人で転生者ギルドクオリアへ戻る。報告書をギルドで書いたら研修は終了だ。ギルドのカフェスペースを借りて、細かい欄をチェック。一番最初に報告書があがったのは、イクトである。立ち上がりさっそく、ギルドマスターの元へ。
「イクト君、いつにも増して頑張っているよね。この研修が終わったら、ミンティアちゃんと星を見るデートの約束なんだっけ? いいなぁ」
誰に聞かれている訳でもないが、報告書を書きながらぽつりぽつりと呟くレイン。買ったばかりのリーズナブルな万年筆で仕上げをしながらも、意識は遠くにある様子。
短めの黒髪ショートヘアがトレードマークだったレインは、今年から髪をのばし始めて今ではボブヘアーだ。これまでも人の目を引く美少女だったが、髪が伸び女性らしさがアップしたせいか美しさに磨きがかかっている。
任務中もすれ違う男たちが二度見するために振り返るのを幾度と無く見たコレットは、心底意外そうにレインをのぞき込む。
だが、伏せられた瞳は美しさに反して影を帯び、どこか危うい。
「えっ。私、てっきりイクト先輩とレイン先輩が恋人同士なのかと……。美男美女ってカンジですごく、お似合いだし」
「だと良かったんだけど……ね。そういうお話もあったんだけど、きちんと決まらなかったんだ。イクト君は、一夫多妻制を定められた勇者様だから、ギルドメンバー女の子達とも婚約しているけど。私とは婚約していないんだ」
「そうだったんですか。やっぱり、転生者同士が結婚すると、この異世界から離脱する可能性があるからかなぁ。でも、私だったら地球人同士で結婚しないと、いざというときに不安だけど……」
転生者同士の結婚をやんわりと阻む組織がいるらしい……近年、流れている風説だ。といっても、イクトの双子の姉である萌子は、同じ転生者のマルスと結婚したてである。だが、それまでの道のりはたびたび邪魔が入っていた。
「かもね。それに、ミンティアちゃんは珍しい精霊を操れる優秀な召喚士だし、イクト君にかけられた呪いを解くことが出来る特別な聖女だから……。でも、私とイクト君ってお似合いに見えるんだ。ちょっと嬉しいな」
「うっ。なんか余計なこといって、ゴメンナサイ。それに私、ミンティアさんって人にまだ会ったこと無いから……」
カランコローン! まるで合図のように、ギルドの扉が開くベルの音。
噂をすれば……その人物が現れるのが、よくある偶然というもの。コツコツと軽快にショートブーツを鳴らして、転生者ギルドクオリアに来訪者が……。
現れたのは、ミントカラーのショートボブが印象的な聖女ミンティアだ。人間離れした透き通る白い肌、アクアマリンのような美しい瞳、バランスの良い目鼻立ち、彼女は勇者イクトの婚約者でもある。
均一のとれた身体のラインが分かるタイトな白いジャケットと濃紺のミニスカート。胸元を飾る銀色刺繍入り水色リボンはプロ聖女のみに許されるものだ。
ウエストの部分には、携帯用のベルトポーチと召喚用の装備であるショートダガー。スラリと伸びる美脚部分は、黒のニーハイで適度に露出を抑えている。
いわゆる聖女用装備に身を包み、颯爽と歩く姿は思わず男女問わず見とれるほど凛としており美しい。
「ミンティア……! ごめん。研修クエストが長引いてたから……」
「ううん……いいの。イクト君は、いつも頑張ってるよ」
一瞬、ギルド内がミンティアとイクトに注目した。だが、案外見慣れた光景なのか……それぞれの作業や食事へと戻る。
異世界でも珍しいミントカラーの髪をはじめてこの目で確かめたコレット。まるで、二次元の中から飛び出してきたような美少女であるミンティアに釘付けとなった。
「あの人が、聖女ミンティアさん……アニメかゲームのキャラクターみたい。まるで、二次元の中に私たちが入ってしまったかのような。やっぱり、ここは異世界なんだ……。けど、これって……この異世界って……私たち地球の人間が住んでもいいのかな?」
新人黒魔法使いコレットの呟きは、カフェスペースに流れる軽快なサウンドにかき消された。まるで、そのセリフはゲームの世界では表示してはいけない台詞かのように。
勇者イクトに駆け寄る聖女ミンティアの姿は、スマホゲームの画面の向こう側で見たヒロインの姿そのものだった。
ミンティアの差し出す手を当然のごとく握るイクトの目に、迷いの色は見えない。
「イクト君、プロ勇者デビューおめでとう。これで、私たちこの異世界でずっと、ずっと……【永遠に】冒険できるね。行こう、約束の星空が見える場所へ……!」