第八部 第27話 転生の夢と卒業の余韻
その日は、確か姉夫婦の結婚指輪作りの素材集めを手伝った日だ。帰り道に見かけた流れ星は小さいけどとてもきれいで、けれど胸が痛むような悲しさも持ち合わせていた。
だから、寄宿舎の自室に1人で帰ってからは不思議と涙がこぼれ始めていた。おかしいな、双子の姉が夫となる人とうまくいって、とても嬉しいはずなのに。
マリッジブルーのような感情が、オレのところにも移ってきたのだろうか? だが、それとはまた別の悲しみが降り注いでくる。
ふと見ると隣で誰かが、眠りについている……その姿が誰なのかはオレにも分からない。
仕方がない、オレも眠ろう。瞼をそっと閉じる。
異世界名物の流星期間が始まった夜、オレは夢の中で魂だけの存在になっていた。よく考えてみれば、この異世界アースプラネットは地球の肉体を離れて、生まれ変わりの場所を求めるための世界だ。
『ここは、どこだろう? ゆりかごがあって、ふわふわと気持ちがいい。赤ちゃんに戻ったみたい』
淡い水色のかわいらしい空間は、まるでこれから生まれる赤ちゃんが待機するための特別な部屋のよう。
向こうに細いトンネルが見えるが、出入り口はまだ暗く閉ざされていて、通ることが出来ない。
【転生希望者はこちらのトンネルから、生まれ変わってください。この先は地球出口になります】
立て札には、まるで当たり前のことのように、転生という言葉が使われている。しかも、地球出口とかいう名称までついている。
『転生希望者って、オレはもうすでにこの異世界アースプラネットで生活しているぞ。それとも、改めて地球人として生まれ変わりたい人のための何かなのか? あれっそういえば、地球でのオレの肉体って今どうなっているんだろう……。まだ、息があるのかな?』
こちらの世界を選ばなければ、もしかしたら再び地球で息を吹き返すのかも知れない。だが、オレはすでにこの異世界での居心地の良さを知ってしまった。
だから、去年の今頃……ちょうど流れ星が流れ始める季節に、この世界に魂を残留する選択したはずだった。
いくつかのクエストをこなし、地球への帰還を手助けしてくれる人たちにも出会い、心が揺れ動いたのも事実である。
ゲームのログアウトボタンのように、魂を異世界と地球の間で行ったり、来たり……。そんな都合の良い展開を、ちょっとだけ望んだこともあった。
けれど、もうすぐ限界が差し迫って来ている。
地球での肉体を失うと、本格的な転生が始まる。なら、今の異世界での肉体を使い続ければいいじゃないか?
それとも……? まだ、何か秘密が?
そういえば、この肉体を得る少し前に守護天使エステルから、オレ自身は何度もこの異世界で旅を繰り返していると伝えられた。しかも、現在婚約しているメンバーの数人とは、何度も結婚式を挙げているという。
けれど、オレには過去の旅の記憶はほとんどない。それに、何度も繰り返しているとして……。今回結婚式を挙げるのは、オレではなく双子の姉だ。
もしかしたら、今回だけ展開が少し違うのだろうか?
よく寝付けずに、ふと瞼を開けると今度は若い男女2人がリビングのソファで身体を寄せ合い、なにかを話しあっている様子が見えた。
とても、仲が良い2人の薬指にはお揃いの指輪。おそらく、夫婦なのだろう。
リビングの壁際に設置された棚の上には、思い出の写真入りのフォトフレームが数枚飾られており、中には結婚式の様子を写したものもあった。白いウェディングドレス姿の新婦とタキシード姿の新郎、夫婦2人のみの写真もあれば、式の参列者と共に並んで撮った写真もある。
だが、参列者の顔はフォトフレームのガラスに蛍光灯が反射している加減で、よく見えなかった。
『ねぇ、ユーリさん……私、ずっと考えていたんだけど……お腹の赤ちゃんの名前……』
『ああ、分かってるよ。男の子だったら【イクト】って名前にしたいんだろう? 萌子にとって大切な人の名前だから……』
『うん、ありがとう。ごめんね、亡くなった双子の弟の名前を付けたいなんて……。でも、もしイクトが生まれ変わってきてくれるなら、そう言う場所が彼にとって必要なら……私がお母さんになってあげたいの。ユーリさんには感謝してるわ。丸須家の籍を抜けて、結崎家の婿養子になってくれて……』
『萌子……。お前の大切な人は、オレにとっても大切な人だから。まぁ、オレが父親でイクト君が喜ぶかは分からないけどさっ。頑張るよ、よろしくなっイクト! お父さんだぞっ』
妊娠中の妻のお腹を優しく撫でながら、子供の名前を呼び語りかける夫。
夫婦の会話から察するに、妻の萌子さんは双子の弟さんを亡くしていて、弟さんの名前をお腹の赤ちゃんにつけたいと夫に語っているのだった。
おそらく、跡継ぎ……つまり萌子さんの双子の弟さんが亡くなってしまい、婿養子として夫の有吏さんは、丸須家の籍を抜けて萌子さんの名字である【結崎】になったのだろう。
ちょっと待ってよ、もしかしてその亡くなっている双子の弟ってオレ自身の事? 萌子はオレの双子の姉だし、夫の有吏さんは一緒にクエストをこなした勇者マルスこと丸須有吏にそっくりだ。
っていうか、2人ともまるっきり本人じゃないか?
そもそも、オレの地球の両親っていったいどんな人だっけ。思いだそうとしても、霞がかかってしまって両親の顔が思い出せない。
敢えて言うなら、双子の姉である萌子を大人の女性にしたような美人と、友人であるマルスをイケオジにしたような夫婦の姿が浮かぶだけである。
いったい、どう言うことなのだろう? それとも、この夢はこのまま異世界に居着いた場合の事の顛末を語っているのだろうか。オレの今後は、もう萌子とマルスの子供として、地球で生まれ変わるくらいしかルートがないのだろうか。
別のルートを探るが、再び激しい睡魔がやってきて、今度はぐっすり眠ってしまった。
桜の花びらが舞い落ちていく、手には卒業証書が握られており、皆笑顔だ。いや、何人かは涙ぐんでいるか。オレの婚約者であり冒険のパートナーでもある聖女ミンティアが、ミントグリーンの美しい髪に花飾りをつけて微笑む。
ミンティアをはじめとする、女子生徒たちは大正モダンテイストの袴とブーツを着用。いかにもハイカラなカンジで、可愛らしい。
『卒業式、感動的だったね。会えなくなっちゃう子達もいるけど、私とイクト君はずっとずっと一緒だよね』
『当たり前じゃないか、ミンティア。そうだ、小学校の頃にした約束……卒業したら2人で一緒にネオ神戸の夜景を見に行こうって。しばらくは、帰郷やギルドの新しいデータ登録とか新生活の準備で忙しいけれど。ゴールデンウィーク明けには、夜景を見に行けそうだよ』
この異世界で正妻として婚約しているミンティアと交わした、何年も前の出会った頃の約束。卒業して、大きくなったらミンティアの家族との思い出がつまっている夜景を見に行こうって……。あれから、何年も経ったのか。
『嬉しい! イクト君、約束覚えていてくれたんだね。うん、ゴールデンウィーク明けならそんなに混んでいないだろうし、ちょうどいいね。楽しみだなぁ』
3月は花嫁講座や聖女限定クエストにミンティアが参加していたこともあり、一緒にデートをする機会がもてなかった。一度帰郷したのちには、これからの活動準備を始める。
4月からゴールデンウィーク頃までは、プロ勇者として働くための研修期間だ。けれど、人の動きが落ち着くゴールデンウィーク明けには、プロ勇者も休みがもらえる。
気がつくと、もう一方の手のひらの上に桜の花びらがひとひら。きっとこれからも、幸せが約束されているのだ。
「イクト君、お早う! もう、朝だよ。魘されていたみたいだけど、大丈夫? 一昨日の卒業式の疲れが出たのかなぁ? ほら、流星期間に入ったでしょう? いろんな夢をみんな見るみたいだから……もしかしたら、イクト君も……」
守護天使エステルに揺さぶられて、目を覚ます。どうやら酷く魘されていたらしい。そっか、そういえば卒業式も無事に終わっているし、後は萌子の結婚式に参加するだけなんだっけ。
ふと部屋を見渡すと、挙式に参加するための勇者の正装着が、きちんとハンガーに掛かっている。
「エステル……流星期間に見る夢って……予知夢? それとも、なにか別のもの?」
「星が見せる可能性のひとつだって、謳われているよ。その人の不安が、具現化したりするから心配で……。でも、本当に望まない夢は見ないらしいけれどね。どこかしらに希望はあるはずだよ」
「そっか、ありがとうエステル……なんだか、喉が乾いちゃったな」
「お水持ってきてあげるね! 今日は萌子ちゃんの結婚式だよ、この寄宿舎で参加する最後のイベントになるね。せっかくのお祝いの日だし頑張ろう!」
ふわりと、可愛らしい羽をぱたつかせる守護天使エステルの励ましに安堵する。
差し出されたペットボトルの水を口に含むと、オレの中にある命が再び吹き返した。
大丈夫、オレはまだこの身体で冒険者を続けられる。そう信じて、勇者の正装着に袖を通すのだった。
次回、第九部第1話(通算251話)更新は2018年5月13日(日曜日)を予定しております。