第八部 第26話 約束の指輪を2人で
ダーツ魔法学園卒業式、そして双子の姉である萌子の結婚式まであとわずかとなった。花嫁教室に通い始めた事で、慣れない料理に自信がついた様子の萌子。
だが、ある日花婿であるマルスから意外な悩みを打ち明けられる。
「なぁ、イクト。実は、クエスト中でも装備可能な冒険者用の結婚指輪が間に合わなくてさ。錬金で作ろうと思うんだけど……」
順風満帆に思われていた結婚準備だが、冒険者用の結婚指輪が間に合わず錬金で指輪を制作することに。
偶然、居合わせた先輩勇者ケインの助言で、レア錬金素材回収のために男勇者3人でクエストへ。
ちなみに今回のクエスト地は、プロ勇者として認定されないとくぐることの出来ないゲートから移動する。オレもマルスもまだ肩書きは学園勇者の称号でプロ勇者になれるのは来月からである。
だが、卒業試験に合格していることもあり、プロ勇者としての研修ということで許可がおりた。
なにげに初めてのプロ勇者クエストである。卒業直前だし、プロデビュー前に本格的なクエストに慣れておくのもいいだろう。
「じゃあ、まずはゲートをくぐる前に作戦会議といこうか? 花婿であるマルス君がターゲットである素材モンスターと戦ったり、植物素材を集めている間に、オレとイクト君は周囲にいるモンスターを追っ払おう! 今回は、素材集めが目的だから奧までは探索しないで引き返すようにして……どうだろう?」
現役プロ勇者であるケイン先輩が、今回のクエストの攻略方針を提案。素材採取地は、平原を抜けて山奥へと向かう道沿いにあるが、目的を達成したら直ぐに帰還する方針となった。
「はい、やっぱり錬金素材は、マルス自身の手で採取した方がいいよな? その方が萌子も喜ぶだろうし」
「ああ、愛する萌子ちゃんのためだ。モンスターだろうが、素材だろうが、どんどん倒してどんどん採取してやるぜっ」
やや照れながら、ガッツポーズを決めて素材採取への気合いを入れ直すマルス。姉にとって大事な花婿だし、弟のオレとしてはマルスに無理させたくないが、本人が納得のいく形で素材を集めるのがベストだろう。
「気合い十分だね、良かった。採取し終わったら予約している錬金店に直行して、萌子さんとマルス君は夫婦共同の指輪作りだ。頑張ろう!」
重厚な金色の扉を開けて、一歩足を踏み入れると周囲の景色がぐにゃりと歪み……。
目の前に広がる蒼穹、日差しが照り銀の胸当てが反射する。気がつくとオレたちは爽やかな風がそよぐ平原地にたどり着いていた。
「あたりを散策しているだけでも、何かしらの素材が確保できるから、気になるものは採取しておくといいよ。おっ早速発見! オレンジシードだね、ハイレベルポーションの素材だよ」
「へぇ、プロ勇者用のクエスト地は、採取できる素材もレベルが高いな」
「こっちにも、それっぽい素材があるぜ」
ケイン先輩が葡萄ほどの大きさの橙色の実を、素早く確保。他にも足元にからむ鮮やかな虹色の実の見慣れない植物は、どうやら調合素材のようだ。それぞれ気になる素材をキープして慣れた様子で草原地を進むケイン先輩に続く。
気がつくと、じんわりと湿気を含んだ空気が立ちこめ、辺りに木々が多くなってきた。そろそろ目的の指輪錬金素材が採取できるという森林地帯だ。
「このクエストは、本来的には探索クエストなんだけど素材収集として利用する冒険者が多いんだ。素材のレベルも高いけど、それ以上に……モンスターのレベルも高いッ! そりゃぁあああっ」
ザシュッ! キィイイインッ!
『キシャァアアアアッ』
侵入者の行く手を阻むかのごとく現れた『レベル50ブラックゴブリン』達を、一瞬で凪払う。オレとマルスも後に続き、棍や大剣で応戦する。
3ターンほどで戦闘が終了、バトルクリアの軽快な音楽と共に宝箱がコトンと地面に落ちる。
「あれっ金色の宝箱だ! なんだろう? 武器か、防具か? それとも……」
万が一ミミックだったら……出来れば無駄な戦闘は避けたい。しばし、宝箱を開けるか否かで迷う。念のため、宝箱の中身を確認する補助呪文を唱えるケイン先輩。
「どうやら、レア度5の短剣のようだね。スマホアプリの戦闘データによると、マルス君が倒したゴブリンからゲット出来たものだよ」
「じゃあ、この宝箱はマルスの所持品だな。せっかくだし、サブウェポンとして装備しておけば? 狭い場所で大剣を振り回すのは大変だろう?」
安全確認を終えた短剣を、マルスに手渡す。いざという時の護身武器としても使えるだろう。
「おっおう、サンキュな。どれどれ、闇属性のレア5短剣か。もしもの時に使うことにするよ」
腰に巻いた革のベルトに短剣を装着して、ギルドアプリにサブウェポンとして登録。
「もうすぐ、指輪錬金の素材をドロップする精霊の拠点地だ。精霊達は、本体を別の場所に存在させていて、ここはその写し身が現像としてさまよっているだけの場所なんだ。だから、何匹倒しても無限に復活するし、素材もたくさん採取できるよ」
「必要な素材数は指輪ひとつにつき10個だよな。2人分だから最低でも20個は必要なのか。マルス、サポートするから頑張れよ!」
「ああ、萌子ちゃんとの結婚の証となる大切な指輪の素材だからな。全力で挑んで……」
ゴォオオオオオンッ!
突然吹き荒れる突風とそれに入り交じり交差する魔法力の粒。無数の攻撃魔力がオレたちの身体に直撃し、着実に体力を削ぐ。
頭上には、1、10……いや軽く数えても100体はいるであろう精霊達の写し身の姿。気がつくと、囲まれてしまったようだ。
ぴゅぃいいいいっ! ぴゅぅううういいいいい!
風の音とも、鳴き声とも判断しかねる音声が、新緑の地に響きわたる。どうやら、オレたちのことを迎撃対象として威嚇しているようだ。
「どうやら、お出ましみたいだな。これだけ数がいれば、指輪素材のドロップも間に合うだろうよ……手加減は無しだっ! うぉおおおりゃあああああっ」
男勇者3人の必殺スキルが、精霊達の放つ魔力とぶつかり合う。衝突音は木々を揺さぶり、戦闘は苛酷を極めた。
時刻は夕刻。
犬耳武器防具店の錬金工房では、婚約者の帰還を待つ1人の少女の姿。何気なく、クエスト時にも身につけられる結婚指輪を希望したのは彼女自身だ。
婚約者であるマルスは自己レベルより数ランク高いプロ勇者用のクエスト地へと赴いてしまった。
双子の弟イクトや頼りになる先輩ケインがついているものの、やはり心配なものは心配である。
「わん、指輪のデザインは決定しましたのであとは素材の到着を待つだけですワン。萌子さん、チャイティーの味はいかがですかワン?」
「えっああうん、すごく美味しいよ」
「きっと、もうすぐマルスさんが素材を持って来ます。大丈夫ですわん。先に他の素材を用意しておきますワン」
犬耳族の錬金術師であるココアが、萌子を励ます。工房の奥の部屋を借りているが、ここからでも店内の買い物客の声が聞こえてくる。だが、愛する人の声は残念ながらまだ聞こえない。
婚約者であるマルスの帰りを、今か今かと待ち続ける萌子。何度か、来店者が訪れるベルが響いたが、萌子の婚約者ではなかった。
(マルス、大丈夫かな? こんなことなら、引き留めておけば良かった。マルスの身に何かあったら……私……。それに、イクトやケイン先輩も巻き込んで)
難解なクエストに挑戦させる羽目になるなら指輪の種類なんかにこだわらず、手に入るもので妥協しておけば良かった。
ぽたん、ぽたん……。気がつくと、萌子の瞳から涙がこぼれている。ちょっとした一言のせいで彼を危険な目に遭わせているかと思うと胸が苦しい。
カランコローン!
軽快なベルの音、来客を報せるために店の入り口に設置されたものだ。もしかしたら、今度こそマルスが……。居てもたってもいられずに、思わず店の方へ。
「萌子ちゃん! ごめん待たせて。思ったより精霊の数が多くてさ、これで約束の指輪が作れる……って、わっ萌子ちゃん?」
萌子が細くしなやかな身体をマルスの胸元に預ける。抱きつかれて照れるマルスだったが、泣いている様子の萌子の気持ちを察して頭を撫ではじめた。
「ううっひっく……帰りが遅いからクエスト先でもしかしたらって……。マルス……良かった無事で。心配したのよ……イクトとケイン先輩もありがとう」
「ああ、後は2人で指輪作りだろう? オレとケイン先輩は先にギルドに報告しに戻ってるからさ」
「ふふっどういたしまして! 勇者冥利に尽きるよって、おっと萌子さんも女勇者だったね。それじゃあ」
あとは、ゆっくり2人で約束の指輪錬金を楽しむといいだろう。夫婦である証の指輪を2人で作る……なんて、ケイン先輩が言っていたとおりロマンがあっていいな。
店から退出すると、ちょうど夕日が暮れて夜へと移行する頃合いだった。帰路で見上げた空に、かすかな星が輝く。
ちらちらと流れる星々に思わず目を奪われる。もうすぐ、異世界名物の流星シーズンのようだ。
ひとつ、ふたつと流れる星に心の中で願い事を呟く。
『姉夫婦の結婚生活にも、希望の星が輝きますように』